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何故かセイオス先生は私にまだ何か言いたげにしているのに、言ってくれそうな気配がない。
ずっと見つめられているのも気恥ずかしくて、窓の外へ視線を向けて中庭を見下ろしてみた。
――・・・また今日もアイラさん逢瀬をしにきているのね・・・・・しかも今日は・・ラジェス様・・・か
「さっき私と言い合いになったばかりなのに、今日もアイナさんは逢瀬にいらっしゃっていますね・・・ラジェス様と・・・・」
呆れ口調で告げると、セイオスも気になったのかルナセイラの顔のそばまで自分の顔を近づけて中庭を見下ろした。
――わ・・・私の顔のすぐ横にセイオス先生の・・か・・・顔がっ!!近すぎて見れないっ!!!
突然顔を近づけられて鼓動が早鐘を打つ。
どうしてよいのかわからず頭の中を混乱させながら体を縮こまらせて、少しでもセイオスに触れないようにルナセイラは気遣う。
「・・・・ほんとだ・・・あの子はもう四人に依存しているんだと思うよ。その内勝手に自滅するとは思う」
珍しくれいっつな眼差しでセイオスはアイナたちを見下ろしながら告げた。
「自滅・・・ですか?!」
「うん。・・・まぁ仕方のないことだと思うよ・・・四人を同時に愛することなんてできるわけないのだから。一国の王だって何人も妻を娶っても、全員を同じようになんて愛せないでしょ?」
「・・・・それは・・・そうかもしれない・・ですね?」
一国の王で例えられると思わずびっくりしてしまう。
でもその通りだと私だって思う。たった一人を愛しぬくことだって大変なのに、何人もいたら気が休まらない。アイナさんは二年半も良く毎日飽きずに彼らと関係を維持できたなとある意味では感心してしまう。
――でもアイナさんは殿下以外の事を愛してるとは断言しなかったわ・・・だからこそ・・・長続きしたのかもしれないわね・・・
「今は燃え上がっているだけで、その内冷めると思うよ。ただでさえ相手は尻軽なあの子だしね。」
飽きるのは三人のことだろう。話している内容が浅すぎて本当に他人事に思えてくる。
「そういえばセイオス先生って、アイナさんのことをあの子って呼びますよね?名前で呼ばないんですか?」
本当につまらなくて、ルナセイラはセイオスの話題に切り替えてしまう。
「呼びたくないね・・・私だって人だから、どう頑張っても好きになれない人っているんだよ」
「確かに分かり合えない人っていますね!・・・私もアイナさんとは仲良くなれないって今更ですけど今日理解しました」
ため息交じりに告げると、はあ?っとあり得ないものを見るような目でセイオスはルナセイラを見る。
「今頃言う?!遅すぎ!!・・・最初の頃散々あの子の事で悩まされていたのに!」
「え?・・・まさか私がアイナさんを虐めたって決めつけられたり、噂立てられてたことご存じだったんですか?」
「うん。あれには憤りを感じずにはいられなかったけどね」
フンっと鼻息を鳴らして憤りを滲ませてセイオスは言う。
「・・・先生が憤ってくださっただけで私は今救われました!ありがとうございます!」
自分の味方でいてくれたことを知って、改めてセイオスが仲間で良かったと心から思えた。
「・・・・私は納得いかないよ・・・国の護り手である聖女候補がクラスメイトを陥れるなんてあってはならないことだよ・・・私はあの子とはわかり合いたいとは思わない。ルナセイラ嬢がいてくれればそれでいい!」
続けて憤るセイオスに、どれだけ今までアイナへ怒りの念を抱えていたのか理解した。
途中までは真剣に聞いていたルナセイラだったが、突然「ルナセイラ嬢がいてくれればそれでいい!」の言葉に耳を疑った。
――せ・・・セイオス先生も・・・私を親友のようにおもってくれていたの?!うれしいっ!!
「!!――・・・わ・・・私もです!!
誰にわかってもらえなくても、先生が私の事をわかってくれてる気がしていたから、学生生活がとっても楽しく送れているんです!!ふふふ・・」
嬉しすぎて頬が緩み、ほっぺたが落ちてしまいそうな気がして思わず両手で頬を挟んで微笑んだ。
「~~~~~・・・・ルナセイラ嬢・・・ルナって呼んでも・・いい?」
急に切なげな表情で、愛称を呼びたいと乞うセイオスの瞳は少し潤んで揺れているように見えた。
「愛称ですか?!是非!嬉しいです!」
セイオスを心配させたくなくて、敢えて満面の笑みで了承する。
「~~~~~~!!!・・・・お願いだから・・私をあんまり煽らないで・・ルナ・・」
「え?・・・アオル?」
聞きなれない言葉を告げられて復唱しても、セイオスは言葉の意味を教えてはくれなかった。
今日は幾度となく言い淀むセイオスの姿が目に映る。
――何か思い悩むことがあるのかな・・・私にはまだ話せない事なのかもしれないわね・・・
ルナセイラはまっだ自分が親友の境地に達していないせいだと一人納得した。
「気にしないで!だけど、ルナは純粋すぎるから、オオカミだらけの学校でいつ襲われないか心配だよ・・・ちゃんと私の側にいて」
元々顔が近かったのに、頬に掌を添えて真剣な面持ちでセイオスはルナセイラを心配していると告げた。
その言葉がとても重く感じて、ルナセイラはその重りが愛おしくすら思えた。どきどきとずっと鼓動は早く鳴り響いていることを無視して「今、この時が止まったらいいのに・・・・」と、心の中で呟いた。
「・・・・・はい」
私は自分がたとえもう一人のヒロインだったとしても、このままアイナさんに関わらなければ、平和な覗き見ライフをセイオス先生と送れると安易に想像していた。しかし、セイオス先生の言った通りだったのだ。
アイナさんや攻略対象者たちが放ってはおいてくれない毎日が始まるのだということを、この日の私は知る由もなかった。
一章はここまでです。次からはいよいよ波乱なヒロインライフが始まります。
のんびりお付き合いください。




