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治癒の特訓を始めてから、既に八日経過していた。
治癒を繰り返すことで、治癒の力に上限はない事がわかった。
魔法は魔力が尽きると魔法は使えなくなる。しかし、ルナセイラの治癒の力は魔法ではないらしい。唱えもしないし、魔力の消耗もない。ただ触れるだけなのだ。
何故このような力が使えるのか全くわからない。
考えても答えは見当たらないので、セイフィオスと共に考えるよりも出来ることに最善を尽くし、毎日医療院を廻っている。
既に八箇所の医療院の治癒を済ませ、あと二週間程で王都で一番大きな医療院への治癒に向かえるだろう。と、セイフィオスは予定を立てている。
王都の東区域の医療院は、アイナの治癒の特訓の為に取っておかなければならないらしい。
治癒の訓練は順調だが、学園生活では奇妙なトラブルがちょこちょこと頻発していた。
校舎の外を歩いていたら花瓶が落ちてきたり、うっかり他の女性との足に引っかかって転びかけてしまったり、食堂でトレーを運んでいたら、水の入ったコップを持っていた女生徒とぶつかって水をかけられたり・・
どの行為も最終的に謝られているので結果許される程度のものだが、何故か毎日知らない女生徒たちトラブルに巻き込まれる。
都度ウィスの助けによって小さな怪我も負わずに済んではいるが、ルナセイラは気味が悪くて仕方ない。
最近では時折サーシェンもよくルナセイラに絡んでくる。
何故か身体匂いを嗅がれて不思議そうにされのだ。
「本当に絡まれてないの?・・・おかしいなぁ・・・」
すでに何度同じ言葉を言われたかわからない。気にしてくれるのはとてもありがたい。
ーーでも・・・でも気味悪いわっ!!・・・知らないうちにアイナさんと絡んでいるの?!
医療院を廻り始めてからは、彼女とは口も聞いていないし中庭の覗き見も、たまにチラッと見る程度なので「匂い」がある事自体おかしい。
非常に気になるが、サーシェンに相談をすればセイフィオスの機嫌が悪くなることが予想できる。
――セイが嫉妬しちゃうかもしれないなら、こちらからサーシェン様に話しかけることは無理ね・・
***
放課後、考え事をしながら図書室へ向かうためにルナセイラは階段を上っていた。
生徒の姿はこの時間少ないので気が緩んでいたのだろうか。
つるんっ
突然右足で何かを踏んでしまい、直後地面を滑るように蹴り上げてしまった。
気づいた時にはもう遅く、ふわりと自分の身体が宙を舞う。
ーー落ちるっ?!
身の危険を感じたが、きっとウィスが助けてくれると信じていた私は、特に何もせず宙を眺めた。
しかし、スローモーションの様に動く景色を見つめながら聞いた声音に驚愕することになる。
「――危ない!!」
ーーえ?!
聞き覚えのある声にルナセイラの鼓動は嫌な音を立てる。
階下で受け止めようとしたのはエディフォールだった。
「ーーっで・・殿下?!」
受け止めようとした瞬間、階段についていた足が不安定だったのか2人共崩れ落ちた。
「いっ!!ーー・・・」
エディフォールが痛みを堪えるように顔を歪める。
ーー・・・嘘でしょう?!殿下ほどの人なら、直に受け止めなくても魔法でどうにかなったんじゃないの?!なんでこんなことに?!
彼はルナセイラを庇って足首をひねってしまったらしく、座り込んだまま立ち上がれない。
「申し訳ございません・・・私の不注意で、殿下まで・・・」
流石に罪悪感を感じてしまう。
「気にしなくていい・・・君が無事でよかったよ」
エディフォールは苦笑してはいるが、明らかに瞳の奥には熱が籠って見える。
本当は、まだルナセイラが治癒の力を使えることを「他の聖女候補のサポート役である四人へ知らせたくはない」と、セイフィオスは言っていた。
約束は守りたかったし、あまりエディフォールと関わりたくなかったが、王族を傷つけてしまった罪悪感にルナセイラは耐えられなかった。
ーーセイごめんなさい・・・・
意を決すると、エディフォールの手をそっと握った。
「殿下・・少しだけお身体に触ることをお許しください!」
「ーールナセイラ嬢?!」
エディフォールの頬は朱に染まる。
触れた瞬間、淡く温かい光がふわっと溢れ、数秒ほどで消えた。
「温かい・・・こ・・・これはまさか・・・・」
エディフォールは起こったことが信じられず、呆気に取られてしまう。
「・・・・私のせいで申し訳ありませんでした・・助けていただいてありがとうございます!!・・・では私はこれで!」
慌てて立ち上がると、ルナセイラはエディフォールが正気に戻る前に、すぐに階段をかけ上って図書室へと走り去った。
「ーー・・・ルナセイラ嬢・・・」
エディフォールは、走り去るルナセイラの背中を座り込んだまま見惚れていた。
「ーーエディ」
声の方を振り向くとそこにはセイオスが佇んでいた。
――先生はいつの間にいたんだ?!
「・・・セイオス・・先生?ごきげんよう。私に何かご用でしょうか?」
突然声をかけられエディフォールは立ち上がり返事を返す。
「・・・・私だ」
セイオスは黒縁眼鏡を外し、王族の象徴であるの赤い瞳はエディフォールを見つめた。
「ーー兄上?!・・何故そのような姿に?!・・・いや・・・何故ここに?!」
「話がある。ついてきなさい」
再び黒縁眼鏡をかけ直すと、セイオスは余計なことは話さずに冷徹な声音で告げた。
***
セイオスの後についていくと、案内されたのは誰もいない教室の一つだった。
扉が閉まる音を確認すると、セイオスは再び黒縁眼鏡を外して、セイフィオスとして話を始めた。
「ーーお前はどういうつもりだい?」
「・・・なんのことですか?」
エディフォールはセイフィオスの言いたいことがわからず怪訝な眼差しを向ける。
「聖女候補の事だ。なぜ訓練させずに甘やかしている?
何故王命で決められていた、治癒の訓練の為の医療院への訪問をしていないよね?」
「それは、アイナは平民だったため、特進クラスについていくのがやっとだったのです。精神的なケアにも時間がかかってしまいいくこが叶いませんでした。ですが、何故そのことを兄上がご存じなのですか?」
まるで用意してあったかのようにすらすらと動揺せずに返すエディフォールは、逆にセイフィオスへ問う。
「王命だ。お前と聖女候補のサポートを陰で支えるために、陛下から命を受けてセイオスとしてここへ赴任した。」
「王命?!そんな話は私は聞いていません!」
「内密だったからね。それに、陛下は将来的にエディとアイナの婚姻も視野に入れていた。だからこそ、お前達の行動が恥ずべきものではないかを確認する任務も私は命じられていたのだ」
「な?!それでは・・・私は見張られていたのですか?」
エディフォールは愕然とする。
「別に良好な関係を築き、しっかり勉学に励み、聖魔法の特訓をしていれば何の問題もなかったと思うけど?」
「アイナも努力はしてい――」
「ーーそうかい?・・・私に追及されるまで自分から明かすつもりはないのかい?」
「・・・・何のことでしょうか?」
はぁぁぁ・・・
「私はね、エディがアカデミー入学当初から、聖女候補を朝から晩まで一日中監視していたんだよ寝てるハズの時間も・・・・ね。」
深いため息を吐いてから、セイフィオスは事実を告げた。
「!!!!」
とんでもない事実にエディフォールは言葉を失う。
「私の言いたい事がこれで理解できたかい?」
「〜〜〜〜・・・」
エディフォールは顔面蒼白になり、まるで蛇に睨まれた蛙のように、鋭い視線を向けてくるセイフィオスから目を逸らす事も声を出す事もできない。
「言い訳もできないかい?」
「言い訳など・・私は・・ただ彼女を愛してしまっただけです!!
何も悪いことなどしていません!」
歯切れの悪い言葉を返しながらも、エディフォールは自分には過ちなどないと信じて疑っていないようだった。
「愛だと?・・・はっ・・よそ見しているお前たちがよくそんなことを言えるね。」
「な・・・何を・・・」
「先ほどのルナへのエディの振る舞いを見ていれば一目瞭然だろう?
魔法で助けられたのに、わざわざ自ら手を出すなんて・・・・恩着せがましい」
セイフィオスの言葉には殺気が混じり、空気はビリビリと凍てつくように冷たい。
「る・・・ルナって・・・兄上はルナセイラ嬢とどのような関係なのですか!」
「お前が気にすることではないよ?
私とルナはいずれ婚約し夫婦となる。そう決めたからね。」
「!!!!そ・・・そんな・・・」
エディフォールは悲壮感を漂わせながらも拳を振るわせていた。
ーー聖女候補との愛をどうのこうの言った奴が、よくも私のルナに対して未練がましい顔をするものだな。・・・弟でなければ殺してやるのに・・・
セイフィオスはエディフォールへの怒りをグッと飲み込んで話を続ける。
「彼女は他の女を慕う男はお呼びじゃないと言っていたよ。
私とルナは入学してから、ずっと図書室からお前たちの逢瀬見ていたんだ。彼女に言い訳なんて通じないよ?」
「〜〜〜〜っ!!!!」
――俺とアイナの逢瀬をルナシエラ嬢にも見られていたというのか?!
考えていることが手に取るようにわかるセイフィオスは、まるで浮気がバレた恋人のように震えているエディフォールが滑稽に見えてならなかった。
「お前が二年半以上もの間、聖女候補と爛れた関係であったことはまだ父上に報告はしてはいないから感謝してくれてもいいよ。だけど、アイナはルナの命を狙った殺人未遂犯だ。よって、牢屋に入るか、必死で聖女の勤めを果たすのか自分で選ばせた。」
「そ・・そんな彼女が人殺しなどありえません!!・・・それは脅しでは・・・」
「脅しだと?お前だってわかっているだろう?聖女であろうと人を殺そうとすれば罪を裁かれる!」
「・・・・・」
「私から与えた選択肢はむしろ最大の譲歩だ。」
「・・・・・」
セイフィオスの言葉に返すこともできずエディフォールは唇を引き結ぶ。
「そうそう、お前はアイナを恋人として神聖視しているようだが、彼女は違うようだよ?なんて言ったって、サポート役の他の三名とも中庭での逢瀬を二学年の時から繰り返していたからね!」
「・・・他の・・三人?」
「あぁ、彼らも同じくエディと同じ身体の関係をアイナと築いているよ!仲間がいてよかったね!」
「う・・・・嘘だ!!彼女はそんなふしだらな女じゃない!」
ぷっ・・
「お前は何を言っている?
未婚で婚約者でもないのに手は握る、キスを交わす・・・挙句の果てには性交する・・・どこがふしだらじゃないというんだ?
百歩譲って愛しているからとしよう。しかし、あの娘は他の三人とも性交しているんだ。
誰にでも股を開く女がなぜふしだらではないと言えるんだ?」
堪えきれず、セイフィオスは笑いながらエディフォールへアイナというふしだらな聖女の事実を教えた。
「そんな・・・・彼女は聖女ですよ!?」
「まだ聖女じゃない。たかが見習いの聖女候補だよ!・・・それに本当の聖女は他にいる。」
「それはまさか・・・・」
「そうだよ!さっきも自分で体感しただろう?ルナセラの治癒は気持ちよくて温かかっただろう?」
「!!・・・・ほ・・・本当に?!」
「――そうだよ。
今、ルナは王都西側の医療院から中央の医療院を廻って治癒を行っている。既に王都中央から西側のおおよそ二十箇所の医療院のうち、一日一箇所ずつ訪れて全ての患者の治癒にあたっている。あと二週間程で中央の一番大きいブレド王国中央医療院へ向かえるだろう。」
「ーールナセイラ嬢は・・・・そこまで治癒の力が強かったのですか?!」
「彼女は優秀だし努力家なのだから当然だね。
本来であれば、聖女候補であるアイナも無力ではなかったのだから、しっかり治癒の特訓をしていれば、今頃聖魔法スキルもSランクは超えていたはずなんだよ!」
「・・・ですが・・・アイナはまだ一度も治癒をしたことがーーー」
「ーー言い訳など知らないよ!!
エディとアイナは東の医療院から中央へ向かって治癒の特訓をしていって!ルナができているんだ。出来ないなどと言わせないからね!必ず最善を尽くすように!!」
エディフォールの表情は顔面蒼白なまま絶望を滲ませていたが、セイフィオスは言い切るとさっさと部屋を後にしてしまった。
「ルナセイラ嬢が聖女・・・・」
エディフォールの微かに熱の籠った呟きが空き教室に響いた。




