異変
ああ、まただ。
ぐるぐると、体の中を何かが蠢く気持ち悪い感覚。
「師匠!私、出来たよ!…師匠?」
「……まさか、こんなに早く抜刀術を使えるようになるなんてな。だが、狙いが甘いぞ。実践で使うにはまだ早い」
「…はい、師匠」
「そう落ち込まないでいい、お前はまだまだ強くなれる。最初に言ったはずだぞ…刀の道は奥が深い。急いで身に付けるのが正しいとは限らないのだからな」
「でも、時間は待っててくれない。…もっと強くならなきゃ、私は守ることが出来ないのに」
“無力な自分が嫌になるし、許せない。…皆はずっと私のことを守ってくれてたのに、私はそれにも気づかずに甘えてた。”
だから許せない。
そう、ラピスは言っていた。
「強くなろうとすることは決して間違いじゃない」
強さを追い求めるのは、私たちのような人間の性。欲があるのは当たり前だ。
「でも、これだけは忘れるな。…本当の強さはいつもお前の中にある。いつだって、自分を動かすのは心の中にあるんだ。前にも似たようなことを言っただろう?」
「まだ…よく、分からない」
「今は分からなくても大丈夫だ、いつか分かるときが来る。自分の中にあるそれを決して捨てるな」
この子は、私の二の舞になってはいけない。国を守ることさえ、大切な人を守ることさえできなかった私の二の舞には。
時間がないのは分かっている、いつか私は飲み込まれてしまう。確信してしまったからには後戻りは出来ない。
けれど、最期まで足掻くことだけは止めない…止めたくない。
段々と浸食される自分という存在がどんなに惨めなものでもただラピスの為に何か大切なものを遺してやれたら、それでいい。
宿命を背負っていてもこの子は一人の子供で、ある意味この世の中を知らない。渦巻くどす黒いものに、本当の意味で触れたわけでもない。
魔族が向けてくる純粋な悪意と人の向けてくる悪意は似ているようで全く違う。全てに置いて同族が正しいとは限らないのだ。
「なぁ、ラピス。…お前はお前の道を進むんだぞ」
「師匠も自分の道を、進んでるの?」
「……私は一度、道を見失った人間だ。今もそれを後悔し続けて、ずっと忘れられない」
けど、
「忘れるのは、忘れようとするのは難しい事ではないだろうし、全てを流してしまうのなら忘れることは絶対必要なんだ」
それでも私が忘れようとしなかったのは…いや、忘れられなかったのは、自分が憎かったからだ。
「どちらが正しいのかなんて私には分からない。でも、決めるのはいつだって自分だ。…だから自分を信じろ」
今はまだ見えなくとも、譲れないものがきっとできるだろう。貫きたい意志だって持つことになるだろう。
それは生きることに大きな意味を与えてくれる。
「生かされること」ではなく「生きること」をラピスには選び取って欲しい。強制的に生きていることは自分の意思で生きていることと繋がりはしないから。
踵を返して私は歩き出す。そんな私を追いかけて横に並ぶラピス。
「私、師匠みたいになれる?強くなれる?」
「強くなれるさ。お前が望むなら」
照れ臭そうに笑うラピスを見て、こんな時間がいつまでも続けばいいのにと思った。
幸せな、この時間が。




