初めて会った、あの日のことーカイルsideー
その日は、いつものように森の中で鍛練をしてた。
静かな森に、金属と金属がぶつかり合う音が響いている。
「カイルは元気だな。昨日も依頼に行ってたってのに」
「そういうアンタは余裕だな。剣を打ち合ってる最中に話すとか、死ぬぞ」
「はは、お前みたいな小僧に俺は負けん、どわっ!?」
話してる最中に、相手の大柄な男___ガントの足に足払いをかける。
ガントは少しだけよろめいた。
「ッチ、そこは空気を読んで転べよ」
「ふっ、俺はそんなヤワな体なんてしてねぇっつーの。年季が違うんだよ、年季が」
…オッサンが胸張ってたって、キモイだけだぞ。
そして小僧とか呼ぶなっ!
俺はもう13才だっつーの。
もう昔みたいに貧弱じゃない。
「カイルー、ガントー!!」
聞こえてきたのは命の恩人であるマスターの声。
相変わらず声でけぇな…。
いつも鍛練のときは来ねぇのに、どうしたんだ?
そう思って振り向くと、マスターの横には見覚えのないヤツがいた。
俺と同じくらいの年っぽい少女。
体つきは華奢。
太陽の光が反射して、風に揺れる蒼銀の髪が輝いている。
小さな顔に、桜色の唇。
無表情のままこっちを見つめる瞳はラピスラズリのような藍色。
(人攫いに遭いそうなヤツだな…)
誰もが喉から手が出る程に欲しがりそうな美少女が、そこにいた。
俺が昔いた所にこいつがいたら、すぐに攫われて行きそうだ。
「マスター?誰だよ、そいつ」
声をかけると、マスターは隣の少女に話しかける。
マスターが再びこっちを向いた時、それは起こった。
「え?何……えぇ!?今行くから、もう少し待ってて」
いきなりマスターが奇声を上げた。
やっぱ声でけぇ…。
「おい、カイル」
「何だよ」
「俺もちょーっと応援に行って来るから、あの子の事頼んだぞ」
「ただ暴れてぇだけだろ」
「それがどうした」
「…はぁ、ツッコミ入れるのも疲れた」
「そうか?じゃ、頼んだぞ」
ガントはマスターと一緒に行ってしまった。
…前にもあったな、似たような事。
これが日常茶飯事だって事を知っているからか、もう慣れた。
ちらり、と横にいる少女に目を向ける。
直立不動の状態だ。
ともかくこの空気を何とかしたい。切実に。
「おい」
「…何」
「お前、新入りか?」
「マスターに拾われたのは3日前だけど…」
「…なるほどな、お前もか」
「…?」
表情は変わんないけど、話せないわけじゃないんだな。
…ま、それもそうか。俺だってそうだったし。こいつほど無表情ではなかったが。
マスターもマスターでお人好しだな、本当に。
「拾われたんだろ、マスターに」
「うん」
「俺も拾われたんだよ、マスターに」
俺もマスターもこいつも、同じって事か。
『一人なんかじゃないわよ、あなたの仲間はここにいるじゃないの』
前にマスターにそう言われたっけな。
こいつに細かいことを聞くのは野暮ってもんだな。
「ま、細かいことは聞かねぇよ。とりあえず俺はカイル。カイル・エーティアだ」
「…ラピス・レイン」
「ん」
「………?」
こっちが手をさし出してんのになんで手を見てんだ?こいつ。
握手を知らねぇのかよ。
「握手は礼儀だろ」
「!?」
少し強引に手を握る。
するとそいつは勢いよく顔を上げた。
藍色の瞳が、真っ直ぐに覗き込んでくる。
「あなたも…」
「は?」
「あなたも、手を汚したことがあるの?」
きゅっ、っと手を軽く握り返される。
…それで握手をためらったんだな。
ふと頭によぎったのは、あの日の光景。
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『くくっ、コイツはいい値で売れる。…あ?なん、ぐああああぁぁぁっ!!』
不敵な笑みを浮かべていた男が叫ぶ。
明らかにさっきまでと違うのは、男の左腕がなくなったことだ。
音もなく、男の左腕は消え去っていた。
石を敷き詰められた床に、腕は落ちていない。
ふらり、と男に捕まっていた少年が立ち上がる。
目はどこか虚ろで、表情もない。
一歩一歩、男へと歩み寄る少年。
狂ったように、痛みに叫びを上げる男。
『___だまれ』
崩れ落ちる男。
既に心臓の鼓動はない。
___いや、心臓自体が男の中から消えた。
少年はそれを他人事のように見つめ、その場から立ち去った。
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こいつが言ったことに少し驚いたが、すぐに意識を戻す。
「でも礼儀は礼儀だろ」
「そうなの……?」
不思議そうにしているが、こいつはもう分かってる。
こいつの言った事は合ってるんだ、否定することなんてない。
それに…
「第一やりたくてやったわけでもないだろ、お前だって」
こいつは狂ってるようなヤツじゃない。
俺には分かる。
第一、狂ってるようなヤツを、マスターが連れて来る訳がない。
そんな風に考えてたら
「当たり前でしょ。でも…それでも消えない!仕方ないで切り捨てられるほどっ、私は…強くない」
いきなりそいつは声を荒げた。
その顔には明らかな怒りが浮かんでいた。
こいつも、怒るのか。
さっきまで淡々としていたから、てっきり怒るって感情も失くしてるんじゃないかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
その目には涙も浮かんでいる。
力が抜けたように肩を落としているその姿が、痛ましかった。
「時間は戻らねぇ。そんなこと誰だって分かるだろ」
「…知ってる、そんなことは」
何があったのかなんて、俺は知らない。
それでも、言えることはある。
「ただ、目を逸らしてるだけだろ。…それにさっきお前が言ったことは強いなんてもんじゃねぇ。それが強さなんて思ってるヤツは、最低なヤツだ」
切り捨ててはいけない。
それを背負って生きていくのが強さだと、俺は思ってる。
切り捨てるって事が不可能なことに、こいつは気づいてるはずだ。
握ったままだった手が、唐突に振り払われる。
きっと俺は今、呆けた顔をしているだろう。
___目の前のそいつがぼろぼろと涙を流し、俺を睨んでいたのだから。
「だったら…私はどうすればいいの?私の気持ちなんて他人には分からないっ、分かるはずもない!!」
泣きながら、拒絶の込められた叫びを返すそいつ。
何があったのかは知らない。
こいつの気持ちだって、分かるわけがない。
当たり前のことだ。
でも、ひとつだけ間違ってる。
「…何で切り捨てるなんて言ったんだよ」
「だって…。きっと変われない、私は」
変わる?
変わるためだけに、自分の罪を切り捨てるのか?
「何で変わる必要があるんだよ」
「…だって私は弱いから」
「それがお前の大事なヤツがいってたことなのかよっ!そんなんじゃねぇだろ!!」
「それはっ……それ、は___」
俯き、黙り込む。
小刻みに震える姿。
やがて震えが止まり、そいつは顔を上げた。
その表情は、どこか吹っ切れたように晴れ晴れしかった。
「心の、強さ」
…心の強さ、か。
考え方がマスターに似てなくもないな。
「それがお前の大事なヤツが示した道なんだろ?」
吹っ切れたらしいそいつに、頷きながら告げる。
たったひとつだけでも曲げられないモノを持っていれば、きっとそれだけで強くなれる。
少なくとも、俺はそう思ってる。
「……とう」
小さな声が、鼓膜を揺する。
「何だよ」
言葉自体が聞こえなくて、少しだけ声が低くなった。
けれども、相手はさほど気にしていないようだった。
「…ありがとう、エーティア」
涙で顔を濡らしたまま笑うそいつ。
初めて見た笑顔に、いつの間にか魅入っていた。
でも、その名で呼んで欲しくない。
なんか、呼ばれているような感じがしないし、むず痒い。
「名前で呼べよ、俺のこと」
「?」
「しっくりこないんだよ。皆俺のこと、名前で呼ぶからな」
理由も分からないのに、少しだけもどかしいと思った。
なんか、調子が狂う。
「…カイル、でいいんだよね?」
「おう。俺もお前のこと、名前で呼ぶから。ラピス…これで対等だろ?」
俺の言葉にこくん、と頷くラピス。
自然と、お互いの頬が緩んだ。
対等であることが、とても誇らしく思えた。
「今思えばあん時から、ラピスの事好きだったのかもな」
依頼を一人で達成した帰り、自然と言葉が零れ落ちた。
初めて会った日に見た笑顔は、今もしっかりと記憶に残っている。
自分がラピスに抱いてる感情の名を知ったのは、数ヶ月前のことだ。
特に変わったことなんかないが。
なんとなく、空を見上げる。
___会いたい、あいつに。
込み上げてきた感情を抑えるように、足を進めた。




