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第12話 使徒バルトロマイ


 湿地を抜けた先で、樹海の色が変わり始めていた。

 ぬかるみの匂いが薄れ、代わりに乾いた木々の香りと草の匂いに覆われていった。


「……焚き火?」

 アキラが目を細める。

 

樹海の奥に細い煙が一本、二本とまっすぐ空へ昇っていた。

 自然火ではない、誰かがそこで暮らしている証だ。


「集落かもしれませんね」

 シュナがベルカを見た。


「キュッ!」

 ベルカは勢いよく頷き、煙の上がる方角を指さした。


「やっと補給ができそうだ……」


 アキラはほっと息をついた。

 鏡の湖を越え、黄昏湿地を抜け、ようやく辿り着いた人の気配だ。

 ベルカの鼻も少しずつ戻ってきている。

 ここで食料と水を整えられれば、その先の嘆きの渓谷もかなり楽になる。


「さあ、急ごう」

 一行は木々のあいだを抜け、細い林道を進んだ。


 だが、集落に近づくにつれ、アキラの表情は変わっていった。


「……何か変だ」

 アキラが足を止めた。


 風向きが変わった。

 鼻を刺したのは、焚き火の匂いではない。

 焦げた木と、焼けた肉と、血の匂いだった。

 その次の瞬間。


 ドォンッ!!


 大地が揺れた。

 続いて、悲鳴。

 叫び声。

 何か巨大なものが家屋を薙ぎ倒す音。


「アキラ!」

 シュナの声が鋭くなる。


「複数の魔力が爆ぜる気配がします!集落が襲撃を受けているかもしれない!」

「何だって!?急ごう、シュナ!」


 三人は一気に林を抜けた。

 視界が開ける。

 そこにあったのは、樹海の奥に隠れるように築かれた小さな集落だった。

 高床式の木造住居が十数軒。

 中央には古い大樹を祀る祠。

 木柵と見張り台。

 慎ましいが、確かに人が生きている場所。

 

――その半分が、壊されていた。


 倒れた柵。

 砕けた見張り台。

 血を流して倒れる集落の男。

 子どもを抱えて逃げる女。

 若者たちが粗末な槍で応戦しているが、相手が悪すぎた。


「な、なんだあれ……」

 アキラが息を呑む。


 集落の広場には、異形が三体いた。


 一体は、黒い甲殻と巨木の根が融合したような、熊に似た巨躯。

 一体は、腐った花弁と茸の笠を背負い、触手を引きずるぬめった人型。

 そしてもう一体は、枝と羽膜と獣骨がつぎはぎになった、鳥とも蝙蝠ともつかぬ飛翔体。


「またキメラ……!」

 シュナの瞳が細くなる。

 

その時だった。


「――あはっ、やっと来た」

 女の声。


 見上げると、集落の外れ、倒れかけた見張り台の上に、黒マントの女が腰掛けていた。

 口元を楽しげに歪め、頬杖をつきながら、こちらを見下ろしている。


「こんにちは、ヘンテコパーティの皆さん。湿地の菌遊び、なかなか面白かったわよ」


「……菌遊び」

 アキラの声が低くなる。


「……もしかして、キミが森のキメラも、あの湿地の茸も仕掛けたのか」

「そうそう。ぜーんぶ、あたしの作品!」

 女は嬉しそうに笑った。


「なのに、ことごとく壊してくれるんだもの。アレ作るのすっごい大変だったのに!……だから今日は、ちょっとご挨拶に来たの」

 女の目つきが鋭くなる。


「そのコートのダサい紋章……魔導省の人間ね」

「でも、戦う顔じゃない。あなた何者?」

「……学者だ。魔草学者」

「学者?」

 バルトロマイは一瞬きょとんとしたあと、吹き出した。

「あははっ、やだ、最高。学者に作品を壊されたの、初めてなんだけど」

 女はアキラの職業を聞くと笑い始めた。


『ギギギ……(なにあの女、感じ悪いッ!)』

「ごめんごめん、そんな怒らないでよ、大リスの子」


 女は笑いを堪えながら続けた。


「まさか、学者にあたしのキメラを倒されるなんて思ってもいないじゃない?変なパーティだなとは思ってたし、壊されたのムカついてたけど、逆に面白過ぎるわ」

 女はけらけらと笑いながら、手を叩きながら笑う。


「キミがやってきたことは学者としても、人としても面白くないし、到底許せるものじゃないけどね」

 丸眼鏡の奥、アキラの瞳は笑ってはいなかった。


 その様子を見て、女は鼻を鳴らして続ける。

「ふん。ま、そこは考えの不一致ってやつね。――ね、あなた名前は?」

「……川場アキラだ。……キミは?」

「川場アキラね、覚えとくよ。あたしはバルトロマイ。以後、よろしく~」

 バルトロマイは笑いながら、アキラに手を振った。


「バルトロマイ……、使徒の名。本名じゃないね……コードネームってとこだね」

「さすが学者さん、洞察力いいね。正解。いい名前でしょ?」


「……神聖な使徒名を冠してるのに、実態は生命冒涜じゃないか」

 アキラは唇を噛んだ。


「……そこも考えの不一致ってやつね。崇高な作品よ」


 シュナが一歩前に出る。

「ここを襲わせたのも貴女ですね」

「あら?襲わせた、なんて人聞きの悪い」


 バルトロマイは肩をすくめた。


「この子たちは遊んでるだけよ。あたしは壊して、殺して、泣かせて、何が残るか試してるだけ」

「……最低ですね」

 シュナの声に、怒りが滲んだ。

「褒め言葉?」

 バルトロマイは首を傾げ、それからふと、シュナの顔を見て目を細めた。


「……あら?」

 空気が一瞬だけ変わる。

「その顔……」

 女はじっとシュナを見た。

「どこかで見た気がするわね」


 シュナの背筋に、冷たいものが走る。

「初対面のはずです」

「そうよねえ。変なの」

 バルトロマイは記憶を探るように目を細めたが、すぐに興味を失ったように笑った。


「ま、いいわ。今日は顔見せだけ」

「あなたたちがどこまで壊れないか、見てみたくなったの」


 女が指を鳴らす。

 広場の三体のキメラが、一斉にこちらを向いた。


「この子たち、渓谷に行く前の肩慣らしにはちょうどいいわよ」

「ちゃんと楽しませてね?」


「待て!」

 アキラが叫ぶが、女はもう聞いていない。


「じゃあね、川場アキラ。竜の女。ついでにちっちゃいの」

「次に会うときは、どんな顔を見せてくれるかしら?それとも、もうこれでお別れかしら?」


バルトロマイは歪んだ笑みを浮かべる。

「どっちにしても楽しみにしておくわね」


 黒マントが翻る。

 次の瞬間、女の姿は霧のように掻き消えていた。


『ギギギッ(逃げた……!)』

 ベルカが毛を逆立てる。


「追わなくていいよ、ベルカ!」

 アキラが鋭く言う。


「集落の人たちが逃げるのに十分の時間稼ぎが出来たし、敵の輪郭もやっと見えた。今はそれで十分だよ」


 その判断は正しかった。

 見える範囲にはアキラ達三人と異形の魔獣三体。

 シュナの瞳孔は縦に割れ、両腕に竜鱗が現れ、戦闘体勢へと入る。


 直後、三体のキメラが同時に動いた。


 甲殻の獣型が地面を砕いて突進する。

 花茸の人型は、腹部を開いて腐臭を撒き散らしながら触手を伸ばした。

 飛翔体は空へ跳ね上がり、屋根の上を滑るように移動しながら急降下の角度を取る。


「散って!」

 シュナが叫ぶ。

「分かった!」

『キュッ!』

 アキラが走り出すと同時に、ベルカがアキラの肩から飛び降りた。


「アキラ、ベルカ、住民を巻き込まない位置へ!」

 同時に、獣型のキメラが一直線にアキラへ向かってくる。


「うわっ――!」

 間一髪、シュナがその前へ滑り込む。

 竜鱗の右腕が、振り下ろされた巨爪を受け止めた。


 ガギィィィン!!


「っ……重い!」

 シュナの足元が沈む。

 一方、花茸の人型は集落の井戸の方へ這い寄り、触手を広げて負傷しながらも非難する住民たちを追いかけ始めていた。


「ダメだ、あれを井戸に近づけるな! 水を汚染されたら村は終わりだ!」

 アキラが叫ぶ。


 だがその瞬間、頭上から影が差した。


『キュキュキュッ!!(アキラ、上!)』

 ベルカは叫びながら、空を指差す。

 

アキラは咄嗟に転がるように地面へ伏せる。

 直後、飛翔体の鉤爪が彼の髪をかすめ、背後の木柵を易々と切断した。


「速っ……!」

 額を冷たい汗が伝う。

 次の瞬間、地面に伏せるアキラの眼前に立ちはだかる足が見えた。


「父さんの仇!!絶対に許さないッ!!」

 アキラが顔を上げると、混乱の中、ボロボロになった衣服に、泣き腫らしたと思われる目を鋭くした少女が弓を構えていた。


「イグニスッ!!」


 少女は火属性の魔導矢を花茸の人型魔獣へと何本も放つ。

 イグニスの火矢を受けた触手は燃え盛り千切れる。

 しかし、千切れた部分から新たな触手が生まれ、少女を襲った。


「――危ないっ!!」

 アキラは咄嗟に立ち上がり、彼女を抱えて飛び退けた。


 次の瞬間、触手はアキラ達が元居た場所の地面を抉るように刺さる。


「アキラッ!!」

 シュナは叫ぶと甲殻の獣型魔獣の巨爪を殴り飛ばして破砕。

 後方へ高く飛びつつ、アキラの守りに入る。


「キミはこの村の子だね。勇敢なのは素晴らしいけど、命は大事にしなくちゃ」

「父さんが……あの花の魔獣に殺されたんだ……!」

「村を守ろうとして、あたしの目の前で……!」

 うなだれるように顔を伏せる少女の手元に涙が落ちる。


「そうか、お父さんを……。分かった、仇は僕たちが絶対に取る。だから、キミは村の人たちと一緒に隠れてて」

 アキラは少女に優しく微笑む。


 次の瞬間、バチンッ!!という衝撃音と共に、花茸の人型魔獣が放った触手をシュナが弾き飛ばす。


「アキラ、彼女の退避は難しいかもしれません。逃げた瞬間を狙われる可能性があります」

 千切れてもなお、暴れる触手はシュナに踏み潰され、炎に焼かれた。


「確かにシュナの言う通りかもしれない。……彼女を守りながら戦うしかないか」

「やりましょう!アキラ! 指示を!」

「待って、今見る!」


 アキラの目が戦場を走る。


 ――三体。

 全部、性質が違う。

 今までの本能で動いていたタイプと違う。

 力任せじゃない。

 こちらを分断するように配置されている。


 獣型は、甲殻の継ぎ目から根が覗いている。

 花茸型は、井戸の湿気に反応して活性が上がっている。

 飛翔体は、高所へ飛ぶたびに羽膜の裏で何かが脈打っている。


「何か……変だ」

 アキラが呟く。


 どれもどこかにバルトロマイの術式の『核』がある。

 三体は別々に見える。


 ――でも不自然なほど、同じ色の脈を持っていて、脈動も同じだ。


「ベルカ! 高いところへ! 三体の背中か胸か、どこでもいい、共通して光ってる場所があるか見てくれ!」

「キュッ!」


 ベルカが集落の屋根へ、木柵へ、見張り台の残骸へと跳ぶ。

 小さな体で視点を変え、上から三体を見下ろした。


「キュウッ!!」

 ベルカの声が弾ける。


「あるのか!?」

 アキラが顔を上げた。


 ベルカは飛翔体を指し、次に花茸型を指し、最後に獣型を指す。

 そして、自分の胸元を何度も叩いた。


「胸……?」


 アキラの瞳が見開かれる。

 獣型がもう一度、シュナへ突っ込む。

 花茸型が井戸へ触手を伸ばす。

 飛翔体が空からアキラと少女の頭上へ影を落とす。


 その極限のさなか。


「――分かった。そういうことか……!」

 アキラの声が、戦場の騒音の中で不思議なほど静かに響いた。


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