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エディフォールとのランチはすぐに調えられた。
先日声をかけてもらってから、まさか二日後に再び誘われるとは思わなかった。
ルナセイラは、笑顔を浮かべたくても頬が引きつってしまいそう。
セイオスと約束した次の日に、マリーエルにエディフォールの件で『付き添い』をお願いをしておいて正解だった。
三限目が終わり教材を片付けていると、エディフォールがニコニコ微笑みながらルナセイラの机の側へ寄ってきた。
――な・・なんでそんなににこやかなの?!・・・嫌な予感しかしないよ!!
「ルナセイラ嬢、今からランチを一緒にしよう。すぐいけるよね?」
――今からランチに行かないか?の誘いじゃなくて・・・行く確定なの??
ルナセイラはエディフォールの態度に苛立ち顔を引きつらせないよう必死で堪え笑顔を浮かべた。
先日セイオスに、圧の籠った微笑みを向けられ『約束』したことを思い出し、ルナセイラの背筋はひやりと悪寒が走る。
「そ・・・・そうですね・・・あの・・実は――」
「ルナ~~っ!今日は私と一緒にお昼を食べに行きましょ!約束していたわよね!
・・・あら?殿下もいらっしゃいましたの?折角ですからよろしければご一緒にいかがです?」
ルナセイラがマリーエルの事をお願いしようとしたところで、その彼女が自らルナセイラの代わりにエディフォールとの話に割って入ってくれた。
――マリーエルすごい!!・・・殿下とのランチを私たちの約束のついでにしてくれたわ!!
ふふっとしてやったりな表情で、こそっとこちらへサムズアップしてくるマリーエル。
まさにルナセイラの窮地を救う英雄のよう。
レイスン伯爵家のマリーエルとは、領地が隣り合っていたこともあり幼い頃から交流があった。
背丈はルナセイラより少し高く、ハーフアップに纏めた亜麻色のロングストレートヘアにくっきり二重なヘーゼルの瞳。
日に焼ける事を気にしないそばかす肌は健康的な肌色で快活な印象。
野山を馬で駆けながら狩りをするのが大好きで、弓術スキルは非常に高くSSランク。
剣術が好きで、昔から周りに「貴族令嬢らしくない」と冷ややかな目で見られていたルナセイラにも、好意的に接してくれた唯一の女友達だ。
ランチのお願いをするために、ルナセイラがなぜ姿を偽っていたのか理由も伝えた。
マリーエルはぎゅうっとルナセイラを抱きしめ「1人でよく頑張ったね」と微笑み労ってくれた。
容姿をルナセイラが隠していたことは知っていたが、まさか美貌故に人攫いなどにあわないよう防ぐ為とは思っていなかったらしい。
しかし、自分の本来の姿を晒してでもしたいことができた事をルナセイラは伝えた。その弊害になるのがエディフォールや他攻略対象の三人の令息たちなのだ。ということも。
――流石に私が前世の記憶もちである事も、ココが乙女ゲームの世界だっていう事も言うことはできないけれど・・・
「ランチどころか、学園に通う間はなるべくルナセイラと一緒にいるわ!!」
マリーエルは鼻息を荒くして、意気揚々と宣言する。
たとえ学園の中であっても、たとえクラスメイトとしての交友であっても、貴族令嬢が男子生徒と二人きりというのはよろしくない。マリーエルはルナセイラの気持ちを察していたのだ。
特に恋愛に繋がるような事に対しては、両親に迷惑をかけたくないルナセイラにとっては厄介ごとでしかない。
それに、もし二人きりになったりしようものなら、放課後ルナセイラはセイオスの圧で無事では済まないだろうと確信している。
二人きりで男子生徒と一緒にいたなんて知られたら、セイオスに「嘘つき」呼ばわりされかねない。
最悪の場合「約束破るなら、もう私を守るなんてできない事言わないで!」と一蹴されてしまうだろう。
――絶対そんなのいやよっ!!
「マリーエルそれは良い考えね!折角殿下もお誘い下さったのだもの!ご一緒いただきたいわ!殿下いかがですか?」
満面の笑みでエディフォールを見つめると、彼は微妙な表情をして固まったがすぐに微笑み頷いた。
「~~~そうだね、・・私もそれで構わない。では食堂へ行こうか」
苦笑しつつもエディフォールは了承する。
――良かった!!二人きりのランチは回避できたわ!!
マリーエルとルナセイラは微笑み「やったね!」と視線を送り合った。
***
カフェテリア方式の食堂では、すでに学生たちが並んでいる。
わいわいと会話を弾ませながらトレーに乗せたプレートへ料理をよそっていた。
ルナセイラも列に並び、さくっと料理をよそっていく。
――本当、自分の好みの量に調整できるのは助かるわ!
ルナセイラは卒業後文官になる為にも、授業はどんな科目であっても手を抜くことはしない。
ずっと気を張っている為には、食事の管理も大切な事。
食べ過ぎて集中力が欠けたり、眠くなってしまわないように食事は軽めにしているのだ。
プレートには五品の料理がおおよそ二口分くらいずつ盛っている。
「ねぇ?・・・・ちょっと少なすぎじゃない?」
「そう?そんなことないよ?」
マリーエルに心配されたが、ルナセイラにはこれくらいがちょうどよい。
満足げにトレーを持って空いている席を探すと、すでにエディフォールが席に座ってこちらに手を振って待っていた。
――はやいっ!!いつのまに?!目立ちたくないから手をふらないでぇ!!
三人一緒に来たのに、いつの間にかエディフォールは席を確保して優雅に座って待っている。
そして案の定私たちの一挙手一投足を見逃すまいと、周りには軽く生徒たちの人だかりができていた。
――みんな興味津々みたいね・・・ただのランチなのに・・・
三人を囲むように周りは少しずつ席が空いた状態だが、しっかりと視線に移り込む近さに生徒たちが円を描くように座り、こちらをちらちら伺っている。
困ったことにうろうろ歩きながら立ち見している生徒も多い。
「わ~っ!っ殿下早かったですね!席取りまでありがとうございますっ!!」
わざとらしい笑顔でマリーエルはお礼を言うと、ささっとエディフォールの向かいの席に座った。
「ルナ!ここへいらっしゃいよ!」
マリーエルはわざとらしく自分の隣をルナセイラに勧めた。
『――ぴくり』とエディフォールのこめかみが僅かに動く。
――ま・・・まさか殿下は横の席を私に勧めようとしていたわけじゃないよね??
明らかにルナセイラを自分の隣に座らせたいらしいエディフォールは、未練がましそうに隣の席をちらりと見やる。
ルナセイラは気づかないふりをして、即座にマリーエルに同調し隣の席へ腰かけた。
「殿下、早速お誘い下さってありがとうございます!」
不満を言われる前に胡麻化すようにるあセイラがお礼を告げると、エディフォールはにこりと甘い微笑みを向けてくる。
――うわ~~~・・その顔やめてーーっ!!周りに誤解されるから!!
たかがランチで普通のクラスメイトに対して、恋人に向けるような甘い微笑みを浮かべるものではない。
ちらっと視線を横に座るマリーエルに向けると、砂糖を吐き出しそうな勢いの渋い顔をしていた。
「早く一緒に過ごしたかったからね!ルナセイラ嬢はそれだけしか食べなくて良いのか?」
「えぇ、私はランチはお腹いっぱい食べると眠くなってしまうので、昼は少なめにしています。
その代わり夜多めに食べているんです。でも今日は好きなベーコンが入っていたのでつい多めにとってしまいました」
五口分くらいはあるであろう料理を指さすとマリーエルは唖然とした。
「え?ルナそれで多いの?!」
吃驚した面持ちのマリーエルは、プレートにどの料理も少し多めによそっている。
――マリーエルと比べたらどの令嬢のプレートも少なめに見えるでしょうね・・・
マリーエルはよく食べるが太らないのが素晴らしい。
ルナセイラは食べるのを我慢しているわけではない。しかし、美味しそうに沢山食べるマリーエルの姿はとても魅力的に感じていた。
――とはいっても一緒に食事をするのはこれまで滅多になかったんだけどね・・・・
「私はマリーエルが気持ちよく食事を食べている姿を見つめているだけで満たされるのよ!」
「・・・・それって貶してる?」
ジト目で見てくるマリーエルへ「そんな訳ないわ!」と、微笑んで返した。
「・・・・そういえば午後は魔法学の実技だね。攻撃と防御の二人ペアでの実技は久々だから楽しみなんじゃないかい?」
まるでルナセイラが楽しみにしているかのようにエディフォールは言うが、そんなわけがない。
「・・・私は苦手なので失敗しないか不安です・・・・殿下は魔法スキルも優秀でいらっしゃいますもの・・・羨ましいですわ!」
苦笑して気まずげにルナセイラが視線をそらすと、エディフォールはキョトンとしてから目を瞬かせた。
「そうなのか?・・・・君は学年成績が優秀だから、てっきり魔法スキルも当然ランクが高いのかと思っていたんだが・・」
――私の事興味あるって態度をとる癖に・・私の魔法スキルの低さに気付かないなんて笑えるわね・・
「お恥ずかしい話ですが、私は入学当初からずっと魔法スキルはCランクを維持しています。
全く上達しておりません。皆さんご存じだと思っておりましたわ――」
俯きがちに悲し気に告げると、すぐにルナセイラの左手をぎゅっと握りながらマリーエルは話に割って入る。
「――大丈夫よ!!
ルナは学年成績も、体力も、武術スキルも優秀じゃない!!剣術スキルが全生徒の中でもSSランクは両手で数えるほどなんだから!
魔法スキルが上がらなくても、いつも努力していることを私は知っているわ!気にしちゃだめよ?」
「マリーエル・・・・ありがとう!!貴女はいつも私を見ていてくれるものね!嬉しいわ!!
・・・そうよね・・・私に出来るのは最善を尽くすことだわ!」
マリーエルの励ましに感極まり心がフワフワ温かくなる。
「そ・・・そうさ!・・・努力をすることこそが素晴らしいからね!」
慌ててエディフォールも同調する。
しかし、これまでルナセイラの事を気にしていなかったことはバレバレである。
「あ~・・ありがとうございます・・」
明らかに苦笑しながら取って付けたような礼を返すルナセイラ。
エディフォールは気まずげに少しだけ顔を歪ませた。
ルナセイラもヒロインだとアイラの言葉でわかったものの、今一つ自分がヒロインだと確信が持てない理由はまさに魔法スキルの低さが原因といえる。
ルナセイラは生まれてからずっと魔法だけはどんなに努力してもまともに扱えない落ちこぼれなのだ。
魔法スキルは万年C!・・・しかもぎりぎりなので、気を抜けばあっという間にDランクへ落ちてしまう。
――魔法もまともに扱えない・・・聖魔法だって覚醒していない・・・そんな私がどうしてヒロインなのよ!!本当に私もヒロインなの?!
少しでも良いから、自分もヒロインであるという理由をレナセイラは知りたかった。
しかし、あれ以来アイナはわかりやすいほどにルナセイラを避けている。
攻略対象たちがルナセイラのそばに来ても、彼女は何も言ってこないし近づかない。
――アイナさんならきっと私がどんなヒロインなのか知っているはずなのに・・・
ルナセイラから攻略対象を奪わせないと宣言しているのだから、避けられるのは当然だと理解はできる。
しかし、可能なら話を聞いてみたかった。
「・・・実技のパートナーって誰と組むのかしら?自由に決められるってことはないわよね?」
マリーエルは黙り込んだルナセイラに気を使い、少しだけ話題を逸らした。
「・・そういえばまだ開示されてないわね!授業の開始後に開示されるのかしら?」
「実技授業も残りわずかだから先生方も何か考えがあるのかな?」
エディフォールもどうやら知らないらしい。
「どうでしょう?私はどなたがお相手でも、迷惑かけないように気を付けないとですわ!」
魔法に関しては、いかに少しでも迷惑をかけずに実技が出来るか。という事だけがルナセイラにとって重要な事である。
エディフォールは二年半の間、セイオスが自分の実の兄だと気づいていない。
セイオスがどういう考えで実技パートナーを決めているのかも全く知らないだろう。
乙女ゲームのストーリー通りなら、入学して三カ月せずにエディフォールの親密度によって、ヒロインは自然とセイオスとも仲良くなるきっかけが生まれるはずだった。
それなのに、二年半の間セイオスはアイナだけでなく、エディフォールとすら仲良くしている様子がない。
――そういえば・・・なぜセイオス先生は殿下に正体を明かさないのかしら?
ふとルナセイラの脳裏に疑問がよぎったのだった。




