刻む秒針
巡る巡る日々。
その時は必然としてやってきた。
「ああ…何故、避けられないのか」
老婆は嘆く。
チカラを持ちながら何も出来ない己を。選ばれた道標の最期を。
そして、全てを背負う姫の行く末を。
きっとどこかで分かっていた。幸せは永遠ではないことに。
「なあ、これ…受けてくれねぇか?」
「依頼……私にか?」
「腕の立つお前さんになら任せられると思ってな。…魔物狩りさ」
「そんなに被害は深刻なのか?」
「…腕の立つ奴らが重症、近隣の村人が最初の犠牲者だそうだ。見た目はそこらの魔物とは変わらないらしいが、凶暴化すると手に負えないという話でな」
魔物であって魔物でない。
その言葉に何故か覚えた違和感。理由は分からない。
「まぁ、いい。その依頼は私が受ける」
「おう。…大丈夫だとは思うが、もしもの時は無理すんじゃねぇぞ」
「分かってるさ、そんなこと」
ギルドを出て宿へと向かうため、賑やかな町へ一歩踏み出した。
私は何かを忘れている。
そう分かってはいるはずなのに、どうにも思い出すことができない。確かに私はそれを知っている筈なのに。
「私は…何を、忘れてるんだ?」
思い出せないそれは、恐ろしいものだったのだろうか?
何かに衝撃を受けたんだ。黒と、金色が見えて。でも、それは
「私は何で、思い出さない?」
何かをあの時私は見たはずだ。
「あの時って、いつなんだ」
不完全で不確かな記憶。特別、記憶力が悪い訳では無いのに。回る思考の甲斐もなく、思い出すことはできなかった。
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今回の依頼は危険だ。何より胸騒ぎがする。
本当は連れて行きたくはないが、魔族に追われているこの子を一人にしておくのもまた危険だ。
最近は追っ手の影もなく、きっと私たちの居場所もあちら側は割れていないのだろうとは思う。だがそれでも、用心するに越したことはない。
「いいか、絶対に気を抜くな。お前は自分の身を守ることに集中してくれ」
そう言い聞かせた。ラピスは少し不満そうにしてはいたがしぶしぶ、という様子で頷いてくれた。
確かに中級レベルの魔物位ならこの子は容易く倒してしまうだろう。まだ荒削りな部分もなるが、まだ刀を握って五年とは思えない実力をこの子は持っている。ひたむきな努力の上に、技術は重ねられていく。幼いが故に物事の吸収は早かった。ただ、圧倒的に足りないのは経験。こればかりは数をこなしていくしかない。
「まだまだ、追いつけないね。師匠には」
『ラピスは焦んなくても大丈夫だって!それにアリィナは年季が入ってるもの』
「年季、か…」
『いや、えっと、悪口じゃないよ。誉め言葉誉め言葉!』
あとどれくらいの間、こんな風に軽口が叩き合えるのだろうか?
今も確かに時間は進んでいて、止まることはない。
私はまだ、この場所で生きていきたい。
知ってしまった弟子の辿る道。私自身の終わりの時。
まだまだ、何もかも足りてないのだ。私が弟子に継承する技術も、そのための時間も、何もかもが中途半端なのだ。どのようにして私が終わりを迎えるのかは分からなくとも、逆にそこに賭けてみたいと思うくらいに、生きる可能性を信じたい。
まだ終わりたくない、ラピスを残して逝きたくない。それが叶うのなら、“必然”を覆せる力が私にあったなら、どんなに良かっただろうか?
そうして、ここまで来てしまった。自分自身は変わらないままに。
今になって後悔するのはこれで何度目だろう?もっと私は変わることができたのではないか、ここに留まれるのではないか?
誰にでも訪れる終わりが幸福であるとは限らないのと同様に、終わりに辿り着くまでの時間は等しくない。
「……私は、どこまで足掻くことができるのだろうか」
生きたいという望みは罪ではないと、私は思う。予め決められた道の中だったとしても私は自分の意思で歩いているのだ。
神のいなくなってしまった世界が、今もまだ生き続けているのと同様に。
「…師匠?」
「なんでもない」
生きたい。
その望みが傲慢だと知るのは、終わりを迎える直前だった。




