遠征出発前
「クラウも遠征に参加するんだよね?」
「ええ、その予定ですが」
マヤちゃんと別れてから、うろうろと用もなく城内を歩いていたら書類を抱えたクラウと出会った。
...私と同じ部隊なのに、そんなに書類仕事なんてあったっけ?
そんな勤勉なクラウに内心拍手をしていたら昼食に誘われたのだが、さっき訓練校で食事をしたばかりだと言うことで話だけ付き合うことにした。
「ところで、何を見ているの?」
流石は近衛部隊で第一線を張っていただけあって、食事をしながらでも書類を見ている姿はとても様になっていて惚れ惚れとしてしまう。
「今回、遠征に参加する予定の候補生の名簿ですよ。」
「名簿?」
「はい。今回の遠征は、"名目上"でも他国との外交演習です。この国の権威を落としかねない人選をするわけにはいきません。」
「そうなの?大変だね。」
早速隊長からこんな仕事を振られたんだろうか、それとも自分から?
何はともあれ女王大好きなクラウにはよく合ってる仕事な気がする。
他人を評価するなんて私は絶対に嫌だけれど。
「なに他人事にしようとしてるんですか。レナも誰を連れてくか決めてくださいよ?」
「え?そうなの?」
私の任務は赤の国の調査だけであとは基本自由かなって思ってた。
「ちなみに、私の任務の件は...?」
忙しくててんやわんやするのは絶対に嫌だ。
耳打ちするように周囲に聞かれないようにクラウに聞いた。
「もちろん。フレアさんと国の調査ですよね。私は青の国王都ラピスへ伝達と候補生の迎えに行き、その足で赤の国王都メノウに向かい内部の状況を探るお手伝いをさせていただきます。」
「へー。私はメノウ近隣の村と、例のニグル山の向こう側でなにが起こったのか調べに行こうかなって」
「そう、お互い仕事は山積みですね」
「だよね。じゃあ。」
「まぁ、それはそれとして、、、ちゃんと後身の育成には関わってもらいますよ?」
「げっ...」
なんかクラウのめんどくさいボタンを押してしまったのでは?
今日話しかけたの藪蛇だったかも。
「あなたほど勉強になる人は居ないですから。もちろん練習には参加してもらえますよね?」
「ううう...いやだ、、、」
「嫌だじゃなくて...ね?」
怖い。凄く圧が出てるよ。
正直、いつもみたいにじゃあよろしくで逃げ出すのは簡単だろうけど、ここ最近でクラウにはたくさんお世話になってる。無碍にはできないよね。
「...あ、そういえば。連れていきたい子が」
「そうなんですか?マヤさんじゃないですよね?」
「うん。マヤちゃんの友達でサラって名前の子なんだけど。あ、まだ行くかどうかは本人次第なんだけどね」
「サラ?どこかで聞いたような」
ごめんねサラちゃん。ここで名前を出して行かなかったら逆にクラウに目をつけられそう。
「すごくクラウに似てたよ」
そこまで言ってなんとなくクラウが理解した様子だった。うんうんと頷いている。
きっと別部隊の私の名前を覚えていたくらいだし、自分に似ている候補生の噂ぐらいは知っているのだろう。
「どんな感じの子でした?」
「うーん。おどおどしてたけど、私のファンだって頑張って言いに来てくれたんだ~」
私がにへらと笑っていたら「聞いてないです」ってピシャリと言われた。ひどい。
「まぁ、性格は臆病そうだったけど、卑下して言っていたよりは弱くは見えなかったかな」
「そうですか。あなたが弱く見えないって言うことは見どころはあったということでしょうか。」
「うーん。本人のやる気次第?」
まぁ、今回の演習に来てくれるようならかなりの成長は見込めるだろう。
サラちゃんの強さ的な基準は分からないけど、現時点ではマヤちゃんと同程度にポテンシャルを感じた。
あとは経験。
私は基本的にやる気無いから適当な戦い方をするが、兵士でなく常人の身体能力でもマヤちゃんには勝てるかなという自信はある。
――
「何の話ししてるの?」
「え?遠征...うげっ!!フレア!!!なにその格好!?」
後方からフレアの声がしたから何の気なしに振り向いてみたら、土の人形が居た。
汚れてるとかそういう次元じゃない。それは、泥の塊だった。
ここ食堂だよ!?
遅い時間だから食事してる人なんて...クラウ!
恐る恐る後ろを振り返ると、クラウが見たことのない"無"表情をうかべていた。
ただの無表情じゃない。ただこれがヤバい無表情なのは分かった。
「Yo!わたし、泥だらけ!朝から夜まで飲み明かし!酒のツマミはからあげ!腹はパンパン!かわりに金はねぇ!でも今日は負ける気しねぇ!」
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
なんか意味のわからない韻を踏み出したけど、全く笑えない。
クラウは相変わらず凄まじい圧を放ったまま無表情だし、フレアの汚い足跡を消すように付いてきた城のメイドさんの表情が怒りでえげつない事になっている。
「ご、ごめんなさい!!!」
なぜかとてつもない罪悪感に駆られた私は、自分が汚れることも厭わずに泥人形を担ぎ上げ、一目散に兵舎横の井戸まで走っていった。
―――
――――――
バッシャーッ!
「つめたっ!」
「うるさい、ばかちん」
桶でフレアを小突く。
井戸に放り込みたい衝動に駆られたが、流石に公共の水を汚すわけにもいかない。
ぶつけるように水を掛けたが、これじゃいつ城の中に戻れるか...
「あ、そうだ」
私は魔法で大きな水球を作るとそこに更に魔力を注いで濁流と言わんばかりの流れを作った。
そしてフレアを抱える。
「え、ちょっと。レナさん。なにをしようと?」
「バカはいっぺん頭まで洗濯しないと!」
悲鳴を上げて嫌がるフレアを濁流の中に放り込んだ。
キャンキャンとうるさかったが、水の中に入れてしまえば静かなもんだ。モガモガと何かを言おうとしているが、その声は私には届かない。
ガボガボとフレアから出た泡が濁流の中を踊るように動いていて少しきれい。
水球の中に美少女が居る姿はさながらアクアリウムのようだ。
ほれぼれしてしまいそうになる。その美少女が白目をむいて溺れていなければ。
ザバァッ
「ブハッ...ハァハァ......ゲホッ...ハァハァ......」
「懲りた?」
「ひ、ひぃ...!」
なぜか割りを食った私に怯えるなんて失礼じゃないか。
...まぁいいや。フレアが誰かを傷つけたわけでもないし。
クタンと座り込んだフレアの息が整うのを待ってから話を聞くことにした。
「なんで泥だらけだったの?」
「あ。うん、ごめんね。調子に乗りすぎちゃった。今朝までトルマで飲んでたんだけどね、郊外にまだマグナスヴィネアが残した穴が残ってたらしくて。塞ぎがてら調査をしてたら水が出てきてこのザマですよ...」
あ、ちゃんと仕事してたのか。
ちょっと罪悪感が湧いた。
ちゃんと城に入る前に体を洗って、ちゃんと理由を説明すればこんなことせずに済んだのに...
「なにか見つけた?」
「いや。ただの穴だったよ。」
そうか。これから行く赤の国の事とかも分かればよかったんだけど。
「そういえば、聞いたよ?次の遠征よろしくね」
「うん。こちらこそ」
なんやかんや言っても遠征に頼れる先輩が居るのは心強くて、素直に嬉しい。
フレアはこういう調査がすごく得意なイメージもあるし。
「へー。それでクラウちゃんと遠征に連れてく子の話をしてたのね。」
「なんだ。聞いてたの。」
そこまで言ったところで、フレアがなにかに気がついたように視線を送った。
――つられるように私もそちらへ視線を向けると...
「あ、サラちゃん。どうしたの?授業は?」
青い髪が太陽によく映える。
さっきお昼を一緒に食べてからそこまで時間は経ってないと思うけど、なんの用だろうか。
「あ、あの。どうしてもレナ様に言いたいことがあって。」
どうしたんだろう。改まって。
「わたし、合同演習に出たいです!!」
「おお!」
すごい。もっとギリギリまで回答が来ないと思ってたからびっくりしてしまった。
「あの。わたし、自分を変えたくて。レナ様みたいに強く、クラウディア様と比べられても張り合えるくらいに自信をつけたくて...さっき誘っていただいた時、びっくりしたけどとても嬉しかったです。私なんかがいいのかなって。授業も手につかなくて...だから、レナ様が居るかなって思って来たらなにかの訓練をしてるようだったから。一時の迷いでも伝えるんだって思って...」
「サラちゃん...」
サラちゃん。おどおどしてると思ったけど、思ったよりずっと大胆だった。
フレアと訓練じゃないけど、ここにいてよかった。
「良いかどうかはもう聞かないよ?ようこそ。」
「はい!」
さっきぶりだけど、確かに握手をする。
1人の少女の決心を笑うことなんてしない。
みんなで一緒に強くなっていけば良いのだ。
―――そして、出発の日がやってきた。




