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蒼銀の死神ーRapis Silver Jokerー  作者: 折鶴夏葵
間章 ある女の旅路
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願わくば…

陰惨なその場所に、思わず息を飲んだ。


どこまでもどこまでも暗い何かが満ちている。

残されたままの肉片や抉られた地面。圧倒的なその力に抗う術を、きっとここにいた筈の人々は持っていなかった。転がされた死体は黒く変色した血に塗れて、そのどれもが何かで引き裂かれた痕を持っていた。


「…師匠、これ」

「!…これは」


ラピスが指差したのは、死体の側に落ちていたのは血によって黒く染まった、この惨劇を生み出した元凶のものであろう体毛と思わしきもの。


「聞いていた通り、獣型の魔物なのか?」

「分からない、でも爪を持ってて、こんな体毛が生えてるのは、獣しかいない。…もうひとつ考えられるとしたら、また別の自然に生きている魔物ではない何かだとしか」


ラピスは異常な魔物については思うところがあるのか、じっと毛や傷痕を見つめながら思案している。足跡を見る限り標的である魔物は私の背丈を超えるくらい大きいと見ていいだろう。もしそうならば、1人で向かっていくのは無謀だ。


「…ラピス」

「師匠?」


宝石のような瞳が私を見上げ、首を小さく傾げた。


「お前は自分の身を守る事だけに集中してくれ」


自分がどれだけ無謀な事をしようとしているのかは分かっている。それでも私はこの子を…たった一人の弟子を守りたい。

私がこの子が傷付くことを恐れようと、きっとこの子は自らを犠牲にして周りを救う道を選ぶだろう。それはこの子の役割を考えれば当たり前なのかもしれない。危ういそんな思想が、自己犠牲なんて言葉では済まされないほどに大きすぎた。


「師匠、でも…私」

「分かってくれ」


かつてその身を世界の為に削り消えた創世神のように世界を愛する子であれという楔が、今のこの子の生きる意味となっているから。

だから、せめて今だけでも守りたいのだ。守らせてほしいのだ。


「弟子を守るのも、師匠の仕事だ」


もうとっくに、覚悟は決まっているのだから。



=============


「その後は順調か?…例の実験のだ。苗床との適合率はどうだ」

「はい、一番数値の高いものはもうすぐ殻を破るかと。」


人里離れたその場所に佇む男と女。辺りには死臭が漂い、その元凶である魔物が無数に転がっている。石造りのその場所はただただ異常さで溢れていて何と形容すればいいのかも分からないほどに狂った光景が広がるのみ。


「そしてその苗床がこちらです。といっても、今どの辺りにいるのかは分かりませんが」


水の溜められた器の中に映し出されるのは黒い髪の女の姿。


「ほう、これが…」

「はい。記念すべき初代の苗床です。…この苗床は刀術が抜きん出て優れているらしいので、殻を破った後にそれがどこまで引き出されるのかが見物ですね」

「それは…面白いものが見られそうだな」


暗く光のない瞳がじっと器の中を見つめ、その唇が弧を描いた。


(もうすぐ……もうすぐだ。必ず仇を取ってみせる。俺の世界を壊した奴らに、絶対的な破滅を)


映された女が、今その身を堕とされようとしていた。


=============



体が沸騰するような感覚に襲われた。


気づいたら、私の中で「私」が「何か」に追いやられかけていた。

原因はあのときの違和感の正体であることは明白で、何でもっと早くに気づくことが出来なかったのかと後悔した。

殺せ殺せと何かが頭の中で叫ぶ。手は自然と刀を握り締め鞘から刀身を振り抜いた。


「ぁ、あ」


血が、舞う。鮮やかな血が、白い肌から流れ出る。

違う。私は、これは私じゃない。動かせない筈なのに手が動く。何が、私を縛る。


殺せ、壊せ、鮮血を見せろ。


叫びが聞こえる。体を蝕む。何かが迫って来る。逃げられない、逃げれない。視界が染まる。

赤、紅、アカ。


「、何で」

「あああア゛、グぁあ゛ッ」

「何で、師匠」



__これが、私の運命なのか。


「いやああああぁぁぁぁぁ!!」


聞こえたのは、弟子の叫びだった。







霞む視界

       止め処なく流れる血


愛する弟子の顔からは涙と思わしき物が落ちてくる。

脳裏を過ったのは幼い頃に亡くなった母上の顔や父上の顔、そして私を支えてくれた道場の皆。共に駆けた戦友たち。そしてもういないあいつの笑った顔。

自分は助からないと頭では分かっているはずなのに、死にたくないと思う自分がいる。自分は国を見捨てておいてよくこんなことを考えられるな、と思った。


目の前にいる弟子には罪を背負わせてしまった。

私の油断が招いた自業自得で、私が頼んだ事であってもラピスは自分を責めることを止めないのだろう。

残酷な現実を受け止める強さを持つこの子は、いざというときに慈悲がない反面、命の重さをよく知っている。


だからこそ一人で抱え込んでしまう。

だから放っておけない。


もっと、お前の側にいてやりたい。いつか、飛び立つそのときまで。


なのにごめんな。

やっと笑うようになったのに、側で成長を見てやれないんだ。師匠殺しという罪を背負わせて、私は志半ばでお前を置いていってしまう。


最低の師匠で、ごめんな。


もしも願いが叶うなら、あの子に…ラピスに大切な仲間を与えて欲しい。

ラピスを大切に思ってくれる、そして支えてくれる仲間を。


ラピスが与えられた使命は大きすぎる。

このままでは、いつかラピスが使命に押し潰されてしまう。

だから、どうか…独りにならないでくれ。




その日、ひとつの命が消えた。

残された少女は独り歩いていく。


少女はまだ知らない。

師である女の最期の願いも、これから出会う仲間の事も。


___そして、自身の結末も。




「もっと強く、ならなきゃ…。何も守れない」

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