第7話「ハル商会、その後・2」
# 第6話と第7話は「久遠のバネッサ -東北三度・最後の焚火-」の後日談となります。
# ネタバレを含みますので、ご注意ください。
# 第6話と第7話は「-東北三度・最後の焚火-」の後日談となります。
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えっちゃんに声をかけ、二階へ上がる。
社長室のドアをノックしたが、返事はない。
隣の事務室を覗くと、ホリイ――ハル商会所属の採取師頭目――の顔が見えた。
以前よりも顔色が良く、ハツラツとしている。
採取師風の若い男性と話をしていたが、こちらに気づくと、すぐに近づいてきた。
「アネッサ、久しぶりだね。今日来るとは聞いていたけど、髪の色が違うから一瞬分からなかったよ」
「ホリイさん、ご無沙汰しています。お元気そうで何よりです」
「うん。あの後、俺も商会も、だいぶ持ち直したよ」
「それは良かったです」
「君たちが来てくれたのも、きっかけの一つだったと思う」
「私はお手伝いしただけですよ。あれはクロエ商会のハコネさんたちのお手柄です」
「そうかい? でも採取師連中の中では、君が来たお陰で少し雰囲気が良くなったって、今でも話が出るよ」
「ええ。そんなぁ。照れちゃいます」
「ほら、あの定例会議での、君のお腹の音で――」
ホリイは、バネッサの目を見た。
そして本能的に、危険な話題に触れたと察した。
「……あ、ごめん。失言だった。撤回する。忘れてくれ」
「はい。何のことだか分かりませんが、忘れます」
「うん。……じゃあ、応接室へ行こうか」
◆ ◆ ◆
応接室で待っていると、ハル社長とホリイが入ってきた。
ハル社長は、少し痩せたようだ。
といっても、不健康そうという意味ではない。
締まった、という方が近い。
良い感じに忙しいのだろう。
クロエに経営の方針転換を勧められ、それが順調に進んでいるようだった。
「アネッサぁ。久しぶりだな。あん時は世話になった」
「ハル社長、ご無沙汰しております。海産物の件、助かりました」
「なーんで採取師が海産物を、と思ってたが、うどん屋やってるとは驚いたもんだよ」
「えへへ。まあ、なんというか」
「しかし、お前さん」
「はい」
「去年と変わらねえなあ。……あと三年経ったら、もっと色っぽくなると思ってたんだが」
「はあ」
「社長! そこまでです! セクハラですよ!」
ホリイが、ハルの背中をパーンと叩いた。
「いえ、……若さを保っているんです。ホリイさん、お気になさらず」
「まったく。社長がそんなことばかり言うから、商人見習いに来た女の子も辞めちゃうんですよ」
「うーん。褒めるところは褒めてるんだけどなあ」
「マイナス発言がでかすぎるんですよ!」
相変わらずのハル社長だ。
ただ、ホリイさんがこうして突っ込むところは、初めて見た。
良い関係になってきているのかもしれない。
「これ、うちの店で作ったうどんと出汁です。皆さんでお召し上がりください」
「おお、ありがとうな。えっちゃんに湯がいてもらおう」
こっちでも、結局えっちゃん頼りなんだ。
◆ ◆ ◆
「レモンさんもゲンさんも、アネッサさんに会いたかっただろうなあ」
「私もお会いしたかったです」
「丁度、若手の商人と一緒に鉱山を見に行って貰っているんだよ」
話を聞くと、ハル商会は広すぎた商圏をいくつかに分けたらしい。
まだ自分の商圏を持てない若手商人に、鉱山の一部を任せる。
ただ貸すだけではなく、運用の仕方も教える。
その代わり、売り上げの一部を受け取る。
その教育にレモンが手を貸しているそうだ。
少し無愛想だが情が深い彼にぴったりだ。
ハル社長らしい、というより、今のハル商会らしいやり方だと思った。
抱え込みすぎず、けれど手放しきらない。
サングラスにランニングシャツのレモンの姿を思い出す。
高齢だが、まだまだ元気にやっているということで安心した。
◆ ◆ ◆
少し日が傾いた駅舎の前。
白い軽トラックの運転席に向かって、バネッサは頭を下げた。
「ハルアキさん、ありがとうございました」
「アネッサ、今日はわざわざ来てくれてありがとうな」
「いえ、こちらこそ挨拶が遅れてしまって。送り迎えまでしてもらって申し訳ないです」
「そんなに畏まるなよ。お互い様なんだから。君との取引、こっちも感謝してるんだ」
「お互い様?」
「いや、送ってる品はこの海で獲れたものもあるけど、全部じゃない。だから、別のところからも仕入れてるんだ」
「そうだったんですか。好き勝手に注文して、すみませんでした」
「違う違う。そのおかげで横のつながりができたし、最近のトレンドも分かってさ。勉強になったんだよ」
「そう言ってもらえると安心しました」
ハルアキは、少し照れたように笑った。
「……会社、大きくしてさ。この駅前にビルを建てるよ。そしたら、また来てくれよ。こんな田舎町だけどさ」
「はい。その時は、うどんを持ってきます」
「また重いやつか」
「たぶん、もっと重いです」
ハルアキが笑った。
ハル社長も、ホリイも、ハルアキも。
全員、少しずつ良い方向へ進んでいるようだ。
ミカゲさんたちは、許されないことをした。
それでも、あの事件が、ハル社長たちの人生を少しでも動かすきっかけになったのなら。
それは、良かったのだと思う。
良かった、という言葉で片づけていいのかは分からないけれど。
レモンさんとゲンさんには会えなかった。
山に行っているなら、仕方ない。
でも、それでいい。
山にいるなら、それでいい。




