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 ――医療院へ向かう前に図書室で調べ物がしたいとセイフィオスに伝えたルナセイラは、気持ち早めに歩を進めながら図書室へ向かっていた。



 図書室へ向かう階段はこの時間人が通ることは滅多にない。誰もいないからと気が緩んでいたのだろうか。




 ――つるんっ



 急いで上っていた階段中腹で、突如何かを踏んだ感覚と共に地面を勢いよく蹴り上げていた。


 気づいた時にはもう遅く、ふわりとルナセイラの身体は宙を舞う。




 ――へっ?




 想定外の状況に、スローモーションのように目に映る景色がゆっくりと感じた。


 


 ――落ちる?




 他人事のように感じたが恐れはない。 毎日のようにセイフィオスやウィスが助けてくれているからだろう。




 「 ――危ない! 」




 ――どさっ……


 しかし、抱き寄せられて共に階段を落ちる形になったルナセイラは、困惑し目を瞬いた。


 自分を抱きしめ下敷きになったのが想定外の人物だったからだ。




 「 ――で、殿下?! 」 




 「 ごめん、上手く受け止められると思ったんだけど失敗してしまったな。 」




 エディフォールを下敷きにしてしまったルナセイラは、彼に抱きしめられているあり得ない状況に硬直して数秒石のように固まった。





 「 ――も、も、申し訳ございません!! 」




 我に返るとルナセイラは顔を真っ青にして慌てて飛び退く。




 「 いや、役得だったよ――っいっ――! 」




 エディフォールは熱の籠った眼差しをこちらへ向けながら立ち上がろうとした瞬間、痛みを堪えるように顔を歪めた。




 ――嘘でしょう?! 殿下ほど優秀な方なら魔法でどうとでもなったハズなのに……。




 彼はルナセイラを庇って足首をひねってしまったらしく、座り込んだまま立ち上がれない。


 自分のせいで王族が怪我をした現実に、罪悪感が押し寄せる。


 没落寸前の名ばかり伯爵令嬢であるルナセイラは、王族を傷つけた罪がどれ程のものなのかわからず全身の血の気が引く思いだった。




 「 も、申し訳ございません……私のせいで殿下にお怪我を……。 」




 ガタガタ震えながらも、ルナセイラはエディフォールを見つめ謝罪を繰り返すことしかできない。




 「 気にするな。ルナセイラ嬢が無事で良かったんだ。」




 エディフォールは微笑みながらも、わずかに顔が引きつり痛みを堪えていることがわかる。 ルナセイラは自分のせいで怪我してしまった人間を放っておくことなど出来なかった。




 ――セイ……ごめんなさい……。




 「 殿下、お手に触ることご容赦ください――。 」




 心の中でセイフィオスに詫びを入れると、エディフォールの許可を待たずにそっと彼の手に触れた。


 ルナセイラに手を触れられてエディフォールの頬が朱に染まったが、すぐに驚愕に変わった。 温かい光がふわっと身体から溢れ、数秒ほどで消えたのだ。




 「 こ……これは一体……? 」




 エディフォールは自分に起こった現象が信じられず、呆気に取られていたが、顔には喜色が滲んでいた。




 「 助けていただいたのに、私のせいで申し訳ございませんでした。 ――では私はこれで失礼いたします。 」




 もう一度謝罪を口にしてからすっと立ち上がると、ルナセイラはエディフォールが正気に戻る前に階段をかけ上がりその場を後にした。




 「 …………ルナセイラ嬢―― 」




 「――エディ」




 彼女の走り去る後姿を座り込んだまま見惚れていたエディフォールに、冷や水を浴びせるような凍てついた声音で愛称が呼ばれた。


 声のした方を振り向くと、そこには黒縁眼鏡をかけたセイオスが明らかな敵意を向けて佇んでいた。




 「 ……メルフォード先生? 」




 セイオスから向けられる敵意に圧倒され、エディフォールは名を返すのがやっと。

 




 「 ――私だ。 」




 セイオスは黒縁眼鏡を外し、ギラリと光る赤い瞳とエディフォールの視線が交わる。 普段にこやかに生徒に接するセイオスが、何故自分を威嚇するのか全く理解できなかったが、セイオスからの言葉と振る舞いで更に驚愕した。


 


 「 ――な?! ……あ、兄上がメルフォード先生?! なぜ?! 」




 「 ……ついてこい。 」




 再び黒縁眼鏡をかけ直すと、驚愕するエディフォールに返事をすることなく冷徹な声音で命令し、セイフィオスは歩き出した。






 ***






 ――案内されたのは誰もいない教室。


 再び黒縁眼鏡を外して髪を後ろへかき上げ、王太子セイフィオスとして第二王子エディフォールと対峙する。 そして入学してからこれまでの話を淡々とセイフィオスは話し始めた。


 王命で聖女候補とエディフォールを『 見守り 』していたこと。 その理由も告げた。




 「 ――で、お前は聖女と何を成し遂げた? 」




 セイフィオスの眼差しは鋭く、『 途中経過など必要ない。結果をこちらに示せ 』と告げている。



 全ての話を聞き終えても尚、セイフィオスが偽りの姿で自分たちを監視していたなど信じ難かった。 それでもエディフォールの本能は、セイフィオスが嘘を言っていないと肌で感じ取っている。



 困惑しながらも自分たちの行いを振り返った。


 入学する前からずっと自身に厳しく努力を重ね、エディフォールはアイナのサポートも十分してきたつもりになっていた。




  ――俺は……本当にサポートできていたと言えるのだろうか……。




 入学してから学園の授業について行けず涙するアイナの為に、『 相談 』に乗っていた放課後の時間。それは元々治癒の訓練の為の医療院への訪問の時間だった。


 彼女の涙を流す姿を見ていられず、『 相談 』に乗り始めたことに後悔など無い。しかし、これまで一度も彼女は医療院には行けていない。



 

 ――治癒の訓練をしていないのだから……聖魔法のスキルが上達していないのも当たり前だ……。




 彼女の『 相談 』に乗った時間だけが、頭の中に残っているアイナへサポートに使った時間と言っても過言ではない。 学園の授業にもついて行けるようにと勉強のサポートもしたが、思うような結果は得られていないし、学年成績も二十位以内には至っていない。


 結論、彼女が弱音を吐くたびに毎日『 相談 』に乗り、『 エディのおかげで頑張れるわ! 』という言葉で支えているつもりになっていただけだ。




 ――俺はアイナに何も成し遂げさせてやれていない……でも――




 「 成し遂げては……いません。 でも、アイナも努力はして―― 」




 「 ――結果が伴っていなければ何の意味もない。 魔力溜まりが発生し、魔獣のスタンピードが起こったら今の聖女候補の力でどうにか出来るのか? ――答えてみろ。 」




 「 そ、それは…………。 」



  

 淡々と告げるセイフィオスの瞳は鋭く、射殺さんばかりの殺気を放っている。 まるで自分は蛇に睨まれた蛙のように声を出す事もできない。


 押しつぶされそうな感覚に襲われても、アイナを想うと弁解せずにはいられない。




 ――たとえ結果を出せていなくても……アイナだって必死で努力していたんだ!




 「 アイナの努力はこれから実を結ぶはずです!……これから聖魔法スキルだって―― 」




 「 未来の不確定な話など聞くに堪えん。 そんなもの信じられないな。 」




 「 私はアイナを一生サポートする覚悟があります! 愛しているし、信じていますから! 」




 「 はっ! 愛だって? 一人の人間を一途に愛することもできないような女を信じても裏切られるだけだが? 」




 「 な?! アイナを侮辱するのですか?たとえ兄上でも言ってよいことと悪いことがあります! 」




 エディフォールの反論に言葉を返す気にもならないのか、セイフィオスはパチンと指を鳴らす。 音と共に二人の目の前に現れたのは、アイナの映像だった。 ――ただの映像ではない。自分とアイナの不埒な淫行の映像だ。


 


 「 兄上?! 止めて下さい!こんなものまで記録されていたのですか?! 」




 責め立てるように捲し立てるエディフォールの声など聞こえないとばかりに、セイフィオスは次々と指を鳴らしてアイナのとんでもない映像を次から次に公開した。




 「 そ……そんな……嘘だ……こんなこと……。 」




 顔面蒼白で狼狽えるエディフォールは、つい先ほどまでの怒りは消え失せ絶望の色に染まっていた。




 「 お前の信じる者の行いを見てもまだその意思、貫き通せるか? 」





 淡々と告げるセイフィオスにもう返す言葉が見つからない。


 自分の愛する女が、自分以外の男数人との身体の関係をもっている証拠映像を見させられたのだ。『 信じている 』など、口が裂けたって言えるわけない。



 エディフォールの表情で状況を理解したのだと察したセイフィオスは話を続ける。




 「 本来であれば魔女のような聖女候補など王国に何の利にもならない。正直今すぐにでも捨て置きたいところだ。 ――だが聖女候補がいない。というのは今はまだ王国にとって都合が悪い。そうだろう? 」




 「 …………俺にどうしろと? 」




 諭すように告げる眼差しに、諦めきった表情で素に戻り投げやりな返事をしたエディフォールに、セイフィオスはとんでもない命令をした。




 「 明日からでもすぐに、あの女を聖女候補らしく治癒できるよう治癒の訓練をさせるんだ。 ……そうだな……三週間で王都東側の医療院から王立中央医療院までの、約十四か所の患者たちの治癒を終わらせろ。 」




 「 三週間?! そんなこと……無理です!! アイナは今まで一度も治癒をしていないのですよ?! 」




 「 だがもう一人の聖女候補は、すでにこの三日程で六か所の王都西側の医療院の治癒を終わらせているぞ。 」




 「 もう一人の聖女候補?! しかも三日で六か所?! ……あり得ない! 」




 「 事実だ。 」




 「 そ、そんな……。 一体その聖女候補とは誰なのですか?! 」




 ――はあぁぁ……


 エディフォールの驚愕し困惑する姿に呆れた溜息を吐くと、一言問うた。



 「 ……先程何を体感したんだ? お前は阿呆か? 」




 「 ま……まさかルナセイラ嬢……なのですか?! 」




 やっと気づいたのかと視線だけ投げてから、更にとんでもない事をセイフィオスは続ける。




 「 お前が気にする必要はないが、紛れもなくルナは聖女だ。すでに三百人以上を治癒している。 本来私が陛下に報告しなければならない話だったが、すでに陛下の影が報告を済ませているだろう。

 私は今後彼女のサポートに専念する。 ――そしてゆくゆくは私がルナの夫となる。 」




 「 あ、兄上がルナセイラ嬢の……夫?! ……そんな―― 」




 「 ――エディフォール、お前は今どんな顔をしているかわかっているのか? 先程聖女候補を愛し信じていると私に怒鳴り散らしたにも拘わらず、今はルナへ恋慕する表情をだらしなく浮かべている。 」




 薄っすらと笑みを浮かべるセイフィオスの瞳の奥は、ギラリと射殺さんばかりの敵意を放っていた。




 「 話は以上だ。明日から必死で聖女候補のサポートを務めるんだよ。 」




 セイフィオスは全て告げ終えてすっきりしたのか、少しだけ普段の口調に戻った。 ――だが、敵意は相変わらず向けられたまま。



 エディフォールは彼の去った教室で立ち尽くした。




 ――そうか……兄上は俺のルナセイラ嬢への想いに気付いていたのか……牽制したかったのだな……。




 セイフィオスが自分に敵意を向けてきた理由がわかり納得できた反面、ルナセイラへのズシリと重く切ない感情がエディフォールの心に残る。


 この感情が『 恋慕 』なのだとエディフォールは理解した。 だが、この想いを彼女へ告げることをセイフィオスはきっと許しはしないだろう。



 セイフィオスの身が竦むような敵意よりも、アイナへの想いよりも、アイナが自分を裏切っていたという事実よりも。 ――ルナセイラが施してくれた神々しくも温かい治癒のぬくもりが、今もエディフォールの心を甘い余韻と共に支配していた。



  

 「 ルナセイラ嬢…………。 」




 誰もいない教室に、エディフォールの熱の籠った声音だけが小さく響いた。




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