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2話 プピー

「よし、そーた。お前に面白いものをプレゼントしてやる。俺とアンソニーから泊めて貰うお礼だ。」



玄関から部屋の中へと移動すると徹平が切り出す。

「要らないよ。怖いもん。」

「いーからいーから!」

「良くないよ。良かった試しがないもん。」



そう言う僕を無視して徹平は何やら英語でアンソニーと話し込む。


「…。」


見事なまでに無視されてしまった。

僕は喉が渇いたので、飲み物を取りにキッチンへ向かう。冷蔵庫を開け、身に覚えのないトーテムポールの置物をどかしてお茶を取る。部屋へ戻り、テレビをつけた。



それから数分後、話終わったのだろうか。

徹平とアンソニーは自分達のスーツケースの中を漁り、様々な機材やパソコンを取り出し始めた。どうやら話終わったのだろうか?



ガタ、ガダガタ


今度は2人が僕の部屋の押入れから中に仕舞ってあるものを迷わず次々と出し始めていた。



「ちょちょちょ。何やってんの。」

「いーからいーから。後でちゃんと戻すから。しかし…やっぱりな。昨日布団を出した時も思ったけどよ、この押入れめっちゃ広いよな!」


「ん…あぁ、そうだね。普通の1Kの部屋じゃここまで広いのはそうそうないんじゃないかな。」



不動産屋さんによると元々この部屋は大家さんの娘さんの為に作った特別な部屋らしく、アパートの中でこの部屋の押入れだけは異様に広く作ってあるらしい。ウォークインクローゼットというのか、納戸というのか、見た目はそこまでオシャレなものではないのだが、奥行きがあり、表記上は1Kであるものの、厳密には1SKを飛び越して2Kになってもおかしくない。

あまり物を持たない性格の僕にとっては宝の持ち腐れではあるが、両親や妹が泊まりに来る時用のお布団や、大好きなコタツなど普段使わない大きいものを余裕をもって仕舞っておく事ができるので、非常に便利である。




「この広さなら充分だ。」

と徹平は僕の部屋のコンセントに延長コードを差し込み、アンソニーと一緒にノートパソコンや機材などを持ち、空になった押入れに2人で入っていった。



「そーた。絶対に覗いちゃダメだからな?」

と僕を指差しながらそう言うと、ピシャリと押入れの戸を閉めきった。

まるで鶴の恩返しみたいなシチュエーションだな。



でも、押入れの中は生活するための空間じゃない。パソコンなんて持ち込んで締め切ったら、その排熱で死ぬほど暑くなるぞ。

この部屋以外で一番広いのは押入れの中という事に異論はないのだが、別に何をやっているのか見られたくないだけなら、風呂場でもいいんじゃないのか。

それとも誰かがトイレに行きたくなった時の事を配慮したのだろうか。





僕は住み慣れた部屋を見渡す。

うーん。しかし、アンソニーも泊まるとなるとさすがに狭いなぁ。部屋にあるものと、彼らの最低限の生活用品以外はスーツケースに入れて押入れの中に仕舞ってもらうしかないな。

布団は誰か一人分に二人寝れば何とかなるとして…

あとは食器か…。








プピー



陽気な音がした方を見る。

相変わらず璃音くんの寝顔はこの上ないほどに最悪だ。

ヨダレを垂らし、目が半開きになっている。この子の寝相が凄いのはそこだけではない。イビキはかかないものの、不定期でプピーというのだ。

とにかくこの音はズルい。

笑うなという方が無茶な話だ。


僕も含めてイグレシアのメンバー全員で眠る機会も何度かあったのだが、この音が聞こえると皆、クスクスと笑い出し、彼の寝顔鑑賞会が始まったものだ。

あの優しい流星ですら、「可哀想だからやめなよ」と言いながらもこの酷い顔をよく覗き込んでいたな。



…そう言えば、徹平なんかこの寝顔写真Tシャツを本気で商品化しようとサンプルまで作ってたっけ。何度璃音くんを泣かしたことか。

しかも、泣いてしまった璃音くんに向かって謝るどころか「泣くくらいなら寝なきゃいいじゃん」と吐き捨ててたな…。



普通、こんな事をしていたら人間関係が崩壊するのは時間の問題なのだが、やはりそこは徹平の凄いところだ。

誰よりも弄るが、その分なんだかんだ言って誰よりも璃音くんの面倒を見ていたのも徹平だ。

だから傍から見ていて本当の兄弟みたいな絆を感じていた。徹平はそういう人との距離の詰め方が本当に上手い。

僕自身も彼に沢山の事をされてきた。普通だったら関わりたくもないのだが、彼はその分、美味しいご飯を作ってくれたり、自分も疲れているのにマネージャーの僕を車で送ってくれたり、本当に気が利く優しい奴だ。


彼は誰に対してもフェアなのだ。


自分が人気アイドルという立場なのにも関わらず、それを鼻にかける事なく

相手が僕みたいな下っ端マネージャーであろうと

後輩であろうと

先輩であろうと

誰に対しても対等であり平等なのだ。

だから嫌味がなく気兼ねがない。



プピー



しかしほんとえげつない顔だなこれ。強烈。




それから約一時間半の間、たまに少しだけ押入れの戸を開け、空気を入れ替えるくらいで、2人は一度も出て来る事なく篭り続けた。








次回予告

3話 ご褒美

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