初めて会った、あの日のことーラピスsideー
___ここは、どこ?
何もない白い空間に、私は存在していた。
『ラピス』
「っ!?」
聞こえてきたのは、お母様を亡くした自分を育ててくれた師の声。
冷たいようでいて、ときに穏やかな声音。
亡くしてからまだひと月も経っていないのに、もう一生聞くことのできない声は、酷く懐かしい。
まだ分からない。
何が正しくて、何が間違っているのか。
「私の選択は、間違っていないのかな…」
“過ち。それはときに、自分の身を滅ぼす。ひとつの事にだけ目を向け、盲進してはならない。多くのモノを見れば、正しい答えはいずれ見つけられる”
それは、幼い頃に村の老人たちから教えられたモノだ。
教えられた時は意味が分からなかったけど、今なら分かる。
お母様がそれにあまりいい顔をしなかったことの理由も、最後の言葉で聞いた。
私が『宿命』を背負っているからこそ、村の皆も大切な教えを授けてくれたのだ。
「皆…私はきっと、創世神の最後の願いを果たしてみせるよ」
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「夢…か」
目を覚ますと、最近使い始めた部屋のベットの上だった。
まだちょっと落ち着かないけど、ここがこれからの私の居場所。
今度こそ、この暖かな場所を守ってみせる。
これは私の決意であり、願い。
「ラピス、いる?」
コンコン、と軽いノックの音がして、聞こえてきたのはマスターの声だった。
「マスター…?」
「朝からごめんなさいね。ラピスに会わせたい人がいるのよ」
「……………」
「こら、拒否権はないわよ。前に話したでしょう?このギルドにはあなたと同じくらいの子がいるって。男の子だけど」
ほんの少しだけムッとしたようなマスターの声。
…でも、分からない。
今まで私の周りにいた人は、皆私よりも年上だった。
村にいたときも、幼い子供は私一人しかいなかった。
年の近い子供と話したことだってないのに、なんで会わせたがってるのかな…。
連れて行かれたのは、帝都から一番近い森。
時折精霊たちが、私に向かって手を振っている。
思わず嬉しくなって小さく手を振り返すと、笑顔を返してくれた。
「ラピス?精霊たちがいたの?」
「…うん。手を振ってくれたから」
「そう……。でも周りに人がいるときは、気をつけなきゃ駄目よ」
マスターは私と似た立場だから、私が“どんな存在”であるかを知っている。
もちろん、それを隠さないといけないことも。
「さ、着いたわ」
木々の生い茂る森の中、少し拓けた所に着くなりマスターはそう言った。
指差した方向には、小柄な部類に入るだろう一人の少年がその体には不釣合いな双剣を見事なまでに扱う姿。
大柄な男の人と鍛錬してたその人は、マスターが声をかけると勢いよく振り返る。
ブラッドオレンジの髪が、風に揺れた。
「マスター?誰だよ、そいつ」
私と同じくらいの背の高さの少年は声変わりはまだしていないらしく、少し高めのアルトだ。
顔は普通よりも整っていた。
でも、どこか影がある。
自分と似た何かを、この人は持ってる。
それはまるで、あの時の私のよう。
「ラピス、この子がさっき話した子よ」
いつのまにか私はこの人をじっと見つめていたらしく、マスターの言葉に我に返った。
でも、どう話しかければいいかなんて分からない。
「え?何……えぇ!?今行くから、もう少し待ってて」
慌てた様子で声を上げているマスター。
「…マスター?」
「ああ、二人はここにいなさい。あぁもうっ!うちのギルドに何喧嘩吹っかけてんのよ!?二流のヤツ!!」
「おいっ、マスター!?」
ぽつんと取り残された私とその人。
大柄な男の人も、マスターと一緒に行ってしまった。
「……」
「……」
沈黙を破ったのは、その人だった。
「おい」
「…何」
「お前、新入りか?」
「マスターに拾われたのは3日前だけど…」
「…なるほどな、お前もか」
「…?」
言ってる意味がよく分からない。
第一「お前も」って……?
「拾われたんだろ、マスターに」
「うん」
「俺も拾われたんだよ、マスターに」
『拾われた』
それはつまり、親も、似たような存在もいないって事。
何で会わせたがっていたのか、やっと分かった。
「ま、細かいことは聞かねぇよ。とりあえず俺はカイル。カイル・エーティアだ」
「…ラピス・レイン」
「ん」
「………?」
ずいっと手を差し出される。
握手、なのかな。
思わず、自分の手を見つめる。
___私の手は、汚れてる。いろんなモノで。
こんな手で、握手なんて出来ない。
「握手は礼儀だろ」
「!?」
ぐいっ、と少し強引に手を握られる。
驚いて顔を上げると、私を真っ直ぐに見つめる目があった。
手を握られて、私の中にひとつの疑問…と言うよりも確信に近いモノが浮かぶ。
「あなたも…」
「は?」
「あなたも、手を汚したことがあるの?」
それは無意識にこぼれ落ちた言葉。
エーティアはほんの少し驚いたように目を開いていたけど、それも一瞬のことで……。
「でも礼儀は礼儀だろ」
「そうなの……?」
私の言ったことに、特に否定も返さなかった。
つまりそれは、肯定。
「第一やりたくてやったわけでもないだろ、お前だって」
その言葉に、私は苛立ちを隠せなかった。
「当たり前でしょ。でも…それでも消えない!仕方ないで切り捨てられるほどっ、私は…強くない」
私が声を荒げたことに驚いているエーティア。
情けないくらいに、視界が霞んでいく。
私は弱い。
ただ無力なモノでしかない。
声を出す気力もなくなってきた時、少し高めのアルトが沈黙を破った。
「時間は戻らねぇ。そんなこと誰だって分かるだろ」
「…知ってる、そんなことは」
私のしたことが師の願いを叶えたとしても、私は私自身が赦せない。
「ただ、目を逸らしてるだけだろ。…それにさっきお前が言ったことは強いなんてもんじゃねぇ。それが強さなんて思ってるヤツは、最低なヤツだ」
「だったら…私はどうすればいいの?私の気持ちなんて他人には分からないっ、分かるはずもない!!」
握られたままだった手を振り払うと、ぽろぽろと涙が零れ落ちてく。
止めようとしても、止まらない。
私は生きなきゃいけない。
宿命は私の誇りでもあり、枷でもある。
はじめは恨んだ。
こんなものがあるから私はこんな目にあったんだ、って…。
でも精霊たちがみせてくれた。
本当のことを、私に。
そして私は知った。
もうどこにもいない創世神は、心からこの世界を愛してたことも。
自分が消滅するとしって尚、この世界を案じ続けてたことも。
本当は私たちにこんなことを頼むつもりじゃなかったことも。
宿命は私たちの祖先が望んで背負ったことも。
全部知ってる。
でも、それでも私は_____
「…何で切り捨てるなんて言ったんだよ」
「だって…。きっと変われない、私は」
俯いたまま、言葉をこぼす。
今のままじゃ、きっと宿命を背負うことなんて赦されない。
変わらなきゃ。
「何で変わる必要があるんだよ」
「…だって私は弱いから」
「それがお前の大事なヤツがいってたことなのかよっ!そんなんじゃねぇだろ!!」
「それはっ……それ、は___」
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『ラピス、お前は十分強いよ』
『ししょう…?私は弱いよ。一人でまものをたおすことだってできない』
『そういう強さじゃない。心の強さの話だ』
『心の……強さ?』
『そう、心の強さだ。お前は背負ったモノのために、強くなりたいって言った。普通はそんな風に言わない。少なくとも、お前みたいな子供はな』
『わたし、ふつうじゃないの…?』
『かもしれない。でも私からすればお前は立派だ。…さぁ、修行を始めるぞ!』
『あっ、まってよ。ししょう』
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不意に、師匠の言葉が響いた気がした。
あれは、いつの事だっけ…?
でも、思い出した。
師匠の言った、本当の強さを。
「心の、強さ」
「それがお前の大事なヤツが示した道なんだろ?」
満足そうに頷くエーティア。
そっか…。
これが、師匠が示した、私の道。
すとん、と心の奥底に落ちてくる。
私が、しなきゃいけないこと。
「……とう」
「何だよ」
「…ありがとう、エーティア」
精一杯の、感謝の気持ち。
思い出させてくれて、ありがとう。
あれから、三年が経った。
「正直、学校に通うなんて…思っても見なかったな」
寮の自室で、呟いてみる。
開いていた窓から、涼しい風が入ってきた。
なんとなく、窓から空を見上げる。
___どこまでも透き通る、蒼穹の空。
「師匠、私は成長しましたか?」
そして、私は自然に笑えていますか?




