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――ルナセイラは前世を振りかえった。
ルナセイラは「 リリマジ 」の世界に転生する前、日本という国に住んでいた平凡な喪女だった。
三度の飯よりゲーム! 恋愛よりパルクールか素振り! ――という毎日が前世の自分のルーティーン。 少しでもゲームのキャラたちと同じ事がしたくて、走り込みをするだけでなく自宅から少し離れた人通りのない閑散とした場所で、壁に飛びついて壁を蹴って上体を引き上げたり、障害物を乗り越える技の練習を積み重ねていた記憶がある。
不審者扱いされないように気にしながら練習するのは大変だったが、かなり身のこなしは良かったのではないかと自負している。
我が道をいく性格だったからか、自分のしたい事にのめり込み気づけば結婚適齢期などとうに越えていた。
仕事はしつつも家に居る時はゲームをするか……パルクールで一人遊びするか……木剣を振り回すか……。
気ままな実家暮らしをしていた記憶ばかりが思い出される。
――どうやって死んだかは覚えていないけれどね……。
「 リリマジ 」に憧れて、「 魔法剣を使いたい! 」とか、「 魔法使いに私はなる! 」とか、とんでもなく呆れた夢をいい歳した大人が心の中で思い描いていた。 ――前世の自分はリリマジに生活の殆どを全振りしていたのだろう。
全年齢版乙女ゲーム「 リリマジ 」のブレド王国の民は、日常的に魔法を使う者が多い。 魔法スキルが優れた者は、身分問わず王立魔法アカデミー学園へ入学することが許された。
研鑽を積んで国王に認められれば、高い給金を得て王宮で働くことも夢ではない。 マジカルナイツとなり王国騎士団へ入団したり、王宮文官などの要職に就く事ができる。
一つだけ「 リリマジ 」の世界で恐れるべき問題があるとすれば、魔力が溢れる世界だからこそ「 魔力溜まり 」が発生するということだ。
「 魔力溜まり 」とは、穢れた魔力が凝縮して集まった負のエネルギースポットのこと。 そこに近づく生き物は魔獣化して無差別に人々を襲う。 ――それは人も同じだ。
穢れに汚染された人々や生き物を浄化できる乙女が聖女である。
文献にはこう記されている。
【 魔力溜まりが現れる時、聖女もこの世界に姿を現すだろう。 】
聖魔力を持っている者は稀有な存在だが、その者が現れたからといって即座に聖女と認められるわけではない。 聖女候補となって日々研鑽を積み、ある一定のランクまで聖魔法スキルを修得して、やっと聖女と認められるのである。
ゲームに登場するヒロインであるアイナは純粋な乙女で、守ってあげたくなるような庇護欲をそそられる可憐な少女。 稀有な聖魔法に目覚めた十四歳で王家に保護され、平民でありながらも聖女候補として守られる。
アイナはルナセイラよりも少し低めの身長。 髪はツインテールで結われ、ふわふわ揺れる緩やかなウェーブは燃えるような真紅の色であっても柔らかい印象を周りに与える。 性格は穏やかで優しく、一生懸命なのに自己主張が上手くできず泣き虫なのがたまに傷。
前世の日本ならば、アイナのような少女は「 ちょっと気弱な女の子 」くらいの認識だったかもしれない。 しかし、厳しい淑女教育を受けて育つ貴族社会の令嬢達にとっては、アイナの振る舞いは異質でしかない。
貴族の子供たちが通う王立魔法アカデミー学園で、アイナがうまく立ち回り一人でやっていくことは非常に難しい。
国王は馴染めないであろう聖女候補であるアイナを気遣い、王命で聖女候補を護り、導ける者たちを任命するのだ。
学園で切磋琢磨してスキルを磨いていく聖女候補アイナと、攻略対象であるマジカルナイツ達は力を合わせて「 魔力溜まり 」から王国を救い、ハッピーエンディングへ向かうのだ。――これが乙女ゲームのヒロイン、アイナの設定である。
ヒロインのサポートをする攻略対象者は四名
・ブレド王国第二王子エディフォール
・現宰相であるエイモンド侯爵の嫡男ラジェス
・マジックナイツ最有力候補であるバンデントイル伯爵の嫡男アレクシス
・妖精と人との間に奇跡的に生まれたマジェスティ伯爵家嫡男サーシェン
アイナと共に学園生活を送りながら様々な困難から彼女を護りつつ、立派な聖女へと導くのが彼等の役目。
更に、隠れキャラとしてアイナを影から支える五人目の攻略対象もいる。
アイナの成長状況をエディフォール達とは別に、国王へ報告する王命を拝命したブレド王国第一王子。 王太子であり、稀有な魔法剣を扱う事が出来るマジカルナイツ。 ――セイフィオス・ブレドだ。
公務も担うセイフィオスは対外的には無暗に出歩ける身分ではない。 皇后の生家の分家の一つ「 メルフォード 」の名を借りて、セイオス・メルフォードと名乗る。
アイナの入学と同時に学園の臨時魔法教諭補佐として学園に赴任するのだ。 優秀な手腕で王宮の政務をこなし、週に数回魔法教諭補佐としてアイナたちの成長も見守っていく。
セイフィオスは年上の美しく頼れるお兄さんキャラとして、一番人気のエディフォールと並ぶ高い人気を誇っていた。
彼等は様々なハプニングを乗り越えながらもプラトニックな愛を育み、魔力溜まりを聖女の力で攻略対象達と共に浄化していく。
浄化後は、戦勝会の夜会で一番親密度の高くなった攻略対象からアイナが求婚されて、ハッピーエンディングである。
――そうよ! セイオス先生もアイナさんの攻略対象じゃないっ!
歓喜したのも束の間、ルナセイラは顔を青褪め心の中で叫び項垂れた。
ルナセイラのプレイした乙女ゲーム「 リリマジ 」に、残念ながらルナセイラ・オレイヌという令嬢は出てこない。 ――恐らくゲーム画面に出てくることもできないモブだったのだろう。
オレイヌ伯爵の一人娘として転生したルナセイラは、持参金すら用意できない没落寸前の貧乏貴族。 しかも、クラスメイトからは「 地味令嬢 」と入学直後から揶揄されて、今ではクラスメイトたちに忘れられていてもおかしくない存在。
――もしかしたらモブ以下かもしれないけれど……その程度の存在なら自由に動いても、良いはずよね?
「 地味令嬢 」と呼ばれるルナセイラは、幼い頃は父親の金髪より光り輝く美しい白金の髪だった。 両親どちらにも似ることのなかったぱっちり二重な紫紺の瞳。 透き通るような色白できめ細やかな肌。 凹凸は少ないが、スレンダーな見た目の割に程よく筋肉のついたバランスのとれた身体。
没落寸前の貧乏貴族令嬢であったにも拘らず、デビュタント後は社交界の華になるだろう。と、皆ルナセイラの見た目を褒め称えた。 しかし、その容姿が原因でルナセイラは苦しめられ、犯罪に巻き込まれてばかりだった。
どうやってもルナセイラを攫おうとする者が後を絶たず、父親であるオレイヌ伯爵は「 ルナセイラの容姿を偽る 」という苦渋の選択をしたのだ。
彼女が十歳を過ぎた頃、オレイヌ伯爵は薬師の知人に頼み、「 くすみ薬 」を娘の身体に使うようになった。 毎晩入浴後にくすみ薬を薄めたスプレーを髪の毛に吹きかけて馴染ませ、目の下まで伸ばした前髪とロングストレートの髪は梳かさない。身体や唇にも薄めた「 くすみ薬 」の入った化粧水や香油を使った。
艶を失ったくすんだ金髪。 前髪で隠れて見えない目元。 血色の悪そうな肌と唇。 ――こうしてルナセイラは「 地味令嬢 」となったのだ。
ルナセイラの両親は没落寸前の貧乏貴族であったが、一人娘にはしっかりと教育を身に付けさせる為に、学園に入学する為のお金をかき集めた。
優しく愛情深い両親に恩を返す為、ルナセイラは学園卒業後王宮文官になるべく必死で研鑽を積んでいる。 魔法スキルは下から二番目のぎりぎりCランクではあったが、粉骨砕身! 努力を惜しまず何とかCランクは死守している。
勉強は学年三位以内を常に維持し、前世ハマったパルクールの影響なのか運動神経は非常に優れている。 ――特に身のこなしは素晴らしいと体術の教諭にも太鼓判を押された程だ。
剣術の授業で基礎を修得すると、ルナセイラはひたすら鍛錬に打ち込んだ。 ――おかげで剣術スキルも最終学年の今年、最高のSSランクを突破している。
――私の剣術に並ぶ学生はほんの一握りしかいないのよね。
「 マジカルナイツになることも夢ではないかもしれない! 」と、一時期期待したこともあった。 ――無理な望みだったが。
マジカルナイツに選ばれるのは、魔法スキル・武術スキル共にSランク以上が最低条件だったからだ。 どんなに努力しても魔法スキルをSランク以上にあげられなければ認めてもらえない。
努力してもどうにもならない事もあるということをルナセイラは学んだ。
――それでも……。 マジカルナイツは無理でも私は優秀な成績を修めているわ! 学園を卒業して王宮文官になれば良いの!
挫折も味わったが、努力は自分を裏切らなかった。
ふふふ……。
報われる自分が誇らしく、つい口元が緩んでしまう。
あと半年何も問題が起きなければ有終の美を飾って卒業し、王宮文官になることができるのだ。
地味な見た目のおかげで在学中犯罪に巻き込まれることもなく、おおよそ平和な学園生活も送ることができた。
「 ――ルナセイラ嬢? どうかした? 」
自分の世界に入り込んでいたルナセイラは、セイフィオスの声でハッと我に返った。
――セイオス先生とのお話し中だったのを忘れていたわ!
瞳は黒縁眼鏡と長い前髪に隠れ殆ど見えないが、不安げな眼差しを向けられていることが雰囲気でなんとなく分かる。
――私、そんなにぼうっとしていたのかしら?
「 ――いいえ! 先生ったらご自分の事を過剰に謙遜なさるものだから、先生の格好良さを知っているのが私だけなのが嬉しく思えてしまったのです。 」
ふふっとルナセイラは微笑んで誤魔化した。
今目の前に座っているセイフィオスは、前世から私が憧れていた魔法剣士様。 見た目を偽りセイオスの姿であるとはいえ、二年半もの間毎日ではなくとも度々放課後を共に過ごせていたのかと思うと、感無量だ。
貴重な王立魔法アカデミーでの学生生活は残り半年もない。 残り僅かな学園生活に少し寂しさを感じずにはいられないが、残りもセイフィオスと「 覗き見仲間 」でいられるのなら、ルナセイラにとっては幸福でしかない。
「 …………。 」
――!! ちょっと待って?!
ルナセイラは、ふととんでもない事実に気付いてしまった。
今も中庭で不埒な逢瀬をしているアイナは、全年齢版「 リリマジ 」のヒロインであるにも拘わらず、攻略対象五人中セイフィオス以外の全員とすでに不埒な関係を築いている。 全年齢向けゲームのヒロインが、なぜこんなにふしだらなのか全く理解できないが、 プレイヤーからの人気も高く、あの完璧で美しいセイフィオスをアイナが攻略しないだろうか。
――いいえ! 絶対にそんなこと有り得ないわ!!
もしかしなくとも、セイフィオスは現在進行形でアイナに狙われているに違いない。
入学当初から、セイフィオスがセイオス魔法教諭補佐として授業に来る度に、アイナは攻略対象四人の隙を見計らい彼の傍へ歩み寄っていた。
当時のルナセイラは前世の記憶を持たなかったから、彼女の行動は勉強熱心な生徒程度にしか思わなかった。 ――しかし、今はそうは思わない。
明らかにセイフィオスを攻略しようと、アイナはセイオス教諭補佐にアピールしていたのだ。
セイフィオスは幾度もアイナに近寄られていたが、何故かその度に微笑みながらも、必要以上の会話はせずあっさりと彼女との話を終わらせていた。
華麗に笑顔で躱す場面を見る度に、ほんの少しだけ当時のルナセイラは気持ちが軽くなっていたことを思い出す。
――今までの私は先生とアイナさんのやり取りをただ見つめるだけだったわ……。 だけどこれからは違う! 私は自分を偽らず正面から先生を守ってみせる!
乙女ゲームの世界なら、たかがモブ程度の私はお呼びではないのかもしれない。 けれど、プラトニックなお付き合いをしなければならないハズのヒロインが、ストーリーにそぐわない行動をしている。
前世を思い出した今、ゲームのヒロインらしくないアイナに、憧れのセイフィオスの貞操? を奪われるわけにはいかないのだ。
「 先生! 私新たに目標が出来ました! 」
「 目標? ……突然どうしたんだい? 」
ルナセイラは手を伸ばし、向かいに腰かけるセイフィオスの両手をきゅうっと再び握り、力強く宣言する。 どう考えても淑女らしからぬ態度なのにも拘わらず、興奮したルナセイラは淑女のマナーなど頭から抜け落ちていた。
「 卒業までの残り半年の間、私が先生をアイナさんから守ってみせます! その為にも、もう自分を偽るのは止めます! 」
「 ――なんだって?! 」
ルナセイラの唐突過ぎる宣言に、セイフィオスは柄にもなく素っ頓狂な声を上げたのだった。




