キシローへのバッシング:5
こんなブログの記事で言っても仕方ないけどさ、キシロ―現象って『本当はもっと偉くて威張っている、裏で汚いことしている人』が『この人に頼め』とか考えて作ったんじゃないかな?
だって知ってる?
もんすたぁは純粋なゲーム会社なのに、ソーシャルゲームのイベントやったら、『選挙に来てください!』って保守の○○党が近くで演説やってる。
『障がい者にも生きやすい社会を目指して!』とか、キシロ―側の意見聞いているように聞こえるけど、よくよく聞くと税制をどうこうして新しい施設なんちゃらって結局『隔離』のほうに話がいってる。
いや、ただの選挙に行こう!だし他の政党も一所懸命やってるけど、なんかねぇ。
きっと偉い人たちは、自分に火の粉が降りかからないように『ほら、彼が裏切り者だ、叩け!』ってほくそえんでいるんじゃないの?
(前述とは別のブログより)
もっと偉くて威張っている、裏で汚いことしている誰かとは誰だろう。
いれば我が社始め新聞やメディアが黙っていないはずだが。
私は引っ掛かりを感じ、何件か『若い、有能な人間が失脚した』事件に当たってみた。
有名な政治に突っ込んだ女性議員が汚職の疑いをかけられ辞任に追い込まれた。
若い起業家の有価証券報告書虚偽記載、偽計及び風説の流布疑惑。
その他大小言い出したらきりがないが、変だと言えば変なタイミングで妙な風に疑惑が持ち上がったといえばそうだ。
『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれてー』という本があり、一読を勧める。
我々が黙ってさえいれば、彼らには都合がいいのだろうか。
我が社始め新聞も、インターネットも、もはや権力のチェック機能を果たさないのだろうか。
その先にあるものは光明だろうか、心地よく耳障りのいい支配だろうか。
私は一介の記者に過ぎないが、出来る抵抗はするつもりだ。
さて、キシロ―へのバッシングだが、週刊誌での煽情的な見出しを受けてか次第に我が社の福祉面も手の平を返したようになった。
「少数者の代表者などいらない」
「そもそも少数者は守られるものか」
「福祉で税制を圧迫、赤字国債を抱えた某国の場合」
あなた達など知らない、あなた達など見たことがない、あなた達のことなど考えたことなどない、あなた達の分などない、あなた達に我々と同じものなど与えない、あなた達はどっかにいって適当にやってて、私達に迷惑かけないで。
そういったことまでは流石に書かれてないが、紙面にあるのはあくまで温かな差別だ。




