70 三人で留守番 何する?
食事が一段落したところで、クロが静かに口を開いた。
「とりあえず、明日の朝から隠密で村や集落の情報を集める。俺とルドで手分けして回ってくる」
「あぁ、そっちの方が早いしな」
ルドが空になった器を置きながら頷く。
「お前たちはここで待っていてくれ。野営地は、なるべく人目につかない場所に移しておく。万が一誰かが来ても、無理に相手をせず、やり過ごすんだ」
クロの言葉に、私は小さく頷いた。留守番ばかりで少し歯がゆいけれど、ここで無理に動いても足手まといになるだけだ。
「分かった。気をつけてね」
「あぁ」
アギトも深く頭を下げる。
「……お手数をおかけします。どうか、よろしくお願いします」
「気にすんな。こっちも、ついでに調べときたいことがあるだけだ」
ルドがぶっきらぼうにそう言って、わざとらしく視線を逸らした。それが照れ隠しだと、もうすっかり分かっている。
焚火の炎が小さくなる頃、ロトはアギトの膝の上で、すうすうと寝息を立て始めていた。
翌朝、クロとルドは、まだ薄暗いうちに調査へと出かけていった。二人の背中が森の向こうに消えると、野営地には急に静けさが戻ってきた。鳥のさえずりと、焚火の残り火が小さく爆ぜる音だけが響く。
「さて……」
私は両手を腰に当てて、残った二人を見回した。
「何して時間を潰そうか」
アギトの怪我は、もうほとんど治っていて、動きにも支障はなさそうだ。
残された私たちは、顔を見合わせる。何か手伝おうにも、野営地の片付けはすでに済んでいるし、馬の世話も、朝のうちに終えてしまっていた。
(そういえば……)
ふと、あることを思い出す。道中でクロとルドが倒した鳥系の魔物が、全部で五羽。血抜きだけ済ませて、収納鞄に入れたままになっていたのだ。鳥と言っても、その大きさは、どれも大人一人分はある。
私はルドが置いていった収納鞄から、鳥の魔物を一羽ずつ取り出し、地面に敷いた布の上に並べていく。
「これだけの量、なかなか壮観ですね」
五羽並ぶと、アギトが思わず声を漏らした。
「羽をむしるの、お願いしてもいい? この羽、布団の材料にしたいの」
「布団……ですか」
「うん。ふかふかになるから」
今はまだ必要ないけれど、これから寒い冬になる。この地域はどれだけ寒くなるかは分からないけれど、作っておいて損はないだろう。
アギトは少し驚いた顔をしたものの、すぐに頷いてロトと並んで座り込んだ。
「ロト、羽は優しく、根元から抜くんだぞ」
「……うん」
二人が黙々と羽をむしり始める傍らで、私はマイハウスから持ち出した布を広げる。布団カバーは、二人の体格に合わせて少し大きめに。二枚重ねにして縁を縫い合わせ、羽毛が飛び出さないよう、目は細かく刻んでいく。生活魔法の補助のおかげで、針はするすると進み、二人が羽をむしっている間に、二枚のカバーが仕上がった。
けれど、羽の山はまだ半分ほど。中身を詰めるには、もう少し時間がかかりそうだ。
(……手持ち無沙汰になっちゃったな)
待っている間に、丸めて持ち運べる収納袋を作る。余った丈夫な布を裁ち、布団を丸めて入れられる、細長い袋を二つ縫い上げていく。口は紐で絞れるようにして、肩に掛けられる紐も付けておいた。
「……これは?」
アギトが手を止めて、不思議そうにこちらを覗き込む。
「布団を入れる袋。羽毛布団、そのままだとかさばるから」
「そんなのまで……」
感心したように呟くアギトの横で、ロトも羽をむしる手を止めて、じっとこちらを見つめていた。
「あとちょっとだね。むしった羽が溜まったら、クリーンをかけて詰めていくよ」
そう声をかけると、二人は再び羽をむしる作業に戻った。
やがて、最後の一羽の羽をむしり終えた。足元には、ふわふわとした羽の山がいくつもできている。
「お疲れさま。二人とも、手が真っ白だよ」
笑いながら声をかけると、ロトは自分の手のひらを見つめて、小さく目を丸くした。細かな羽毛が、指の間にまで入り込んでいる。
「じゃあ、仕上げをしようか。『クリーン』」
羽の山に向けて魔法をかけると、汚れも匂いも抜けて、真っ白でふかふかの羽毛へと生まれ変わった。それを両手ですくい、先ほど縫い上げたカバーの中へ、少しずつ詰めていく。口を閉じ、均等に広げ、縫い目を丁寧に整えた。
「……できた」
二枚の羽毛布団が、ふっくらと膨らんで並んでいる。指で押すと、ふわりと沈み、すぐに元の形へ戻った。出来上がった布団を丸め、先ほど作った布団袋の中へ、しっかりと収めていく。口紐を絞って、肩に掛けられるように紐を調整した。
「はい、これ。二人の分」
袋を差し出すと、アギトは両手で受け取りながら、驚いたように目を見開いた。
「こんな立派なものを……本当に、いいのですか」
「うん。寒くなったら使ってね。夜は冷えるし、風邪をひいたら大変だから」
あっけらかんと言うと、アギトは少しの間、言葉を探すように袋を見つめていた。それから、深く、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。大切に使います」
その隣で、ロトが自分の袋をぎゅっと抱きしめていた。まだ言葉は少ない。それでも、小さな腕に込められた力が、何よりの返事だった。
羽をむしり終えた鳥のうち、一羽だけを残し、あとの四羽はルドの収納鞄へと戻しておいた。残した一羽は、夜ご飯のためのものだ。
「ひと仕事したし、ちょっと休憩しようか」
そう声をかけて、パンと果物を取り出す。ロトは果物を両手で持ち、かぶりつくように食べていた。羽をむしり続けて、よほどお腹が空いていたらしい。アギトも、パンを静かにちぎりながら口へ運んでいる。
少し休んだあと、私は立ち上がって袖をまくった。
「さて、次は夜ご飯の準備をしよう」
残した一羽を、地面に敷いた布の上へ置く。大人一人分はある大きさだ。さすがに少し気後れしていると、アギトが隣にしゃがみ込んだ。
「解体なら、私がやります。村にいた頃は、毎日のようにやっていましたから」
そう言って、アギトはナイフを手に取った。迷いのない手つきで刃を入れ、関節に沿って肉を切り分けていく。無駄のない動きに、思わず見入ってしまった。
「さすが……」
「いえ、これくらいしかできませんが……」
照れたように笑うアギトの横で、ロトも小さな手で切り分けた肉を受け取り、器に並べていた。
今夜のメニューは、チキンのトマト煮に決めている。ルドの収納鞄に移しておいた食材の中から、トマトと玉ねぎ、それにニンニク、人参とジャガイモを取り出した。鍋に油を引いて、ニンニクをゴロゴロと入れる。一口大に切った鶏肉の表面を焼きつけ香ばしい匂いが立ち上り、ロトが鼻をひくつかせた。
「……いいにおい」
「もうちょっと待ってね。ここからトマトを入れて、じっくり煮込むから」
刻んだトマトと野菜を加え、蓋をして火を弱める。あとは、時間が美味しくしてくれるのを待つだけだ。
鍋の中でことことと音を立てる煮込みを眺めながら、私は空を見上げた。
ルドとクロは、今頃どのあたりにいるのだろうか。
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