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99話目 神域の戦い

 アルカと神の攻防は、ただ猛烈だった。

 時に剣で競い、槍で競い、戦斧で競い、刀で競い、銃撃で競う。


「万能は全てに通じ、誰にも劣らぬ高みこそが王。私は全知万能の王」


 そして今は杖術。

 しかし極められた武芸は刃のない杖ですら斬撃に匹敵する一閃で剣戟を繰り広げる。


「なるほど。たかが人の身で、よくぞこれほどの芸当を身につけたものだ」


 どちらも無表情のままに、己の力を手にしている。

 投影された武具によって互いの技巧を競い合う。


「堕ちろ」


 黄金色のオートマチック拳銃を構え、何度も発砲を繰り返す。

 神は銃口の向きから予測し、さらには銃弾を視認し正確に杖で弾く。

 それはまさに神技であった。


「だが神技には届かない」

「王技・天皇磊落」


 大槌を振り上げ、一気に振り下ろす。

 踏み込む隙のなかった一撃を、神は真っ向から受け止める。

 ただ掌で受け止めるのみだ。


「かかったな」


 アルカは光速の速さで動き、残像を残しながらも一瞬にして神の体を縛り上げた。

 光の縄で縛られる神は、感嘆の声を上げる。


「ほう、これは芸達者だな」

「武芸百般。百般にして頂に立つのが、王だ」

「良い心がけだ。光速と同化し、完璧な縛法。見事な早業……だが」


 光の縄が一斉に細切れになる。

 思わぬ事態にアルカも無表情を崩した。

 よく見れば、その手には短い刃物、ナイフがあった。


「これは……」

「神速は物理法則をも置き去りにする。世界の上に立つほかない王には、追いつけまいよ」

「貴様ッ……」


 アルカもまたナイフを顕現し、神と打ち合う。

 だがナイフのみならず、隙あらば拳で殴り、足で蹴り、掴んで投げる。

 神は紙一重でかわし、投げ飛ばされてもなお神々しく地に降り立った。


「神威一閃」

「天帝一矢」


 お互いに同時に弓矢を顕現し、同時に引き絞り、そして同時に放った。

 空を切り裂いて進む矢は互いを掠め、軌道をわずかに逸らす。


 アルカの頬に傷を作り、神の頭髪を数本奪う。


「さすがは神、しぶとい。だがすぐにその玉座から引き摺り下ろす」


 そして弓矢を双剣に持ち替え、再び踏み出す。


「っ!?」


 踏み出した足に力が入らず、ついにアルカは膝を着いた。


「認めよう。お前は神に匹敵する力を持っている。が、所詮は人の身だ。人間という器に神の力は収まりきらん」

「まだだ。まだ終わっては……」

「その調子じゃあ、決着がつく前に理想郷が滅びてしまうんじゃあないかな?」


 そう言うのはドクであった。

 確かに、戦闘は贔屓目に見ても優勢とは言いがたい。

 そのうえ膝を着いてしまっては、勝てる見込みなど微塵もない。


「というわけで、君には一旦ご退場願うよ」

「待て、待て」


 ドクがアルカの隣の通り過ぎ、神の前に立つ。


「お前は……何ゆえ我が前に立ちはだかる?」

「初めまして神様。私はしがないマッドサイエンティスト。人は私をドクと呼ぶよ。私の理想はただ一つ。神を凌駕する存在を創り上げること」

「ほう、創造主が創造神を凌駕する存在を創ると。して、どうする?」

「こうする」


 途端、ドクの足元から黒い影が広がり、魔法陣の床を染め上げた。

 影は噴水のように噴き上がり、また炎のように燃え盛り、岩石の柱が突き上げ、黒い竜巻が立ち上る。

 そして全てがはじけた時、そこに立つものを見て、アルカは驚愕する。


「それは、なんだ?」


 そこに立つのは、『彼』とも、最初の二人とも、ましてや結城でもない別の者たちだった。


「彼らは僕の研究成果、僕が開発した最高傑作たちだよ。僕の理想の創作物とも言う」


 その言葉の意味を問おうとした時にはアルカは理解した。

 ユートピアを作り上げたドクは、既にこの世界に立ち入る権限を有している。

 そしてそれはドクのみならず、ドクの創作物も含まれる。


「いきなり朱の影に飲み込まれたので何かと思ったら……どうしていつもこうなんですかね」


 ぼやくのは色鮮やかなライトブルーの髪とアクアマリンのような瞳を持つ、一見すると少女のようにもみえる可憐な少年。

 影のようだった水は既に清らかな透明さと清涼な青さを取り戻している。


「なるほど、ここが神の空間か」


 煌々と熱された溶岩のように輝く髪と、獣のような眼光。しなやかに、しかし密度濃く引き締まった肢体に火炎を纏う男。

 彼はあらゆる不義を打ち砕き、焼き尽くす異能のエージェント。


「影酔いしたわ……何よ影酔いって」


 砕け散る柱から現れるのは、岩石と同じ茶色の髪と瞳。気品を溢れさせる乙女。

 のはずが、影での転移によって気分を害されていた。

 とはいえ気を取り直し、敵である神を視認しては、砂、泥、岩からミスリル銀まで顕現する。


 そして、黒い竜巻が霧散した後に残る、二人の男女。


 一人は青空のように深い青の髪と銀色の瞳の少年。しかし背は高く、隣の少女の頭を撫でている。

 もう一人は稲穂のような眩い金の髪。そして、橙色の瞳の少女。

 二人は何もないはずのこの空間で、穏やかな風が二人の髪を揺らしている。


「私の最高傑作、及びその派生が数人が相手になるが……まさか卑怯とは言うまいね、神様?」


 無間の風、マクスウェルの魔女、ファンタズマゴリア・アクアマリン、ガイアモンド、オーバーヒート。

 最上級異能者のフルセットが、神の御前に並び立った。


「まあ卑怯もなにも、これは決闘ではなく実験だ。このマッドサイエンティストの、神を殺す実験」


 不意打ち。

 ガイアモンドは未確認金属で剣を形成し顕現、即座に射出した。

 それに続き、オーバーヒートが突撃し、アクアマリンが援護する。

 という流れになるはずだった。


「……なるほどねぇ。想定どおり」


 ドクは感心したように呟く。

 ガイアモンドの射出した刃は、神の眼前で停止していた。

 それが宙で回転し、突撃するオーバーヒートに放たれる。

 アクアマリンの援護によって剣は高水圧の弾丸によって弾かれ、オーバーヒートは神の前に到達した。

 全身に火炎を纏い、より一層火力の増した拳で神の左胸部を打つ。


 寸前、青い閃光が走り、オーバーヒートは吹き飛ばされた。

 転がりながらも、即座に立ち上がるオーバーヒート。しかし、その体に纏う炎に、わずかに青い残り火があった。


「こいつッ、異能が使えるのか!?」

「異能……お前たちはそれを異能と呼んでいるようだが、我は全知全能の神。そんなものは我が全能のごく一部でしかない」


 万の能に通じたとて、全の能には遠く及ばない。

 全知全能。それこそが神の証明、神の御技。


「絶望せよ、傲慢な人間らよ。お前たちの抱く理想も、想像も、全ては我が全知より外れることはない」


 神の言葉に、さすがの異能者もたじろぐ。

 しかし、一人の男は臆することなく神へと歩みを進める。


「エアっ!」

「お前たちは援護を、俺が行く」


 膨大な風を纏い、吹き荒れる風を指先一つで操る暴風の王にして、あらゆる事象を観測し、未来すら予知する力を持つラプラスの魔人。


天魔風神ラプラス・エアウィンド、参る」

「ほう、全知……未来すら見通す悪魔の所業を身につけたということか」

「おっと、俺もまだやれるぞ」


 エアの横にオーバーヒートが並び立つ。


「吹き飛ばされても知らないぞ」

「なに、お前の風力くらい、火力に変えてみせる」

「好きにしろ」


 会話しながらも神に突撃する二人。

 それにあわせてガイアモンドとアクアマリンが支援する。


「千切れろ」


 暴風を凝縮した球を手に、相手に殴りかかる。

 その風は相手の体を削ぎ落とすに十分な風圧を内包している。

 同時にオーバーヒートも触れたものを一瞬にして融解させるほどの熱と光を拳に宿す。


 二人の一撃は、そのどちらもが即死級の一撃必殺であることは確かであった。

 さすがのペルフェルクトですら、無傷とはいかないであろう威力。


「しかし、全能の前にはなんとも無力」


 その場に居る誰もが、目を疑った。

 超高温の光を纏う拳は、一瞬にして氷付けにされながら掴まれている。

 凝縮された暴風は、爆風によって散らされ、血まみれのエアの手は神の手と組み合っている。


 エアは空いている左手に風の刃を握り、その腹部に突き刺そうとする。

 が、その動きははたと止まった。


「理解したか、全知の魔よ」

「…………」

「お前の刃では、我に傷一つ付けられないということが」


 エアはラプラスの魔人と称される未来予知で、あらゆる行動から起こる展開を垣間見た。

 そのどれもが、自分達の敗北へと繋がっている。

 逆に言えば、自分達の勝利する未来が存在しない。


「そして、お前の動きは我が予知のうちにある。お前たちに勝ち目はない」

「……」


 瞬間、エアは即座に身をかわした。


「ほう、これは……」


 神は感心したような声色で、己の胸部に突き刺さる氷柱を見た。

 どう見ても致命傷なのにも関わらず、神の表情は涼しいものだった。


 緩んだ手から逃れ、エアとオーバーヒートは距離を取る。


擬似魔力ぎじまりょく……私が一番開発に苦労したものの一つだ」


 ドクは両手を神に向けるマクスウェルの魔女の頭を撫でる。

 非常に不快そうにしている。


「だが、朱や未来予知ラプラス同様、擬似魔力マクスウェルも神打倒には必要不可欠な要素だった。魔とは非常なるもの、超常なるもの……だったっけ?」

「なるほど。確かに魔力ならば我が予知も及びにくい。その上、神霊にも負荷ダメージを与えられる」


 ドクと神が勝手に繰り広げる解説により、エアはなぜ神に勝利する未来が見えなかったのかを理解した。

 そもそも神に対して、ダメージを与える手段が限られているのだ。

 それは恐らく、この空間に自力でたどり着くことの出来る理想と、そして法理を超越する魔という超常。


「ドク。そういうことは前もって言えと」

「あはは、敵を騙すにはまず味方からって言うしね。神に心を読まれてしまったらそれはそれで困る」


 ドクは言い訳は常に一理ある。

 そうやって朱もエアも溜息一つでお流れとせざるを得ないのが常であった。


「ウェルの一撃が俺達が持つ唯一の有効打というわけか」

「さてどうだろうね。そこは君達の理想次第だ」


 この状況にもかかわらず、ドクはいつもの狂喜の笑み。


「さて、再開だ」


 とはいえ相手は神。

 ドクの最高傑作ですら、どれほど通用するかは分からない。


 一方、神は突き刺さった氷柱を引き抜く。

 血は流れず、掴んだ氷柱は砕け散る。


「ッ!」


 オーバーヒートは再び炎を纏い、突進する。

 神は青い炎を纏う。が、神は身動き一つせず顔面を打ち抜かれる。


「っ!?」


 ガイアモンドとアクアマリンが驚く。

 ウェルはともかく、あの神に初めてまともな一撃を入れた。

 オーバーヒートの駆けた後には火が残っている。


「何を怖れている、貴様等。俺達の力がなんであるか、忘れたのか」

「熱による光の屈折……なるほど。幻か」


 神はその技を分析しながら、頭部を再生させる。

 しかし、全知たる神がなぜあの攻撃を回避できなかったのか、誰もが釈然としていない。


「俺たちは理想人。その誰もが、立ちはだかる現実に心身を潰えさせられた。しかし、俺たちはここに辿り着いた。理想を叶える世界にだ」


 一時、理想を捧げて異能を手に入れたオーバーヒート。

 しかし、一度失った理想を、彼は一人の青年によって取り戻した。


「俺達には叶えるべき理想がある。俺たちはもう、神の知り得る人間ではない。理想人だ」

「なるほど、そういうことですか。なら……」


 合点がいった。というようにアクアマリンは水を集わせる。

 光を透過し、屈折させ、彩色プリズムを映し出す。

 アクアマリンの姿の幻影が5つ。一斉に神に襲い掛かる。


 神はガイアモンドのように、しかしそれ以上の数の矛を用意し、射出する。

 しかしそのどれもがすり抜け、あるいは水飛沫を上げるのみで進撃は止まらない。


「ならば」


 それは一瞬だった。

 絶対零度が神の周囲を支配する。

 存在が水であるならば、確実に凍る。

 幻影であるならば、破壊できなくともこちらにダメージは通らないはず。

 そして神の想定……否、予知どおり、水で出来たアクアマリンは凍りついた。


 が、水が氷へと変わっただけで、二つの氷刃が容赦なく神の両腕を落とした。


「馬鹿な……こんな予知は」

「当然でしょ。私たちはあんたの知ってる世界の住人じゃないし」


 ガイアモンドが作り上げたのは、一本の矛だった。

 刃は白く、しかし身は自在に変色し、多種多様な宝石のような輝きを見せる。

 一見すれば、それは矛のように加工された宝石だった。


「貫けッ!」


 勢いよく射出された宝石のような矛は、神の顕現させた矛も盾も穿ち貫き、打ち砕いて神の肉体に突き刺さる。


「貴方には分からないでしょうね。全部を知ってるから、想像する必要なんてないものね」

「想像、だと?」


 全知全能の神。全てを知り、全てを得ているものが、想像などするだろうか。

 全て知っているのだから、思慮はすれども、思想することはない。

 よもや、未知の領域など想うはずもない。


 エアの握る刀剣に、黒雲の竜巻が纏う。

 地面を抉り地形すら変貌させる。破壊の渦を。


「ここはお前の世界ではないとなれば、お前の全知を凌駕するものが新たに生まれても、なんら不思議ではない」

「我の知を超える存在だと……」

「そして俺達の条理は、お前の能を軽々と凌駕する。不条理には、不条理をもって相対させてもらう」

「理想、条理……そうか、この世界は、お前の理想そのものというわけか。愚息の力を継ぎし者よ」






 莫大なエネルギーの竜巻によって、神の体はバラバラ四散した。

 額の汗を拭うエアに対し、ドクは拍子抜けといった風に呟いた。


「意外と呆気なかったねぇ」

「軽く言うな。一歩間違えたら全滅してただろう」


 神の力は凄まじいものだった。それこそ、向こうが完全にこちらを潰す気でかかれば、勝ち目は無かっただろう。


「とはいえ、あの神はこちらの世界を甘く見ていたようだし、こちらにもまだ手は残っていた。私としては実験が半ばで終わってしまって残念だ」

「こいつ……」

「クケカカ! とはいえ私より残念そうな奴がいるみたいだけどねぇ?」


 悪魔のような笑みを浮かべながらドクは視線をやる。

 そこには沈鬱な表情で俯いているアルカの姿があった。

 もはや王としての面影は無く、どちらかといえば観念した武士のように腰を下ろしている。


「…………」


 エアから見て、アルカの実力は本物だ。

 あの技巧があれば、こちらの異能すら軽く乗り越えてくるだろう。

 ただ、アルカはあくまで人間の王としてこだわり、神と競った。

 異能者のように一度常人であること捨て、常人ではありえない力を発揮することが出来たのだ。


 とはいえ、そんなことはアルカにとってなんの慰めにもならないだろう。


「王は、神に勝らないのか」


 無理も無い。

 聞くところによれば、この世界でも最古参の一人。

 誰よりも長く、理想を抱いて待ち続けたのだ。

 これからも神がこの世界を襲うこともあるだろうが、せっかくの理想を叶える機会を逃したとなれば、その悔しさは相当なものであろうことは、エアも容易に察することが出来た。


 しかし、ここで勝てなければ次の機会すら得られないことは、アルカ自身も分かっていた。


 全知全能と全治万能。神と王。

 その差は、理想でも埋められないほどのものか。




「さすが、さすがは、仮にも我が愚息の力の果てよ」


 聞こえるはずの無い声が、再びこの空間に響いた。

 全員が、神が立っていた方向へと振り向く。そこには傷一つ無い青年の姿があった。

 少年の姿であった頃の面影がわずかに見て取れる。


「分身とはいえ、よもや人間が神を破るとは、いかに全知全能にしても思いもよらなんだ」


 異能者たちが分身という言葉の意味を受け入れるよりも、神がその手にある杖を掲げる方が早かった。


「では、眠れ」


 唐突に奔る青白い稲妻を、一体何人の人間が知覚出来ただろうか。

 それは明らかに狙ったような軌道に迅雷の速さ。異能者とは言え回避など出来ようはずも無い。


 気が付けば、異能者は全滅していた。


「これはさすがにまずい」


 と、笑みを崩さないドクはアルカを見やる。


「悪いけど時間稼ぎ頼めるかな?」

「……神は私が倒す。何も変わらない」


 神の技巧を越えるには、より理想を強く念じなければならない。

 そう思い、アルカは立ち上がる。

 神に向かおうとしたアルカを、呼びとめたのは『彼』だった。


「アルカ」

「止めてくれるな。私は今日、この時のために理想を抱いてきた。もはや命すら惜しむまい」

「旧友である君に、助言をしよう」


 その言葉に、アルカは『彼』の方を向き直る。

 今のままでは神には勝てない。それを最も感じているのは、他ならぬアルカだ。


「君は確かに長い年月、その理想を抱いてきた。その力は確かだ。とはいえ、長い時間が君の理想を変容させてしまったのも、また事実」

「私の理想が、変容しただと?」


 アルカのやや憤りの篭る問いに『彼』は頷く。


「思い出すといい、君の目指した王のあり方を。思い返すといい、君が憧れた神ならぬ王の姿を」

「神ならぬ、王の姿……」


 アルカ王。人間であることにこだわり、人間の王を目指した男。

 そして彼は再び神の前に立つ。


「哀れな……ならばその理想と共に、神の手によりて召されよ」

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