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――ルナセイラが王立アカデミー学園に入学した時、 学年次席のルナセイラと、聖女候補を助ける攻略対象四名は全員特進クラスだった。
特進クラスの対象は、学年成績十位以内と決まっている。 しかし、それ以外に魔法・剣術スキルがAランク以上の生徒も対象となった。 学年成績が中の下だった脳筋アレクシスが特進クラスに入れた理由は、まさにコレである。
王命で聖女候補であるアイナをサポートしなければならない攻略対象四名は、アイナと同じクラスでなければならなかった。
学年成績二十位以下のアイナが特進クラスでやっていくのは無理がある。しかし、学年首席で入学したエディフォールや、他のサポート役の補助があればなんとかなるだろう。と、国王は判断したのだ。 ――結果、アイナは学年成績関係なく特進クラスで学ぶことが許された。
初めて教室に入った時、ルナセイラは前世の記憶はなかった。 ――それでも、聖女候補であるアイナのことはなぜか興味津々だった。
地味な見た目のルナセイラではあったが、仲良くしたいという想いが勝り自らアイナへ歩み寄る。 しかし、彼女はルナセイラが名乗った瞬間、突然顔面蒼白で泣き出したのだ。
何もしていないルナセイラは、何が起こったのか分からず呆然としてしまう。 言い訳すら言う間もなくクラスメイト達の前で、「 聖女候補を虐めた非道な地味令嬢 」という汚名を着せられてしまった。
「 君は聖女候補であるアイナを虐めて泣かせて何がしたいんだ! 最低だな!! 」
彼女のサポートをしていた四名は、ルナセイラを侮蔑の眼差しで見つめる。
こちらの話など一切聞こうともせずに口々に非難してきた。
それ以降、勝手に悪者にされたルナセイラは恐怖でクラスメイトと関わるのを止めた。 特に酷い眼差しを向けてきた攻略対象たちには、目も合わせないよう全力で心掛けた。
アイナはルナセイラに近寄ってくることはなかったが、いつも目が合うと顔を歪めて嫌悪感を露にした。
――私が何をしたっていうのよ⁉
理不尽な態度に腹が立つのを通り越して、視界に彼らを入れるのすら嫌になる。
アイナへ抱いていた興味は、好意ではなく何を考えているかわからない気になる人程度に変わっていく。 軽く人間不信になりかけたルナセイラは、同じクラスの唯一の幼馴染である親友、レイスン伯爵家の長女マリーエルとだけ話すようになっていた。 それでも、マリーエルに迷惑を掛けたくなくて、休憩時間の長い昼は図書室や他に誰もいない場所へ一人避難することが殆ど。
――私のせいで、マリーエルの友人関係まで壊れるのは嫌よ……。
***
数日も過ぎれば独りぼっちなルナセイラの生活は当たり前になっていく。 しかし、入学してから一か月経たずに「彼 」との交流でルナセイラの状況は一変する。
入学式から数日経った放課後、ルナセイラは三階の図書室窓際の長テーブルに腰かけ、本を読んだり勉強するのが日課になりつつあった。
王立魔法アカデミー学園の図書室は伝統ある長い歴史があり、王宮図書館に保管されている聖女に関する文献や、魔力溜まりに関する資料冊子の複製本も多く置かれている。 複製本であっても歴史の古い文献は多く、独特な紙冊子の匂いが図書室内に微かに香っていた。
ルナセイラはその匂いを好ましく思っている。 一人の世界に没頭しやすく、その空間に癒されるのだ。 ――何より煩わしい人間関係に悩まされずに済むから心地よい。
ふと窓の外の中庭を見下ろしルナセイラは目を瞠る。
人気の少ない中庭のベンチに、アイナとエディフォールが腰かけていたのだ。
――密会?!
初々しい二人の姿を目撃してしまったルナセイラは、普段から自分に嫌な態度しか見せないアイナの「 秘密 」に罪悪感どころか心を浮き立たせた。 ――見てはいけないと思いつつも、だからこそわくわくしてしまったのだ。
それからの放課後、ルナセイラは毎日図書室の窓から中庭を見下ろし、二人が「 逢瀬 」をしているのを眺めるのが習慣になっていた。
二人の態度は明らかによそよそしく、ベンチに腰かけていても互いの距離は人一人分開いている。 その初々しい雰囲気は、恋を知らないルナセイラには乙女心をくすぐる甘い刺激でしかない。
何を話しているかまでは聞こえないが、明らかに慕い合っている二人の雰囲気は微かな甘さを含んでいた。
***
一週間近く毎日同じベンチで「 逢瀬 」を繰り返す二人の親密度は徐々に変わっていく。
二人の距離は近づき、とうとう今日は距離感は無くなりぴったり肩と肩が触れ合っていた。
――きゃーーっ! ふしだらだわ!
二人を覗き見る度、ルナセイラは心の中で黄色い悲鳴を上げてしまう。
ブレド王国の紳士淑女は、相手に触れるのすらタブーに近い。 触れることを許されるのはダンスに誘われた時や、エスコートを男性が願い出て女性が許可した時だけだ。 肩と肩を触れ合わせるなどふしだらでしかない。 しかし、頭の中できゃーきゃー盛り上がっていたルナセイラは更にとんでもないものを見てしまった。
彼らはきゅっと素肌で手を握り合ったのだ。
――!!
ダンスにしても、エスコートにしても、基本紳士淑女は手袋をしているので素肌が触れることはない。 その当たり前のブレド王国では、未婚の男女が「 素肌で手を繋ぐ 」という行為は恥ずべき行為だ。
流石に手を繋ぐのはまずいのではとルナセイラは少しだけ動揺する。
――チッ!!
二人の手が握られた瞬間、小さいが確かに自分の席の前方から舌打ち音が聞こえてきた。
音の方へ視線を向けると、窓際の他の長テーブルで本を持って腰かけていたのは、魔法教諭補佐のセイオス。
視線の先を追うと、中庭ベンチに座るアイナたちを見ているのだとすぐわかった。 彼は大きな黒縁眼鏡越しに彼等を睨んでいるようにも見える。 なぜか前髪と黒縁眼鏡で隠された瞳は、ぼやけていてよく見えないのに怒っていることはよくわかるのだ。
――なぜ先生はアイナさんたちを睨んでいるの⁉
図書室にはルナセイラとセイオス以外は数名本を読んでいる生徒がいるだけ。 静かな図書室の中で、授業中ニコニコ笑みを絶やさないセイオスの意外な姿に目が離せなかった。
視線に気づいたのか、セイオスはチラリとこちらに視線を向けた。
ルナセイラは何事もなかったかのように持っていた本にサッと視線を戻す。 見てはいけないものを見てしまったような罪悪感と、イケナイコトをしてしまった自分に言いようのない高揚感を不謹慎にも感じてしまい、ルナセイラの胸の鼓動は激しくバクバクと高鳴った。
――それから、一週間経ってもセイオスは図書室に来る度に同じ窓際席に腰かけ、飽きずに中庭を眺めた。
これまでは「 アイナの逢瀬の観察 」に夢中だったので、ルナセイラはセイオスの存在に気付いていなかっただけなのかもしれない。
アイナたちを眺めるセイオスの表情は、突然呆れたような表情をしたかと思えば、苛立ちを隠せない表情をしたり、くっくっと笑いを堪える時もある。 学生たちのようにコロコロと変わる表情に、「 可愛いな 」などと思ってしまう。
――今日も先生来るのかな……。
毎日ではなかったが、セイオスは授業以外の日でも図書室へ来ることがあった。
気づけば「 アイナの逢瀬の観察 」の合間に、セイオスを見つめるのも毎日の日課になっていたのだった。
***
四限の授業が終わり、ルナセイラはいつものように図書室に向かう。
窓際のいつもの席に腰かけて、本を読む姿勢を維持したまま中庭を見下ろした。
――カタンっ…….。
目の前から椅子を引く音。
――誰?
気が緩んでいたのだろうか。 ルナセイラは中庭から視線を戻し、向かいの席へ視線を向け驚愕する。
――⁉
さも当然とばかりにルナセイラの向かいの席に腰かけ、こちらを見てにっこり笑みを浮かべるセイオスの姿が目に入った。
突然の出来事に、カチンコチンに固まったルナセイラを気に留めることもなく彼は話し始めた。
「 ――やあ、ルナセイラ嬢ものぞき見をしてるのかい? 」
――の……覗き見ですって?!
ルナセイラがアイナを観察していたセイオスのことに気付いていたように、セイオスもまたアイナを観察するルナセイラに気付いていたらしい。
「 わ、私は覗き見などしていません! 気分転換に外を眺めていただけです! たまたま……外にいた人間観察をしていただけなのです! 」
「 人間観察? ……ははっ……覗きと同じじゃないかい? 」
「 違います! 覗き見ではまるでイケナイコトをしているみたいではありませんか! 」
面白そうに言葉を返すセイオスに、ルナセイラはムキになってうっかり大声で言い返してしまう。
しー……
セイオスは人差し指を自分の唇にあてて、静かにするようジェスチャーを送る。 指に視線が向いてしまい、彼の薄い唇が目に入る。 唇から覗く犬歯がチラリと見えて妙に色っぽい。
動揺したルナセイラの頬は、ほんの少しだけ熱を持ったように熱くなった。
「 ごめんごめん! ちょっと揶揄いすぎてしまったね。 私たちはもしかしたら同じ趣味を持っているお仲間なんじゃないかと思ったら、嬉しくて声をかけずにいられなかったんだよ。 」
両手を顔の前で合わせてかわいく首を傾げ、お茶目な素振りをしつつ小声で謝罪した。
「 同じ趣味……とは? 」
「 え? ――の・ぞ・き・み! 」
「 違いますっ! 」
――覗き見が趣味って何よ! しかも仲間だなんて……失礼な人だわ!
再び大きい声で言い返してしまい、図書室を利用する生徒たちの視線がルナセイラに一斉に突き刺さる。 またもややらかしてしまったことに気付き、しゅんっと肩をすくめた。
「 別によくないかい 観察だって、覗き見だって、同じでしょう? 」
にっこり笑みを浮かべるセイオスはフォローしているつもりなのだろうか。 邪気のない笑顔がなぜか憎らしく思えてしまう。
「 …………。 」
ルナセイラは同意できず唇を引き結んだ。
「 ……納得いってないカオだね? 別に覗き見仲間じゃなくても良いよ! ルナセイラ嬢はいつも図書室に来ていること知ってたから、ずっと話しかけたかったんだ。
良ければこれからはこの席で一緒に過ごさないかい? 私もよく放課後覗き見に来るから、気が向いた時にでも話し相手になってほしいな。 」
とても先生らしからぬ振る舞いではあったし、覗き見仲間扱いされるのは不服だった。 ――それでも、セイオスの事が気になっていたのはルナセイラも同じ。
「 たまにで良ければ……お付き合いしますわ。 」
「 ありがとう! これからよろしく頼むよ! 」
こうして、ルナセイラとセイオスの「 人間観察のついでに話をする。 」という奇妙な「 仲間 」としての交流が、入学してから一カ月もせずに始まったのだ。




