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四限目の授業開始のチャイムが鳴った。
皆訓練の魔法学実技の為訓練着に着替えて第一訓練場に集合しているのだろう。しかし、ルナセイラは女生徒用更衣室から動けずにいた。
――・・・・なぜ?・・・なぜ私の訓練着がないの?
授業で使う者は更衣室のロッカーに保管している。鍵まではかけていないが盗む者など今までいなかった。
心当たりがなく、ルナセイラは授業が欠席扱いになる前に制服のまま第一訓練場へと向かうしかない。
「ルナ?!・・・いやルナセイラ嬢その恰好はどうした?!」
訓練場へ向かうと一番にセイオスが気付き駆け寄て来る。
「遅刻して申し訳ございません。・・・実は訓練着を紛失してしまって着替えることが出来ず、先ほどまで探していたのです。しかし、授業の時間が始まってしまったので見学でも参加させていただきたくて制服のまままいりました・・・見学だけでもさせていただけないでしょうか!」
「訓練着がなくなるなんておかしいだろう?誰かに持っていかれたのかもしれない。私が探してあげるよ!」
悲痛な面持ちで乞うルナセイラを、セイオスは優しく宥めてから魔法実技のディランテ教諭に状況の報告星に言った。
クラスメイト達は何事があったのかとルナセイラを見つめひそひそと囁く声は聞こえるが、自分はそれどころではない。
今までどんなことがあっても授業を休まなかったことは自分の誇りでもあったのに、まさかの授業に参加できない状況に陥ってしまったのだから。胸中は評価点が下がるのではないかという不安と恐れで、バクバクと激しく鼓動がなり冷たい汗が背を伝う。
「ルナセイラ嬢安心して良いよ。今から私が魔法で探してあげるから安心しなさい!」
「ありがとうございます!!・・・・でも魔法でさがせるんですか?」
「歩きながら話を聞こう。ディランテ先生には席を外すことを伝えてあるから問題ない。」
「そうなんですか・・・ありがとうございます・・・」
心中穏やかではいられないが、自分の為に動いてくれているセイオスを困らせるわけにはいかない。
ルナセイラは出来る限りの微笑みで感謝の気持ちを伝えた。
「気にしなくていいよ、ルナが授業を欠かさず出席して真面目に取り組んでいたことは、私もディランテ先生もわかっているから。・・・それで更衣室のロッカーに置いていたのになくなってしまったのかい?」
「はい・・・更衣室に今朝登校した時はまだあったんです・・・でも昼休憩の後戻ってきたらもうなかったので、今朝から昼休憩が終わるまでの間になくなったのかもしれません。」
「そこまで時間が絞れるなら問題ないよ。ロッカーから過去6時間以内に動いた物の動きを辿れば訓練着を見つけられるから!」
「そ・・・そんなことができるんですか?!すごい!!」
「まぁね!追跡魔法の一種は私はよく使うから問題ないよ!それじゃ調べてみよう」
女子更衣室のルナセイラのロッカーの前までやってくると、セイオスは小さな声で少し長めの魔術式を唱えた。
するとあたりがぱっと暗くなり、ロッカーの中身を取り出す過去映像が今朝登校する少し前あたりから映像として映り始めた。
休憩時間の度にルナセイラがロッカーで持ち物の整理と教材の出し入れはしているが、三限目までは特に問題はなくロッカーの中に訓練着も間違いなくあった。
昼休憩に入り、マリーエルとロッカーを離れてから動きはあった。
「!!!!――・・アイナさん?!・・・どうして?!」
ルナセイラは驚愕した。
ルナセイラたちがロッカーを離れて数分するとアイナが姿を現し、ルナセイラのロッカーを開けた。そして訓練着を手に取ると更衣室を出ていこうとする。
「後を追うよ!!」
セイオスの言葉にルナセイラもコクリと頷き、映像のアイナの後ろをついていく。彼女は外まで歩くと、あろうことか普段アイナが自分たちの逢瀬の為に浸かっている中庭のベンチのすぐ下に隠したのだ。
「何てことを・・・ひどい・・・」
セイオスが魔法を解除すると辺りは明るくなり、実際にベンチの下から訓練着が見つかった。
「・・・どうやらエディたちを取られると思って、あの子は等々行動し始めてしまったようだね・・・」
「・・・これは・・・どうすべきと思いますか?・・・・この王国を救う聖女候補が人を陥れる為にこのようなことをするなんて・・・・私だったら知りたくないです・・・」
「――そうだね、あまり気は進まないけれど、私から釘だけ差しておこうか?それで彼女が心を入れ替えるなら公表しないという手もある。・・・だけど、ルナが一言物申したいのなら先ほどの追跡魔法は映像保存もしたからあの子に見せて追及することはできる。ただ、そうなると騒動は大きくはなるとは思う。」
――腹は立つ・・・・だけど・・・王国の民が不安になるような事をしたくもない・・・でもセイオス先生がアイナさんに話をして彼女は聞き入れるのかしら・・・むしろ好機とばかりに先生に縋りつくのでは・・・?
ルナセイラには答えが出せなかった。
実際のアイナの犯行現場を押さえてしまった以上見て見ぬふりはできないし、ココで動かなければならないだろう。いくら逡巡させても答えは出せない。
「・・・先生・・情けない話ですが、私にはどうすべきかまだ答えを出すことはできません。・・・一度セイオス先生にお任せしても良いですか?」
「当然構わないよ!それならまずは授業の後にでも彼女を呼び出して話を聞いてみる。今後の事はまた放課後にでも相談しよう」
セイオスは慈愛の籠った微笑みを浮かべるとルナセイラの頭を優しく撫でる。
――セイオス先生が仲間で本当に良かった・・・・
とんでもない目にあったが、セイオスのおかげでルナセイラは事なきをえた。彼がいなければ訓練着を見つけ出すことも犯人もわからなかっただろう。彼と信頼関係を築けていることが感慨深い。
更衣室に戻った二人は早速訓練着に着替え始めた。
部屋の中にはそっぽを向いてくれているものの、なぜかセイオスがいる。
――緊張して上手く着替えられないぃっ!!
最初は更衣室の外で待っていてほしいとお願いしたが、「何が起こるかわからない!私も部屋の中で待機する!」と、言い切って本当に更衣室に入ってきてしまったのだ。
ルナセイラは緊張を胡麻化そうと、「そういえば、今日の昼食はマリーエルと一緒にエディフォースとランチしましたが、二人きりにはならずに済みましたよ!」
誇らしげにルナセイラはセイオスに報告した。
「は?・・・・なんでこんなところで他の男の名前を出すの?」
想像しなかった低い声音での返事が返ってきた。シャツを脱ぐためにボタンを外していた手がびくりと震えて止まる。
――え?・・・・・ま・・・まさか・・・怒ってないよ・・・ね・・・?!
「せ・・・先生?・・・先生が気にしてるかなって思ったので・・・すぐ報告したんですが――」
声をわずかに震わせながらも気遣ってしたことであると再度繰り返そうと言葉を紡いだが、激しい衝撃音で先の言葉はかき消される。
バンっ!!
突如セイオスの両腕に囲われるようにロッカーに勢いよく音を立てて手をついて、ルナセイラをロッカーと自分の身体で閉じ込めた。
「・・・ルナの事が心配でいつも気が気じゃないのに・・こんなところでエディの話をしなくてもいいはずだろ!」
間違いなくセイオスの瞳には嫉妬の炎がありありと燃えあがっている。
――・・・そんなに殿下と仲良くなってほしくなかったの?!・・・そんなに怒らなくても・・・
「た・・・ただの報告ですよ?!・・・先生・・・落ちついて――」
「セイ」
「え?」
突然のセイオスの言葉に頭の理解が追い付かず声が先に出ていた。
「2人だけの時はセイって呼んでよ」
「そ・・・そんな・・・目上の方を愛称で呼ぶなんて・・・できません・・・」
「・・・でもエディフォールに、愛称でエディって呼んでって言われたらどうせ呼ぶんでしょ?」
セイオス先生の様子が明らかにおかしい。殿下と仲良くしたことを怒っていたのではなかったのだろうか。なぜ突然愛称呼びを求めてくるのか、セイオス先生の考えがわからない。
「・・・・・・・・・・・最初は断りますよ?」
「最初?じゃ何度もしつこく呼べって言われたら?」
セイオスはハッキリした答えを出すまで追及を止めるつもりはないらしい。
「・・・時と場合でなら――」
「はい駄目ーーーーっ!!・・・なんで私の事はセイって呼べなくてエディの事は呼べるのさ!!私たちはそんなそっけない関係だったの?!」
セイオスの噛みつくような瞳は怒りの籠った声音で責めたて、ルナセイラが視線を逸らすことすら許さない。
「わ・・・私たちは仲間ですよ!大切な仲間です!!わかりました!セイって呼びます!・・・呼びますから離れてくださいっ!!」
「・・・これからは二人の時は必ずセイって呼ぶんだよ?・・・でもこれっだけじゃ気が済まないな・・・私を過剰に心配させたお仕置きをしなきゃ・・・」
「――おしおき?」
セイオスの瞳は仄暗く、まるで病んでしまったかのようにすら見える。それに異様に最近はルナセイラに対して異様に執着しているようにも思える。
――・・・まさか・・・まさかと思うけれど・・・や・・・ヤンデレとかいうやつですか!?
「お仕置き」という言葉に嫌な予感しかしない。
頭の中が困惑してどうすべきか焦っていると、明らかにセイオスの顔が近づいている。
――う・・・うそ?!・・・まさかキス?!
仄暗い瞳から目が離せず、何もしなくてもセイオスとの距離が近づいていく。あと数センチで唇が触れてしまうかもしれない。
――流石にそれは無理っ!!
すっとセイオスと自分の顔の前に両掌を差し込んでなけなしの抵抗をみせる。
「・・・・そんなので私が怯むとでも?」
ギラリと熱を持った怪しい光が瞳の奥で光ったかと思うと、セイオスは口角を上げて薄く笑う。
ちゅっ・・・
生暖かく柔らかい感触が手の平から伝う。しかも、唇をなかなか離さなかったセイオスは名残惜しく唇を離した瞬間ペロリと舐めてくる。
「~~~~~~~っっっ!!」
言葉にならない悲鳴がルナセイラの脳内でこだまする。
「よし、・・・今日は気を失わなかったね!慣らした甲斐があったみたいだね」
満足気にセイオスは微笑むと、ペロリと舌なめずりをしてから固まって身動きできないルナセイラの頭をヨシヨシと優しく撫でた。
セイオスの言っていることが何一つ理解できない。
――『今日は気を失わなかったね!』って・・・確信犯?!『慣らした甲斐があったみたいだね』まさか毎日のあのスキンシップの事?!・・・ど・・・どういう事?!
驚愕の眼差しでセイオスを見つめると、「そんなのんびりしてると授業欠席になるよ?外で待ってるから急いでね?」と、あっさりと更衣室を出ていった。
「――・・・・・は?」
――まさか自分はセイオス先生の掌の上で転がされている?・・・なに故?・・・
数十秒固まったまま微動だにできなかったルナセイラは、『授業欠席になるよ?』と言われたことを思い出し、慌てて訓練着に着替えセイオスとともに第一訓練場へと足早に向かったのだった。




