12
第一訓練場へセイフィオスとルナセイラが戻ると、すでに実技は始まっていた。
皆二人ペアになって攻撃と防御のどちらをするか決めて実践している。 それぞれが得意な初級から中級の魔法を放ち、防御魔法で受け止めることを繰り返す。
今のところけが人は出ていないようで、わいわいと楽しそうにクラスメイト達は実践を重ねているようだ。
――みんな楽しそう……私のパートナーは誰だったのかしら……。
よくよく訓練をしている生徒たちを見てみると、三人で組んでいる生徒たちが目に入った。 その瞬間、先程まで感じていた期待は消失し、ルナセイラの心はスンっと静まりかえった。
――これは……ゲームの中の強制力なの? ……最悪な組み合わせだわ。
青褪めた顔色で視線を向ける先にいたのは、アイナとエディフォールとアレクシスの三人だったのだ。
――誰と組んでも最悪の組み合わせにしかならないわ……。
一人は自分を嫌うヒロイン。 残り二人は攻略対象であるなど笑えない冗談としか思えない。
特に自分の訓練着を隠したアイナとはルナセイラは絶対に組みたくなかった。 どうしたものかと不安げにセイフィオスを見つめると、何故か魅惑的な笑みを浮かべてウィンクしてきた。
「 ??? 」
「 ルナセイラ嬢はここで少し待っていてくれるかい。 」
セイフィオスはすぐにディランテ教諭の下へ報告へ向かう。 数分ほどすると、セイフィオスはルナセイラの許へ戻って来た。
「 オレイヌ君、訓練着が見つかって何よりだ。 ただ、もう生徒たちはある程度訓練を進めてしまっているのだよ。 今から加わるのは君も不安だろう? 今日はセイオス先生とペアを組んで実技をしてみてはどうだ? 」
――え? ……まさかセイと組むの?!
今セイフィオスと顔を合わせるのは先程のロッカーでの事を思い出して気まずい。 ――それでも、彼等と組むよりは百倍マシだろう。
「 はい。 私も自分の魔法スキルの低さを理解しているので、クラスメイトに迷惑をかけたくありません。セイオス先生お願いいたします! 」
淑女の笑みを浮かべルナセイラは返事をした。
「 ――? 」
直後、背後からルナセイラは凄まじい殺気を感じた。 パッと後ろを振り返ると、こちらを睨みつけていたのはアイナだった。 しかし、それはほんの一瞬の事で彼女はすぐに視線を逸らした。
ルナセイラは剣術スキルがSSランクまで到達していた為、他人の悪意や殺気には敏感に反応することが出来る。 彼女の敵意は、ルナセイラがセイフィオスを攻略しようとしている事に対して許せなかったからだろう。 ――別に攻略しようと思ってペアを組んだわけではないのだが。
アイナはルナセイラに対して訓練着を隠した気まずさも罪悪感も抱いている様子はない。 それどころか殺気まで向けてくる。 聖女としての自覚どころか、人としても疑うレベルまで彼女は堕ちてしまった。
呆れて溜息を吐くと、ルナセイラは気を取り直してセイフィオスにペアをお願いした。
「 先生、不慣れですがお付き合いよろしくお願いいたします。 」
「 ――大丈夫。 ちゃんと受け止めるから安心して魔法を放ってごらん。 」
セイフィオスはいつも授業で見せるニコニコとした微笑みを浮かべ、ひらひらと片手を上げて少し離れた場所から手を振ってくる。
深呼吸をして心を落ち着かせると、ルナセイラは手を目の前に差し出しセイフィオスに向けて火魔法を唱えた。
『 ファイア 』
唱えた瞬間、ルナセイラの手からは予期せぬ強い魔力が溢れだす。
――な、なに?!
疑問を感じた時にはもう遅く、ほんの一瞬で膨大な炎の渦が掌から発生する。
「 ――っ……くぅぅっ! 」
ゴオォっと巻き上がる炎の強さに、ルナセイラは手を動かすことも魔力をコントロールする術もない。立っているだけでもやっとの状況だ。
ファイアは初級も初級。火魔法の攻撃魔法の一つ。渦を巻いて立ち上がるような炎の柱を出したりしない。
――ま、まさか……魔力暴走?!
ルナセイラが気付いてもどうにもできない。 渦巻く炎の柱は更に大きく膨らみルナセイラを呑み込む。
「 ――ルナ! 」
――く、苦し…………い……。
体は燃えるような熱を感じ言葉を発することすら叶わない。 熱風の強さで目も開けていられない。 立っているのも奇跡な程で、いつ自分も渦巻く炎の竜巻で意識を飲み込まれるかわからない。
――ひやり……
体が焼けるような灼熱に包まれていたのに、急にひんやりとした心地に包み込まれる。
熱風が止み目を開けると、セイフィオスがルナセイラを抱きしめていた。
――セイ?!
なぜか自分の身体の表面には水の膜が張られている。
死を覚悟したのに、気づいた時にはセイフィオスにより巻き起こった炎は収束し、彼の水魔法のおかげでルナセイラの負った火傷も殆ど治癒されていた。
ぎゅっと抱きしめられたまま呆然としていると、セイフィオスの身体はぐらりと力なく膝から地面に崩れ落ちた。
「 ――先生っ?! 」
悲鳴のように大きい声を上げて叫んだルナセイラは、セイフィオスの顔を涙を溜めた瞳で覗き込んだ。
「 先生……大丈夫ですか?! 」
「――ごめん……まさかここまでとは……想定外だったな……。 」
ぐったり横たわるセイフィオスの服の損傷は酷い状態だった。 熱風で裂けた服の合間から見える肌は明らかにひどい火傷を負っている。
「 わ、私のせいで……ごめんなさい……。 」
ぽろぽろと感情のままに涙が溢れ出る。
「 大丈夫……これは、ルナのせいじゃないよ……私が見誤ったせい……保健室へ……。 」
ルナセイラを安心させようとセイフィオスは気遣ってくれているのだろう。しかし、ルナセイラは涙でぼやけてセイフィオスの顔がよく見えない。 傷だらけで意識を保っているだけでも大変だろうに、自分の事よりもルナセイラを気遣うセイフィオスに心が張り裂けそう。
――なんで先生は私を庇うの?優しくするの?……なんで?
ルナセラが困惑する中、巻き起こった炎を目にした生徒やディランテ教諭が傍へかけ寄ってきた。
「 セイオス先生!大丈夫か?! 」
「 ディランテ先生、申し訳、ございません。 ……状況把握の為……ルナセイラ嬢も、保健室へ……連れて、行っても……よろしいでしょうか……。」
「 ……そ、そうだな! 確かにあのような魔力暴走は確認が必要だ。 そうしなさ―― 」
言葉を途切れさせながらも告げるセイフィオスにディランテ教諭は同意しようとした。
「 ――待ってください! 」
ディランテ教諭の言葉を遮ったのはアイナだった。
――アイナさん?!
「 今は先生の治癒が優先でしょう! 私に治癒をさせてください! 」
まるで待っていたとばかりに告げるアイナをディランテ教諭は訝しんだ。
「君がセイオス先生を治癒するだと?――私が知る限り、アイナ君はまだ聖魔法はBランクになったばかりだったはずだが? 」
「 も、問題ありません! わ、私が……聖女候補なのですから! 先生を治癒できるのは……私しか考えられません! 」
自分がするべきなのだと自身ありげに主張してくるアイナに、ルナセイラは底知れぬ不安を感じずにいられない。
――ま、まさかこんなところでイベント発生?! セイオス先生のルートに入ってしまうの?!
「 うーむ……しかしなぁ―― 」
ディランテ教諭が渋るのも当然だ。セイフィオスの負った火傷はどう考えても重症であった。そのような傷を治癒する為には聖魔法のランクがSランクは超えていなければ難しい。
どう考えてもBランクになったばかりのアイナには役不足であることなど火を見るより明らかだった。――しかし、王国唯一の聖女候補であるアイナの堂々とした言い分に、『 もしかしたら 』の可能性をディランテ教諭は考えたのだろう。
「 ――断る。 」
しかし、ディランテ教諭がアイナに許可を出すより前に、冷たい声音でセイフィオスは拒絶した。
「 中途半端な……聖女、候補に……治療を、施されるなど……不安しかない。 君はまとも、な聖女に、なれるよう……授業に、専念しな、さい…… 」
「 で、でもっ! 」
「 ――行け! 」
セイフィオスは殺気交じりの視線でアイナに命令した。
これまで『 セイオス 』の時に、ここまで冷徹な表情を彼が見せたことは一度もなかった。――それほどアイナへ思うことがあるのだろう。
アイナは殺気に充てられ、がくがくと震えて何も言い返すこともできず逃げるようにエディフォールの許へと走った。
「 では先生……ルナセイラ嬢と、医務室へ行ってきます。 ……後は、お願いします……。 」
「 あ、あぁ、わかった。 気を付けていくように! 」
呆気に取られていたディランテ教諭はセイフィオスの身を案じる言葉をかけた後、生徒たちに実践に戻るよう檄を飛ばしながら指導へと戻って行ったのだった。
***
「 セイ、ごめんなさい……私―― 」
ルナセイラは無力感を感じながらも涙を零しセイフィオスに謝ろうとした。
――私に治癒の力があれば……先生の傷を癒したい……。
自らの肩にセイフィオスの腕を回し、セイオスの回復を祈りながら立ち上がろうとした。――しかしその瞬間、急にふわっとセイフィオスの身体が温かくなり、軽くなったように感じたのだ。
「 ――?! 」
不思議な感覚だった。 瞳を開けてセイフィオスへ顔を向けると、唖然とした表情で固まる彼と眼鏡越しに目が合った。
「 ――嘘だろう?! 」
先程まで声を出すのもやっとだったとは思えない快活な声が響く。
「 ど、どうしたんですか? 」
ぐったりして青ざめていたはずのセイフィオスは、とんでもないものを目にしたかのように驚愕の眼差しをこちらに向けていた。
青褪めていた顔色はいつもの血色の良い肌の色を取り戻し喜色すら浮かべている。
呆けて見つめていたルナセイラの肩を、セイフィオスはグイっと引っ張り力強く立ち上がった。
まさかセイフィオスが自ら元気に立ち上がるとは思わず、ルナセイラは意図せず全体重を彼に預けてしまう。 しかし、何事もなかったかのように彼はルナセイラの肩を抱き意気揚々と医務室へと歩を進めた。
――な、なになに?! どういうこと?! なんで私が肩を貸してもらってるの?!
訳がわからず混乱して目が回りそうだった。 正気を取り戻した時には、セイフィオスによって医務室の椅子に腰かけさせられていたのだった。




