Act.2 第二の人生
翌日
この街を見るのもこれで最後だ。嬉しさと同時に少し寂しさもある。欲望に塗れた汚らしい街だがどんな場所でもここの人間らしさには勝らない。
20分歩くと港の中に聳え立つ巨大な鉄の船が見えてきた。他は木造の小さな船なのにこれだけが数十年未来からやってきたのかと錯覚してしまう。しかもこれからこの船に乗るというのだ。俺はここのやつらとは違うんだぞと見下している気分だ。
チェックインを済ませて船内に入ると意外にも金持ちだけではなく俺らみたいなボロい服を着ている人もいた。俺みたいに新しい人生を始めるためにここを脱出したのだろうか。
この船は個室があるようでその中で寝たり飲食をしたりできるようだ。しかも7年ぶりのふかふかのベッドに腐敗臭なんて全くなく香水のいい香りがする部屋で本当に現実なのかと疑ってしまう程だった。とは言え普段行かないような場所だから何をすればいいのかわからない。出発までは時間があるし寝ようかと思ったがこんな綺麗な場所に汚らしい服で寝るのは違う。それなら全裸のほうがよっぽどましだ。
まずは部屋を隅々まで見るかと思った。どうやら部屋の中にはトイレに風呂、しかもチェスやボードゲームまである。ティルポスは家に風呂なんてないし、共同の風呂場ですら有料で時間制限があり毎日入るのはなかなか大変だ。ここ数日は風呂に入ってないから久しぶりに入れて嬉しい。しかもゆっくりできてバスローブまである。とにかく今は風呂に入るとしよう。
めちゃくちゃスッキリした。時計を見るともう午後3時、1時間も入っていたということになる。まだ出発までは2時間もあり到着は丁度明日の今頃だろう。
久しぶりにボードゲームでもするかと思い、ゲームを手に持った。小さい頃は家族でボードゲームやチェスをよくやっていたがここに来てからは全くというほどやっていない。数年前に知らないおっさんから突然チェスを誘われたこともあったがここの街の人間は大半馬鹿でこいつも例外ではなかった。つまり相手にならないほど弱いということ。
チェスを始めたが今回は自分以外誰もいない。言い換えれば自分対自分で対局をしている。これが信じられない程つまらない。次に出すのがわかっているから戦略性なんて皆無だからだ。10分もせず飽きて何をしようか考えていた。消去法でいけばボードゲームになるな。これも小さい頃夕飯の後に家族とよくやっていた経営シミュレーションゲームだ。
意外にもこれは一人でやっても楽しく、ふと窓を見てみると辺りは海が広がっていた。高級なだけあってさっき窓を見るまでは揺れなんて全く感じなかった。
気づけばもう7時。そろそろ部屋以外のところも見てみるか。なんといってもここは船内にレストランやバーそれにビリヤードなどの娯楽施設が入っている。今は落ち着きたいしバーにでも行くとしよう。
「よぉ、坊主。何飲みたいんだ。」
「水ないか。」
「別にいいけど、ここバーだぞ。酒飲まないのか?」
「酒に溺れているやつを毎日見てて、こんなにも醜い姿になるのかと思うと飲むのに抵抗があるんだ。それにここだと金取られるだろ。」
「レストランはただだけど、ここは金取るぞ。でも水も有料だからな。」
「あぁ、それでも水をくれ。」
「はいよ。」
毎日飲んでいる水なのにティルポスとは比べ物にならないほど美味しい。これなら何杯でも飲みたくなってしまう。もちろん俺はおかわりを頼んだ。マスターが信じられない顔をしていたがそんなこと気にせずにガツガツ飲み続けた。
「なぁ坊主、あんたいくつなんだ?」
「17だ。ティルポスから脱出してアムスで第二の人生を始めようと思っている。」
「まだまだガキか。すごいなこの歳で一人だけで異国の地に行こうなんてなかなかできないぞ。」
「俺は友達がいないからな。」
やっぱ言わないほうが良かったのかマスターが何も返さず気まずい空気が漂う。それと同時にフラフラ歩いているいかにもな酔っ払いがやってきた。すると俺の方へと近づいてきてぶつかってきた。
「テメェ何ぶつかってんだオラァ!死にたいのか!!」
「まぁまぁ、落ち着けって。別に坊主は悪くないんだ。」
「この生意気にバーに行ってるクソガキに大人ってもんを教えないと気が済まないんだよ。」
「大丈夫だ、マスター。こういう奴の対処は毎日やってきてて慣れている。落ち着かせるためにちょっと殴るくらいならいいだろ?」
男は真っ正面から俺の顔面に向かって殴ろうとしてくる。こんなやつら何百人も相手にしてきたし全く怖くはない。ちょっと左に動いて右手で腹にアッパーカットをお見舞いした。男はもちろん倒れ、さっきの威勢はどこへいったのか涙を流しながら命乞いをする。
「殺しはしない、今すぐここから失せろ。」
その指示通り男は酔っているとは思えない走り方をして行った。
「すげぇな、坊主。見た目とは裏腹にめっちゃ獣って感じがしてたな。」
ティルポスを離れても、俺の体に染みついた獣の気配は消えないらしい。
「毎日こういう人たちを相手にしてたら動きもなんとなくわかるし、大したことないですよ。」
「実は俺もここの街出身なんだ。でも俺はめちゃくちゃ弱くてな。このままじゃ死ぬからもう一人の友達と一緒に貨物船に乗り込んでアムスに行ったんだ。」
「よくバレずに済んだな。バレてたら殺されてたぞ。」
「いや、バレたけど船長のじいさんがすごい勇気だなって気に入ってくれてその人の知り合いのところで働かせてくれたんだ。」
「運が良いんだな。」
「運だけだな、よくわからないままここまで来たし俺の人生何にもないまま終わりそうだよ。それと、あんたアムスでの働く場所決めてないよな。良かったらロイス港湾会社ってところに働いてみないか。トマス・ビリーの推薦でやってきたって言えばロイスさんも快く受け入れてくれるはずだ。」
「なんでそこまでしてくれるんだ?お人好し過ぎるだろ。」
「なんでって言われてもな、勇気ある者にはチャンスを与えないとな。それにあんたみたいなやつが死んでしまうのはもったいない。」
「ありがとな、働けるか心配だったがこれでかなり安心した。そこの場所を教えて欲しい。」
「港でて道まっすぐ歩いたら左側にでっかく会社名あるからわかるはずだ。それと、人生何かあってもそう簡単に死ぬことはないから気楽にいけよ。」
その後も雑談で盛り上がり気づけば8時になった。腹も減ってきたし久しぶりの高級料理を食べにレストランへ向かった。
味は今までで最も美味しくいつもよりもゆっくりと噛み締めながら食べた。2時間後部屋へ戻り、寝る準備を整えた。いよいよ明日から新しい地での生活が始まるのだ。一番の不安要素はなくなったし胸は楽しみで満たされていた。
興奮して眠れないかと思ったが目を閉じたら5分もせず眠りに入っていった。




