98話目 神秘魔性
クロードが相手勇者を気絶させ、リューテと共にクレアをノックダウンさせた頃。
白兵戦の役割を互いに失い、降魔と悪魔祓いを延々と繰り返すかに見えた、魔耶、メイヴと聖女、賢者の戦いは思わぬ展開を見せていた。
「大いなる神よ、今その創造の力をもって、天の力を示したまえ」
悪霊があれば天使もある。
聖女は天使を召喚し、圧倒的不利を対等にまで釣り上げた。
そして、メイヴと賢者……
「お前、賢者じゃないな」
恐らく賢者であろうと勝手に思い込んでいたものの、戦い方は魔法を扱う賢者ではなかった。
メイヴの問いに、なおも顔を見せず、白外套の影から目を光らせる。
かすかに見える口元は、微笑んでみるようにも見える。
「賢者? 異教の術士と僕を一緒にするな。僕は<大聖者>」
外套を取らないままに、金色の瞳を覗かせながら名乗りを上げた。
「大聖者・ホーリネス。神の勇者の監視者にして、あらゆる聖人の力を束ねる、神威の代行人」
「大聖者……よく分からないが、とにかく」
メイヴが心の中で精霊に語りかけると、暴風が吹き荒れる。
「エルフ・メイヴ。私の理想は、エルフを束ねる王となる」
「その理想は今日で終わる」
「終わらせはしない。」
暴風はメイヴの髪を激しく揺らすも、ホーリネスの外套はまるで草原をかける穏やかな風に揺らめくよう。
「切り刻め」
濃密な魔力が大気に馴染み、緑に輝く刃が竜巻のようにホーリネスを包み込む。
が、それはものの数秒で掻き消される。
「無駄だよ」
「疾風刃来」
駆け抜ける疾風の速さでメイヴはホーリネスの横を通り過ぎる。
右手に持つルーンの刻まれた直剣は振るわれたようだが、しかしホーリネスには傷一つない。
メイヴは即座に振り返り、確認する。
「手応えがない。なら、これはどうか」
剣を持たない左手の五指をわらわらと動かす。
目に見えぬほどの細い糸。迅速にして正確な操作、風の魔糸が踊る。
ホーリネスの体全体に這うように……。
「これは……!?」
風の糸には、何かが触れた感触すらない。
しかし、確かに風の糸はホーリネスを捕えているはず……。
「無駄だと言っている」
ホーリネスがそう言うと、彼の周囲に幾つもの十字架が出現する。
どれもが魔力を有していないにも関わらず、宙に浮き、そしてメイヴに襲い掛かる。
メイヴは風の糸で迎撃する。
「なっ、どういうことだ!」
咄嗟にバックステップし、飛来する十字架を叩き落す。
しかしメイヴは謎の現象に戸惑いを隠せない。
「どうしてすり抜ける!?」
風の糸は完全に十字架をすり抜けた。
一切の引っかかりもなく、まさに空を斬っているかのように、なんの感触もなかったのだ。
「まさか……」
「邪なる術が、神の加護に通用するとでも?」
魔法が通じない。
それは自然を用いる魔法を強みにするエルフにとっては、絶望的状況。
しかし、だからと言って引き下がることはない。
メイヴはエルフの女王の一人。誇り高き森林の守護者にして、安全無欠の一人だ。
「でも、剣は通じるみたいだな」
すれ違いざまの斬撃がすり抜けたのは気がかりであったが、十字架を叩き落せたならば、時間稼ぎとしては十分。今のところ、相手の攻撃はそれほど苛烈というわけでもない。
このまま時間を稼ぎ、リューテかクロードに応援を……というわけにはいかない。
「私も安全無欠の一人だ。妥協はしないさ」
メイヴは剣の構えを解く。
全身を脱力させ、風の精霊と心を通わせる。
「私は森羅万象の守護者、エルフの女王エル・フォレスト・メイヴ。森林よ、疾風よ、私と共に在れ」
魔法とは、魔力を用いて魔性の現象を引き起こす……だけではない。
魔力を持つ存在と性質をリンクさせること。身体強化の魔法に通ずるものだ。
「邪な術だ。大聖者として見過ごすわけには、いかないね!」
次々と出現する十字架はメイヴへと突っ込んでいく。
十字架の先端がメイヴの眼に突き刺さる寸前、姿が消えた。
「消えた?」
メイヴの突然の消失に動揺はしないまでも、周囲を見回す。
少し離れたところから聞こえる化物との戦いの騒音が聞こえる。
しかしなぜか、それよりも大きく風の音が耳につく。
先ほどの暴風とは違う微風であるにもかかわらず、その音は不気味だ。
まるで……
「死神の囁きみたいだ」
「Et in Arcadia ego…死は理想郷にも存在る」
「っ!?」
咄嗟に振り返るホーリネス。そこにはメイヴの姿があった。
その剣は、間違いなくホーリネスに突き刺さっている。
それでもホーリネスの体からは血液一滴どころか、苦渋の表情すら浮かべない。
「この世で最も究極な自然を知っているか? それは、死だ」
「自然崇拝の邪教徒め」
即座に出現する十字架はメイヴを襲う。
メイヴは機敏な動きで右、左に身をかわし、ホーリネスに更なる斬撃を喰らわせる。
しかしあらゆる斬撃は空を斬るような感触だった。
「離れろ」
膨大な量の十字架が出現し、さすがのメイヴも距離を取る。
それを追うように十字架は降り注いで地面に突き刺さる。
「さっきと動きが違う……なんだこいつは」
「魔力の通っていない剣でも、あの布には刃が通らないのか?」
剣を突き刺したが、刃は湖面に突き刺しているように布に飲み込まれていた。
しかし感触は湖面どころではない。水のような抵抗すらなかった。
「となると……ちっ!」
四方八方から来る十字架をステップでかわし、剣で弾く。
その機敏さは疾風のごとく素早く、暴風のように自由。
だが、やがて数の暴力は、確実にメイヴを取り囲む。
「終わりだ」
しかしメイヴは再び消失し、十字架は互いにぶつかり、或いは地面に突き刺さる。
「また消えた。邪教の術め……っ!」
さくりと額に突き刺さる刃。
メイヴの真っ直ぐな剣が、真っ直ぐ突き刺さっている。
「なるほど、そういうことか」
神々しい光の粒がホーリネスの額に集う。
身を引いて刃から逃れると、何事も無かったかのようにメイヴを見据える。
額にあるはずの傷は、その形跡すら見られなかった。
「その布が飲み込んでいるのか? これでは死なない程度に四肢を切り落とす、とはいかない」
死なない限りは復活しないことは、ここに来るまでの下での戦闘でよく観察できた。
戦うことになれば、風糸で四肢を切断して無力化しようと思っていたメイヴであったが、その手は完全に封じられた。
「なるほど、これは手強い。これも神が与え給うた試練か。ならば……」
ホーリネスは白い外套から腕を伸ばす。
「腕がほしいなら差し上げよう」
差し出された左腕に、メイヴは警戒するも、姿を消失させた。
今のメイヴは自然と同化することによって、精霊の恩恵を限りなく受け取ることが出来る状態にあった。
自然の一部となったその体は一流の戦士でさえ察知できない隠密性を得て、その静かさはアマゾネスにも勝る。
また風の精霊と同化することで、自らの体を大気に溶かし、風のように自由かつ迅速な動きを可能にし、その速度は並の天狗をも凌駕する
なおかつ同化中のメイヴにはあらゆる攻撃が一度だけ無効化される。
同化中のメイヴの体は存在が不定形であり、しかし存在そのものは確かにあるため、攻撃によって痛みを感じさせることで、同化が解除されてしまう。
とはいえ、同化中のメイヴに攻撃を当てる自体が既に人間技ではまず不可能だ。
そうメイヴは考えていた。
腕を切り落とされたホーリネスは、そんなメイヴを冷めた瞳で見ていた。
「聖なる釘よ、打ち止めたまえ」
「ぐぅっ……!?」
その口が静かに言葉を紡いだ瞬間、メイヴの手足は強烈な激痛に襲われ、自由を奪われる。
「な、何が……」
動かない左右の手を見ると、光る釘が突き刺さっていた。
のみならず、自身の体が突如として現れた十字架に磔にされているのに気付く。
「これは、一体、ぐぅ……」
「来たれ聖なる槍よ」
外套から伸びるホーリネスの右手に、純白の槍が顕現する。
「貴方は塵から生まれた。故に貴方は塵に帰る」
見ているだけで凍えるような、穢れ一つない純白の刃が、胸の膨らみに突きつけられる。
「…………」
「……?」
ホーリネスは、その気になれば次の瞬間には、メイヴの心臓を刺し貫くことが出来るはずだった。
しかし、彼は外套の隙間から穂先を見つめている。
メイヴはそれを不思議に思うも、詰まった声を漏らすくらいが精一杯だった。
「くっ……!」
なぜかホーリネスは首を振る。まるで何かを振り払おうとするかのようだ。
続けて深く息を吸っては吐き、一段落したところで再び鋭い眼光を向ける。
来るか。覚悟したメイヴは来るであろう痛みに体を硬直させた。
その瞳に宿る理想の光は失われてはいないものの、痛みへの恐怖に顔も強張り、翡翠の瞳も潤む。
「ぐッ……」
が、そのときは訪れない。
「っ……?」
ホーリネスの鋭い眼光は、驚いたかのように見開かれている。
いや、その表情は驚愕と混乱に違いなかった。
「から、だ、が……」
「いかに聖骸布といえど、状態異常は防げないみたいねぇ」
妖艶な声が響いたかと思うと、次の瞬間ホーリネスの顔は巨大な腕に掴まれ、持ち上げられる。
メイヴの目に映ったのは、筋骨隆々の男だった。
否、それには生殖器が無かった。男だったのか、それとも女だったのか分からない。
少なくとも、今は人間ではない。
その背丈は雑木林にも届きそうなほどに高く、その各部位の太さは幹のようだった。
灰色の肌からは血色というものがまるでなく、ホーリネスを持ち上げながらこちらを見る瞳は、白く濁っていた。
その化け物は、ホーリネスの顔を握り潰し、遠くへ投げ捨てた。
一時的にでも死んだためか、メイヴを拘束する聖なる釘も十字架も途端に消滅し、メイヴは解放される。
「魔女の本懐は薬学。原点回帰よね」
「助かった。魔耶」
メイヴは見上げると、落とされた瓶をキャッチして、その中の液体を飲み干す。
釘で穿たれた傷が見る間に治癒していく。
その間、魔耶は箒に腰掛けながらメイヴと雑談する。
「相性が悪いみたいね」
「魔法がまるで通じない上に攻撃も通らない。そっちはどうだ?」
「拮抗しているけど時間の問題ね。でも妙なのよね、あそこまで弱いと」
いかに何度でも蘇るとしても、聖女は四人の中でも特別に弱いと魔耶は感じた。
戦士は天狗を圧倒した上に、アマゾネスの女王相手に善戦していた。
勇者も、クロードの聖装がなければ十分通用する実力を持っていた。
現在進行形で再生し、化物を刺し殺している大聖者も、メイヴを確実に仕留めることが可能だった。
「でも、あの聖女は天使を召喚するしかない。それ以外には、治癒魔法くらいしか使えない。召喚する天使もそこまで強くないのよね」
「気になるが、ホーリネスが起きた。続きだ」
ホーリネスは周囲に十字架を出現させ、槍を片手にメイヴと魔耶の方に接近している。
「そのことなんだけど、ちょっと作戦があるんだけど」
「な、なんだ?」
魔耶はメイヴに耳打ちする。
不意にメイヴは魔耶から逃げ出すように離れ、距離を取る。
「お前、それは……」
「リューテの方じゃ上手くいったみたいだし、向こうも慣れてないみたいだし」
「いや、しかし私は、クロードじゃないと……」
「今のところ勝つ方法はこれしかないわよ? しかも確実」
「で、でも、でもそれは……」
頬を赤らめるメイヴに、魔耶は舌なめずりをして妖艶な微笑を浮かべる。
「大丈夫。私がちゃんとレクチャーしてあげるから。クロードとの時のために精進なさいな」
「精進って……」
「少なくとも、リューテは相応の経験があるでしょう。そのときに遅れを取るのは目に見えているでしょ?」
「……お前は、どうなんだ」
「あら、知らないの? 魔女の宴は、過激なのよ?」
メイヴは散々迷うも、ホーリネスの接近でとうとう折れた。
「この、悪魔め……」
「私なんてまだまだですわ。さあ、行きましょう。アスモデウスの導きのままに」
エルフと魔女が、大聖者を見る。
「なんだ、あいつら」
そのただならぬ視線に、ホーリネスは初めて恐怖した。
「っと、危ない危ない」
大画面は即座に場面を映す。
親子で見ていたドラマで思わぬベッドシーンに突入した時のような気まずさを覚えながら、即座に画面を聖女に切り替えた。
どうやら聖女は天使に守られるまま、祈りを捧げている。
いや、祈りを捧げることで天使を召喚しているのかもしれない。
「マスター、画面が」
「ああ、二人がかりだし、問題ないだろう。残るは聖女だけだ」
とは言いつつも、結城と銀風、新月はしっかりと濡れ場を干渉力で覗いていた。
「これじゃ干渉じゃなくて鑑賞だな!」
「誰が上手い事言えと」
メイヴと魔耶は構える。
大聖者ホーリネスは澄ました表情で二人を見ていた。
これから味わわされる誘惑の地獄など知るよしもない。
「異教徒に魔性の女……まとめて裁く」
ホーリネスは一定の距離を保つことにした。
あの異様な香で体を鈍らされないためだ。
「じゃあ、作戦開始!」
が、その対策も、魔耶が放った何かが強烈な光を発したことで意味を失った。
「ぐっ、目が……!」
強烈な光によって視界を奪われる。
「メイヴ!」
「風よ!」
メイヴが痺れ粉を散布すると、メイヴがそれを風で操り、ホーリネスへと流す。
ホーリネスはまたもや吸引によって全身を痺れに襲われた。
「ま、またこれか……だが」
「だけじゃないわ」
くらりと眩暈がし、ホーリネスは跪く。
「なんだ、これは、何かが込み上げて……」
「どう?」
問われ、顔を上げるホーリネス。
目の前には、胸元をはだけさせ、白く豊満で、柔らかそうな谷間を見せる魔女・魔耶の姿があった。
「僕に、一体なにをした!」
「あらあら、顔が真っ赤よ?」
悪戯っぽく口元を押さえてくすくすと笑う魔耶。
今のホーリネスには、その動作さえも危うい。
不意に魔耶はホーリネスの外套の頭を覆う部分を剥がす。
「ふふ……やっぱり私の見込みどおりね。ほら、言ったでしょ、メイヴ?」
「う、む」
メイヴは気まずそうに目を泳がせている。
その姿はまるで性を前にした生娘のようで、それが尚更ホーリネスの奥底から、それを強く湧き上らせる。
「っと、ついでだからこっちもチェックしときましょう」
「なっ、おいっ! 何をする! 汚らわしい手で僕に触れるな!」
口ではどれだけ拒絶しようと、麻痺して自由を奪われた体では、か弱い女性の力にすら抵抗できない。
結果、ホーリネスは聖骸布を剥がされることとなった。
「ほら、やっぱり男の子」
「魔耶、本当にやるのか?」
「もちろん。リューテの相手が神の加護を放棄できたなら、これでも大丈夫なはずよ」
「お前たちなにを企んで……むぐっ!」
魔耶が何かの液体を口に含んだかと思うと、くちづけして強引に飲み込ませる。
「ぷはっ!? なにを……ひっ!」
ホーリネスの全身が熱く火照り、頬は紅潮する。
「そ、そんな、まさか、お前たちが考えているのは……」
「大丈夫、ちゃんと気持ちよくしてあげるから……」
「た、助けて! 穢されるっ! 神様ぁ!」
必死に助けを請うホーリネスだが、服の上からも分かるほどに、薬はよく効いていた。
「まあまあ、そう怯えないで。メイヴはエルフの女王だし、魅了されたって恥ずかしいことじゃないわよ?」
「だ、誰が異教徒なんぞに……」
「まあ、生憎とメイヴは既に意中の人が居るけれど、慰めてあげるくらいのことは出来るから」
「ちょ、ちょっとほんとにやめ……」
もはや、先ほどまでの戦闘らしさはどこにも残っては居なかった。
ホーリネスは二人の魔性の女の謀略によって、己の信仰する神に逆らうこととなってしまったのだった。
パーヴァートたる三人が、干渉力という便利な力で鑑賞していた。
銀風は感心したように解説する。
「いやしかし、なるほど確かに魔女ともなればそうだな。サバトも言うなればキメセク乱交パーティだ」
「姦淫の罪、か。聖者は魔女と異教徒に誑かされ、神聖なる加護を失った……羨ましい」
「お求めとあらば、すぐここで応えようか?」
銀風の誘いを、結城はやんわりと断る。
さすがの結城も清く信頼捧げるレイランの前でそんな醜態を晒すほど、性癖捻じ曲がってはいなかった。
「にしてもいいなぁ、魔耶。あそこですぐそういう方向に発想できるなんて。パーヴァートにスカウトしてみようか」
「やめておきなさいな」
魔耶に媚薬を飲まされて、ホーリネスはこれまでにない欲情に襲われることになった。
薄い本さながらの展開。羨まないほうがおかしいというものだ、と結城は思う。
が、今の結城にはそれよりも果たしたいと思う理想がある。
たとえ今のホーリネスのように媚薬を盛られ、魔性の美女二人を相手取ったとしても、この理想世界と自分の理想なら打ち砕くだろう。
「本当かぁ? 結城ならすぐに股座おっ起てて懇願するんじゃないか?」
「いや、そんなことはない……と思う。あと人の心を読むな」
強く反論出来ないのは、意思の弱みか。
色仕掛けが意志の弱みか。
それに新月が目を付けた。
「あら、珍しく嫉妬ですの? 銀風。あなたにしては珍しく棘がありますわね」
「いや、たまには言葉責めにも挑戦しようと思ったんだが」
「なるほど。とはいえ、人の一番気にしそうな、デリケートな部分はもっと優しく触れるべきですわ」
「「勉強になるなぁ」」
結城と銀風の声が重なる。
そして、勇者は目覚めた。
「わ、私は……」
クロードと戦い、殺されることもなく、全身を疲労感が襲っている。
神の加護があろうとも、与えられる力は大きくない。
死なないというだけの、神の御業、ただの現象に過ぎない。
これは試練。千年王国、楽園へと至るための、試練……
「試練、なんだ……」
それは勇者として、神を信じる全ての人々の幸福のために、乗り越えなければならない。
乗り越えて、楽園に至って、彼女と……
「もう、時間が……」
「勇者様」
疲労感を押しのけ、なんとか立ち上がった勇者に、背後から声がかけられる。
振り返ると、そこには白の乙女が居た。
白銀の髪に、黄金の瞳。
煌びやかな金の刺繍がされた聖なる装束に身を包む、絶聖なるの美女。
「聖女、様……」
勇者が気が付くと、自身の口が聖女のくちづけによって塞がれていた。
聖女はゆっくりと離れ、哀憐の表情で言う。
「勇者。いえギル、今までありがとう」
「聖女様、どうして……」
「時間が来てしまったようです」
時間が来た。
その言葉に勇者……ギルの表情が絶望に染まる。
「そんな」
震える手が、力なくも伸ばされる。
「嘘だ。嘘だよ、そんなの。私は、貴方を助けて、私は……」
「ありがとう、ギル。でも、もういいの。もう私は満足ですから。これまでの旅で、十分楽しめましたから」
聖女は手を取り、涙する勇者の頭を抱き止める。
「リリス……」
「堕ちた私を救おうとしてくれたこと、本当に嬉しく思います。あとは……」
「なら、私も一緒だ。貴方と共に行く」
聖女・リリスはギルの瞳を見る。
その真剣な瞳には、命をかける覚悟が確かにあった。
リリスは溢れそうな涙を、瞼を閉じて止める。
「ありがとう、ギル……さようなら」
ギルの体からは既に力が抜けていた。
リリスは静かにギルを寝かせる。
きっとギルに、別れの言葉は届かなかっただろう。
「ごめんなさい、ギル。私の醜い姿、見ないように済ませるのが、精一杯なんです。本当に、ありがとう……」
安全無欠も大方決着がついたところで、結城はアルカがどうなったのかを確認するため、あの空間を映した。
「どういうことだ、これは」
アルカは万能の王。
その実力は、あの空間に自力で至れる時点でその絶大さが想像出来る。
「アルカでも、勝てなかったのか」
画面に映し出されていたのは、闇黒に浮かぶ魔法陣。
そして死屍累々。倒れ伏す人々の中、膝を着いている金色の王の姿が見えた。




