海
「おらっ!そんなもんかぁ!?レナはこの程度じゃびくともしなかったぞ!」
「っちぃ!」
息をつく時間も無いほどの攻撃の応酬につい苛立ちが乗る。
このまま相手のペースで防御に徹していたらこちらの体力が先に尽きてしまう。
幸いにも相手はレナと同じ長物使い。
レナのバルディッシュとは違い槍のように使われるハルバードだが、動きの本質は同じだ。
とは言ってもレナは強すぎて武器を使っているところ自体ほとんど見たことがないのだが。
対レナのためにその間合いは想定済みだ。
「ちょこまかと、つまんねぇやつだなあ!これでも食らってろ!」
相手は私の足元を狙って拘束用だと思われる中級の氷魔法を放った。
...わかりやすいですね。
足元に氷が展開される前に私も魔力の結晶を足元に集中した。
――きっと前までの私ではこの相手に勝てなかっただろう。
やけに強い力に対しては正面から受け止めたくないほどだし、今までは相手の攻撃を利用した搦手を考えていた。
きっとセオリー通りであれば正解なんだろうが、レナを見て私も少しだけ考えを改めた。
まず、力が強すぎる敵にはカウンターが通じない場合もある。
前に、レナに以前苦戦したヴァンガードラビット役をしてもらい、突進への迎撃練習をした時のことを思い出した。
「あれは痛かったです...」
本人に自覚は無いだろうが、ヴァンガードラビットの比ではない速度で突っ込んできた。
あの時は突進をかいくぐって攻撃を入れられるかどうかという極限まで緊張の糸が張った状態だったため対応できたが、そこまで気を張ってなかったその時の私はレナに恐ろしい速度でスネを蹴り上げられ、悶絶どころじゃすまなかった。実際に骨までいってたと感じた。
私がこの兵士に勝っていることはなんだろう。
力だけでは勝てないのは良く分かった。
それでは何なら勝てるだろうか?
――答えは簡単。魔力操作です。
足元に展開される魔法を私の魔力で上書きする。
キンッ!と甲高い音とともに私の魔力の結晶をそのまま氷のように足元へ広げた。
私の行動を制限して、それを起点として攻撃。
言動の粗さとは裏腹に定石のような戦法をする相手だが、逆にそれが命取りになる。
精度や技術と並んで相手の力量を計るという点が対人で魔法を使う際に重要になってくる。
今のように物理ではなく敵に直接干渉する魔法は魔力による上書きが簡単にできてしまうということだ。
一般的には力量差が見えない敵に拘束系の魔法などは使わないのがセオリーになってくる。
相手はこの戦いで、私では自分の魔法は上書きできないと思ったのだろう。
ここで、とても単純だがレナとの特訓で分かったことが活きてくる。
「これで終わりだっ!」
「そうですね、終わりにしましょうか」
相手が私に魔法が通ったと勘違いして突進してきたのを確認すると、そのまま結晶を地面沿いに展開して相手の膝まで覆う程度に拘束した。
「なっ!?」
「力量差、見誤りましたね?」
魔力の直接変質の特殊能力を持つ私に魔力の勝負を挑んだ時点で負けは確定なのだ。
――レナとの特訓で分かった。もっと大雑把で消極的な攻撃をしても良いと。
もちろん、相手によるところは大きいのだが、今回のように魔力のゴリ押しで決まる簡単な勝負に頭を使いすぎていた。
レナが思考を巡らせて戦闘をしているところなんて見たことがない。ただ力で殴る。これがメジャーワーカーの真の戦い方なんだ。
相手もそうだったんだろう。”この国”ではほとんど敵が居なかったと考えると、私の力量を見誤ったことにも説明がつく。
私には思考を巡らせない戦闘など不可能だが、その一端を垣間見ることはできた。
「...悔しいですが思い知らされてしまいました。レナが異常なまでに強すぎるということを。」
よくよく考えると、特殊能力を使う私より魔力操作の練度が高い兵士なんてほとんど存在しないのだ。
デタラメな魔力で私の魔法は通用しない。おかしいのは完全にレナなのだ。
最近演習等で戦った敵も大型の獣やチカゲ隊長のような人ばかり。無意識に自分の力を低く見積もっていた。
「何勝手に1人で喋ってんだ!まだ終わっちゃいねぇ!」
「いえ、終わりです。」
暴れるように、けれども確実に結晶の拘束を抜けたことには素直に感心してしまう。
けれど、先手を取ったのは私だ。
飛び出しの硬直から加速が入る前に飛び出しの足を挫き、みぞおちにプランシアの柄を滑り込ませる。
相手がうずくまるのを待つ前に、肩を押し出すようにして尻餅をつかせると、首筋に刃をあてがった。
「勝負あり!勝者は黒の国のクラウディア!」
玉座から見下ろす審判...もとい、青の国の女王が勝敗を口にすると、周囲から歓声が沸き上がった。
「ふぅ...」
そっと胸をなでおろす。
...これで交渉に入れる。
―――数時間前。
青の国、王都ラピス。
ブラドから馬車を使っても5日程度の比較的近い距離にある海沿いの街だ。
今回は1人で徒歩で来たため、もっと身軽でもっと早く到着することができた。
黒の国と青の国は長年友好関係にあって盛んに交易が行われているため、兵士同士が国境を行き来することは容易になっている。
「ご苦労さまです。女王様への謁見がご希望ですね。」
「はい。こちらの書類を女王様に確認していただきたいです」
リュックから手紙を取り出すと、城の守衛は「かしこまりました」と快く受け取ってくれた。
手紙の名義は黒の国の女王様。
内容は、「以前連絡を入れたけど、赤の国と合同演習をするから一緒にどうですか?」という内容だ。
私が所属していた近衛部隊には女王様の代筆をする者も数多く居たため、作成には困らなかっただろう。
「女王様はご多忙ですので、すぐに謁見はできないと考えられます。城の内部でお待ちいただければと」
「お気遣いありがとうございます。提案いただいて申し訳ないですが、せっかくなので街を見に行ってもよろしいでしょうか?」
兵士が待ち時間に気を遣ってくれたが、初めて来た他国の街...というよりも、海を見たくなった。
先ほど街を通って城に向かう際、港からちらっと見た初めての海に気を引かれて仕方ない。
そんな私の様子を分かってか守衛の兵士は少しだけ顔を緩めた。
「それでは、夕刻までにお戻りいただければと」
「ありがとうございます」
お辞儀をすると、城下へと足を進めた。
まだ春先だと言うのに初夏のような日差しで照りつけられた地面を涼しい潮風がさらっていく。
海が近づくにつれて、少しずつ心が高まっているのが自分でもよくわかった。
やがて城下へ出る。町並みは黒の国とは多少違っていたが、今の私にはそれを眺める余裕もなかった。
ただ一直線に海へ。
防波堤を越えて、砂浜へ出ると視界が、世界が広がった。
「――。」
一面に広がる水。言葉が出なかった。
その水面は、湖とも川とも違う。終わりがあると思って目を凝らしても、どこまでも、どこまでも続いている。
絶え間なく耳に入る波の音。近づくにつれて強まっていた塩の匂いは、この場所でいっそう濃くなった。
晴れた日差しをキラキラと反射する水面からは姿は見えなくても山の森ほどに生物の営みを感じる。
触れる空気、視界に入る光、匂い、音。
すべての感覚が未知の快感に包まれていた。
ざっ、ざっ、ざっ
...足を踏み入れても良いのでしょうか?
一歩ずつ確かめるように砂浜を歩きはじめた。




