道標
「う、」
ゆっくりと意識が浮上する感覚。
目を開け体を起こすと、そこには不思議な空間が広がっていた。
一面には何もなく、ただ若草色のみがある。
上下左右が正しいのかさえ分からない。
「此処は…」
「目が覚めました?」
にっこりと、さっきの男が笑う。
白々しい。眠らせたのは自分であろうに。
「貴様、何がしたいんだ」
「せっかちですね」
『仕方ないだろ。姐さん、あのままじゃ俺らの話を聞いてくれなかっただろうし。勝手に連れてきた事への謝罪はするけど』
あの光の玉と同じ声が聞こえた。
声のした方へ顔を向けると、そこにいたのは小さな人形の生き物。
…何だこの生き物は。
赤子でもここまで小さくはないぞ。
「話は聞く。だがその前に名乗るのが礼儀という物だろう。私はアリィナ・ウミナリだ」
「知ってますよ。カナン皇国左将軍殿」
「今は捨てた肩書きだ。…私にその肩書きを名乗る資格はない」
「貴女も貴女の母親も存外真面目な方だ。これが親子というものか」
母、親?
今の口振りはまるで…。
「母と会ったことがあるのか?もう20年近く前に亡くなったというのに…」
「まぁ、竹馬の友の子孫ですし」
「お前は一体…」
今目の前にいるこの男が言った事が真実であるならば、この男は人としては有り得ない程に長い年月を生きている事になる。
本当に、そんなことが可能なのか?
「僕はシキ・ルーディア。貴女の先祖の友に当たります」
「そんな馬鹿な事が」
『嘘じゃないぜ、こいつは正真正銘の老いぼれだ。そして俺はライ。ワケあってこいつと行動してる精霊だ』
「老いぼれとは何ですか、この姿が老いぼれに見えます?」
『外見年齢サバ読んでんじゃねぇよ、ジジイ』
被っていた笠を取ったシキとやらを見ても、ただそこには若々しい黒色にオレンジ色が一房混じった不思議な髪が揺れ、黒い目を細めているばかり。とても年を取っている様には見えない。
そして精霊が実際に存在しているとは思っていなかった。
神話という名の作り話の中にいる登場人物であるという概念が私の中に生まれてしまっていたからなのかもしれない。
不意に、シキが私の方へ顔を向けた。
「貴女がこの空間を出たとき、ここに来たという記憶を無くしますが、今から話すことは全て真実です」
知らされた事はどれも信じがたいことばかり。
様々な言葉が脳内を巡ったまま、声にならずにいた。
「最後に、ライからひとつだけ伝えることがあるそうですよ」
顔をライに向け、早く話せと促した。
今の私の中には知りたいという思いだけ。
『姐さんはいづれ、道標になるんだ。…大切な存在の』
「どういう、意味だ」
『これ以上は話せない。そういうモノなんだ、俺のチカラは』
道標?私が、誰の。
大切な、存在の。
「もう、時間ですね」
「待てっ!まだ、」
『姐さん、ごめんな。もう、持たないんだ』
ぐにゃりと周りの空間が揺れ、伸ばした手は届かずに終わった。
___答えを、掴めないまま。
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「…来ましたね」
『みたいだな。でも俺の仕事は終わった。…だからもう、恐れることは何もない』
「頼もしいです、本当に。僕もこれで償うことができる」
__あの子に…。
下駄をからんころんと鳴らし、真実を視る者は走り出した。
鈴の音は聞こえない。
この場にあっても意味を為さない。
何故ならここには、癒されるべき者はいないから。




