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 アイナに殺されそうになった日から数週間が経った。


 ひとまずセイフィオスとは『 友人 』としての関係は良好だ。しかし、彼のルナセイラへのスキンシップは日を追うごとに甘さに拍車がかかっていく。 放課後の図書室での二人の時間は、もう「 覗き見 」など二の次になっていた。


 セイフィオスが見つめるのはルナセイラだけ。



 「 …………な、なんですか? 」




 本を読む手を止めて、視線だけをセイフィオスへ向け耳を赤くして不満げに問う。

 



 「 別に?可愛いなと思っただけだよ。 」




 「 うぅぅ……。 」




 セイオスの言葉に反応したくないのに、空気が甘すぎて過敏に反応してしまう。 ルナセイラがジト目で見つめようと、セイオスは全く動じない。――恥ずかしいと思うのはこちらだけ。




 「 観てるだけだから! 邪魔してないでしょう? ね? 」




 「 視線が……気になって集中できません……。 」




 頬を朱に染めたままルナセイラはふてくされる。




 「 ふふ……慣れるためにしているんだよ〜。 」




 「 ……お手柔らかにと……お願いしたではないですか……。 」




 「 ルナに可愛い反応をされると目が離せないんだから、そのくらいは許して? 」




 悪びれた様子もなく甘い言葉を延々と囁きながら、蕩けるような視線を向けてくる。 今なんの拷問に耐えているのだろうかと自問したい気分になる。


 羞恥で瞳が涙で潤み始めると、流れるような自然な手つきでヨシヨシと優しく頭を撫でられてしまう。 恥ずかしいのに頭を撫でられると嬉しくて、されるがままになってしまう自分が情けない。




 ――何も考えなくてよい犬だったなら……思いっきりセイに甘えられるのに……。




 自分でもおかしい事を考えている自覚はある。 けれど、ルナセイラは心のままに動こうとは思っていない。 ――否、すべきではない。





 前世のルナセイラは全く恋人を作りたくなかったわけではない。


 自分から縁を作りにいかない限り、恋人を作る機会すら得られない環境にいただけだ。 片手で数える程だが、友人に男性を紹介してもらったことだってある。 ――ただ、その縁を自分のモノにできなかったのだが。 




 ――面白味もないつまらない私には恋愛は難しいだけだったわ……。




 前世の自分は、いつからか『 恋は向いていない 』と自分自身に言い聞かせるようになっていた。


 恋愛への苦手意識が転生した今もなお心の奥深くで苛んでいる。そしてセイフィオスを意識する気持ちに歯止めをかけているのだ。




 ――なぜ友人から恋人になりたいと思うのかしら……。




 今世は友人すら少ないルナセイラにとって、恋人を作るなど夢物語だ。


 友人ですらマリーエルとセイフィオスの二人だけ。




 ――セイと恋人になったら……面白味のない私はきっと幻滅されてしまう。 そうしたら友人ですらいてもらえなくなってしまうかもしれないわ……。




 『 付き合ってもいつか別れが訪れる。 』




 仮に付き合いが上手くいき、愛を信じて結婚した人々でさえ離婚してしまうケースも少なくない。 恋愛や愛情に執着のない周りの影響故か、前世のルナセイラには『 恋人との別れ 』も、『 離婚 』も、性格の不一致で片付けられてしまう程度と認識していた。


 恋人を作ることすらできない前世のルナセイラにとって、周りの体験談は自分の恋愛観、結婚観を構築する基準となっていた。




 ――だけど……友人は違う。 一生ものよ……。




 喧嘩をしても、違う道に進み何年も会えない日々が続こうとも、お互いが友人でありたいと願い続ければずっと繋がっていられるのだから。 優先順位は配偶者や恋人より低くとも、細く長く友人関係を続けようと努力すれば縁が切れることはない。 ――『 一生 』続くといっても過言ではないはず。


 そんな友人関係を尊く思っているし、ルナセイラは失いたくなかった。




 ――難しいな……。




 友人以上に近づきたい気持ちもあるのに、近づき過ぎて関係が壊れる事が怖くてたまらない。




 ――私は臆病者だわ……。




 断られても諦めずに寄り添おうとしてくれるセイフィオスをルナセイラは尊敬している。




 ――セイはなんで私と恋人になりたいと思うんだろう……。 経験のない私には……わからないわ……。




 それでも少しずつ慣れようとセイオスが接してくれるのは嬉しかった。




 ――私も付き合いたいって……いつか言えるようになるのかしら……。




 隣に座る彼の熱の籠った視線を感じながら、私は本を読むふりを続けた。





 ***





 昼食後、庭園を散歩していたルナセイラは前方で女生徒たちが楽しそうに談笑している声に気付いた。


 友人の少ないルナセイラは羨ましく感じてしまう。 気を紛らわすように庭園の景色を見て心を和ませた。




 「 きゃあぁぁぁあっ!! 」



 女生徒の悲鳴が聞こえた方へ視線を向けると、水の塊が勢いよく飛んでくる。




 ――え?




 気を抜いていたルナセイラはあまりにも突然の事で防御する暇もない。




 「 っきゃぁぁああっ! 」




 成す術もなく、水撃によってルナセイラは飛ばされた。





 ずさぁぁああっ…………


 飛ばされた先は幸いにも芝の上。 全身はびしょ濡れでも水撃による体の痛みや傷はない。




 「 い、一体何が? 」




 びしょ濡れなまま、何故こんなことになったのかわからずルナセイラは困惑した。




 「 ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?! 」




 慌てて駆け寄ってきた女生徒から謝罪され、ようやく状況が飲み込めた。




 「 一体……貴女方は何をしているのですか。 」




 「 ごめんなさい。 新しい水魔法を友人たちに披露していたら、操作を間違えてしまったんです。 」




 女生徒たちに厳しい視線を向けると、駆け寄ってきた三人の少女の内の一人が謝罪した。 しかし、一歩間違えれば人の命を奪っていたかもしれないようなミス。 簡単に許してよい問題ではない。




 「 魔法の披露は訓練場ですべきでしょう。 それ以外の場所では他の生徒に危険が及ぶ可能性があるのです。 どれだけ危険な事をなさったのか自覚はございますか? 」




 「 ――わざとではないのですよ?! そんな言い方なさらなくてもよいじゃないですか! ……ルナセイラ嬢はお顔はお綺麗なのに心は綺麗ではないのですね! 」




 女生徒はルナセイラの言葉に反省どころか怒り出す始末。周りも助長するように「 そうよそうよ! 」と捲し立てる。




 ――この子達は何を言っているの? ……反省する気がないのかしら?




 危険行為をしたのだから、やらかしたことを指摘されたなら素直に聞き入れるべきだ。 それなのに、なぜ被害者である自分が非難されているのか理解できない。




 「 貴女方は反省してはいないということですか? 」




 「 謝っているのですから、受け入れてくだされば良いのです! ……それなのにぐちぐち文句を仰るなんて、心根がお綺麗ではないとしか言いようがないですわ! 」




 「 なるほど……。 注意をした私が悪いと仰りたいのですね? 」




「 私たちは反省しているからこそ謝ったのですから、貴女の性根の問題ですわ! 他の方々は、ルナセイラ嬢がこのような方だとご存知なのかしら〜? 」




 「 自分たちのしたことを棚に上げちゃってさぁ、 どう見ても醜いのは貴女たちでしょ~? 」




 「 な、なんてことを! ――っえ?! 」




 声を荒げ、男の声がする方へ視線を向けた令嬢は顔面蒼白で固まった。




 「 見たままの感想を言ったまでだけど~? 」




 「 サーシェン様っ! 」




 木陰で本を読んでいたのだろうか。


 本を持った少年は、サラサラの銀髪を靡かせてこちらへ歩み寄ってくる。――それは、天使の如く神々しい美しさのサーシェン・マジェスティだった。


 こちらへ向かって歩みを進めながら何やら彼はブツブツ囁いている。


 ルナセイラの全身からふわっと風が巻き起こり、制服や髪の毛が吸いあげていた水分がルナセイラから離れて、一つの水の塊となって宙に浮く。


 出来上がった水の塊は、ばしゃりと地面に落ちた。


 サーシェンが自分の横へ辿りつ頃には、水撃を受けたとは思えない程ルナセイラの姿は元通りになっていた。




 ――凄い……流石サーシェン様ね……セイと同じSSランクなだけあるわ!




 令嬢たちは自分たちの置かれた状況に頭が追い付かず、目を白黒させて困惑している。 ――まるでこんなはずではなかったと言いたいかのように。




 ――まさか……これはミスではなく故意だったのでは……。




 「 サーシェン様、助けてくださってありがとうございます。 とても助かりました。 」




 ひとまず女生徒たちは無視してサーシェンに礼を告げたルナセイラに、サーシェンはクスリと微笑みを浮かべた。




 「 美しいものが汚されるのは僕の目に毒だからね~。 」




 ――やっぱり……私を気にしてくれていたのは「 美しいもの認定 」してくれたからなのね。




 あっさり本音を口にしたサーシェンに、ルナセイラは思わず苦笑してしまう。




 「 ――おや? ……君たち思ったようにいかなくて不満でもあるのかなぁ~? 」




 呆けていた所に鋭い視線を向けられ、考えていたことを当てられた令嬢たちは「 そ、そのようなことはございません! 失礼致します! 」と真っ青な顔色のまま告げると慌てて立ち去った。




 「 馬鹿な子たちだよね~。 」




 サーシェンはくつくつと笑うと、美少女のように美しく可憐な微笑みをこちらに向けた。




 「 お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。 」




 感情を見せずに淡々とお辞儀をすると、サーシェンからとんでもない言葉が飛び出した。




 「 ルナセイラ嬢は、アイナになんでまだ恨まれてるの~? 」




 「 …………え? 」




 ――なんでここでアイナさんが出てくるの?!




 「 あの子たちアイナの取り巻きだよ~? アイナの匂いが纏わりついてたからねぇ~。 」




 ――取り巻き? ……匂い? ……何のこと?




 「 それはどういう事でしょうか……。 」




 彼の言葉に動揺が隠せず、わずかに身体がピクリと反応してしまう。





 あの魔力暴走以来、どうやら自分は彼女を無意識に恐れているらしい。


 握りしめた手の中には汗が滲んでいた。




 「 最近ルナセイラ嬢ってアイナの恨みを買っているでしょ~? 気をつけた方がいいよ? ――多分アイナは諦めてないからね~。 」




 美しい笑みを絶やさず言いたいことを言うと、サーシェンは校舎の中へと戻っていく。




 「 サーシェン様は……アイナさんが私を嫌っていることを知っている……ということ? 」





 ***





 「 ――そんなとこで隠れてないでさ~……出てくれば? せ~んせ! 」




 「――まさかバレていたとは……私もまだまだだね。 」




 本校舎エントランスの柱の影から姿を現したのはセイフィオスだった。




 「 先生は僕から隠れるのは無理だよ? 気配を消したって無駄だからね~。 」


 さも当然とばかりに揶揄うような口調のサーシェン。




 「 なるほど? という事は魔力で察知したのだね? 視ているわけではないようだが。 」




 「 へぇ〜?先生は視る人なんだ? ん~~……そうだな~……僕ばかり知ってるのもフェアじゃないから、僕も教えた方が良いかな? 」



 「 ……教えてくれるのかい? 」




 「 いいよ~? 僕たちライバルだものね。『 匂い 』で感じているんだよ。 だから見なくてもわかるんだ~。 」




 くすりと含み笑いを浮かべてサーシェンはセイフィオスを見る。



 

 「匂い、か……それは厄介だね。」




 「でしょ~? ……あと、僕は先生に遠慮して手に入れるの躊躇ったりしたりしないからね? 」




 「 ―― 遠慮は無用だよ。 」




 ぴりつく空気の中二人は笑みを絶やすことなく、ひりつく視線を交えた後サーシェンは話を替えた。




 「 ――そうこなくっちゃ! ……それで、あの子に付いてた影は先生の~? 」




 「 そうだよ。 」




 「へぇ~? あの子が襲撃されたっていうのに何もできないなんて……居ても意味ないんじゃないの~? 僕を気にして傍観することしかできないなら、居ない方がマシでしょ? 」




 「……その意見には私も同意するよ。……先程はマジェスティ君のおかげで助かった。 感謝する。 」




 「 別にぃ? 感謝なんかされなくても僕は気に入ったモノは自分でちゃんと大切にするからね~。その内僕だけのモノに―― 」



 

 「 ――君に奪われたりはしないよ。 」




 先ほどまでの笑みは消え、セイフィオスからは高圧的な魔力が溢れ出る。




 「 うわぁ~すっごい怖い顔! 先生本気なんだ? 」




 「 私の唯一無二だ。 」




 ――はあぁぁ……


 セイフィオスの返事に呆れたような溜息をサーシェンは吐いた。




 「 ならもっと気をつけてくれないかなぁ? アイナは全然諦めてないよ?

 聖女候補は大事だけどさぁ~……ちょっと対応甘すぎじゃない? 僕の勘が正しければルナセイラ嬢こそ守るべき……でしょ? 」




 「……さあ? どうだろうね? 」




 「 う~わっ……。 独占欲強すぎじゃない? まさか国王陛下にすら報告してないんじゃないの~?――とりあえず大事なら しっかり護衛してよ? ……でなきゃ後悔することになるよ。 」




 セイフィオスの圧にも気圧されず平然と笑みを浮かべていたが、言い切る頃には鋭い眼光放ち威圧し返してきた。 しかしそれは一瞬で、すぐに再び愛らしい笑みを浮かべると、「 じゃ~ね~。 」と言いながら、ひらひらと手を振ってサーシェンは去って行く。


 彼の背中を見送りながら、己の不甲斐なさに苛立ちが増す。 逃がしきれない負の感情に全身を支配されそうだ。




 ――まさか……あの女は本気で愚かな道を進むというのか?




 「 ――ウィス。 」




 「――申し訳ございません」



 セイフィオスに呼ばれ、彼の斜め後ろにパっと姿を現したウィスは即座に跪き頭を垂れて深く謝罪した。




 「 ルナへ攻撃した令嬢たちが、聖女候補とどのような関係があるのか調べてくれ。――あと……今日のような失態は、二度目はない。 心せよ。 」




 セイフィオスは重く凍てつくような声音で静かに告げた。




 「 ――御意! 」





 先日、アイナを学園長室へ呼び出して今後の身の振り方を自分で選ばせた。


 それもこれも、全てはルナセイラを守るため。


 たとえ名ばかりであっても、アイナは聖魔力を保持した聖女候補。 ルナセイラが治癒の力をしっかりとコントロールできるようになるまでは、アイナにはまだ聖女候補のままでいてもらわなければ困る。




 ――と、いうのは建前…………だな。




 ――はあぁぁ…………


 誰もいないエントランスで、セイフィオスは深い溜息を吐く。



 未だ誰の恋人にもなっていないルナセイラを、セイフィオスは誰にも見つけさせたくなかった。 大事に大事に囲い込み、あわよくば自分だけが彼女に寄り添える唯一でありたいと願っている。 ――しかし、今その権利をセイフィオスはまだ得られていない。


 ルナセイラの治癒の力を確認した時点で、本来国王に二人目の聖女の存在を報告しなければならなかった。 ――だが、セイフィオスは国王の影をわざと遠ざけてまで、ルナセイラの存在を隠している。


 全て彼女を独占したいが故のセイフィオスの身勝手な行動である。


 己の醜い感情に気付きながらも、セイフィオスは今日も報告を先延ばしにしたのだった。







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