第14話 核
「全員、あと一手で終わる!!」
アキラの目が、初めて完全な勝ち筋を捉えた。
「シュナ!花茸型の核を破壊して!」
「はいッ!!」
シュナが地を砕く勢いで踏み込み、滑る蔦に覆われた花茸型へ拳を叩き込む。
蔦がシュナの体に絡みつくより一瞬早く、竜鱗の拳が胸部を貫いた。
バギィィィンッ!!
鈍く赤黒い光を放っていた核が、粉々に砕け散る。
「ギ、ギギ……ガアアアアッ!!」
「やった……!!」
ユラが声を上げる。
三体のキメラが同時に断末魔を上げた。
力無く落下を始めた飛翔型からベルカが飛び降りる。
「キュウッ!」
着地したベルカも毛を逆立てて跳び上がる。
アキラも一瞬だけ息を吐いた。
(これで――)
そう思った、その時だった。
三体のキメラが、ピクリと同時に硬直した。
キメラの悲鳴が止む。
広場に落ちた核の破片が、じゅくり、と嫌な音を立てる。
そして、砕けたはずの欠片同士が、ビリビリと小刻みに振動しながら、見えない糸で引かれるように集まり始めた。
「……え?」
ユラの声が震える。
砕いたはずの核が、力なくひれ伏していた花茸型の人型魔獣から伸びた黒い根に包まれながらゆっくりと再生していく。
「そんなバカな……」
シュナが目を見開いた。
アキラの喉から、掠れた声が漏れる。
「な、なんで……!? 明らかに三体が共鳴して崩壊し始めたじゃないか……」
彼の脳内でグルグルと纏まらない考えが巡る。
「――ッ、危ないッ!」
シュナの声と共にアキラの体が吹き飛ばされる。
アキラに対する飛翔型の急降下急襲を寸前でシュナが庇う。
鋭い爪痕がシュナの純白の背中に傷を負わせていた。
「――ッ!シュナッ!」
「大丈夫、かすり傷です。それよりも作戦の立て直しをッ」
「ご、ごめん。そうだね!」
傷ついたシュナは意に介せず、立ち上がりアキラを守る形で身を構えた。
一体どういうことだ。
アキラは跪いたまま、ズレた丸眼鏡を持ち上げた。
親となる核を見誤ったか?
いや、それはない。破壊された瞬間に三体とも苦しみだしていた。
少なくとも共鳴している時点で繋がっていることは間違いないし、なにより花茸型の核が一番強い魔力を放っていた。
シュナ、ベルカ、ユラがキメラ達と戦う姿を目で追いながら、アキラの洞察は続く。
そもそも、なぜ破壊された核が再生するんだ……、そんなの聞いたことがない。
バルトロマイ独自の術式?
いや、ムリだ。そんな魔力の理を無視した術式なんて出来るわけがない。
だとすると……。
『三体のキメラの核は全て子の核、あるいはダミー。親は別にあるんじゃないか』
激戦が続く中、アキラは何かを思い出したかのように、辺りを見回す。
無造作に放り出されていた自分のトランクを見つけると、小走りで拾い上げ、中を漁り出した。
「……あった。千里葉の噛み札」
アキラは札を握りしめると叫んだ。
「シュナ!今から強力な魔力探知をする!三十分経ったら、僕は一時的に目が見えなくなるから援護を!」
「はいッ!お任せください!」
シュナは敵から目を逸らさずに応える。
アキラは千里葉の乾燥葉を薄く固めた札を噛み砕いた。
アキラの瞳の白目と黒目が反転する。
感覚が研ぎ澄まされ、視界が暗くなる一方で、それぞれの魔力の色とオーラがはっきりと見えた。
シュナの紅蓮、ベルカの薄黄、ユラの淡青、そしてキメラ三体の紫黒。
アキラの目にはハッキリとそれぞれの形が見えていた。
――どこだ。あいつらの根源は。
間違いなく、あいつらとは別の動力源があるはず。
瞳が縦横無尽に動く。
次の瞬間、アキラの視線が固まった。
「そこか……!」
視線は集落の中央にそびえる、祠の奥の大樹へ向く。
里を守るために祀られた神樹。
その幹の根元。
どす黒く脈打つ、小さな染み。
「バルトロマイの奴……本当に悪趣味すぎる」
アキラは息を呑んだ。
「あれが……本体だ」
「本体……?」
ユラが顔を上げる。
「キメラは三つとも子機だ。見せかけの核だよ。壊されることを前提にしてる……!」
アキラの声が早口になる。
「親機はあそこだ。本物の核は、あの神樹の根もとだ!」
集落に、凍りつくような沈黙が落ちた。
神樹。
それはこの隠れ里の象徴であり、結界と暮らしを支える守りの樹だった。
「あれを壊さない限り、キメラは何度でも再生する……」
アキラの拳が震える。
「でも、神樹を焼けば……」
シュナが言い淀む。
「この里の守りも……」
「分かってる」
アキラは苦しげに唇を噛んだ。
迫る獣型。
再び翼を広げる飛翔体。
井戸を覆うように触手を広げる花茸型。
本体は見えた。
勝ち筋も分かった。
けれど、それを実行するということは――守るべきものを、自分たちの手で傷つけるということだった。
「アキラ!」
シュナが叫ぶ。
「決めてください!」
だが、アキラは動けなかった。
守るために来た。
癒やすためにここまで来た。
それなのに、ここで神樹を焼くのか。
その迷いを裂くように、ユラが一歩前へ出た。
震えていたはずの手が、いまはまっすぐ弓を握っている。
「……私がやります」
アキラが顔を上げた。
「ユラ……?」
「父さんが守ろうとした村です」
ユラは神樹を見つめたまま言った。
「私が守ります。たとえ、神樹様を枯らすことになっても」
風が吹いた。
黒く脈打つ神樹の根元で、三体のキメラが再び咆哮を上げる。
アキラの目が揺れる。
その表情の奥で、何かが決壊する。
そして、彼はゆっくりとトランクを開いた。
一番奥。
幾重にも布で包まれた小瓶があった。
淡い紫の光を滲ませる、粘度の高い蜜。
「……本当は、使いたくなかった」
アキラがその小瓶を取り出した瞬間、シュナの瞳が険しくなる。
「それは……?」
「紫焔花の蜜だ」
ユラが息を呑む。
アキラは小瓶を見つめたまま、低く言った。
「邪悪な魂に反応して、炎を喰わせる蜜だ。火属性の魔法に混ぜれば、その威力を何十倍にも引き上げる」
「でも――」
アキラは言葉を切った。
「使う人間の魂が濁っていれば、反動は必ず返ってくる。最悪、魂ごと焼かれる」
ユラは黙って、その小瓶へ手を伸ばした。
だが、アキラは渡せなかった。
「……本当にやるのか」
「やります」
「怖くないのか」
「怖いです」
ユラは、それでも笑った。
「でも、ここで逃げたら、父さんにも、村のみんなにも顔向けできない」
三体のキメラが、もう一度同時に動き出す。
獣型が地を蹴る。
飛翔体が夜空へ翔ぶ。
花茸型の触手が蛇のようにうねる。
アキラは小瓶を握る手に力を込めた。
「……シュナ、ベルカ」
二人が振り向く。
「あと少しだけ、時間を稼いでくれ」
「もちろんです」
「キュッ!」
アキラは紫焔花の蜜を、ユラの前へ差し出した。
「これが最後の一手だ」
ユラは、しっかりと頷いた。




