95話目 挑む者
そこは本来、何も無い。
あらゆる存在が無い場所、であるはずだった。
しかし今はそこに蒼く光る魔法陣のような床がある。
床だけがある。
そして、そこに一人の王が降り立った。
「やぁ、遅かったね」
「やぁ、遅かったじゃないか」
「……久しぶりだな」
魔法陣の上に、三人の姿がある。
一人は、全知万能の王、アルカ。
黄金の王衣を身に纏う、金髪金眼、無冠の王。
いつものつかみどころの無い風体からは思いもよらない、強い意思をその目に宿していた。
「君が居るのは当然として……なぜ君がここに?」
一人は、黒衣の男。通称は『彼』
一見、神父服のようにも見えるその姿。
しかし十字架などどこにもなく、逆十字ならば首元にかかっている。
「貴方なら知っているだろう。彼女はそういう人だ」
二人の視線は最後の一人に向けられる
最後の一人は白衣の狂科学者、
汚れが一切無い純白に、縁なしの眼鏡。
その下にある見開かれた瞳には狂気の闇を宿し、狂喜の笑みを湛えている。
「大分前に話したと思うけど? 私の最高傑作は、この日、この時のためにあったのさ!」
相変わらずタガの外れた笑い方をするドク。
「ユートピアを犠牲に天使ごと消し炭にしてやったっていうのに、まさか復活されてしまうだなんてね。さすがの私も参った参った。一発殺さなきゃ気が済まない」
「……そうかい。だが、神を殺すのは私だ。全能なる神を越える、万能たる王、このアルカが」
「ふふ、理想の元では皆平等か。アルカ、私も君も所詮は理想の子というわけだ。そんな野心溢れる様で王とは」
「ドク、君は私の王道を邪魔するつもりか?」
アルカの有無を言わさぬ眼光に、さすがのドクもたじろぐ。
軽く熟考し、重い口を開いた。
「うーん、じゃあこうしよう。一緒に協力して……」
「断る。私は王だ。頂点は常に一人」
「王なんだから配下くらい居てもいいだろう?」
その提案はドクの執着と狡猾な頭脳が導き出す最善の答えだった。
王ならば軍勢を率いて敵を討つ。
だが、それは思わぬ計算違いだと、すぐに思い知る。
「ドク……お前はなにか勘違いをしているようだ」
「うん? あー」
「王は頂に君臨する者。あらゆることにおいて、2番手は許されない。共に立つなど許されない」
「君の言う王は、治めるものではないんだね」
「それもそうだが、それはアルカディアの住民たる彼らが既に果たしてくれた」
「君は、百獣の王になりたかったのか」
思わぬ計算違いに、ドクは再び笑った。
何が可笑しいのか、アルカには全く理解できなかったが、なんにせよ己の王道を阻む者は何者でアレ退ける。
それがたとえ、かつて共に理想を追いかけた旧友であったとしても。
「そういうことならよろしい。君が神を越えてくれたなら、神を超越した君を超越すればいいだけだからね。ここは譲るとしよう」
順番が前後しただけで、結局戦うことになる。
相変わらずのマイペースにアルカは懐かしさを覚えながらも、もう一人のほうに目を向ける。
「君はどうなんだ。お前は神を討つ役割だったろう」
「私は人が理想を叶えられるようにこの世界を創ったんだ。貴方なら必ず来ると思っていたよ」
旧知ゆえか、それとも理想の世界を治めるがゆえか、アルカの動きを『彼』は完全に予知していた。
「なるほど……さて、始めようか。全知全能の神」
集う三人から離れた位置に、いつの間にか一人の少年が魔法陣の内側に加わっていた。
否、それは一見すると少女のようにも見える。
純白の長髪は足元に届く長さなのにも関わらず、意思を持つかのごとく、地面には着かない様に浮遊していた。
「愚かだ。やはり人間とは、不相応な理想と力によって、こうも神に反逆する」
その声もやはり、男とも女ともとれない微妙な響き。
「ああ、愛しくも愚かな我が子よ、どうして人間にその力を与えたのか」
「我が子?」
アルカが振り返り見るのは『彼』。
この世界は、『彼』が神から譲り受けた物。ということはアルカもドクも知っていた。
逆に言えば、二人はそこまでしか知りえない。
「神より力を授かりし男よ。我が子を誑かしたその罪、永遠の業火に内を焼かれ、極限の氷結によって打ち震えるがいい」
「……やはり、一番先にこの世界に来るのは貴方だったか」
『彼』は哀しげな表情で、『神』を見ていた。
かつて、二柱の神しか存在しない、二神教の神が治める世界があった。
とはいえ、一柱が一柱を産み、産み出されたもう一柱が世界を創ったに過ぎない。
我が子が世界と戯れることに、さして興味を抱くことは無かった。
人間などという存在は不安定で不完全。悪魔に簡単に誑かされ、己の欲も捨てられず、制御も出来ない愚なる者とみなし、かといって滅ぼす必要も無いであろう、取るに足らない存在と見做していた。
しかし、あるとき我が子たる神が気まぐれを起こす。
神は己を犠牲にし、その力を一人の男に譲ったのだ。
唯一残された神は激怒し、その世界のあらゆる存在を滅ぼそうとした。
だが神が手を下すまでもなく、男は自ら世界を滅ぼし始めた。
そのとき、神は我が子の唯一の遺物を惜しんだ。
ゆえに自らの力で全く同じ世界を創り、男に気付かれぬよう<世界を入れ替えた>。
男は贋物の世界すら捨てて、自らで新たな世界を創りはじめた。
その気になれば、男を即座に、相打ちで殺せたかもしれない。
しかし、我が子が力を託した男が、一体何を成そうとしているのか。それだけが無性に気になった。
その男を消すのは、全てを見届けた後でも良かろうと。
また、我が子の遺物が何を成すかを見届けるために、しばらく観察の期間を設けた。
「そして私は知った。人間は神が導くことによって正しく機能する。神なくして、人間はその存在価値を維持できない。故に、神は人間を子と称するのだ」
遠い過去を見る目だった神は、哀れみの瞳で『彼』を睨む。
「継ぎし者よ。お前は神に相応しくない。我が子の力に相応しくない」
「神はいつもそうだな。常にお前の一存で善悪を定める。それも理不尽に、不条理に」
「さもなくば、人は過つ」
「何が過ちなのか。それを定めるのはお前ではない」
互いの主張は、どこまでも譲られることがない。
それはまさしく、互いの理想をぶつけ合っている。
「傲慢は罪だ。人間よ」
「傲慢はお互い様だろう。神よ」
「もうそろそろ終わらないか?」
会話を割って、アルカが踏み出す。
『彼』はその先の神を見つめながら、頷く。
「丁度終わったところだよ。私はネクストワールドの創造主。理に従い、君の理想を見届けよう」
「そうか」
万能の王は白髪の少年を見据え、黄金を纏いて、全能の神(少年)に挑む。」
二つの闇黒が、神の浮き島にて対峙する。
「どうした、ケイオス・エル・ハザード・アブソルート。お前の持つ闇黒こそが本物なのだろう。見せてみろ」
「お前は、何者だ」
対峙したその時点から、ケイオスは一歩も動けずに居た。
相対する闇は、どこまでも深い。
深いのにもかかわらず、そこに何も見当たらない。
「ふむ、存外に危機感はあるようだな。己の妄執に取り付かれただけの存在ではないということか」
「答えろ。その闇は、一体なんだ?」
ダクストという存在からは、誇るべき闇黒が何一つ感じられない。
そこにあるのは、ただひたすらに深い、何かだ。
形容しがたい感覚に、ケイオスは動きたくても動けない。
それは未だに未熟なクロウデルでさえ感じとった。
「私はこの世を闇黒に染めあげ、闇に繁栄をもたらす。結城を魅了した闇そのものであり、結城が闇に対して抱く優しさでもある」
結城を魅了した闇。
これはケイオスでもなんとなく理解できた。
それはつまり自分達と同じ。悪魔や魔王、そういった悪者への憧れだ。
だが、闇に対しての優しさというのが、理解できない。
「私の結城は貪欲な男でな、闇を好めば光も好む。その極端な好みの結果、私たちは生まれたのだ」
「私、たち?」
「だが厄介なことに、奴は呆れるほどに優しい男だった。ともすれば、相反する光と闇を同時に抱いてしまうほどに」
「どういうことだ……」
ダクストは己の左手に闇を生み、するとそれは瞬く間に一本の剣となった。
否、剣などという定まったものではない。それは刃の形をした闇であり、闇であり、刃であった。
「闇に魅了されながらも善を捨てきれず、光に魅了されながらも悪を捨てたがらない。光と闇、相反する二つを同時に理解し、また同時に味方する。そうさな、例えば……」
更に闇の翼を生やし、動かす。
また、剣だった闇を再び球状に戻し、一丁の銃へと変える。
「お前は人殺しの味方をしようと思うことはあるか?」
「……なに?」
「人殺しは、基本的には悪と呼ばれる。人殺しの味方をしようなどと言う人間は少数派だろう。だが奴は違う。その裏にある理由をもって判断する」
左手にある闇は槍に、鎌に、斧に、或いは巨大な爪に……変幻自在に姿を変える。
「奴は、人を救うことを肯定するが、人を殺すことも等しく肯定する。さて、奴は光だろうか、闇だろうか?」
闇は再び剣の姿に戻る。
双剣使いというには、幾分か剣が大きすぎる。
しかしダクストの二刀流は、あまりにも様になっていた。
「そうだ。私の理想を言っていなかったな。こんな私でも目標くらいはあるのでな」
闇の刃を、闇黒の徒に向けて、その理想を言い放つ。
「結城を闇に染め上げ、共にこの世を闇に染める。それが私の、俺の理想だ」
今までにない圧倒的な気迫。
しかし、その様すらもケイオスにとっては、格好良いの一言で纏め上げられる。
「なぁに、手加減はしよう。お前の混沌闇黒がどれほど私に通用するか……」
「勘違いするな、ダクストよ」
「ほう」
ケイオスは自らの剣、ダークエンドを顕現して切っ先を向けた。
「お前の闇黒が、俺の混沌にどこまで通用するか、だ。挑戦者はお前の方だ」
「その通り」
加えてクロウデルも一度瞼を閉じて、もう一度見開けば、その眼は彩色。
「私達……我らは神魔をも降す混沌と闇黒の使い手。アーリマンを相手にする覚悟で向かって来い」
二人は共に、自らの僕を、軍勢を召喚する。
闇によって形作られ、この世に顕現した闇黒の魔物たち。
それは島を埋め尽くし、ダクストの周囲を取り囲んでいる。
「なるほど、それはそれは、失礼した。では……」
ダクストはおもむろに左手の闇を振り上げる。
「堕ちろ、夜天」
瞬間、島を影が覆った。
「クロウデルッ!」
「分かってる!」
そして、島全体を闇の滝が襲った。
もはやケイオスもクロウデルも、ダクストすらも埋もれる。
傍から見ればそれは、一本の大きな黒い柱が立っているようにも見える。
しかしそれは紛れもなく、光ならぬ闇の奔流であった。
その勢いはまさに、滝と呼ぶに相応しい。
「さて……」
ダクストが指を鳴らすと、その闇は勢いを弱らせ、見る見るうちに収束した。
「ほう」
「……ッ!?」
その光景を目にした瞬間、双方が驚いた。
片や、いかに手加減したとはいえ、あの闇の奔流に耐えた二人に対して。
片や、自らが最強を誇る闇の軍勢が、瞬く間に灰燼に帰したことに対して。
「よく耐えた。お前の言う混沌と闇黒。存外に見所がある」
「お前は……一体なんだ?」
「ただの挑戦者だろう? 闇黒の」
純黒の外套を翻し、剣を構える。
「我は闇黒の使者ダクスト。ダークネスト・クリスタラード。お前の混沌と闇黒に挑む者だ」
その笑みは、まさに深淵の怪物のように不気味で、魔王のように高貴で、鬼神のように凶暴だった。




