2話 有名税
「アンソニー…何処か…行きたいところある?」
食事が終わり、お店の外に出ると腹も心も満ちているはずのチビが弱々しい声でアンソニーにリクエストを聞いた。
「メイドサント、ニャンニャンシタイデス。」
「…ってことはメイド喫茶かな?じゃあ…そーたくん、悪いんだけどお願いしていいかな…?」
え?逃げるつもり?僕は泣き止んだばかりだぞ?しかも、それに加えて君のせいでアンソニー恐怖症だ。2人っきりで過ごるわけないだろ。
と思ったのだが
さっきまで僕の事をニタニタ笑って蔑んでいたはずの璃音くんの表情は冴えず顔色も悪い。そして、遂にその場に座り込んでしまったのだ。
「なになに?食べすぎ?具合でも悪いの?」
「…気づかれてるっぽいんだ…。」
「はい?どうゆう事?」
「ほら、あの人とか…。」
そう言って璃音くんは顔の向きで人を指す。
その先にいたのはガードレールに腰をかけて楽しそうに話している何の変哲もない若いカップルだった。
不審な点は…ない。
「あの人達がどうかしたの?」
再び璃音くんに目をやると、ブルブルと震え何かに怯えているようだった。先ほどアンソニーに怒鳴られた時とは全く違う。今にも倒れそうだ。
「さっき僕のこと指差してた…。」
「…本当に?全然こっちを気にしてるようには見えなかったけど。」
「そういえば、さっきラーメン屋探してる時も何人か僕の写真撮ろうとしてたようにも見えたし…。」
「ちょっと!気にしすぎだって!ここは観光地でもあるんだ!写真を撮る人だって珍しくないよ!」
「なんでそうと言い切れるんだよ!!」
「璃音くん…。」
まずいな。
これでも僕は彼らの元マネージャーだ。
万が一に備えて周りの人にも気を配ってはいたけれど、璃音くんが言うような反応は見受けられなかった。
それに世間を騒がせ、悪い意味で"時の人"となった彼らだが…それももう2年前のこと。
スーパースターならいざ知らず、まだその域に達することなく消えた存在、世間から見たら"過去の人"だ。
仮に頭の奥底に残っていたとしても、キャップを深く被っている璃音くんに気づける程、世の中が動いていない訳ではない。僕が見落としていた可能性もあるにはあるだろうけど、璃音くんがノイローゼ気味になっている可能性の方が高いように思える。
だが、そのどちらかなんて今は問題じゃない。どちらにしても彼の怯え方は明らかに尋常じゃない。
「よし、今日は帰ろう。」
「…ううん、大丈夫。平気だよ…。」
「強がんないでよ。そんな状態じゃ無理だって。またいつだって来れるんだし。」
「…平気だってっ!…言ってるじゃん…。」
そう言って璃音くんは僕を睨みつけた。
最早敵味方の判断すら出来ていないようだ。
このままやり取りしていても埒が明かないと思った僕は一旦璃音くんをアンソニーに任せて少し距離を置いたところで徹平に電話をかけた。
「もしもし?あのさ、璃音くんのことなんだけど。」
「あぁ、言ってなかったな。放っておいて大丈夫。単なるバッシングのトラウマだ。」
「…大丈夫じゃなさそうなんだけど。」
「俺はあいつと2年間一緒にいたんだぜ?」
「それはそうかもしれないけど…。」
「アメリカでも始めはあぁだったんだ。ここに俺たちの事を知ってるやつなんていねぇって何度言っても聞きやしなかったぜ?」
「全然治ってなさそうだけど?」
「当たり前だろ。今いるのは日本だしな。まぁリハビリだよ。」
「リハビリねぇ。そんな荒療治でいいのかな?」
「大丈夫、大丈夫。」
「住むとこくらいはあいつが落ち着ける場所でいいと思うけどさ。外に出れないまま甘やかしてたらそれこそ再起不能だろ?」
住むところ…
あぁ、だから彼らは、いや徹平はアクセスも悪い辺鄙なところを選んだのか。
「まぁ…わかったよ。どうせ本人も僕の言うこと聞かなそうだし。」
「おう、邪魔ならそこらへんに放っておけ。今日はいい機会だ。じゃあな。」
そう言って徹平は電話を切ってしまった。
バッシングのトラウマか…。
表舞台に立つ者の宿命、よく有名税という言葉を耳にする。それは所得税、住民税を納めていても関係ない。有名人だから理不尽に耐えろという、人気商売を逆手に取った利己的自己中なユーザーの自分勝手な価値観だ。
この子達は今まで努力して積み重ねてきたものを汚い大人達によって奪われた正真正銘の被害者だ。
それを何も知らない人間が面白おかしく根も葉もない嘘を書き立て、非情な社会は真に受けて心無い言葉を浴びせてきた。
無実だと証明されても誰が謝る訳でもなく、今度はニュースのコメント欄で手のひらを返したような同情のコメントが犇めき、いとも簡単にバッシングコメントへのイイねが同情コメントへのイイねへとひっくり返る。
別に誰かに謝って欲しいわけじゃない。
だけど
2年という歳月が過ぎても尚、心に大きな傷が残っているこの子の姿を見ると…何とも言えない歯痒い気持ちになってしまう。
座り込んでいる璃音くんの元へ戻り声をかける。
「どうする?どこか落ち着ける所にでも行く?」
「…そうだね。そうするよ。アンソニーごめんね?僕…行けない。」
「…言イ過ギマシタ。」
「…アンソニーが悪いんじゃないよ?」
「デモ。」
「気にしないで、僕は大丈夫だから。」
璃音くんは横で一緒に座っていたアンソニーの肩をポンと叩いて立ち上がり、僕に向かっていつぞやに見せた真っ青な顔と紫色の唇で無理矢理作った笑みを見せる。
「そーたくん!後は任せたよ!ほら行った行った!」
「…うん。」
僕は不安そうにこちらを見るアンソニーに視線をやる。
でも、本音を言うとこれは困った事態だ。
現実的に考えて僕は英語ができない。もちろん彼がそれなりに日本語を理解しているのはわかるのだが、いざという時にコミュニケーションが取れないと…。
「…。」
「ソータ…私ノコト、キライ?」
クソっ!
違うんだ!
君の事が嫌いなんじゃない!
単純に不安なんだよ。色々と。
「そんな事ないよ!さぁアンソニー!行こう!僕、この街に詳しくはないけどさ!案内するよ!」
僕は自分の目線よりも高い所にある彼の肩に手を置いた。
「ハイ…。」
とアンソニーは少し安堵した表情を見せてくれた。
この人はほんと表情が豊かだ。抱きしめたくなるような可愛さだ。こう思えてしまうのはやはりファーストキス効果なのだろうか…。
「じゃあ璃音くん、待ち合わせ何時にする?」
「…うん…2時間後でもいい?」
「了解!あ、璃音くんコレ。無いよりあった方がいいでしょ?」
僕は自分の掛けていた眼鏡を渡した。
「…いいの?」
「度も弱いからさ、念のため付けていなよ。」
「ありがとう…そーたくん。本当にありがとう…。」
僕達はその場で別れたものの、しっかりと璃音くんがお店まで辿り着けるか不安だったので、僕とアンソニーは気付かれないように彼の後をつけて無事カフェに入店したのを確認した。
次回予告
3話 Julien Blanc




