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初回執筆時より大幅修正いたしました。大きな流れは変わっていませんが、微妙に関係性や性格等変わっていますので、ご了承ください。
「 あ~……。 あの子達……今日もまた始めているねぇ。 」
生徒の利用の少ない放課後の学園三階の図書室で、いつもの席に腰かけ頬杖をつきながら窓の外を見下ろし、苦笑する男性教諭補佐セイオスは嘲るような口調で呟く。
窓から見下ろせる中庭にはベンチがいくつか置かれ、数人が休憩することができるスペースがある。 中庭は校舎でU字に囲まれているので、グラウンドからは見えない隠れた場所だ。 図書室や美術室、実験室・資料室などの専門教室ばかりなので、わざわざ利用する者以外放課後は殆ど人の通らない穴場となっている。
上から見下ろさない限りは、の話だが。
見られていると気づいていない二人は、特進クラスの聖女候補アイナとブレド王国第二王子エディフォール。
先程からベンチに腰掛けて随分と熱い抱擁を交わしている。 いくら人目に付きにくいとはいえ、恥知らずにも程がある。 口づけを交わすだけでなく、それ以上の淫行までしているのだから。
信じがたいが本当の話である。
入学したばかりの頃は手を握ることすら恥じらっていたのに、どうしてここまで彼らは箍が外れてしまったのだろうか。
セイオスが呆れるのも当然だ。 ――そんな恥知らずな行為を自分たちは覗き見しているのだが。
しかし、私たちは断じて他人の淫らな行為を観て喜ぶ変態二人組ではない。
「 王国を代表するお二人が、観られている事にも気づかず淫らな行為をされているなんて……今日も平和な証拠ですね。 」
窓際の読書スペースの長テーブルで、セイオスと向かい合って腰かけていた女子生徒ルナセイラは揶揄交じりの感想を口にした。
「 何人もの男子生徒のモノを咥えこむ聖女候補のいる王国だよ? 平和どころかお先真っ暗でしょう? 浮気されてる事に気付かない第二王子殿下に、堕ちるとこまで堕ちた淫欲な聖女候補。 ブレド王国には必要ないよね。 」
「 セイオス先生?! ふ、不敬罪で捕まっちゃいますよ! 」
危険発言を飄々と笑顔で言うセイオスに吃驚したが、ルナセイラも心の中ではその意見には同意だ。
入学当初はただの興味本位で初々しいカップルをルナセイラは一人で見ていただけなのだが、セイオスと共に覗き見を始めてからは、途中で止めるに止められなくなって今に至る。
彼等を見るのは最初だけで覗き見はきっかけに過ぎず、セイオスと楽しく雑談したり読書する時間が今では主になっている。 ――存外ルナセイラはセイオスとの時間を気に入っていた。
「 ここだけの話だよ。 ね? 」
黒縁眼鏡越しで表情はよくわからないのに、はにかむ笑顔を向けられた気がした。
王立魔法学園の魔法教諭補佐であるセイオスは、ルナセイラよりも頭一個分以上は背が高い。 整えられていない癖っ毛で飛び跳ねた漆黒の髪。 大きな黒縁眼鏡の奥はなぜかぼやけるようにしか見えず、赤茶色のような瞳をしているのではないかと予測することしかできない。 左目の下にはトレードマークのように黒子が縦に二つ並び、肌は健康的で血色が良く、身体には程よく筋肉がついているのかどんな服でも着こなせそうな程スタイルが良く見える。
今着ているラフな白いシャツとスラックスというシンプルなスタイルでも、程よく引き締まった身体のラインがさりげなく浮かび、腕まくりしたシャツの袖から見える二の腕も男の色気を感じさせた。
見た目を整える事に全く興味がないのか、セイオスはずぼらな見た目でかなり損をしているのが勿体ない。 ――本人は全く意識してはいないようだが。
「 でも想い合う相手と愛し合えるのは羨ましいけれどね。 」
「 え?セイオス先生も恋しい相手がいるのですか? 」
「 いいや? 私は結婚適齢期だからね。相手がいないから羨ましく思うだけだよ。」
セイオスは二十二歳で未成年ではない。 婚約者とであれば身体を繋げ合う手前までなら許されない事もない。 ――恐らく。
「 セイオス先生はそうは仰いますけれど、男女のアレコレには詳しそうですよね。……アイナさんたちの睦み合いを見ても冷静なんですもの。 」
「 そうかい?私は恋が成就したことがないから経験だってないよ? 口付け程度なら出来るだろうけどね。 」
「 く、口づけですって?! 私は断固として不純な異性交遊は反対です! 口付けだって婚前でするものではありません! 」
「 え? ルナセイラ嬢は口づけも駄目なの? 」
「 当たり前ではないですか! 唇を相手の身体の一部に触れさせるだなんて……結婚まで考えてはいけないのですよ? 」
「 そうかい? 少しくらいなら良いと思うけど……。 ちょっとだけなら試しても良いんじゃないかな? 」
普段不埒な冗談など言わないセイオスが、珍しく言葉で煽ってくる。
表情が良くわからないのに、なぜかギラリと熱が籠った瞳と視線が交わったように感じ、ルナセイラはその場に縫い留められたように目を逸らせない。 机の上に置いていたルナセイラの手をひょいっと掬い上げると、セイオスは触れるか触れないか程度の優しさでちゅっと彼女の手の甲に口づけた。
――は?
「 ――どうかな? この程度なら良いと思わないかい? ……って、え? ルナセイラ嬢? 」
セイオスに手の甲へキスを落とされた瞬間、時が止まったようにルナセイラは固まった。 あまりの衝撃の強さに、椅子に腰かけていたルナセイラは瞳が零れ落ちそうなほど仰天し、ガタンっ!と音を立てて机に突っ伏したのだ。
***
ぼやける視界は徐々にはっきりしてくるものの、ぐるぐる廻る思考の渦にのみこまれたよう。
見慣れぬ景色なはずなのに、ルナセイラにはなぜか懐かしく感じる人々や風景。 観る事は出来ても、聴くことは叶わない。 ――ただ静観するだけだ。
巡る景色は、今のルナセイラにとっても見慣れた景色に変わっていく。 学園の校舎や図書室、先ほど眺めていた中庭など。 ――しかし、それらの景色は大きな四角い横長黒縁フレームの鏡? の中に動く絵のように映し出される。
大きな鏡の中に写し出された風景を、なぜか自分視点で眺めているのだ。
――なんでだろう。 懐かしい……。 あれはテレビ? ……そしてこれは――。
テレビだと気づいたルナセイラは、見知った人物たちが映像としてテレビに映っていることに気が付いた。 徐々に移り変わる景色の中で、突如閃光が走りまとまりのなかった記憶達が一気に頭の中に収まってくる。
――そうよ! これは私がハマっていた乙女ゲームだわ!
心の中で歓喜して叫ぶと同時に、パチっとルナセイラは目を覚まし勢いよく顔を上げた。
――ごつっ!
刹那、何かがぶつかった衝撃音と共に、後頭部に激痛が走り目の前には火花が散る。
「 ――うぅっ!! 」「 いっ――!! 」
二人の痛み悶える声が同時にあがり、あまりの痛みで眦に涙が浮かぶ。
後頭部を押さえぶつかった方へ顔を向けると、隣の席に腰かけておでこに手をあて痛みを堪えるセイオスの姿があった。
「 セイオス先生?! 」
「 酷いよ……。 気絶した君を介抱してあげようと思ったのに……こんな仕打ちをするなんて。 」
本気で痛かったのか、ぶつけたおでこをさすりながら半泣きでしょげている。
「 ご、ごめんなさい! 私……気絶していたんですか? 」
「 ――そうだよ。 君が可愛らしいことを言うから、冗談で軽く口づけたつもりだったのだけれど、まさかそんなにショックを受けるとは思わなかったよ……。 ごめんね? 」
素直に謝罪を口にしたルナセイラに、セイオスも痛みを堪えながら謝罪の言葉を返した。
ルナセイラにとっては、手の甲であろうと口づけは恥じらう行為だったのだから仕方ない。 ――だが、嫌で卒倒したわけではなかった。
「 私こそ、まさか手の甲へ口づけされただけで気を失うとは思いもしませんでした。 」
誤魔化すように苦笑するルナセイラだったが、自分の純粋さに驚きを隠せない。 ――そのおかげでルナセイラは前世の記憶のおおよそを思い出すことができたのだが。
前世のルナセイラは、自分が口づけすらすることなく四十歳超えたあたりで死んだらしい。
「 恋愛 」や「 結婚 」に自分が向いていなかったことを思い出す。
ルナセイラの頭の中に強く前世の記憶として残っていたのは、唯一ハマってプレイしていた乙女ゲーム「 リリベラの乙女とマジカルナイツ 」略して「 リリマジ 」だった。
恋愛下手な自分でもできる、全年齢版の王道異世界ファンタジーを楽しみながら、見目麗しい攻略対象の誰か一人とプラトニックな疑似恋愛を育む。 ――どんな年齢層であっても気軽に楽しめる、夢と希望に溢れた乙女ゲームだ。
――一番人気はエディフォールのルートだったわね……。
その乙女ゲーム「 リリマジ 」の世界が、まさに今ルナセイラが生きている世界であることに気付いた。
――いくらゲームにハマっていたとはいっても、転生してしまうなんて……。喪女な私だったから、手の甲への口づけでも気絶したの??
リリベラの世界のブレド王国の淑女は、婚前の異性の素肌のふれあいを公には良しとしていない。 しかし、流石に前世を思い出したルナセイラは先程よりは多少落ち着きを取り戻した。 ――とはいえ、やはり喪女……。 動揺していることに変わりはないのだが。
――私の記憶に間違いなければ、女神リリベラはこの世界の主神。 …………ということは、リリベラの聖女って、この学園に通っている聖女候補……アイナさんのことじゃない!?
衝撃的な事実に全身から血の気が引く。
乙女ゲームのヒロインが、中庭で不埒な逢瀬をしているアイナだなんて信じたくない。 ――だが、今この王国に「 聖女候補 」はアイナ一人しかいないのだ。
とんでもない事実に、ルナセイラはもう一度気を失いたかった。
「 ルナセイラ嬢大丈夫かい? 顔色が悪いようだけれど、医務室まで運んであげようか? 」
思考に囚われていたルナセイラの顔を、いつの間にかセイオスが心配そうにのぞき込んでいた。 その後視線を移し、後頭部を押さえていたルナセイラの手をそっと外してたんこぶが出来ていないか念入りに確認してくれた。
しれっと彼に手を掴まれていたが、前世を思い出しショックを受けていたルナセイラはされるがままだった。
「 ――ご……ご心配をおかけして申し訳ございません! 大丈夫です! 」
流石にいつまでも呆けているのは無礼であると焦り、ルナセイラは慌てて姿勢を正した。
「 そうなのかい? でも心配だし、念の為医務室に――。 」
「 ――大丈夫です! せ、先生こそおでこ見せてください! 」
ルナセイラは被せるように彼の言葉を遮り、横に座っていたセイオスの前髪をそっと指でどかしてから優しく触れた。
「 あ……やっぱり赤くなっていますね……痛いですよね? 」
罪悪感で胸が締め付けられたが、おでこに触れた瞬間なぜか少しだけ触れた指先が温かくなった気がした。
その感覚が妙に気になり、ルナセイラは彼のおでこから外した指先に視線を移した。
「 そうだねぇ。 ……あれ? ……痛く、ないかも? 」
セイオスの拍子抜けしたような返事にルナセイラが視線を戻すと、先程まで確かに赤みがさして少し腫れていたおでこは綺麗な肌色に戻っていた。
――ん? どういうこと?
「 本当に痛く……ないのですか? 」
「 あぁ……全く痛くないね。 ……もしかしてそんなにひどくなかったのかな? 」
セイオスは気の抜けた面持ちで、自分のおでこを撫でながら微笑んでいるように見えた。
見間違いだったのだろうかとルナセイラは思い直したが、自分の後頭部は今もずきずきと痛みが残っている。
――なんで私だけ?
不思議でならなかったが、ひとまずセイオスが痛くないなら「まぁ、いっか」と思えたのだった。
***
向かいの席にセイオスが座り直して中庭を見下ろすと、まだアイナとエディフォールは怪しい動きでいちゃついていたようだ。
「 あー……今日はこれ以上はルナセイラ嬢は観ない方が良いね。 目の毒だ。 」
先程卒倒したルナセイラを気遣ってくれたのだろう。 いつもならさりげなく視線を逸らして話題を変えるセイオスが、今日は真剣な面持ちで助言する。
「 ありがとうございます。 ……心配……してくれるんですね。 」
「 さっきは私も悪ふざけが過ぎたからね、私はいつだってルナセイラ嬢を心配しているよ? 」
「 大げさに言いすぎです。 ――ですが、王国の聖女候補である彼女がこの状況では先行きが不安になりますね……。 」
「 そうだね。 ――まぁ、それに関しては私にも責任があるんだけれど……。 」
「 え? 今何かおっしゃいました? 」
罪悪感の籠った声音でセイオスは小さく呟いたが、ルナセイラの耳に届くことはなかった。
「 別に? ――入学当初はまだ聖女候補として見込みあったのにな~と、思っただけだよ。 」
わざとらしい笑みを浮かべるセイオスの眼鏡の奥の瞳が、なぜかルナセイラには微かに揺れたように感じた。
「 セイオス先生は、もしも……もしもですよ? アイナさんに好きだと言われたら……どう答えますか? 」
「 え?! あの子に?! ……怖いこと言うね。 絶対お断りだけど、そもそもこんなやぼったい私の事なんて、彼女は見向きもしないと思うけど? 」
セイオスはへらっと軽薄に笑う。
「 そうですか? セイオス先生は眼鏡を外して、髪の毛を整えるだけで王子様みたいに格好良くなれますよ? 」
確信に満ちたルナセイラの表情と言葉に、セイオスの肩はピクリと震える。
「 ……いきなり……どうしたんだい? 教諭にもなれない補佐の私が、王子様みたいになれるだなんて……無理があるでしょう? 」
はははっと大げさにセイオスは苦笑する。
会話の間とほんの少しの動揺。大げさに振る舞う姿。 ――ルナセイラは確信した。
――やっぱり……。
いつも笑みを絶やさないセイオスだが、動揺することは滅多にない。
わざとらしい程にぼさぼさで目元を隠す黒髪も、敢えて瞳の色をぼやけるようにしか映さない認識素材の魔法がかけられた黒縁眼鏡も、本来の彼の美しい外見を隠すためのものでしかない。
本当の彼は王国一の美丈夫。 ブレド王国の王太子セイフィオス・ブレド。 ――前世のルナセイラの憧れの魔法剣士様だ。




