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 ――セイフィオスの拗れに拗れた初恋は八年前に始まった。



 当時十四歳だったセイフィオスは王立魔法アカデミー学園入学前の自由なひと時を王城で満喫していた。


 ある日庭園の東屋でアフタヌーンティーを楽しみつつ、のんびり本を読んでいた彼の元に小さな迷い人がやってきた。





  一目見た瞬間、セイフィオスは天使が舞い降りたのかと目を疑った。


 陽射しを浴びてキラキラ輝くサラサラな白金の髪。 こぼれ落ちそうな程大きな紫紺の瞳。星屑が閉じ込められているかのように煌めき、小さな口元はさくらんぼのように赤く瑞々しい。


 少女は淡く白い美しい魔力オーラを纏っていたので、より神々しく見えたのだろう。


 既におおよその貴族男性の背丈を超えていたセイフィオスの臍あたりまでしかない背丈の彼女は、可愛らしい白地に淡い桃色や空色の小花柄のワンピースドレスを着ていた。 アンダードレスでふわふわに膨らませているからか、歩くたびにスカートの裾が揺れているのがとても愛らしい。


 彼女の周りだけが輝いていて、私は本を読んでいたことも忘れて惚けた。




 「 こんにちは! ……あの、お邪魔してしまってごめんなさい……。 」




 少女がぺこりと頭を下げると、サラサラと金糸のような髪は動きに合わせて揺れ動き、しゃらしゃらと音が聞こえてきそうなほど美しく幻想的に見えた。




 「 かまわないよ、君はご両親ときたのかい? 」


                                                                                                                                                                              


 「 はい! お父様と一緒にきました。 今日初めて来て、ちょっとだけお散歩していたはずなのに……迷ってしまって……。 」




 少女の瞳には涙が滲み、不安気な眼差しは強烈な庇護欲をセイフィオスに与えた。




 「 そうなんだね。君の名前を聞いても良いかい? 」




 「 私はルナセイラ! ……ルナセイラ・オレイヌ……です。 」




 「 ルナセイラ……美しい名前だね。 オレイヌ伯爵家なら、 確か今日は国王陛下との謁見の予定があるね。

薔薇のアーチ門まで行けば、女官たちにお父上の所まで連れて行ってもらえるはずだよ。 ――また迷ったら大変でしょう? 良ければルナセイラ嬢をエスコートしてもよいかい? 」




 セイフィオスは人好きのする笑みを浮かべてルナセイラの手を掬い上げた。




 「 本当ですか? ありがとうございますっ!! 」


 ルナセイラは満面の笑顔を浮かべて喜んだ。



 花が咲き誇るような彼女の美しい笑顔は、セイフィオスの心をしっかりと射止めてしまった。


 彼女を見つめる度にトクトクと高鳴る胸の鼓動。 甘く幸せを感じるのに、微かに切なさの混じる不思議な感覚。 ルナセイラからひと時も目を離したくない。 誰にも見せたくない。



 本能がそう告げている。



 今まで感じたことのない揺れ動く感情に戸惑いが隠せない。彼女に毎分毎秒惹かれていることに否応に気付かされる。 腰を引き寄せ抱き上げて、ルナセイラの耳元で愛を囁きたい衝動に駆り立てられた。


 出会って数十分も経たずして、恋の蕾が彼女に出会ったことでセイフィオスの中に芽生えてしまったのだった。



 これがセイフィオスの初恋であり拗れに拗れる愛の始まりである。





 直ぐに影をオレイヌ伯爵家へ送り、ルナセイラの情報を調べ上げて彼は落ち込んだ。


 セイフィオスは次期王太子となることは確実であったが、 政略結婚はする必要はないと両親に許されていた。しかし、後ろ盾となる家柄は流石に安易に決めることは出来なかった。


 王政では後ろ盾となる家門は基本妻の生家が中心となるからだ。


 オレイヌ伯爵家は300年はくだらない歴史ある家門ではあるものの、昔からいつ没落してもおかしくない程の貧しさだった。


 癒しの力の聖女の治めた土地という事で国から援助金は出されているが、それでもギリギリらしい。


 自分がルナセイラを娶れば、王政は勢力図が乱れ混沌と化す可能性が高い。




 ――きっと父上母上が認めて下さっても、ルナセイラ嬢がつらい立場になってしまうのだろうね……。




 セイフィオスは幼いながらに自分の初恋は報われないのだと察した。



 初めて感じる抑え難く溢れ出る想い。 恋しくて切なくて、今すぐにでも彼女に会いに行きたくて、馬に飛び乗りたくなる衝動に苛まれた。



 自身を律するため、学問に鍛錬、芸術から処世術、マナーなど、ありとあらゆる次期国王になるべく必要な学びに勤しんだ。


 王立魔法アカデミーに入学して二学年に進級する頃には、魔法・体力・武術スキルが全てSSランクに到達していた。 ――それでもルナセイラを忘れることは出来なかったのだが。



  彼女の美しさに魅了されたら、きっと誰も忘れることなどできるはずがない。



 ルナセイラを想えば想う程高まる恋心を抑える為に、更に魔法と剣術を極めたセイフィオスは、在学中に魔法剣を創造することにまで成功した。


  アカデミーを卒業した現在も、在学中に魔法剣の創造に成功した者は自分だけらしい。






 ***






 セイフィオスが十九歳になった年、平民の少女が聖魔力に目覚めた。 ――それがアイナだ。


 聖女候補の発現に伴い、早急に彼女を守り導く為の四名の貴族令息が選出された。 ――四名の内の一人は弟のエディフォールだ。



 セイフィオスは国王から『 エディフォールが聖女の夫に相応しいか 』上手くやっていけるか確認する為に、見守り助けてやってほしいと頼まれた。


 既に王太子として公務を行っていたセイフィオスは、二人の見守りは公務の合間に秘密裏に行う必要があった。



 アイナは平民であった為、勉強などしたこともなかったらしい。 案の定入学までに規定の学力に到達させることは出来なかった。


 本来特進クラスは学年順位二十位以内が既定とされていたが、 アイナはまったく学力が及ばなかった。――しかし、今後の彼女の努力と成果を見越して国王の特例措置として、アイナも特進クラスに入ることが受け入れられた。



 学園生活が始まり、時間が許す限りセイフィオスはセイオス魔法教諭補佐として彼等の近くで任務遂行の為努めた。しかし、必死に時間を作り自分の影と共に交代で二人を見守っていたにも拘らず、アイナは入学した直後からすぐ態度がおかしくなり始めた。



 アイナは各授業の学びで躓くことがあると、わからないと泣き言を言っては手取り足取りの教えをサポート役たちに願い続けたのだ。


 放課後王命で決められていた王都の医療院を訪問し、治癒の特訓をしなければならなかったというのに、『 学園の授業について行けない 』という理由で医療院訪問の先延ばしをした。


 尊い時間を使ってアイナたちの見守りをしていたセイフィオスは納得がいかなかった。――しかし、報告を受けた国王はそれも仕方なし。と、しばらくは容認することを決めてしまった。


 やりきれない思いに苛まれながらも見守り続けると、医療院に訪問するはずだった時間を使ってアイナはエディフォールと密会を始めた。


 セイフィオスはすぐに見守りしやすい場所を探し、三階の図書室が丁度良いと気づいた。 本人たちは全く気付いていない様子だが、図書室の窓際からは二人の様子が丸見えだったのだ。



 最初は『 悩み相談 』という体で相談に乗っているようだった。 しかし、その『 悩み相談 』は五日経っても終わらず、医療院訪問の動きもない。


 次第に苛立ちながらも我慢して見守っていたセイフィオスだったが、明らかに二人が『 悩み相談 』ではなく、『 逢瀬 』をしている瞬間を目の当たりにして思わず舌打ちしてしまった。 もう我慢ならないから国王へ報告しよう! そう決意までした。 しかし、そこでセイフィオスは初恋のルナセイラと同じ時を図書室で過ごしていたのだと気づいてしまった。


 セイフィオスの罪はここから始まったのだ。





 入学時、特進クラスの中で一際目立ったのはルナセイラ・オレイヌだった。


 学年成績は二位で、魔法スキル以外の各スキルは据全てSランクを超える高成績。 ――生徒でここまで優秀な生徒は稀だった。


 セイフィオスは新一学年の名簿の中にルナセイラの名前を見つけた時から存在には気づいていたが、再会したルナセイラは昔の面影がカケラも残らない姿になっていた。


 八年も会っていなかったのだから、もう恋しい感情の起伏に悩まされることはないだろう。とセイフィオスは思っていた。――否、思いたかった。


 しかし、どんな地味な令嬢の姿であっても、滲み出る彼女の美しい魔力オーラは変わらない。 見た目など関係なく、幼き日の恋心は一瞬で蘇ってしまった。


 開き直ったセイフィオスは、同じ学園で過ごすことができる三年間は神が自分に与えたご褒美だと思うことにした。




 ――たとえほんの少しの時間でも、ルナセイラ嬢と共に過ごせるならそれでも構わない!




 嬉々とし浮かれていたセイフィオスだったが、図書室の向かいにルナセイラが座っていたことに気付いた日から箍が外れてしまっていた。


 時間を見つけては放課後図書室へ行ってルナセイラを見つめ続け、彼女も聖女候補たちを覗き見ていたことを確信してからは、共に覗き見する仲にまでなった。


 国王へ聖女候補とエディフォールの不埒な行いを報告すると決めていたにも拘らず、二人の行いを国王へ報告することで、ルナセイラとの関係も変わってしまうことをセイフィオスは恐れ、彼らの堕落した関係を黙認し続けた。


 王命よりも、初恋の少女との細やかなひと時をセイフィオスは優先してしまったのだ。



 このことがキッカケで、聖女候補は後に多数の生徒と淫行にまで走り、聖女とは真逆の魔女のような存在へと成長してしまったのだが。


 

 アイナがやりたい放題の学園生活を送ることを黙認してしまったことで、サポート役であった三名はアイナを抱きたい放題。



 三学年に彼等が進級する前辺りから、国王直属の影が学園内を動き回っていることをセイフィオスは気づいた。 ――恐らく報告不足であることを国王も気づいたのだろう。 だが、これまで聖女候補の育成にセイフィオスが一切手を加えなかった失態は大きく、国王も影の報告を受けてもどうしたものかと悩みあぐねいているようだ。


 今後サポート役四名と、セイフィオスの役割は改められるだろうと予想していたある日、突如ルナセイラが動き出した。



 なぜか急にセイフィオスを自分が守る! と言い出したのだ。



 一体彼女に何が起こったのかさっぱりわからない。 ――しかし、翌日には更に状況が急変した。


 ルナセイラは、昔セイフィオスと出会った時の美しい天使そのままの美貌で学園に登校したのだ。 全校生徒が驚愕し、ルナセイラの一挙手一投足に注目したのは言うまでもない。



 昔の姿を再び見ることの出来たセイフィオスは、喜びよりも隠していたかった彼女の美しさを周りに知られたショックの方が数百倍大きかった。


 授業中ずっと気もそぞろで、ルナセイラを熱い眼差しで見つめる男どもの目を潰したくてイライラしてしょうがない。 今すぐ教室から彼女を連れ去り、自分の部屋に閉じ込めて誰の目にも映したくなかった。





 放課後、一目散で三階の図書室へ移動し、セイフィオスはすぐさま一番奥のスペースに認識阻害の魔法をかけた。 彼女に聞きたいことは山程あったが、その大半は自分の醜い嫉妬が関係している。


 学園の魔法教諭補佐が、女生徒と堂々と図書室でいちゃつき他の生徒達を困惑させるわけにはいかない。 ――認識阻害魔法をかけて正解だったはずだ。



 図書室にルナセイラが現れると、勢いに任せてちゃっかり手を握り、すぐに奥へと誘導する。 彼女を窓際へ座らせ、さも当然とばかりにセイフィオスは横へ腰掛けた。


 

 


 唐突な追及に、ルナセイラは自身の姿を偽らなくなったのがセイフィオスの為なのだと教えてくれた。


 彼女が自分を大切な存在と認識してくれていたことに、どれだけ嬉しかったのか言い表し難い程だ。 友愛だろうと構わない。彼女にとっての男の友人は自分一人だったのだから。




 ――今はそれでもかまわない! 少しずつ意識してもらおう!




 あの時は確かにそれが最善だと思っていた。



 ルナセイラは間違いなく癒しの力の聖女だろう。 ――ならば結婚の身分差など何もない。


 ルナセイラへ憎悪を露にしていた聖女候補も、証拠を見せて脅したのだから大人しくするだろう。



 後は少しずつスキンシップを増やして男として意識して貰えばうまくいくはず。


 セイフィオスは安易にそう信じて疑わなかった。 しかし、聖女候補は他の生徒を使ってルナセイラを攻撃してきた。


 他の生徒を使えばバレばいとでも思っているのだろうが、サーシェンの指摘の通りルナセイラに接触してきた生徒達にはアイナの魔力オーラの色が微かに見えた。




 ――あの女が直接指示した証拠は挙がっていないが、バンデントイル家だろうな。




 バンデントイル家のアレクシスはアイナのサポート役でもあり強い慕情を抱いている。この程度なら見過ごしても構わないが、これ以上の事をしでかすつもりなら容赦する必要はないだろう。


 サーシェンはルナセイラを守っているから害はないが、彼女の聖女の力に気付いた可能性は高い。


 妖精と人の混血であるサーシェンは、美しいモノを好む妖精の習性をもっている。 その為、ルナセイラが美しいから興味があるというだけならまだよいが、もし聖女であることに気付いているのであれば彼は興味だけでは済まさないだろう。 しかもセイフィオスが秘密裏に聖女候補の状況を国王に報告しなければならないことまで知っている可能性が高い。


 セイフィオスにとっても厄介この上ない。


 自分の過ちは十分理解しているつもりだが、こんな醜い自分をルナセイラには知られて幻滅されたくない。


 清廉潔白な王太子でいる為にも、時間の余裕はないと感じていた。





 セイフィオスは強く拳を握りしめ、何があろうとルナセイラの愛を手に入れると固く自身に誓うのだった。




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