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その日の放課後、図書室へ向かうとセイオスがすでに待っていた。
「セイっ!」
嬉しそうに駆け寄りながらセイオスに手を振った。
「お疲れ様!色々あったようだね。
今日からは治癒の特訓をしよう!一緒に来てもらえるかい?」
「う・・うん。色々・・ありましたね。遅れてごめんなさい。
特訓!!是非お願いします!!」
ルナセイラは苦笑した後、治癒の訓練を待ち望んていた心を表すようにこくこくと微笑みながら頷く。
二人並んで学園の裏口へ向かうと、そこには紋章の入っていない馬車が既に待機していた。
「この馬車で向かおうと思うんだ。お忍びだから王家の馬車を使うわけにも行かなくてさ。・・・まずは乗ってくれるかい?」
「わかったわ!」
セイオスを全面的に信じているルナセイラは、何の躊躇いもなくセイオスの手を取り、紋章の付いていない馬車に乗り込んだ
「ウィスに聞いたが、女生徒に水魔法で攻撃されたんでしょ?怪我はなかったの?」
馬車に乗って直ぐに用意されていた外套を羽織ると、セイオスは黒眼鏡を外して変装を解き、セイフィオスの姿で心配そうにルナセイラに問う。
ーー・・・やっぱりいつ見ても魔法剣士様は格好良いな〜・・・
セイオスと同一人物とわかっていても毎回見惚れてしまう。
きっと彼も見惚れている私に気づいているのだろう。優しい彼の眼差しに熱が籠り、更にドキドキしてしまう。
「私は大丈夫でした!水魔法を当てられた時に、着地場所が偶然芝生の上だったので全然痛くなかったんです!それに、サーシェン様が水浸しだった私を魔法で乾かしてくれたので、本当になんともなかったんです!」
「・・へぇ〜・・偶然芝生に着地したんだ?・・・庭園を歩いていたのに?」
「え?・・・何かおかしかったですか?」
なぜか訝しげに低い声で問うセイフィオスにルナセイラは条件反射にびくっと肩を揺らしてしまう。
「ううん。・・・・無事だったんだから良いのだけどね・・・なかなか難敵だなと思っただけ」
「ーーえ?令嬢たちが?
全然問題ないです!次来ても私だけで返り討ちにしてみせますわ!」
自身ありげに言うルナセイラに愛おしさが込み上げて、セイフィオスは思わず吹き出してしまう。
「ーーあははっ!それは頼もしいね!
・・・でも、私はちょっとであってもルナに傷ついてほしくないんだ。なるべくウィスに任せてね?」
「わかりました・・でも私でもーー」
「ーー今回は、ウィスはマジェスティ君がいたから遠慮したようなんだ。でも、次は遠慮せず全力でルナを守るよう言い聞かせてあるから!・・・わかってくれるよね?」
セイフィオスの言葉は優しいのに目は有無を言わさぬ力強さがあった。
もしかしたら、サーシェンに助けてもらったのが気に入らなかったのかもしれない。
「わかりました!・・・次からはウィス様に守ってもらいますね」
ルナセイラは素直に応じる事にした。
「もう一つ報告があって、四限目が終わって教室に戻ろうと思ったら、知らない二学年の女生徒に人に追われているから助けてほしいと求められて、付いていったら入った空き教室に二人一緒に閉じ込められてしまったんです。
ウィス様が助けてくれたから、セイも知っていると思ったのですけれど、それが原因で帰りが遅れてしまって・・」
あはは・・・と苦笑し、「だから図書室に行くの遅くなっちゃいました、ごめんなさい!」と、ルナセイラはセイフィオスに謝った。
「遅れるのは問題ないよ。待つのには慣れているからね!・・・・ただ、災難だったね。
全く知らない女生徒だったの?」
「はい。私も普段からマリーエル以外の生徒と話さないので、違う学年の生徒は全くわからなくて・・・まさか声をかけられるとは思いませんでした!」
「そうなんだね!その子のことも念の為ウィスに調べさせておくね!
ところで、あの子とは大丈夫だった?」
「大丈夫でした!
ただ、サーシェン様にアイナさんのことは気をつけるように言われたので、彼は何か知っているのかもしれません・・・」
「それは気になるね・・・私も今あの子のことを確認している最中だから安心して!
今は私たちはできることをしよう。・・・できるかい?」
「勿論です!!」
セイフィオスは、ルナセイラの返事にホッとするように微笑むと、いつものように彼女の頭を撫でた。
セイフィオスの顔で寄り添われるのは慣れなくて恥ずかしいけれど、『このまま馬車がずっと走り続けたらいいのに・・・』と、私は無意識に願っていた。
***
ついたのは王都の西側に位置するこぢんまりとした医療院だった。
医師一人に看護師は五人しかいない。
3階建ての小さな医療院は、一階が緊急用と、処置室。2階は処置室と要観察が必要な患者の部屋になっており、三階には長期入院を強いられたものたちが看護されている。
三階は狭いにも拘らず、三十人近くいるだろう。
医師であるロッセン医師は、「これでも入院待ちがまだ大勢いるのです」と言う。
ルナセイラは実際に多くの患者に会ってみて、ヒロインがストーリー通りに生きなかったことで、こんなにも大勢の人たちが苦しんでいるのだと心が痛くて堪らなかった。
ーーアイナさんが入学当初から聖魔法の特訓として医療院を廻っていれば、こんなに患者さんたちが苦しむことはなかったはずなのだから・・・
ルナセイラは傍観者だった。
アイナと攻略対象たちの逢瀬を勉強の合間にただ見ていただけ。自分はモブなのだからと自分が生きることだけしか考えていなかった。
それがモブの役割と思って信じていた。
ーー状況をわかっていて動かなかった私は・・・アイナさんと何も変わらない・・・でも今は!!
ルナセイラは「三階の患者さんたちを励ます為に握手をさせてほしい」と、ロッセン医師にお願いし、快く許可してもらえた。
病室に入り、一番近いベッドに横になり眠る患者さんの手をそっと握る。
苦しそうに、はぁぁ・・・はぁぁ・・・と、呼吸を繰り返し眠っている女性。恐らく自分の母と同じくらいではないだろうか。
彼女は痩せ細り、やっと眠りについたようだが病気で殆ど熟睡できず、毎日背中の痛みに悩まされているらしい。
そっと触れた女性の手は冷たく、生気を感じなかった。
――こんなに苦しげに・・・・どうか・・・・どうか少しでも良くなりますように・・・・
触れるだけでも治癒できると言われても願わずにいられない。
ルナセイラが女性に触れた瞬間、春の陽射しのような温かい光が女性から溢れた。
数秒すると光は消えていたが、見守っていた他の患者やロッセン医師、看護師たちは呆気に取られた。
「ーー・・・これは一体・・・」
ロッセン医師の口から言葉が漏れる。
ふわっと感じた溢れるような温かさもルナセイラは今は感じられないが、先ほどのような冷たい感触ではない。女性の手はお母様と同じように暖かかった。
女性は眠ったままだが、先ほどまで苦しげにしていた呼吸は整い、顔色も明らかに血色が良い。気持ちよさそうに眠っているようにさえ感じた。
――どうかこの女性が少しでも楽になっていますように・・・
もう一度祈るように願うと、ルナセイラは女性のベッドから離れた。
入れ替わるようにロッセン医師が眠る女性の診察を行う。
「こ・・・これは!!・・・脈が正常に動いている!」
病により痛みの酷かった背中を触診しても女性は痛みで目覚めることもない。
「奇跡だ・・こんなことが?!令嬢は一体何をされたのです?!」
「私は皆さんに触れて、早く苦しみから解放されるよう祈っただけです」
ロッセン医師は驚愕し問うが、ルナセイラの言葉に感嘆する。
病室の患者たちも奇跡の起こった様子を目の当たりにしてルナセイラを見つめる。
隣のベッドで体を起こしていた年老いた男性のそばへ歩み寄ると、「手を握らせて下さいね」と優しく告げて彼の手を掬い上げる。
先ほどと同じように男性の身体から温かい光が溢れ、数秒すると収まった。
今回は彼の症状を聞いた訳では無かったが、年老いた男性は「う・・・動くそ?!」と、歓喜の声を上げた。
すぐにロッセン医師は患者の元へ駆け寄り、下半身付随になっていた男性の身体を触診始めた。
「し・・・信じられない!!彼は下半身付随で一生寝たきりを余儀なくされていたのです!床擦れにもなりかけていたのに・・全て治っている?!」
歓喜して涙していた男性だけでなく、ロッセン医師まで驚愕し涙を流していた。
「あ・・・貴女は神なのですか?!」
「彼女は治癒の力を持つ聖女候補だ。だが、今はまだ公にはしていないので、貴方たちが知らなくても当然だ。このまま治癒を続けさせてもらえるかい?」
ロッセン医師の問いにルナセイラの代わりにセイフィオスが答えた。
「是非!どうかよろしくお願いいたしますっ!聖女様!!」
一部始終を見ていた患者たちも半信半疑になりつつも、完治させてもらい聖女とセイフィオスに何度も何度も涙して感謝の気持ちを表していた。
この日、ルナセイラはロッセン医師の医療院の患者五十名弱だけでなく、医院の外で治療を待っていた者たちも、時間の許す限り数十人治癒し続けたのだった。
ルナセイラは人々に聖女と認められたのである。




