96話目 安全無欠の主人公VS神威の勇者
空浮く島に黒い柱が立ち、しばらくして柱は消失する。
それは恐らく柱のように見える、闇黒の滝だ。
あらゆるものを砕き壊し、貪り飲みこみ、潰し滅す。
あの中に居たなら、間違いなくただではすまなかっただろう。
心なしか、不動と思われた天空の島が、その高度を落としたようにも見える。
「やっぱり……」
あれはおそらく序の口、小手調べにもなるまい。
「さて、それじゃあどうぞ、思う存分やってくれ」
瓦礫の山と化したユートピア。
そこにはもはや何もなく、バトルフィールドとしては申し分ない。
「まだ決着はついてないのか?」
問う結城にクロードは答える。
「結城、あの闇の柱は一体……」
「クロード、今は自分の理想の心配をしたほうがいい」
クロードは振り向く。
その先には、神に選ばれし勇者四人。
「寄ってくる敵はこっちでなんとかする。お前はお前の戦いをすればいいさ」
「結城……」
「勝てよ、クロード」
結城はレイランたちを連れてその場を後にする。
クロードは剣を抜く。
「とりあえず……」
「やるしかなかろうよ」
今にでも飛び掛っていきそうなリューテは、右手に鉈を、左腕に爪をはめ込む。
同じくメイヴも剣を抜くき、刃に風を纏わせる。
「クロード、仕切りなおしだ。お前の理想を蘇らせるぞ」
意気軒昂、その微笑をクロードに向ける。
「まったく、貴方達とは長いけど、本当に変わらないわねぇ」
クスクスと笑うは、箒に腰掛ける魔耶。
「当然だろうが、魔性の女」
「その呼び方やめてって。なんなの? そんなに置いてきぼりにされたのが癪なの?」
「なんでもいいが、お前たち気を引き締めろ」
「小うるさい木っ端め」
「お前の嫌味にも、もう慣れた。さっさと終わらせようクロード。雅もいいな?……雅?」
振り返るメイヴの瞳に、羽ばたく雅の姿が映る。
その表情は沈鬱に曇っている。
「なんだ、自信でもなくしたか?」
「私は……」
他の種を見下し、孤高の存在としてあった天狗族。
その誇りを、人間に、神の僕に打ち砕かれた。
その屈辱に、天狗は打ちのめされていた。
「雅」
「なっ、なにを、うわっ!」
魔法によって気流が乱され、雅の体が落下する。
それをメイヴが待ち構え、軽々と抱きとめる。
「んっ……!?」
「お前は少し休め。そのまま戦えば、安全無欠の名を汚すことになる」
「わ、私は……」
汚辱をそそぎ、汚名を返上するには今しかない。
そんな思考が雅を支配していた。
「いかに天狗といえど、休息は必要だろう。鳥は止まり木にて羽を休める。そしてまた羽ばたくだろう」
「エル、フ?」
「誇りは折れただろうが、お前の翼は、理想はまだ折れてはいまい」
「お前は……」
惚ける雅を、メイヴは瓦礫で出来た椅子に腰掛けさせる。
「だからここで見ていろ。私達の理想を、安全無欠の力を」
「なんだか、メイヴが主人公みたいだ」
苦笑するクロードに、メイヴは微笑む。
「なら、頑張れクロード。理想を叶え、主人公となってみせてくれ」
「もちろん」
「あの、そろそろ始めてもいいですか?」
神に選ばれし勇者に、クロードは応え、振り返る。
「ああ、お待たせ。それじゃあ始めようか」
クロードの体が白銀の光に包まれ、それらは剣に、鎧に、盾になる。
「聖装・ペルフェルクト」
あらゆる災厄から大切な仲間を護る、主人公補正の極み。
「忘れたのですか。私たちはもはや不滅。神の御力で……」
「なら、僕達も不滅だ。僕の理想は、誰も死なせない。誰の理想も消させはしないから」
穏やかな微笑を浮かべながら、クロードは剣を構える。
「そんな無茶苦茶な……」
「じゃあ、始めよう。主人公だからね。世界だって救ってみせるさ」
雑魚散らしに任命された結城は、蔓延る天使やら聖騎士を殲滅し続けていた。
結城が創っている妄想は、既に世界の一つとして機能し、他の世界に匹敵する規模を持っている。
妄想顕現によって、この世界に出現させた妄想生物は、神の軍勢にすら及ぶ力で蹂躙していく。
「妄想顕現、来たれ地上を統べる者、<無量大数>」
それはあらゆる存在を凌駕する最強の巨人。
「Vol.SAVE」
その巨躯は上半身のみが地面から這い出るように君臨している。
その両眼は小さき者たちを巨腕で薙ぎ払い、空飛ぶ者を鷲掴んでは地面へと投げ落とす。
たった一体の巨人によって、ユートピア周辺は瞬く間に一層される。
ただし、紛らわしい化物も一緒に薙ぎ払っている。
好き勝手動く化物がユートピアの物であることは容易に想像できたが、見たところ倒すべき対象が神の軍勢以外、つまり自軍とアルカディア軍にまで及んでいるため、まとめて潰してほしいと頼まれたのだ。
MGシリーズの三人に。
「まったく、相変わらず無差別攻撃する化物しか作れないのかよ、バイオ部門」
「理性が無い分、永遠に復活する奴らを相手にするなら最適だろうな」
「刃が汚れるから嫌い」
ガトリングで掃射しながら愚痴るフェイに、砲撃するパティと天使を両断するルージュ二人が同意する。
ところで結城はMGの三人を改めて観察すると、なるほどユートピアで好評である理由を察することが出来た。
彼女らは一応は機械であるが、元は純粋な人間である、と言う話を耳にしたことがあった。
そして、機械の身体でさえ、外観は人間と同じ。
むしろ雑多な人間よりは明らかに美乙女であることが分かる。
乙女が銃器、火器の類を軽々と操り、敵を蹂躙していく姿は恰好良さと可愛さを兼ね揃えており、よくよく考えてみるとかなり非現実感が満載である。
また、彼女らはスタイルがかなり良い。
あれが改造されたついでに水増しされたものなのかどうかは分からないものの、砲が火を吹く度にその衝撃が彼女達の全身に伝わる。
結果、たわわな胸が跳ね、太腿が震える。つまりエロス。
これなら男の士気もうなぎ登りだろう。
パイロットのデータ化やAIの発達したユートピア内において、なおも生身の女性の体に酷似した彼女達MGシリーズが根強い人気を誇り、尚且つ存在し続けているのには、そういった理由があるのだろう。
という考察をするくらい、結城は暇を持て余していた。
「マスター」
無理もない。<無量大数>は結城の妄想の中でも純粋な『ぼくのかんがえたさいきょうのそんざい』だ。
筋の取った余程強い理想でもない限り、これを打倒すのは不可能だ。
それこそユートピアやアルカでもなければ。
「マスター、私達はいかが致しましょう」
そのため、レイランたちも暇を持て余していた。
MGシリーズが弾薬を補給する際の隙は、残存しているユートピアの戦力で対応できる。
「俺達がするのは時間稼ぎだからなぁ。単純作業だし」
アルカが神を倒すまでの時間稼ぎ。
というか、神を倒して永遠に復活する現象が収まらなければ、いくら倒してもキリがない。
体力温存のためにも、今はこのまま暇なほうがいい。
が、暇も過ぎれば退屈に変わる。
結城には妄想という楽しみがある。もちろん銀風や新月にも。
だがレイランたちにはこれといって暇つぶしになるようなものが無い。
大きな問題というわけでもないが、楽しくない時間に価値は無い。
「私はマスターのお傍にいるだけで幸せですが、このままでは」
「確かに。ん?」
結城がレイランの方を見る。
先ほどのやり取り、さり気なく己の忠誠心を見せ付けたレイランは、その視線を真っ直ぐに受け止め、そして純粋で綺麗な青眼で返す。
結城の方が先に照れてしまい、目を逸らしてしまった。
「じゃあ、クロードたちの戦いぶりでも見学するか」
妄想顕現、遠見の水晶を両手に収める。
「……ちょっと小さいな」
少し時間を要して、極小の水晶を平面に並べることで大画面を作った。
映画館のモニター並の大きさ、大迫力。
「結城」
「どした銀風」
「最初からモニターを顕現させればよかったんじゃないか?」
結城は無視して水晶画面に映像を映した。
「映ったぞ」
「踊れリューテ!」
「応ッ!」
まず最初にリューテが前に出ると、応じて女戦士が出てくる。
体格はほぼ同じ。
引き締まった体はどちらも野生的で、四肢は筋肉質であるにも拘らずどこか色香を思わせる。
また、動くのに邪魔そうな大層な胸の膨らみも、また互角。互いに胸を誇示しているような姿勢をとっているように見えるのは気のせいか。
違うのは、肌と瞳と髪の色。そして装備品のみ。
「やはりお前が来るか、雌猿!」
「め、雌猿!?」
金色の髪に黒のインナー。その上に烈火色のブレストプレートなどの装備を身につけた女戦士は、思わぬ罵倒に素っ頓狂な声をあげる。
「いくらなんでも失礼すぎるだろ!」
怒りに任せた攻撃は、幅広の大剣を使った無造作な一撃。
しかしその速度とブレの無い鋭さは脅威。
それに対し、リューテは鉈の渾身の一撃でもって対応した。
互いの横薙ぎに振るった刃が重なり、拮抗する。
「お前の名前など知らないのでな、適当に呼ばせてもらう。それが嫌なら名乗ればよい」
「アマゾネスに名乗る理由など……」
「ならそのまま雌猿として死ね」
「こ、この異教徒めっ!」
素早く振り回される大剣。
しかしリューテは小動物のような小回りと素早さで、常に相手の側面に回りこむように動く。
「遅い遅い、止まって見えるわ小童」
「私は、クレアだッ!」
とうとうクレアは名乗り、剣をもって回転する。
リューテは待ってましたとばかりに伏せ、足払いでクレアを転倒させた。
「ぐっ!」
「クレアか。ではさらばだ小童」
左腕の鉤爪で喉を掻き切ろうとするが、即座に飛び退いた。
リューテの立っていた場所を、光の球が奔る。
見やれば、杖を構えるローブ姿。
純白のローブを深く被っている賢者。
「舞え、メイヴ!」
「ああ、先に行かせてもらう」
そしてメイヴは緑色の光を細身の剣に宿り、暴風が螺旋を描き渦巻く。
「解き放て、風の精よ、木々の息吹よ……」
大きく振りかぶり、大上段。そして翡翠の瞳を見開く。
「エア・ストレイトルネードッ!」
剣を振り下ろすと同時に、地面を抉るほどの竜巻が出現し、信徒の三人に襲い掛かる。
対応のために詠唱したのは、賢者ではなく聖女のほうだった。
「神の加護よ、神の威光よ。我らに宿りて魔性より護り給え」
神々しい光と共に、竜巻がその勢いを弱まらせ、霧散した。
「生半可な魔法はディスペルされるか……魔耶!」
「惑わせろ、魔耶」
「承知いたしました。我らが勇者様」
魔耶は箒に乗ったまま、仲間も敵も全員を見下ろす。
「さて、始めましょうか」
豊満で胸は、血が通っていないのではないかと思うほどに白い。
そんな谷間に手を挿入し、一本のタクトを抜き取る。
「安全無欠が一人、森羅魔性の魔耶。参りましょう」
魔耶が内包する異質な魔力に最初に気付いたのは、賢者だった。
「勇者殿、アイツの魔力、何か変だ」
「変?」
「少なくとも、質が人間のそれじゃない。これじゃあまるで魔神のような……」
魔耶のオリジナル魔法術、降魔術。
「魔よ来たれ。人外の身を依り代に、大いなる力を現世に映し出せ!」
「うん?」
結城は画面からふと目を逸らす。
その視線の先には、百鬼夜行があった。
とはいえ、あそこまでグロテスクな異形は、少なくともこの世界の魔物ではない。
ありえるとすれば、それはユートピアのマッドサイエンティストが狂気の研究の果てにある。
「あれが魔耶の言う、『魔』なのか?」
結城は再び視線をモニターに移すと、既にモニターの端で異形が見え隠れしていた。
あっという間に異形の軍勢が辿り着く。
空飛ぶ鳥と言えば、足があるはずの部分には人間の腕が植物の根っこのように生えている。
無数の蠅かと思えば、それは人間の姿をしており、しかし黒の体毛で覆われ、その手には鋭い鉤爪が備わっている。
竜かと思えば尾には鋭い針を持ち、両腕は鋏、しかし全身はヤマアラシのように棘で覆われている。
それらの外観はまさにごった煮。一部は知性が見られないほどにゾンビ化しているようなものまで。
しかし不思議なことに、魔耶はそれら全てを従え、手なずけていた。
「題して、73柱目の魔術。私こそが魔神・魔耶」
今までツールに頼っていた魔法使いとは一線を画する、自ら魔法を創作するという行為。
それはごく限られた超実力者。例えば魔女王ローレライ・アンジュに匹敵する所業。
「神の使者というならば、ぜひともその威光、示してくださいな」
完全に見下した微笑を浮かべる魔耶。
次の瞬間、何体もの異形が襲い掛かる。
「さて……」
「なるほど、これが狙いですか」
現在、聖女と賢者が悪霊が憑依した異形に対処している。
さすがは神の威光といったところか、聖なる光に照らされて悪霊が瞬く間に引き剥がされてしまっている。
が、そのたびに降魔術を使って再び支配下においている。
女戦士はリューテが対応している。
つまり、今はクロードと勇者の一騎打ちの状態が作り出されていた。
「そういえば、この世界で戦う前にやっておくことを、完全に忘れてた」
「な……なんですか?」
「貴方の理想を、聞かせてください」
戦う前に、互いの理想を語り合う。
相手が神の使者であれ、それは理想を果たすために二度目の人生を受けたものがやるべきこと。
「私の理想……いえ、私は神のため、神の威光を知らしめるために」
「違う。それは君の理想じゃない」
クロードは彼の言葉を遮って否定する。
「僕が聞いているのは、貴方自身の理想だよ。神でもなんでもない。あなた自身の」
「そ、それは……」
「貴方はどうして神を信仰する? 神に何を願ったのかな」
「…………」
ついに沈黙する勇者。しかし、クロードは容赦なく追究する。
「それとも、神の目指す物が、君の目当てなのかな」
「くっ、黙れ! 僕は純粋に偉大なる神に信仰を捧げているんだ!」
勇者はついに剣を抜く。
白銀の剣は、どこまでも曇りなく純粋で、見る者の目を釘付けにするだろう。
しかし、所有者たる勇者が、それを台無しにしているとクロードは思う。
「そうか……それじゃあ、今回は勇者の座は君に譲るよ」
またもや要領を得ない言葉に、勇者は苛立つ。
「何を言っているんです、安全無欠!」
「そう。僕は安全無欠。勇者じゃない。この物語の主人公、安全無欠のクロードだ」
「わけの分からないことを!」
勇者の持つ剣が眩い光を帯び、天高く掲げると、それは天まで伸びる長大な光の刃となる。
それは確かに美しく、神の威光と呼ぶに相応しい。その威力もきっと全てを凌駕するものなのだろう。
「でも、そんな偽者の光じゃ、今の僕には傷一つ付けられないよ」
「さようなら、安全無欠の勇者」
一方的に別れを告げると共に、勇者はクロードに光を叩き付けた。
「神の敵を尽く焼き尽くす神の威光、思い知ったでしょう……」
「なるほどね。確かに強力だ。でも、軽すぎる」
「なっ!?」
驚く勇者の前で、クロードは聖剣ペルフェルクトの一振りで光を薙ぎ払った。
「理想の込められた一撃は、こんなものじゃないよ」
「そんな馬鹿な……神の威光が……」
「君は確かに神の加護により不滅の存在になったんだろう。でも、君の攻撃じゃあ僕の理想には傷一つ付けられない。そして僕の理想は、誰一人として仲間を失わせない。時間稼ぎとしては十分だ」
だらりと下がる勇者の両腕。その瞳には何が映るか。
しかしクロードは尚も語りかける。
「君が僕を倒したいなら、君は、君自身の理想を取り戻さないといけない」
「そんな、だって、私は、私の理想は……」
「怖れないで。神よりも大切な理想があったはずだ。この世界は、君が理想を抱くことを肯定してくれるから、思い出してごらん?」
モニター越しに、二人の勇者のやり取りを見ていた結城は呟いた。
「優しいなぁクロード。さすが主人公って感じだ」
きっとドクもこんな感じで高みの見物に興じていたのだろうと思うと、なるほど少し理解できてしまう。
「それにしても、そうか。あの絶対装甲があれば、理想の宿ってない攻撃なんて無意味なのか」
神魔を降す闇黒の徒が一人、ケイオスの闇黒さえ通用しなかったあの白銀の鎧一式。
防御、守護という特性に関して言えば、現時点でこの世界の中で間違いなく最強。
「それにしても、わざわざ相手の勇者の理想を蘇らせようとするなんて、一体どういうつもりだ?」
結城がぶつぶつと呟いていると、銀風が予想を述べる。
「主人公らしさを演出したいんじゃないか?」
「敵まで救うタイプの主人公か。俺も好きな部類だな。さて、ほかの方はっと」
モニターの画面を四分割し、全員の状況を見れるようにする。
安全無欠の戦いを見学している間も、無量大数は敵を千切っては投げ千切っては投げの簡単な作業を繰り返していた。




