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想像しえなかった告白に、ルナセイラは目を大きく見開きセイフィオスをじっと見つめた。
八年前、確かにルナセイラは父に連れられて王宮へ行った事を覚えている。 キラキラ輝く美しい王子様に会った記憶もある。 もしルナセイラも彼に一目ぼれしていたのなら、その少年の名前を聞いて覚えようとしたかもしれない。 ――しかし、まだ九歳だったルナセイラは、王宮で迷子になっていっぱいいっぱいだった。
彼との出会いは『 迷子の少女を王子様が救ってくれた素敵な思い出 』でしかなかったのだ。 ――まさかあの麗しい少年がセイフィオスだったなど思いもしなかった。
「 あ、あの時はありがとうございました! まさかセイだったなんて……あの時は幼くて、迷子になっていたので断片的にしか覚えていないんですが、助けて貰えて嬉しかったことは覚えています! 」
「 あの時、ルナが心細い思いをしていたから、私だと気づかなくても仕方ないよ。 ……それに私も、その後ルナに何かしらのアプローチをしたわけではなかったからね。 忘れられていてもおかしくないとは思ってはいたんだ。 」
「 ごめんなさい……。 ――でもっ素敵な王子様が助けてくれたという言事は、今でも覚えています! 」
「 ありがとう。 覚えてくれていて嬉しいよ。 今も……素敵だと思ってくれる? 」
苦笑しながら言葉を紡ぐセイフィオスの顔は、笑っていても瞳の奥は切羽詰まった色を滲ませている気がした。 まるで否定的な返事を返されようものなら、泣き出してしまいそうな気配すら感じる。
八年もの間ずっと想ってくれていたのであれば、きっとルナセイラが入学してからの二年以上の月日、共に言葉を交わす間もどんな気持だったのだろうか。
セイフィオスがずっと自分を大切にしてくれていた想いと、自分がその想いに報いることが出来ていない気持ちが、ルナセイラの心をきゅうっと締め付ける。
ルナセイラにとって『 恋 』は他人事だった。
やるべきことに必死だっただけでなく、前世の価値観にも引きずられて『 恋愛 』を意識しないようにしてきたからだ。 自分とは関係ない感情だとあえて考えないようにしていた。
セイフィオスに告白された時ですら、『 嬉しい 』という感情はあっても、『 恋しい 』という感情はわかろうとしていなかった。 憧れや応援したい気持ち、守りたいきもちはあってもそれが恋と結び付けられなかった。 ――それでも今確かにルナセイラは変化を感じている。
罪悪感のようであり少し違う。 セイフィオスの悲しむ顔を見たくなくて、ぎゅっと抱きしめたいとすら思ってしまうこの感情はなんなのだろう。 ――少なくとも他の人には抱いたことのない感情だ。
「 セイは私にとって素敵な憧れの魔法剣士様です! あの王子様がセイだとは思わなかったけれど、幼い頃から少しでも貴方に近づきたくて魔法も剣術も頑張りました!……思った通りにはいかなかったけれど。 」
顔を真っ赤に火照らせながら、自分の気持ちを吐き出した。 まさか本人に告げる日が来るとは思わなかったが、前世の記憶を思い出す前からセイフィオスに憧れを抱いていたのは事実なのだから。
「 憧れか……それは『 好き 』とは違うの? 」
喜色を滲ませながらもまだ満足できないのか、セイフィオスはまだ言葉を引き出そうとする。 ――彼の瞳には絶えず期待と不安が入り混じっている。
「 ……セイと同じ『 好き 』かはわかりません……でも、セイが特別なのは間違いないです! 」
「 ――それは……誰よりも、特別? 」
おずおずと答えるルナセイラに、彼はいつの間にか隣に腰かけて真剣な眼差しで問う。 彼の美しい顔が近づいて、心がむずむずする何とも言えない心地で叫んでしまいたくなるくらい恥ずかしい。 ――けれど、絶対に彼の言葉を否定したくない。 そう思った。
「 …………はい―― 」
「 ――ルナ!! 」
真剣な眼差しから目が逸らせないまま振り絞るように告げると、許可も得ずセイフィオスはルナセイラを強く抱きしめた。 突発的な行動に、恥ずかしくて顔から火を噴いてしまいそう。 否、もしかしたらもう噴いたかもしれない。
どうしたら良いかわからず困惑していたが、ふと彼の抱きしめる腕が、指先が、微かに震えていることに気付いた。
――私だけじゃない? ……もしかして、セイも緊張しているの?
彼から伝わる温もりも、震える指先も、じわじわと暖かく甘い感情として沸き上がり、思わず抱きしめ返してしまう。
「 不安にさせてしまって……ごめんなさい。 」
「 私こそ、ルナを焦らせてごめん……。 」
震える声音を優しく包み込むように、セイフィオスも言葉を紡いだ。
彼の気持ちから逃げることはできないのかもしれない。 とルナセイラは思った。 ――違う、逃げたくないのだ。ずっと想い続けてくれる彼の腕を振りほどいてまで貫く感情など、そもそもルナセイラにはなかったのだから。
***
――エディフォールがセイフィオスに呼び出されていた頃。
「 なんで! なんでなのよ!! 」
激昂したアイナは全力疾走しながら少しでも階段から遠くへと向かって喚く。 可憐で可愛らしい表情は見る影もない。
「 アレクたちが役に立たないから、私がわざわざ偶然を装ってアイツを階段から突き落とそうとしたのに! ――なんでエディが助けるのよ!! 」
先日学園長室に呼ばれた際、アイナはとんでもない事実を告げられた。
攻略対象であり本命だったセイオス先生は、実は入学当初からアイナを二十四時間ずっと監視していたらしいのだ。 しかも魔力を視る力で、アイナの魔法での悪事も全てバレていた。
聞かされた瞬間目の前が真っ暗になった。 それなのに、セイフィオスは容赦なく「 生きるか死ぬか 」のような選択を迫った。
聖女として必死に努力しなければ、牢屋に入れられるだろう。
憔悴しきったアイナを慰めてくれたのはアレクことアレクシス・バンデントイル。 攻略対象の一人だった。
彼はバンデントイル伯爵家嫡男で、エディフォールの乳兄弟。 百九十近い体躯はがっしりしていて男らしい。 騎士らしい短髪はくすんではいても陽に当たると綺麗な金髪にも見える。 アンバーの瞳も髪色に似合っていてつい見惚れてしまう。 顔の輪郭もシュッとしていて精悍さが麗しい。
入学した時から既に魔法・剣術スキルはSに到達していて、苦手な学問で学年成績は三百人弱中百二十番台でも特進クラスに入ることができたのは、入学当初からマジカルナイツになる条件を全て持ち合わせていたに他ならない。
学力はままならずとも、騎士道精神は素晴らしく守るべきアイナをいつもお姫様のように大切に護っている。
そんなアレクは号泣していたアイナのことを妹に相談した。 すぐに『 助けになりたい!! 』と、アレクの妹は願い出たらしい。
それ以降、さりげなくアレクシスの妹の紹介で少しずつ会って令嬢達と話すようになると、令嬢たちは「 私に任せて下さい! 」と、皆意気揚々と味方になると言っていたというのに。
――確かにこの一週間以上、令嬢たちを使って嫌がらせは続いていた。
だがその嫌がらせ行為は可愛らしいものばかり。 彼女たちはやりきった感を感じているようだが、内容が甘すぎた。
――貴族って毒を盛ったり、人を雇って拉致したりするくらいはお手のものなんじゃないの?
自分の思った通りに動かない女生徒たちにも、自分を慕っているのに大した働きもできないアレクシスにも腹が立って仕方ない。
アイナは前世で『 リリマジ 』の熱狂的なプレイヤーではあったが、異世界風の乙女ゲームは幾つもプレイしていた。 ――一番のお気に入りが『 リリマジ 』だったのだが。
それらのゲームは、どれも悪役令嬢が存在し、必ずヒロインに毒を盛ったり、物を切り裂いたり、拉致して娼館へ送ったりと過激な虐めばかりだった。 その分悪役令嬢への断罪も激しく、どれも処刑エンドや陵辱エンド、軽い断罪でも国外追放エンドだ。
「リリマジ」は本当に平和的な乙女ゲームだったと言える。
エディフォールに婚約者候補は数名いるものの、どの令嬢もそこまで熱心にアイナを恨む気配はなく、悪役令嬢として立ち回る令嬢は一人としていない。 皆で協力して世界を平和に導きながら恋を育てよう!という生優しい乙女ゲームなのだ。
相手を貶める手口を知っているアイナからしてみれば、とっととルナセイラを亡き者にしたい。しかし、ルナセイラにはセイオスが付いている。 魔力を使えばすぐにアイナの仕業だとバレる。
毎日ではなくとも、気づけばいつの間にかセイオスとしてルナセイラの側にいる彼をよく見るようになった。 明らかに抑止力となっているのは間違いないが、それだけではなさそうだった。
――まさか……アイツの能力に気付いた?!
アイナの心臓が困惑と焦りで痛いほど激しく鼓動する。
プレイした特別版のヒロインであるルナセイラの力は異常なほどのチートスキルだった。 訓練なんてしなくても『 意思の強さ 』で最高ランクの治癒も浄化もできてしまう。
――あり得ないでしょ?! キスとかエッチすれば攻略対象の能力をアップさせれちゃうなんて!
なぜルナセイラが年齢制限版のヒロインだったのか。――それは体液を与えることで、相手の能力を引き上げる能力があったから。 これこそが特別版になった理由なのだ。
攻略対象たちは、ルナセイラに気に入られたいだけではない。 自分の能力の底上げも狙い、王国の平和の為という名目の元ルナセイラから愛されようと必死になるのだ。 ――ルナセイラが気づかなくても、きっと周りが勝手に彼女の能力に気づくだろう。
――アイツがいれば私なんていらないじゃない! そんなのどうしろっていうのよ!!
いてもたってもいられないアイナは、結局人気のなくなる放課後の図書室へ向かう階段付近で待機し、階段を上ってくる彼女の足元に魔法で小さな氷の欠片を放ったのだ。
大したことのない魔法だ。 大きな問題になることもないだろう。 ――運悪く階段で踏んだりしなければ、だが。
目論み通りルナセイラは氷の欠片で滑って綺麗に宙を舞い後ろへと飛んだ。
――やった!!これで死ぬ!!
「――危ない!!」
――エディ?!なんでここに?!
しかし、アイナの期待通りの結果にはならなかった。 エディフォールのおかげで見事に失敗し、密着して抱き合う二人を見せつけられる結果になってしまった。
――は?! なんで?! ……なんでそうなるのよ!!
信じがたい結末に愕然とし、わなわなと怒りが込み上げてもこのまま階段に留まるわけにはいかなかった。
慌てて全力で逃げたアイナの顔は、苦虫を噛み潰したように醜く歪んでいたのだった。
***
――その日の夜、王宮で与えられた自室に戻ってからもアイナは頭を悩ませた。
『自分が殺そうとしたことがバレないか?』
『どうしたらルナセイラを消せるのか?』
――一刻も早くアイツを消さなきゃ……このままじゃ私がバッドエンドになるにきまってる!!
アイナは追い詰められ、俯き必死で打開策を頭の中で巡らせていた。 ――だから扉をノックする音にも気づかなかった。 それに、エディフォールが部屋の中にい入ってきたことにも気づけなかった。
「 ――どうすればアイツを殺せるのよ―― 」
「 ――アイナ? 」
――っ聞かれた?!
室内には今はメイドも護衛もいない。 アイナ一人のはずだった。 しかし、静かな部屋の中に自分の発した声と聞き馴染んだ男の声だけが響いた。
自室のソファに腰かけていたアイナは飛び上がりそうな程びくっと身体を震わせ、声のした方に視線を向けた。
「 え、エディ……急にどうしたの? 」
必死で動揺を隠し、微笑みを作って言葉を発する。
王宮が彼の住まいなのだから、エディフォールがここへ足を運んでも何らおかしくはない。 ――しかし、あまりにもタイミングが悪すぎた。
『殺す』という物騒なワードを聞かれなかったかハラハラするが、幸いにも聞かれてはいなかったらしい。 エディフォールは特に気にした素振りもなく、「 少し話せる? 」と言い向かいのソファへ腰かけ微笑みかけてきた。
「 勿論! ……どうかしたの? 」
必死で喜色を浮かべて微笑みエディフォール隣へ移動し腰かけた。
「 ありがとう。 実は王命が下ったんだ。 」
――なんですって?!
『王命』と言う言葉でセイフィオスを思い出し、アイナの心臓は嫌な音を立てて激しく鼓動を刻む。
「 ……アイナ? どうした? 」
明らかに動揺して震えているアイナに、普段と変わらぬ振る舞いを見せるエディフォールには苛立たしく感じてしまう。
「 急に王命だなんていうのだもの。 何があったの? 」
――私のアイツへの魔法は大したものじゃなかったわ! バレたとしても十分誤魔化せる! 問題ないわ!
足の震えを抑え込むように膝の上に乗せた両手をぎゅうっと握り締め、アイナは怯えたように身構えつつも、爪を肌に食い込ませながら必死で心をコントロールして笑みを浮かべた。
「 これまで勉強が追い付けない理由で放課後の治癒訓練をしていなかっただろう? 」
「 ……そうね……。 」
「 国王陛下が心配なさっているんだ。 流石に聖魔法のランクの上がり方に問題があると指摘されたよ。 」
「 そうなの? 」
「 あぁ、それで明日から必ず治癒訓練の為に王都の医療院を俺とアイナで訪問するよう王命が下ったんだ。 」
「 …………治癒? 」
アイナは想定していた王命ではなく拍子抜けした声を上げた。捕まるのかと思っていたのに、想定外の王命に気が抜けたのだ。
「 どうした? ……まさか、行きたくないか? 」
「 ――そ、そんなことないわ! 私も早く治癒訓練すべきだと思っていたの。 エディが一緒だから心強いわ! 」
アイナはやる気が十分に伝わるように両手を胸の前に掲げてきゅっと握り締め、上目遣いであざと可愛い前向きさをアピールしてみせた。
――ふふっ……。 可愛い恋人の前向きな発言にエディもきゅんとしちゃうわね!
ここ最近ルナセイラの事で心中穏やかではなかったので、アレクとばかり一緒にいた。 だからだろうか、エディフォールとは殆ど恋人らしいことをしていなかった。
丁度よいタイミングだ。 この様子なら、以前のように今夜は久しぶりにエディフォールと熱い夜を過ごせる。とアイナは期待した。
「 そうか! それならよかった! 俺や他のサポート役たちも可能な限り付き添うから一緒に頑張ろうな! 」
雰囲気も何もぶち壊すような明るい声音で賛同したエディフォールは、すっと立ち上がると「 それじゃ明日からよろしくな! 」と告げてとあっさり退室した。
「 …………は? 」
あまりにもスムーズな一連の流れに、アイナはエディフォールを引き留める暇すらなかった。
――この流れは二人抱き合ってキスしてベッドインでしょうが?!
「 〜〜〜〜い、一体なんなのよぉぉ!! 」
荒れ狂ったアイナはソファで地団駄を踏み、ドアに向かって叫んだ。
「 …………殺す……だと? 」
吐き出された小さな声音は明らかに震えを帯びていた。 扉を閉めたドアの前、顔を青褪めたまま誰もいない廊下で、エディフォールは一人呆然と立ち尽くしたのだった。




