13
「 ルナ……君は自分の能力に気づいていたのかい? 」
「 あの……セイは何をおっしゃりたいのですか? 」
訝しむセイフィオスを、ルナセイラは訳が分からず首を傾げ見つめ返す。そんな彼女の胸中など気にも留めずに、損傷して穴だらけになったジレとシャツを唐突にセイフィオスは脱ぎ始めた。
「 っな……何をなさるのですか! 」
ルナセイラは慌てて両手で顔を覆って目を隠す。
突然麗しいセイフィオスの上半身が目に入り動揺が隠せない。
「 ルナ……私を見て欲しい。 」
「 む、無理です!! 」
「 …………なら襲うよ? 」
「 ~~~なっ?! 」
突然とんでもないことを平然と告げるセイフィオスに、ルナセイラはビクンと身体全身が震え体制を崩し、椅子から落ちそうになる。
「 ――危ないっ! 」
グイっと引き寄せられ、気づけばルナセイラはセイフィオスの腕の中に囚われていた。
「 は、離して下さいっ! 」
セイフィオスの肌が頬に触れ、彼の暖かい肌のぬくもりにどうしてよいかわからず、余計にぎゅっと強く目を閉じてしまう。
「 …………なら……ちゃんと見て? 」
耳元で囁かれ、セイフィオスの甘い声音と吐息が耳朶をくすぐる。 肌のぬくもりと、痺れるような甘い囁き、鼻孔を擽るシダーウッドの香り。
現実では到底考えられない倒錯的な状況に、心臓が飛び出してしまいそうな程高鳴る胸の鼓動は、ルナセイラの感情をより煽り立てる。
「 ――わ、わかりました! だから、は、離れて下さい! 」
非現実的な状況に耐えきれず、目を閉じたまま叫び乞う。 そんな彼女を愛おし気に見つめながら、セイフィオスは体をゆっくりと離した。
そうっと視線を彼に向けたルナセイラは、火傷したはずの痕などどこにも見当たらない美しいセイフィオスの上半身を目に写して驚愕した。
「 え? …………や、火傷はどうなったのですか?! 」
先程までの困惑は消え失せた。 まるで何事もなかったかのような彼の傷のついていない麗しい身体に動揺してしまう。
「 言ったでしょう? ……これは、ルナが治してくれたんだよ? 」
にこりと満足気に微笑むセイオス。
「 わ、私は何もしていません! ……どういうことですか? 」
ルナセイラには状況が全理解できなかった。 自分が治したのだとセイフィオスに言われても治した記憶すらないのだから。
「 それは私にもわからない。 ……だけど、ルナが私に触れた瞬間痛みから解放されたのは事実だよ。 」
「 …………本当に私……ですか? 」
ルナセイラは目を瞠る。
「 ? ……まさか……自分の能力に気付いていないのかい? 」
セイフィオスは信じられないとでも言いたげにルナセイラをじっとみつめる。
「 …………気づきませんでした。 」
「 ルナ……これは間違いなく君が治したんだよ。 」
「 ……信じがたいですね……でも、セイの火傷が治って良かったです……。 」
気まずそうに告げるとセイフィオスは柔らかい微笑みを浮かべ告げた。 彼の言葉に、セイフィオスが無事であるという事にひとまずホッと肩を撫で下ろす。
ルナセイラにとっては誰が治したかなど些末な事だったのだから。
「 ありがとう。 ――ルナはきっと嫌だろうけれど、この件は王国にとっても私にとっても重要なことなんだよ。……だから悪いが確認をさせて欲しい。 」
「 …………確認? 何のですか? 」
申し訳なさそうに微笑むセイフィオスは、ルナセイラを椅子に座らせてから立ち上がり校医の机の上からハサミを持って戻ってきた。
「 今からすることは私が勝手にすること。 だから気に病まないでね。 」
何が言いたいのか分からず見つめていると、彼は椅子に腰かけて申し訳なさそうに苦笑した。
――え?
目の前で真っ赤な血が勢いよく飛び散る。
セイフィオスは掴んでいたハサミの刃先を自分の左人差し指の腹に食い込ませ、スパっと勢いよく皮膚を切りつけたのだ。
「 なっ! な、なな何をすなさるんですか!! 」
悲鳴を上げて顔面蒼白になるルナセイラに、セイフィオスは止めどなく血の流れる人差し指を差し出した。
「 …………私に触れてほしい。 」
「 そ、そんなこと…………。 」
乞うようにセイフィオスに言われても、溢れる真っ赤な鮮血に動揺して身体が硬直してしまう。
これまで人の血が飛び散るような場に遭遇したことがなかったのだから当然だ。 先程の魔力暴走でのセイオスの火傷も思い出し、呼吸が浅くなり息苦しく金縛りにあったかのように指一本動かせない。
ルナセイラを動揺を察したセイフィオスは「 ごめんね…… 」と後悔するように呟き、そっとルナセイラの手に触れてから自分の手に触れさせた。
――ぱぁあっ……。
本当に微かだが白く淡い光がセイオスの身体からほわっと溢れ出た。
時間にして数秒程だろうか。 あり得ない現象にルナセイラは驚愕した。 先ほどまで血をたらたらと流していた指の切り傷が、綺麗に治ってしまったのだ。
「 やっぱりルナが触れてくれたから治ったんだ……。 温かくて気持ちいい。 」
セイフィオスは恍惚な眼差しで傷の塞がった指先を眺めた。
「 ……そんな……本当に……私が……。 」
信じ難かったが、目の前でしっかり傷が癒えるのを目の当たりにしたルナセイラはもう疑うことはできなかった。
「 はは……。 君も聖女だなんて、なんという僥倖だ! 」
蕩けるような眼差しをセイフィオスに向けられて、ルナセイラもほんの少しずつ心にゆとりが生まれていく。
「 私が傷を治せたのはわかりました。 ……ですが自分に浄化する能力まであるのでしょうか……私にそんな力……あるとは思えません。」
不安げに視線を逸らして言うルナセイラの頬を両手で挟み、こちらを覗き込むようにセイフィオスは優しい眼差しのまま話し始めた。
「 ルナ、……あの子は聖女候補で、確かに三年近く前に聖魔法を発現させたよ。 ――それからあの子がどれだけのスキルを身に付けたと思う? 」
言葉が見つからないルナセイラに、構わずセイフィオスは話を続ける。
「最初の聖魔法の発現時、聖魔法スキルはCランクだった。……今はBランクだ。そして治癒すら一度も試していない。」
「 ――一度も?! 」
あり得ない状況に唖然とした。
魔力溜まりが発現し、浄化しなければならなくなった場合、聖女は最低でも聖魔法スキルがSランク以上でなければまともな浄化は見込めない。 それまでに経験も積んでいなければならなかった。 しかし、魔力溜まりの発生時期まで三カ月ほどしか残っていない。
二年半、ランクがCからBにしか上がらず、治癒の訓練もしていないなど聖魔力が発現していても役に立たないだろう。
「 そうだよ。 ――もし今魔力溜まりが発現したら、王国は魔力溜まりに汚染された魔獣たちに蹂躙されてしまうだろう。 」
「 ――っそんな!! 」
――アイナさんは攻略対象を攻略することしか考えていなかったの?!
とんでもない現実に絶望で目の前が真っ暗闇に染まってしまいそう。
「 ――でもね。 …………ルナの癒しの力はとても素晴らしかったよ。 」
「 ――え? 」
セイフィオスの言葉に目を瞠った。
「 さっきは心配させたくなくて言わなかったのだけれど、私の火傷は結構危険な状況だったんだよね……。 」
ははは……と苦笑しながらセイフィオスはとんでもないことを言い放つ。
「~~~~~!!」
先程の全身火傷だらけだったセイフィオスの姿を思いだし、やはり重症だったのだと心がずきんと痛くなった。
「 あ~~……思い出させてごめんね。 だけどあの悲惨な火傷を一瞬で治したのはルナだよ。 この通り傷跡一つないだろう? 」
気まずそうに苦笑したセイフィオスだったが、すぐに気を取り直し自慢げに傷一つない自分の上半身をこれでもかと見せつける。
「 わ、わかりましたので…………とりあえず何か羽織って……下さい。 」
ルナセイラは頬を染めてぷいと視線を逸らした。
くすりと微笑む声が漏れる。
そっぽを向いている間に、セイフィオスは傍に掛けてあった白衣をとりあえず羽織っていたらしく、視線を戻したルナセイラには色気を駄々漏らせた白衣のセイフィオスの姿が目に入った。
――す、素肌に白衣って……ちょっとぉ!!
ルナセイラは顔を真っ赤に紅潮させながらドギマギしてしまう。
「 これで分かっただろう? 今のルナの治癒力は、聖魔法スキルに例えるならSランク以上で間違いない。 浄化が出来ないと決めつけるのは時期尚早だと思わないかい? 」
「 ……私の力がSランク以上……。 」
魔法スキルが壊滅的なルナセイラにとって、その事実は落ちこぼれと信じて止まなかった自身にとって光明と言えた。
「 それに、聖女は聖魔法を使える者以外に、癒しの力を持つ者もいたと文献に残っているんだよ。 恐らくルナは聖魔法ではなく、癒しの力の聖女なのだと思うんだよね。 」
「 私が……癒しの力の聖女? ……本当に、聖女だと……セイは思いますか?」
「 勿論。 私は君が聖女で間違いないと確信しているよ。 」
「 ――でも……私はどうやって治癒したのか分かりません。 どうやって研鑽を積んだら良いのでしょう……。」
何をして自分が治癒できたのか全くわからない。したことと言えば『 触れた 』だけ。
「 ……私は……触れなければ治癒も浄化もできないのでは……。 」
思い当たることを口にしてぞぞっと背筋が粟立った。
もし『 触れる 』ことが必要なのならば、浄化も触れなければならないことになる。
「 もし……私が触れるのに失敗したら……どうなるのでしょう……。 」
急激に不安に襲われたルナセイラは、自分が魔獣によって死ぬ姿を思い浮かべて身体が恐怖で震えてしまう。
「 ――触れるだなんて絶対駄目だよ! 自殺行為だし絶対させない! 」
「 ……セイ……。 」
セイフィオスの優しさにじんと胸が熱くなる。
「 ……これで、あの子がなぜ異様に君に執着して犯行を繰り返したのかわかったね。 」
「 ……犯行を繰り返す……? 」
「 さっきは皆の前だったから言わなかったけれど、あの子がルナの魔力暴走を引き起こした犯人なんだよ。 」
「 ま、魔力暴走を他人が引き起こせるのですか?! 」
「 難しいけど出来るよ。 魔力暴走っていうのは、自分の力を上手く制御出来ない時に起こるものでしょう? ルナが魔力暴走を起こした時、元々の魔力量よりもかなり多い魔力が放出されたんだよね。 」
「 私のもっていた魔力より……大きな魔力ですか? 」
「 あぁ、普通は魔力暴走を起こしても、ルナの魔力量なら大した火力はなかったはずなんだよ。 だけど、あの時は魔力が一時的に膨れ上がった。……どういうことかわかる? 」
「 強化魔法など……ですか? 」
「 そうだね。 補助魔法の一種だろう。 能力強化魔法は、自分が元々持つ能力を一時的に高めることができるが、あの子は自分のあまりある魔力をルナに付与して意図的に魔力暴走を引き起こしたのだと思う。 」
「 それで……魔力暴走を起こせるのですか?! 」
「 魔力付与魔法で間違いないだろうね。 魔力付与魔法をかけられても、コントロールする術を身に付けていれば一撃必殺的な魔法攻撃も可能になる。 ――だけど、慣れていない者が使えば……自殺行為になる……。 」
「 …………自殺行為……。 」
「 そうだよ。 そして、その魔力強化魔法を使ったのが……アイナだ。 」
「 ――アイナさん?! 」
――うそ…私はそこまで恨まれているの?
ルナセイラは顔面蒼白で絶句する。
「 魔法スキルがSSランクを超えると、魔力を察知することが出来るようになるんだ。 」
「 魔力を察知できるのですか? 」
「 あぁ、これは人によって感じ方は違うかもしれないけれど出来る。 私の場合はオーラとして視覚で感じることが出来るんだよ。 魔法スキルのSSランクは少ないから、生徒ではサーシェンだけだろうね。 どうやって彼が魔力を感知してるかはわからないけれど、彼も感知できるはずだよ。 」
――……SSランクすごいっ!!
王国で魔法スキルがSSランクの者は開示されている。 王国に登録されている魔法スキルがSSランクを超える者は両手に収まる程しかいないのだ。
――セイ……自分の正体隠す気ないの??
「 それじゃ……アイナさんの魔力を私から感じたのですか?! 」
「 そういう事! ……しかも、魔力を送ってきた瞬間まで私は目の前で視ていたよ。 」
――アイナさん見られていたのね……セイの攻略はもう無理じゃない……。
アイナの悔しがる顔を想像し、思わず苦笑してしまう。
「 では……アイナさんは今後どうなるのですか? 」
「 一応聖女候補だからね……。 出来るだけ穏便に済ませたいと陛下は判断する可能性が高いと思う。 」
「 そうなんですね……。 」
ルナセイラは堪らず視線を逸らしてしまう。
わかっていたことだが、『 聖女候補 』だから、という甘すぎる措置には憤らずにはいられなくても仕方ないはずだ。
「 ……不満だよね……。 」
「 不満じゃないと言ったらウソになります。……殺されかけただけじゃなく、セイまで重症を負ったのですから。 ……でも仕方ない事も理解できます。」
少し顔を歪ませて微笑むと、セイオスはぽんぽんとあたたかい掌をルナセイラの頭に乗せてから優しく撫でた。
「 これからは私がルナに守られるんじゃなくて、私がルナを守るよ。 ――それが私の使命でもあるからね。 」
「ふふっ。 使命だなんて、大げさすぎますよ? 」
にやりと口角を上げ自信満々で言うセイフィオスに、ルナセイラは冗談めかして笑って返した。
「 大げさじゃないよ。 」
「 ――え? 」
しかしセイフィオスの表情は真剣なものに変わり、重みのある声音にルナセイラは目を瞠る。
彼は黒縁眼鏡を外し、髪の毛を整え始める。 これまで赤茶色系の色だと思っていた瞳は真赤な美しいルビーのよう。瞳の大きさも明らかに少し大きくなったように感じる。 ――認識阻害魔法が黒縁眼鏡に組み込まれていたのだろうか。
ボサボサな髪を手櫛で整えたセイオス教諭補佐は、まさに王子様然なこの国の第一王子であり王太子殿下、セイフィオスその人だった。
「 癒しの力の聖女、ルナセイラ嬢に改めてご挨拶申し上げます。 私はブレド王国王太子セイフィオス・ブレド。 王命により聖女様を非公式でお助けし、守る任務を拝命しております。 今後私が貴女を立派な聖女になれるよう導きお守りいたします。 」
セイフィオスは恭しく頭を垂れてから眩しい王子様然な笑みを浮かべた。
――ま、魔法剣士様だわ!
突然憧れてやまない魔法剣士である王太子の姿になったセイフィオスに、狂喜乱舞しそうな勢いでルナセイラは喜色を浮かべてしまう。
今世では自分がモブだと思い込んでいたルナセイラは、『 セイフィオスの姿を拝むことは無理だろう。 』と、諦めていたのだから。 ――奇跡的な邂逅に瞳は涙で滲み、鼻がつんと痛くなった。
――駄目っ駄目っ! ……感動しすぎて泣きそう…………。
あまりの幸せな奇跡に驚愕して固まってしまう。
セイフィオスは跪きルナセイラの右手を掬い上げると手の甲へ額を当ててから唇を落とした。
「――え? な、なんで?! 」
「 私はルナを守るし一生愛しぬく。 誰にも君の初めては一つたりとも奪わせない! ――だからこれからも傍に居させてね。 」
とんでもないことをさらっと真剣な面持ちで告げてから、セイフィオスは立ち上がり蕩けるような微笑みを向けた。
――え?か、か、かっこいい!!
セイフィオスの豹変した姿と振るまいに歓喜し、彼の重大発言は頭に入ってこなかった。しかし、ルナセイラは唐突に気づく。
「 ――でも、セイは普段教諭補佐のお仕事があるし、王太子殿下としてのお仕事もあるでしょう? 私がアイナさんからセイを守るのとは全然違うと思うのですけれど……。 」
「それは心配ないよ。 ……ウィス! 」
ルナセイラの疑問に笑顔で答えると、彼は冷徹な声音で声を上げた。
「 ――お呼びでしょうか。 」
突然誰もいなかったハズの場所から、黒の外套を纏いフードを深くかぶった男がパっと姿を現した。
「 ――っひゃっ?! 」
――忍者?!……こ、こんなキャラ私知らないっ! ……でも……絶対かっこいい!!
「 ウィスは私の側近だよ。それ以外にも王家の人間には影が付いているからね。 他にも数名いるから、私が学園に来れない時や手が離せない時は代わりを影が代行しているんだよ。 」
「 か、影……ですか? それで私を守って下さると? 」
「 あぁ、そうだよ。学園と王宮の事は影たちに監視させているからね。だからルナの事は私が傍にいられない時でも守れるから安心してね? ――ウィス、他の者たちにも今後癒しの聖女であるルナセイラ嬢も護衛対象となることを知らせておいてくれ。 」
「 ――御意! 」
セイフィオスが許可を出すと、ウィスは姿を現した時と同じようにパっと消えてしまった。
「 ……それで、私はどこまで許してもらえるのかな? 」
「 どこまで……とは? 」
ルナセイラは先程の彼の見目の変化に気を取られ過ぎて、セイフィオスの『 誓い 』をすっかり聞き漏らしていた。
「 私たちは『 恋人 』でしょう? 」
セイフィオスは美しい顔をルナセイラに近づけながら妖しげに微笑む。
「 ――恋人?! 」
ルナセイラの人生に縁はないと思っていた『 恋人 』という言葉。
セイフィオスの告げた言葉にパニックを起こし、上擦った返事を返してあまりの衝撃にルナセイラは固まるのだった。




