18
サーシェンに助けてもらった日からしばらくしたある日、図書室ではなく違う場所でセイフィオスと待ち合わせることになっていた。
予定していた時刻より遅れてしまい、慌てて指定された場所へ向かうとセイフィオスは待機させた馬車の前で御者と話をしていた。 いつもはラフな格好でセイオスに成りすましている彼が、今日は黒縁眼鏡を外して王子様然な見目麗しさで外套を羽織っていた。
「 セイ! お待たせいたしました。 」
「 お疲れ様!こんな場所に呼びだしてごめんね。 時間も惜しいから、乗ってくれるかな? 向かいながら話そう。 」
待ち合わせしていたのは学園の裏門の馬車寄せ。
ルナセイラが癒しの力を得ているとセイフィオスが知った日から、どうすべきかを二人で模索してきた。
図書室で癒しの力の聖女について二人で調べたが、聖魔法を扱う聖女より文献はほとんど残っていなかった。 王宮の禁書庫ならば、もっと詳しい情報を調べることもできただろうが、それは止めた方がいいとセイフィオスは言った。
禁書庫は入室記録や閲覧記録が残るので、国王への報告を怠っているセイフィオスは動向を確認されている可能性があるらしい。 間違いなく癒しの力の聖女の事を調べていると国王に報告がいってしまうだろう。
ルナセイラの為に内緒にしてくれているセイフィオスに迷惑を掛けたくはない。 彼に無理を強いていることが申し訳なくてツキリと胸が痛む。
今日から王都の医療院をセイフィオスと共に訪問し、ルナセイラは実際に治癒を施し訓練をする。 ――結局大した文献も見つけられず実践が一番早いだろうという結論に至ったからだ。
わざわざセイフィオスを同行させるのは心苦しくて最初は断ったのだが、聖女を導き且聖女の力の行使を見届ける者が必要とのこと。 ――適任者は彼しかいなかった。
聖女のサポート役として国王に正式に認められる為にも、セイオスではなくセイフィオスとしてルナセイラと行動するべきと彼は判断している。
馬車に乗ると、ルナセイラは手渡された外套を羽織った。
彼の外套の下は濃紺に金刺繍が美しいジャケットにインナーはドレスシャツ。 下は濃紺のトラウザーズ。それだけでも十分すぎる程の王子様然なオーラは溢れ出ていた。
「 ――それで、ルナは今日一日どうだったの? 」
彼の美しさに見惚れていたのも束の間、 すぐに日課になりつつある質問が始まった。
以前サーシェンに助けてもらった話をした時は、セイフィオスは所々不満げな声を漏らしているようだった。
じっと見つめられる眼差しは、熱を帯びているのに問いただされているようで居心地の悪い思いをしたのを覚えている。 ウィスを護衛に付けているのだから、もう知っているハズでしょう?と聞きたくなったが余計なことを口にするのは止めた。 セイフィオスがわざわざ聞いてくるという事は、ルナセイラの口から聞きたいということなのだろうから。
空気を読んだルナセイラはいつもの事のように淡々と一日の報告していく。
「 ――報告はもう一つあります。 授業も終わりこちらへ向かう途中、下の学年の女生徒に『 人に追われていて怖いから少しだけ傍にいてほしい 』と求められました。 その女生徒に付き添いとりあえず空き教室に入ると、突然二人一緒に閉じ込められてしまったのです。
ウィス様が助けてくれたので事なきを得ましたが、その後その女生徒はなぜか慌てたように去って行きました。 犯人はわからず、こちらへ向かうのが少し遅れてしまいました。 ごめんなさい。 」
「 遅れるのは問題ないよ。 待つのには慣れているからね。 ウィスの助けが役立って本当に良かったよ。 」
「 はい、私が無事なのはウィス様のおかげです。 まさか見知らぬ女生徒から自分が頼られるとは思いませんでしたが。 」
「 確かに普段話もしない先輩にいきなり助けを求めるなんてありえないことだね。 よくもあの女は白々しい手まで使ってくるものだよ……。 」
なぜだろう。セイフィオスは笑顔のままなのに、歯を軋ませる程の強い意思が一瞬見え隠れしたような気がして、反射的に身震いしてしまう。
「 え? ……今なんと? 」
「 何でもないよ。 ルナは学園の有名人とも言えるから、どさくさに紛れてお近づきになりたかったのかもしれないね。 」
すぐに表情を戻したセイフィオスは、小首をかしげるルナセイラの頭を優しく撫で、それ以上の言及をルナセイラに許すことはなかった。
誤魔化されたように感じたが、彼に頭を撫でられると条件反射で他の事はどうでもよくなってしまう自分がいる。
――私……セイの手のひらの上で転がされているような気がするだわ……。
たとえ掌で転がされていたとしても、嫌な気がしないのが厄介だ。 ――むしろもっと触ってほしいとすら思ってしまうなど、流石に口に出せはしないが。
ルナセイラは自分の能力に気付いた日から、彼との関係が思っていた以上に心地よくて離れ難くなっていることに薄っすら気づいていた。
友愛より深く、でも燃えるような恋心とも違う。
彼が敢えて心地よい関係に感じられるようにしてくれているのだろう。 ――ルナセイラが逃げ出さないように。
セイフィオスの美しい姿で寄り添われるのはなかなか慣れないし未だに恥ずかしい。 それでも治癒の訓練で彼と過ごす日々が増えていけば、その気恥ずかしさにも慣れるだろう。
見目が違っても、彼の手の平の暖かさはいつもルナセイラに至福を与えてくれるのだから。
――このまま馬車がずっと二人きりのまま走り続けたらいいのに……。
自分の身勝手さに蓋をして、許される一瞬一瞬を『 友人 』としてルナセイラは堪能するのだった。
***
馬車が停まったのは王都西側に位置するこじんまりとした医療院。 ――恐らく初めての治癒で、少しでもプレッシャーを感じないようセイフィオスが配慮してくれたのだろう。
こじんまりとはしているものの、継続治療が必要な患者の為のベッドも所狭しと備えられていた。 しかし医療院自体にも余力がないことは十分に理解できる。 医者は院長であるロッセン医師のみ。 看護師も3名の看護師が交代で務めているだけなのだから。
室内は最低限度の設備のみで、ベッドを仕切るものなどない。 どう頑張っても病床数は二十床がぎりぎりなのだろう。 診察待ちの待合室には溢れる程の患者が列を成している。
――私にこの人たちを救うことができるの?
苦し気な患者たちの表情に、思わず身体が強張り胸元できゅっと両手を組んで祈りの姿勢をとるルナセイラの肩を、セイフィオスは優しくポンポンと叩く。
「 大丈夫。 何があっても傍にいるからね。 」
ありきたりな声を掛けて貰っただけなのに、自分に寄り添ってくれる彼の言葉は、天啓のようにルナセイラの救いに感じた。
力強く頷き、ロッセン医師の指示に従い重症患者の許へ向かいそっと患者の手に触れた。
――ぱあぁぁ……
春の陽射しのような温かく白い光が女性から溢れる。数秒すると光は消えた。
見守っていた他の患者やロッセン医師、看護師はその光景に驚愕した。
苦しそうに、はぁぁ…… はぁぁ…… と、荒い呼吸を繰り返し眠っていた患者の女性は、呼吸が整い顔色も明らかに良くなった。 今は心地よい眠りに付いているように見える。
「 これは一体……? 」
驚きを隠せないロッセン医師は、ルナセイラと入れ替わる様にして心地よさそうに眠る患者の枕元へ近づき、脈や症状を確認した。
「 せ……正常に戻っている!! 」
彼の言葉にルナセイラはホっと安堵した。
見た目は明らかに良くなったように感じたが、ロッセン医師の診断となればより一層自分が治癒に成功したのだと実感できた。 ただ触れるだけで治癒できたことは信じ難かったが、それならば尚更の事やれることは決まっていた。
気を緩め肩を撫で下ろしていたルナセイラは再び気を張り直し、他の患者の治癒にあたるのだった。
この日、一刻程で全ての医療院の患者の治癒を終わらせたのだった。
後日、全ての患者が自宅に戻り普通の生活に戻れたと感謝の手紙が届いたのはそれから数日後の事だった。
***
治癒の特訓を始めた日の帰りの馬車の中、セイフィオスはやりきったルナセイラを存分に労った。
『 触れば治癒できる 』というのは十分ルナセイラ自身理解できた。 ――ただ、触れずに治癒する方法は未だ判らないが。
経験を積めばわかるようになるものとも思えない。という不安が心の中で燻っている。
やらないよりはやった方が良いだろうし、苦しむ人々を助けることが出来るならやるべきだと思っている。 しかし、懸念事項は他にもある。 近いうちに国王にルナセイラの事は耳に入ってしまうだろう。 もしかしたらすでに報告が上がってしまっているかもしれない。
五十人前後の患者を短時間で治癒したとなれば王都中で噂になるのも時間の問題だ。 王家の影も動いていることがわかっている以上、国王から呼び出されるのも時間の問題だろうとセイフィオスも言っていた。
どこまで自分たちで出来るかわからないが、未だ折り合いの付かない気持ちと向き合う為にも、二人はバレるまでの間そのまま隠し通すことにしたのだった。
学園でのトラブルは、サーシェンに助けてもらった日から毎日のように何かしら起こっている。
これが事故なのか。 それとも故意なのか? ――ルナセイラにはわからない。
セイフィオスはその都度助けてくれるし、彼がいない時であってもウィスが助けてくれている。 気にする必要もない些細な事ばかりではあっても、放置できない内容でもあった。
上の階の窓から鉢植えが落ちてきたり、通りすがりで向こうが転んで巻き添えをくらったり。食堂ではトレーに乗せていたものをうっかり盛大に零してこちらに飛び散ってきたり。
全て謝られているが、一歩間違えば大けがに繋がるような事も多々あった。――ただ、幸いだったのは同じ生徒が同じミスをしないという事だったのだが。
何となくセイフィオスが自分の知らないところでも色々動いてくれているような気がして申し訳なく思えた。
「 ――気にしないで。むしろルナを守ることができて幸せなんだから。 」
甘い声音で微笑みを浮かべながら言われてしまえば、「 ありがとう 」以外ルナセイラは言えることはないと思った。
セイオスとして学園に来る時、彼は授業以外べったりと隣にいてくれるようになったので、彼がいないとそわそわしてしまう。 彼の積極的なアプローチに申し訳なさを感じつつも、何とも言えない心地よさや幸福を感じてしまう。
―― あと少しだけ待って欲しい――。
セイフィオスとの関係を先に進ませることのできない弱い自分。
心の中で懇願している弱い自分がいた。




