13
「ルナ・・・君は自分の能力に気づいているの?」
「何が言いたいのか・・・全く分かりません」
訝しむセイオスは、損傷して穴だらけになったジレとシャツを唐突に脱ぎ始めた。
「え?!・・・っな・・・何しているのですか!!」
ルナセイラは慌てて両手で顔を覆って目を隠した。
「ルナ・・・見るんだ!!」
「む・・・・無理です!」
「――・・なら襲うよ?」
――な・・・なんでそうなるのよぉっ!!
「~~~~~~っ!!」
突然とんでもないことを言うセイオスに、ルナセイラはビクンと身体全身が震え椅子から転げ落ちかける。
「――危ないっ!!」
グイっと引き寄せられ、気づけばルナセイラはセイオスの腕の中。
「は・・・離して下さいっ!!」
セイオスの肌が顔に触れ、パニックでぎゅっと目を閉じた。
「・・なら、ちゃんと見てくれる?」
セイオスの甘い声音と吐息が耳朶をくすぐる。
「・・・わ・・わかりましたから!・・・離れて下さい!」
目を閉じたまま叫びながら乞うと、セイオスは体を離した。
セイオスの上半身は、火傷の痕などどこにも見当たらず、美しい筋肉と素肌に目が奪われる。
「え?・・・・火傷は?」
「言っただろう?ルナが治したんだよ」
にこりと微笑むセイオス。
「本当ですか?!・・・私は何もしていません!!どういうことですか?」
「それは私にもわからない。だけど、君が私に触れたら全て治った。」
「・・・・本当に?」
ルナセイラは目を瞠る。
「あぁ、ルナは見ていなかったのか?」
セイオスは信じられないとでも言いたげにルナセイラをじっとみつめる。
「・・申し訳なくて・・・・泣いていて気づきませんでした・・・」
気まずそうに告げた。
「ルナ・・・・君は本当に優しい子だな・・・これは間違いなく君が治したんだよ。」
「・・・・セイが無事なら私はそれだけで十分です」
「ありがとう、・・・でもこれは明確にしなければならない。だから悪いが試させてもらうよ」
躊躇いがちに苦笑すると、セイオスは椅子から立ち上がり校医の机の上からハサミを持ってきた。
不思議そうに見つめると、彼は椅子に腰かけてルナセイラに微笑む。
「今からすることは私が勝手にすることだから気に病まないで!」
――え?
突然セイオスは掴んでいたハサミの刃先を自分の左手の人差し指に食い込ませ、スパっと皮膚を切りつけた。
その瞬間、鮮血が勢いよく飛び散った。
――なんでこんなに深く切るのよ!!ありえないっ!!
「なっ!・・・・何をするんですか!!」
悲鳴を上げて顔面蒼白になるルナセイラに、セイオスは止めどなく血が流れる指を差しだした。
「手に触れて?」
「そ・・・そんな・・・」
乞うようにセイオスに言われても、出血に動揺して身体が動かせない。
察したセイオスはルナセイラの左手首を掴むと自分の左手に触れさせた。
ぱぁあっ・・・・・
本当に微かだが淡く白い光がセイオスの身体からほわっと放たれた。
時間にして数秒程。
あり得ない現象にルナセイラは驚愕する。
「やっぱりルナが触れてくれたから治ったんだ・・・・あたたかくて気持ちいい・・」
セイオスは恍惚な眼差しで傷の塞がった指先を眺めた。
「・・・本当に私が治したんですね・・・」
先ほどまでたらたらと傷跡から流れていた血は止まり、切り口などまるで最初からなかったかのように綺麗な指先に戻っていた。
「ははは・・・君も聖女だなんて・・・なんという僥倖だ!」
蕩けるような眼差しをセイオスに向けられて、自分が治癒したのだと初めて認識した。
「私が傷を治せたのはわかりました!・・・・でも聖女は浄化が出来なきゃダメですよね?!・・・・私はそんな力・・・・ないです!」
不安げに視線を逸らして言うルナセイラの頬を両手で挟み、顔を強引にセイオスへ向けて話始めた。
「ルナ!・・・あの子は聖女候補で、確かに聖魔法を発現させた。三年近く前にだ。それからあの子がどれだけのスキルを身に付けたと思う。」
言葉が見つからないルナセイラに構わずセイオスは話を続ける。
「最初の聖魔法の発現時、聖魔法スキルはCランクだった。・・・・・今はBランクだ!」
「Bですって?!」
あり得ないランクの低さに唖然とした。
魔力溜まりが発現し、浄化しなければならなくなった場合は、最低でもSランクでなければならない。しかし、すでに今はその魔力溜まりの発生時期まで三カ月ほどしか残っていない。
二年半研鑽を積んで、ランクがCからBにしか上がらないなど落ちこぼれと言っても過言ではないだろう。
「そうだよ。もし、今魔力溜まりが発現したら王国は壊滅だ」
「・・・っそんな!!」
――信じられない!!・・・・アイナさんは何をやってたのよ!!
とんでもない現実に目の前が真っ暗になったような気分に陥る。
「・・・でもね?ルナの癒しの力はとても強かったんだ。」
「え?」
セイオスの言葉に目を瞠る。
「さっきは心配させたくなくて言わなかったが、正直かなりの重症だった」
ははは・・・・と笑いながらセイオスはとんでもないことを言い放つ。
「~~~~~!!」
先程の全身火傷だらけだったセイオスの姿を思いだし、心がずきんと痛くなる。
「あ~~・・・思い出させてごめんね。だけど、あの悲惨な火傷を一瞬で治したのはルナだ!!この通り傷跡一つないだろう?」
気まずそうに苦笑したが、セイオスはすぐに気を取り直し自慢げに傷一つない自分の胸を見せつける。
「わ・・・わかりましたので・・・・とりあえず何か羽織って下さいぃ!!」
ルナセイラは頬を染めてぷいと視線を逸らした。
セイオスは傍に掛けてあった白衣をとりあえず羽織る。
――す・・・・素肌に白衣って・・・ちょっとぉ!!
色気が漂うセイオスの姿に、ルナセイラは顔を真っ赤に紅潮させながらドギマギする。
「これで分かっただろう?今のルナの治癒力は聖魔法スキルに例えるならSランク以上だ!浄化が出来ないと決めつけるのは勿体ないし、治癒だけでもとんでもない能力だよ。」
「・・・・Sランク以上・・・」
魔法スキルが壊滅的なルナセイラにとって、その事実は信じがたいほどの奇跡だった。
「それに、聖女は聖魔法を使える者以外に、癒しの力を持つ者もいたと文献に残っている。恐らくルナは聖魔法ではなく、癒しの力の能力者なのだと思う。」
「私が・・・癒しの力の能力者・・・本当に・・・聖女になれると?」
「私は君が聖女で間違いないと確信している。」
「そうなんですか・・・でも、私が触れないと治癒できないとすると、もしかして触れないと浄化もできないかもしれない可能性ありますよね・・・」
もしもを考えてルナセイラは戦場に立つ自分を想像して武者震いしてしまう。
「絶対ダメ!!直に触って浄化なんて自殺行為だし絶対させないよ!」
「・・・セイ・・・」
セイオスの優しさにじんと胸が熱くなる。
「・・・これで、あの子がなぜ異様に君に執着して犯行を繰り返したのかわかったね」
「・・・・犯行を繰り返す??・・・」
「さっきは皆の前だったから言わなかったけれど、あの子がルナの魔力暴走を引き起こした犯人だよ」
「ま・・・魔力暴走を他人が引き起こせるんですか?!」
「難しいけど出来るよ。魔力暴走っていうのは、自分の力を上手く制御出来ないときに起こるものなんだ。・・・ルナが魔力暴走を起こした時、元々の魔力量よりも多い魔力が放出されていた。」
「私のもっていた魔力より大きな魔力ですか?」
「あぁ、普通は魔力暴走を起こしても、ルナの魔力量なら大した火力はなかったはずなんだ。しかし、あの時は魔力が一時的に膨れ上がった。・・・・どういうことかわかる?」
「何かしらの方法で・・・・一時的に魔力を・・増やした?」
「そうだ。しかし、あの時は魔力を強化したというのが正しい。
魔法の中には補助魔法もある。その中でも能力強化は、自分が元々持つ能力を一時的に高めることで普段より威力を上げるスキルだ。」
「それで魔力暴走が起きたのですか?」
「魔力強化魔法で間違いない。
魔力強化によるコントロールを身に付けていれば、一撃必殺の捨て身の魔法攻撃も可能だが、慣れていない者が使えば・・・・・ただの自爆だ」
「自爆?!」
「そうだよ。そして、その魔力強化魔法を使ったのがアイナだ。」
「!!!!」
――うそ・・・・私を殺そうとしたの?!
ルナセイラは顔面蒼白で絶句する。
「魔法スキルがSSランクを超えると、魔力を察知することが出来るようになるんだ。」
「魔力を察知できるのですか?」
「あぁ、これは人によって違うかもしれないんだけれど、魔力を感じることが出来る。
私はオーラとして視覚で感じることが出来る。サーシェンはどうかわからないけれど、恐らく何かしらで感じ取れるはずだ。魔法スキルのSSランクは少ないから、生徒ではサーシェンだけだね。」
――・・・・SSランクすごいっ!!
王国で魔法スキルがSSランクの者は開示されている。王国の中でも希少なSSもちは五人もいない。
――セイ・・・自分の正体隠す気ないの??
「それじゃ・・・アイナさんの魔力を私から感じたのですか!?」
「そういう事!しかも魔力を送ってきた瞬間まで私は見ていたよ」
――見られてる!!・・・・アイナさん・・・絶対セイの攻略はできそうもないわね・・・
アイナの悔しがる顔を想像し思わず苦笑してしまう。
「・・・では・・・アイナさんは今後どうなるのですか?」
「公にはしないが、最終警告として心を入れ替えて努力する気があるなら観察処分かな」
「そうなんですね・・・・」
「・・・・不満かな?」
「不満じゃないと言ったらウソになります・・・でも仕方ないとも思います。」
少し顔を歪ませて微笑むと、セイオスはぽんぽんとあたたかい掌をルナセイラの頭に乗せてからひと撫でした。
「これからは私がルナに守られるのではなく、私が守るよ。それが私のこれからの使命でもあるからね」
「ふふっ・・・そんな大げさな言い方されなくても大丈夫ですよ!」
にやりと口角を上げ自信満々で言うセイオスに、ルナセイラは冗談めかして笑った。
「大げさじゃないよ」
「――え?」
突然セイオスの口調は真剣さを帯び、彼は黒縁眼鏡を外して髪の毛を整え始める。
身なりを整えたセイオスは、まさに王子様然なセイフィオスその人だった。
「聖女ルナセイラ嬢にご挨拶申し上げます。私はブレド王国王太子セイフィオス・ブレド、王命により聖女殿を非公式で助けて守る任務を拝命しております。
今後私が貴女を立派な聖女になれるよう導きお守りいたします!」
セイオスは恭しく頭を垂れてから微笑んだ。
――ま・・・・魔法剣士様っ!!
突然憧れてやまない魔法剣士であるセイフィオスの姿になったセイオスに、狂喜乱舞しそうな勢いに戸惑い困惑する。
今世では自分がモブだと思い込んでいたルナセイラは、セイフィオスの姿を拝むことは諦めていたのだから。
奇跡的な邂逅に瞳は涙で滲み鼻がつーんと痛くなる。
――駄目っ駄目っ!!・・・感動しすぎて泣きそうっ!!
あまりの幸せな奇跡に驚愕して固まるルナセイラの前で、セイオスは跪き右手を掬い上げるとルナセイラの手の甲へ額を当ててから唇を落とした。
「え?!・・・な・・・なんで?!」
「私はルナを守るし一生愛しぬく。誰にも君の初めては奪わせない!だから、これからもよろしく。」
とんでもないことをさらっと真剣な面持ちで告げてから立ち上がり、セイフィオスの顔で蕩けるような微笑みを向けてくる。
――え?・・・・尊い!!・・・尊死しそうっ!!
セイオスの豹変した姿と振るまいに歓喜し、彼の重大発言は頭からかき消えてしまう。
ルナセイラは唐突に気づく。
「でも・・・セイは普段教諭補佐のお仕事があるし・・・今日のように授業中に何かあったりいないときに襲われたら守ってもらうのは無理じゃない?・・・・私がアイナさんからセイを守るのとは全然違うと思うのだけれど・・」
「心配ないよ!・・・・・ウィス!!」
ルナセイラの疑問に笑顔で応えると、彼は冷徹な声音で人を呼ぶ。
「お呼びでしょうか」
突然誰もいなかったハズの場所から黒の外套を纏いフードを深くかぶった男が現れた。
「え?!・・・す・・・すごい!!」
――忍者?!・・・このキャラは初めて見るわ!!顔は見えないけどすごい!!絶対かっこいい!!
「ウィスは私の側近だよ。王城の外では影のように動いているから姿を見かけることはないと思うけれど、これからは私が守れない時でもウィスが守る!だから、必ず誓いは守ってみせるよ!
――・・ウィス、彼女は新たなもう一人の聖女だ。我らが守るべき人だから命を懸けて守るように!」
「御意!」
セイオスが許可を出すと、ウィスという側近は姿を消した。
「――・・・それで、私はどこまで許してもらえるの?」
「許すとは?」
ルナセイラは先ほどのセイオスの誓いをすっかり忘れていることに気付かない。
「私たちは恋人でしょ?」
セイオスは美しい顔をルナセイラに近づけながら妖しげに微笑む。
「――はひ?!」
ルナセイラの人生に縁はないと思っていた『恋人』という言葉。
セイオスの告げた言葉にパニックを起こし、上擦った返事を返してあまりの衝撃にルナセイラは固まってしまった。




