家族
「嬢ちゃん!すまねぇが手を貸してくれ!!アルマが産気づいたんだ」
深夜。寝静まった家にビョルンさんの声が響き渡った。
「本当ですか!?」
ビョルンさんは頷くと、すぐにマヤちゃんの部屋にも声をかけに行く。
一足先に2人の寝室に入ると、苦しそうな声を上げるアルマさんが居た。
すごい汗だ...何をすれば良いんだろう。
とりあえず、腰をさすって....
「アルマさん、えぇと。大丈夫ですか?」
「ふ、なにそれ?大丈夫じゃないわ」
「ですよね...」
いつものように軽口で返してくれたけど、本当に辛そうだ。
そうこうしていたら、マヤちゃんも驚いた顔をしながら部屋に入ってきた。
「マ...アルマさん!」
パタパタと駆け寄ると手を握った。
マヤちゃん...
正直私たちがこの家を出る前に生まれないと想像していた。
だからこんなに唐突に出産に立ち会うなんて思っても見なかったんだろう。
私はとりあえず、ビョルンさんに目配せをし、2人で近所の人たちに声をかけてまわる。
産婆さんを連れて寝室に戻ったときには私をあわせて6人の女性が集まった。
心配でオロオロと歩き回るビョルンさんと子供のマヤちゃんが家から締め出されると、出産が始まった。
―――
――――――
夜が明けた。
いやー。まさかまさかだったね。
体力ありそうだから居てくれって言われたから手伝ったけど、初めての出産立会なんて...こんなに大変だとは。
手伝う側がこんなに大変だったんだ。出産した本人はこの比じゃないだろう。
ここにいる人達がみんなこんな大変な経験をしているなんて。いや、本当にすごいね。
そんなこんなで母子ともに無事に出産は終わり、
生まれたのは元気な女の子だった。
「ありがとうね!街の英雄に立ち会ってもらえるなんて、この子絶対強い子になるよ!」
ご婦人方に口々に言われて、むず痒いと言うか、居心地が悪くなったから、家の外に出る。
ビョルンさんとマヤちゃんがソワソワしている様子で立ち上がって近づいてきた。
「生まれたよ、行ってあげなよ」
私の言葉を待ってましたと言わんばかりに受け止めた2人は駆け込むように寝室へ行った。
...ああいうところは本当に親子なんだよな。
そこから、手伝ってくれたご近所さんたちを見送ったら私も部屋に戻って一旦仮眠を取った。
―――
――――――
「お姉ちゃん、そろそろ」
声をかけられて目が覚める。というよりも、眠れなかった。
時刻は昼前だろうか、夜通しの作業で麻痺していたが、空腹も感じる。
「...分かった」そう声だけ上げて、荷物を背負い込んだ。
部屋を出てマヤちゃんと顔を合わせる。
マヤちゃんも同様に多少の荷物を背負い込んでいた。
――今日、この家を出る予定だった。
今朝はまさかの事態に驚いてしまったが、これ以上長居をしたら離れられなくなる...マヤちゃんもそう考えたんだろう。
妹を抱きかかえ涙をうかべていたマヤちゃんはどんな感情だったのだろうか、私には決してわからなかった。
カツカツと見知った通路を歩いて、リビングを通って、二人がいる寝室へと入った。
「ああ、おはよう。ふたりとも今日はありがとうな」
ビョルンさんと、アルマさんはもう起きていて、その横では赤ちゃんが寝息を立てている。
私たちがこれから出発しようとしてるなんて考えてもないんだろう。
「2人にはお世話になりました。それに、元気な赤ちゃんまで見せてもらっちゃって...」
「嬢ちゃん、それってどういう?」
ビョルンさんはここまで言って、すべてを察したのだろう。「いやいや...」と言いながら首を振っている。
ここまで思ってくれる人が居てくれて本当にありがたい事だと思う。
そんなビョルンさんの横にいるアルマさんはベッドの上からこっちを向いてしっかりと目を合わせてきた。
顔に寂しさを滲ませながら、それでもしっかりと。
「そう...寂しくなるわね。」
しみじみと、飲み込むように言った。
「そんなことないよ!」
マヤちゃんがアルマさんに近づいた。
別れの時には涙を見せないように。そんな感じで、取り繕ったような元気だ。
「赤ちゃんだって生まれたし!2人は立派な家庭を作れるよ!!ビョルンさんは強いしかっこいいし。アルマさんは料理が美味しくて、、、裁縫が上手で、、、それに、、、」
マヤちゃんの言葉が途切れ途切れになってくる。
ぐっとこらえて、歯を食いしばって下を向いている。
「それに、、、実はビョルンさんより力が強い兵士で...私の、わたしの......」
ここまで言って黙ってしまう。
まだ10歳、こんな別れはつらすぎる。
「ありがとうございました...今までお世話になりました......」
耐えられなかったマヤちゃんは、話を切り上げて部屋を飛び出そうとする。
「まって!」
制止しようとした私より先に、アルマさんが声を上げた。
その様子は、いつもの落ち着いた様子とは違って見えて...
「まって...まってよ......マヤ」
大粒の涙を浮かべたアルマさんがマヤちゃんを呼んだ。
「おかしいわね、なんでこんなに。何もわからないのに......マヤ、あなた、私の娘なのよね?」
立ち止まったマヤちゃん、後ろ姿からは何もわからないが、肩を僅かに震わせている。
その背中にアルマさんが涙を流しながら声を掛ける。
「ごめんなさい。なにも、何も思い出せないの。それでも...あなたは私の娘なんでしょう?」
マヤちゃんがゆっくりと振り向いた。
その顔は今まで堪えたものが溢れ出したかのようにグシャグシャになっていた。
「ママ!!」
アルマさんがベッドの上で腕を広げたら、マヤちゃんは全力で胸の中に飛び込んだ。
決壊したかのように泣くマヤちゃん。理解できなかっただろう「どうして?どうして?」としきりに繰り返してる。
それはそうだ。マヤちゃんは近所の人たちを心配させまいと能力が使えるようになってから、関わりのある人たちから自分の記憶を消してまわっていた。
アルマさんはマヤちゃん同様大粒の涙を流しながら抱きかかえたマヤちゃんをなだめるように頭を撫でると続けた。
「馬鹿ね、、、いくらあなたが他人みたいに振る舞っても、この家での記憶がなくなるわけじゃないでしょ?生活用品、あなたが作ったもの、あなたのために作ったもの、全部残ってるわ...パパに似て詰めが甘いのよ。でも、確信が持てたわけじゃなかった。すぐに気づいてあげられなくてごめんなさい。でも、今日この子を産んだとき思ったのよ。初めてじゃないなって...」
アルマさんの直感が能力に勝った。
目を白黒させているビョルンさんは、なんとなく納得したような様子を浮かべつつも、この空気を壊すまいと黙っている。
「それでも...今日あなた達は出発してしまうんでしょう?」
「うん、うん。ごめんね」
「何を謝ってるのかしら?そう、あなたにはこれを渡さないとね。」
アルマさんは寝台の下から箱を取り出すと、中身をこの場にいるみんなに配った。
ビョルンさんと赤ちゃんにはセーター。私には手袋。
「そして、ほら。出来上がり」
マヤちゃんに取り出したマフラーを巻いてみせた。
「ママ...」
マヤちゃんのために作って残っていたものの1つ。マヤちゃんは大事そうにマフラーを眺めた。
そして、マヤちゃんはようやく自分の荷物を持ってくると、みんなに配った。
ビョルンさん、赤ちゃん、私。全員分のマフラーだった。アルマさんよりは少し不格好だけど、努力が滲み出している。
「これ、ママのために作ったの。自分のなんて用意してないと思って。」
そして、最後の1つはアルマさんのために。
日記にあった編み物、渡せずに終わったら悲しいと思っていたけど、渡せてよかった。
「ええ、ええ。ありがとう。マヤ」
アルマさんにもマヤちゃんの思いが伝わったんだろう。
抱きかかえるようにして涙を流す。
「俺もマヤって呼んでいいか!?」
「なに?パパ」
ビョルンさんがパパという言葉を噛み締めるように頷くと、ガバっとアルマさんとマヤちゃんを2人抱きしめた。
「マヤ、お前は本当に大きくなったな。思い出せなくて不甲斐ない。でもこの冬の間ずっと、ずっと見てきたから分かる。本当に大きく、強くなった。立派になった。」
「なに?ビョルン、いつもはそんな事言わないくせに」
「はは、すまねぇな。無頓着が俺の取り柄なんだ」
アルマさんと談笑をするビョルンさん。それを見るマヤちゃん。
私がやってきた時のこの家族の形だった。
「嬢ちゃん。いや、レナさん。今までありがとうございました。うちの娘を、どうかよろしくお願いします。」
ビョルンさんが頭を下げると、伴ってアルマさんも、そしてマヤちゃんも私に頭を下げた。
「任されました。ちゃんと強くしてみせます...この街にも名前が届くくらいに」
「やめてよ...」
マヤちゃんは本気で嫌がる素振りを見せたが、笑って流しておく。
実際に強くなってもらわなきゃ困る。
―――
――――――
さて、本当に出発しなければいけない時間になってきた。
「マヤちゃん、そろそろ」
「うん。」
後ろ髪を引かれるような思いだが、本当に出発できなくなってしまう。
その事を2人もわかったのだろう、それ以上の会話は続かなかった。
マヤちゃんは寝息を立てる赤ちゃんに近づくと「また会おうね」と別れを呟いて戻って来る。
「じゃあな、また遊びに来てくれよ」
「分かりました。今までありがとうございました。ビョルンさん」
「マヤ、ちゃんと偉い人の言う事聞きなさいね?」
「ママってば、急に兵士みたいな...」
アルマさんがビョルンさんに目配せをすると、どこからか使い込まれた見た目のメイスを持ってきた。
「母親として、この武器があなたの身を守ってくれるように。それと、、、無理しちゃダメよ?」
「うん。」
マヤちゃんがまた、涙をうかべている。
うんうん。と言葉を何回も咀嚼して、そっともう一度アルマさんに抱きつくと、そっと離れた。
「それじゃあ、行ってきます」
「「行ってらっしゃい!」」
「あ、ちょっと待って」
アルマさんが思い出したかのように言った。
「変なことを聞いてもいいかしら、マヤ、赤ちゃんの名前とか考えてたりするかしら?」
マヤちゃんにふとした質問。
それでも、今まで言えなかっただけで、マヤちゃんは考えていたようだった。
「うん、女の子だったからね。名前は―――」




