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 ――治癒の訓練を初めて六日目の朝



 セイフィオスからの言伝を珍しくウィスが告げに来た。




 『 すまない、とうとう国王陛下にルナの事が知られてしまった。 明後日の御前に私とルナの二人で国王陛下との謁見に臨まなければならない。 当日は私が迎えに行くが、それまで私は王宮を出られそうもない。ウィスが命を懸けて守るが、用心だけは怠らないで欲しい。 』




 いつかはくるだろうとは覚悟していた国王との謁見。


 流石に五日間で十か所以上の医療院を全て治癒したのだから、バレても仕方なかっただろう。 ルナセイラ自身も自分の能力をもう疑ってなどいない。 ただ、セイフィオスが学園に来ないという事は、治癒の訓練で医療院へ訪問できないという事。


 王立中央医療院まであともう少しというところでの中断は、ルナセイラにとっては心苦しい。


 アイナも治癒の訓練を始めたようだが、もっと彼女が早く訓練を始めてくれていれば苦しむ患者は大幅に減っていたことだろう。 学園生活を二年半以上続けて憤りを感じることはこれまでなかったのに、今は苦しむ患者たちのことを思うと憤らずにはいられなかった。





 ***






 「面を上げるがよい」 




 威厳ある国王陛下の言葉が響く。


 王城の謁見室のレッドカーペットを進んだルナセイラは、国王の御前にセイフィオスと共に跪いていた。

 

 顔を上げると自分たちの両側に王国を代表する大臣や、王国のマジカルナイツを束ねる騎士団長などの要人が揃いルナセイラたちを囲んでいた。




 ――生きた心地……しないわね……




 結局セイフィオスからの言伝を聞いた後彼から追加の連絡はなく、ルナセイラ自身も特に何が出来たわけでもない。 両親に相談して急ぎ謁見に相応しいドレスを用意することくらいしかできなかった。



 

 「 そう気負わずともよい。 まさか私の治める治世で二人も聖女が現れるとは思わなくてな。 どうしても一目其方に会いたいと、王太子に無理を言ったのだ。 」




 「 このような貴重な機会を賜り、恐悦至極でございます。 」



 国王に謁見するなど、ルナセイラの人生でこれが初めての事。一言一言にプレッシャーが大きくのしかかる。 とんでもないことを口走らないよう慎重に言葉を選び、最低限度の返事しか返すことができない。


 それでも国王は顔をしかめる事もなくルナセイラへ話しかけ始めた。




 「 ――其方の名は? 」




 「 オレイヌ伯爵家のルナセイラと申します。 」




 返事をした途端、謁見の間に異様な緊張が走った。 お偉方の皆さまの視線が痛いほど突き刺さる。




 「 うむ、本当に其方はそっくりだな。 」




 頷きながらもすでに国王はルナセイラの事は調べ上げているのだろう。 きっとこの問いかけは、要人たちへ聞かせる為のものなのだと直感で察した。 しかし、『 そっくり 』という言葉だけは腑に落ちなかった。 ――ルナセイラは両親どちらにも大して似ていなかったからだ。


 『 そっくり 』というのはどう考えてもおかしい。




 「 ルナセイラ嬢はどのように治癒を行うのだ? 」




 「 ……触れて癒します。 」




 またしてもルナセイラの言葉に自分たちを両脇で固める要人たちはざわざわと動揺を露にした。 なぜこんなにも動揺されているのかルナセイラには全く理解できなかったが、セイフィオスは動揺することなく国王へ視線を向けたまま。


 恐らくすでに国王との話で状況を理解しているのだろう。 ルナセイラはこの状況をそう解釈した。




 ――私は教えてもらっていないのに……狡い……。




 「 そうか、ならばルナセイラ嬢は癒しの力の聖女で間違いないな。 」




 国王の言葉にルナセイラは唖然とした。


 まさかこんなにも早くに聖女だと断言されるとは思わなかったのだ。――治癒している姿すら見せていないというのに。




 「 ――さて、ルナセイラ嬢。 其方の力は触れて癒す以外何かわかってはおるのか? 」




 「 いいえ、存じ上げません。 すでに調べられるだけの文献は読み終わりましたが、癒しの力の聖女についての文献はほんの僅かしか残っておりませんでした。 」




 「 オレイヌ家の残された文献も確認はしたのか? 」




 「 我が家に聖女の文献が残っているのでしょうか?! 」



 

 国王の言葉に、ルナセイラは思わず食い気味に問いを問いで返してしまった。




 「 !! ――も、申し訳ございません……不躾な振る舞いをいたしました! 」




 自分のしでかしに顔面蒼白になり謝罪したが、国王は気にしてないないらしい。 微笑みを浮かべたままとんでもない事実を更に告げた。




 「 其方の父君は、癒しの力の聖女が治めた領地がオレイヌであることを、ルナセイラ嬢に伝えていなかったようだな。 」




 「 ――?! 我が家は聖女が治めた地なのですか?! 」



 初めて知る事実にルナセイラは驚愕した。 ――国王の衝撃的な言葉にやはりセイフィオスは動揺する気配はない。


 自分だけが今知ったのだという事にきゅうっと心が苦しくなった。




 「 恐らくオレイヌ伯爵は、ルナセイラ嬢が聖女として目覚めるまでは普通の生活を送らせたかったのであろう。 その気持ちは子を持つ親として理解はできる。 」




 「 ……そう、なのでしょうか……。 」



 衝撃的な事実に頭の中は大混乱で話が半分も入ってこない。 だが、どうせセイフィオスは状況を全て把握しているハズ。




 ――まあ、どうとでもなるでしょうね……。




 それよりも、セイフィオスから教えて貰えていなかったことが不服だった。 いじけつつも心の動揺を顔に出さぬよう心掛けるしかなかった。


 そして無事に国王との謁見をルナセイラは済ませたのだ。






 ***






 「 ――で、これは一体どうゆうことなのですか? 」




 「 どう、とは? 」




 ソファに腰かけて怒りを滲ませながら問うルナセイラ。 薄く笑みを浮かべ返事を返すセイフィオス。


 通された王宮の接待用の室内には既にティーセットが用意され、美味しそうな焼き菓子も並べられている。 しかし、テーブルを挟んだ真向いのソファに腰かけるセイフィオスの落ち着きはらった姿がルナセイラには癪に触って仕方ない。




 「 ――国王陛下への謁見までの間に、わかったことが幾つもあったハズです! なぜ連絡下さらなかったんですか?! ……もしや……私の慌てふためく姿を見て楽しまれたかったのですか? 」




 唐突なつんつんしたルナセイラの物言いに、セイフィオスはぎょっとして大きく目を見開き慌てふためく。




 「 る、ルナ?! 何を言うんだい! 私はそんな悪趣味はないよ! 私にも事情があったんだ。……信じて、くれないかい? 」




 「 ……その事情とやらは……何なのですか? 」




 「 ……それは…………言わなきゃ……駄目かな。 」



 弱気で怯えた表情を見せるセイオスは珍しい。 苦悶な表情を隠さない彼をこれ以上苦しめたくない。 ――だが、これからを考えれば聞くべきだと思った。




 「 これから私を聖女へと導き、寄り添って下さるのなら話して下さい! 」




 まっすぐにセイフィオスを見つめて告げた言葉に、彼も覚悟を決めたのだろうか。 数分もせずに気持ちを切り替えて姿勢を正し、真剣な眼差しでルナセイラに問うた。




 「 今から話すのは、情けない男の話なんだ……。 もしかしたらルナに嫌われてしまうかもしれない。 ――それでも、誤解されるのは嫌だから恥を承知で全て話したい。 ……聞いてくれるかい? 」




 「 教えて下さい。 」




 ルナセイラの返事に苦笑を浮かべてから、彼は隠していたことを素直に告げ始めた。



 今回国王にルナセイラの癒しの力がバレたのは医療院に行ったことが原因だった。それまでは隠し通せていたらしい。 バレていなかったのだから、そのまま隠しておけばよかったのにセイフィオスは全て話してしまったのだ。 ルナセイラの事だけでなく、アイナやエディフォール達の事も洗いざらい全てである。


 長期に渡り報告を怠った事、勝手な判断をした事で国王から叱責を受け謹慎処分を受け、外部との連絡すら禁止されていたというのだ。



 セイフィオスの過ちは三つ。 一つは入学して一カ月も経たずにアイナがエディフォールと放課後の時間を逢瀬の時間にしていたことを報告しなかったこと。―― あの時点ですぐに報告できていればアイナの問題行動を修正できただろうから。

 もう一つはルナセイラが癒しの力でセイフィオスを癒した時点ですぐ報告しなかったこと。 ――すぐに報告していれば、オレイヌ家の話をもっと早くに国王から教えてもらうことができたのだから。


 そしてもう一つはアイナが大きな罪を犯したにも拘わらず処罰を行わず国王の許可なくして選択肢を勝手にアイナに与えた事。 ――たとえ聖女候補であろうと、殺人未遂は処罰されるべき罪だったからだ。


 


 「 ――私は陛下に三つも報告を怠り勝手な行動を取ってしまったからね……。 なぜそのようなことをしたのかと、謹慎処分を受けている間陛下に詰問されたよ。 」




 「 ……私の件は、私のせいだと……わかっています。 」




 「 んーー……それは違うんだよ。 ルナの事を秘密にしたことも、聖女候補の報告を怠ったのも、全て同じ理由だよ。 私はルナには綺麗ごとで『 君の為 』と誤魔化していただけだから。 」




 「 誤魔化した?……それはどういう―― 」




 「 ――ルナを誰にも触れさせたくなかったんだよね。私だけが……君の側に居たかったから。 」




 「 …………私? 私が原因なのですか? 」




 熱の籠った眼差しが真っすぐにこちらに向かう。 セイフィオスの強い想いにルナセイラは面食らいたじろいだ。




 「 最初にエディフォールと聖女候補の逢瀬の報告をしなかったのは、ルナとの図書室での時間をなくしたくなかったから。 ルナの力を隠したのは、他のサポート役を近づけたくなかったし、私がルナを守る唯一でいたかったから。 聖女候補に機会を与えたのは、ルナがもう少し私と心の距離が近づいて、聖女の力が安定するまで独り占めしたかった。 だから、聖女候補にはそのままでいて欲しくて罪を問わないような選択肢を与えて、あの子が聖女候補でいられるようにした。 」




 「 え? ……まさか、入学してすぐ セイと仲良くなったあの時間を失くしたくなかったというのですか? ……出会って間もなかったのに? 」




 「 そうだよ。 」



 セイフィオスが『 覗き見仲間 』になった理由が、覗き見がしたかったからでなく自分と一緒にいたかったから。という理由とは思いもしなかった。




 「 し、信じられません……。 」




 信じられなくても仕方ないはずだ。 あの頃のルナセイラは『 地味令嬢 』だったのだから。 ――しかも出会ったばかりだったはず。




 「 信じられないのも無理はないだろうね。 私はセイフィオスとしてルナと面識はあったが、ルナはセイオスが私だとは知らなかったのだからね。 」




 「 ど、どういうことですか?!私はセイと入学前に会ったことがあるのですか?! 」




 「 ……そうか……覚えていないんだね……あの時恋をしたのは、やはり私だけだったのは残念だよ。 」




 「 ちょ、ちょっと待ってください! 恋?……セイが私と? 出会った時に? 」




 「 そうだよ。 私は王宮の庭園で迷子になっていた九才のルナに一目ぼれしたんだ。 あれから八年、君の姿が変わろうとずっと……ずっと私はルナに恋い焦がれている。 」




 二人きりで静まりかえる室内に、セイフィオスの熱の籠った想いが響き渡った。




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