67 クロの帰りを待つ
洞窟に戻る途中、ルドが魔石でクロへ連絡を取った。下着一式をお願いしていたが、「服も一応、いくつか見繕ってくる」との事。
「クロが、洋服一式準備してくれるの?」
「あぁ。ついでだから、まとめて買ってくるってさ」
それでも、せっかく用意した生地があるので、私も作るけどね。
そんな話をしながら歩いていると、やがて見慣れた洞窟が見えてくる。中では、アギトとロトが静かに座って私たちを待っていた。
「ただいまー。怪我の具合は大丈夫?」
「おかげでだいぶ楽になりました。……何か、お手伝いできることはありませんか?」
アギトが、居ても立ってもいられないというように腰を浮かせながら尋ねてくる。何もせず休んでいることに、居心地の悪さを感じているのかもしれない。
「手伝う、と言われても……」
少し考えて、私はアギトに向き直った。
「じゃあ、悪いけど少し寸法を測らせてほしいんだけど」
「寸法、ですか?」
「うん。二人の服を作ろうと思って」
アギトが驚いたように目を見開いた。
「私たちの服まで……?そこまでしていただくわけには」
「材料はあるし、作ること自体が私の趣味みたいなものだから。気にしないで」
「では……お言葉に甘えさせていただきます」
ロトが、私とアギトの顔を交互に見ながら、不思議そうに首を傾げている。まだ状況が飲み込めていないのだろう。
「ロトの洋服作るから、こっちおいで。 腕をこう、広げてくれる? 長さを測りたいから」
声をかけると、ロトはおずおずと、それでも素直に近づいてきた。今着ている服は、昨日の魔物とのやり取りがあったせいか、あちらこちら破れている。早く、ちゃんとしたものを着せてあげたい――そんな気持ちが、自然と湧き上がってきた。
ロトの採寸が終わり、次はアギトの番だ。身長が高すぎるので,上半身は座ったまま測り、下半身の採寸のために立ち上がってもらう。……尻尾!!ズボンには尻尾を出す穴が!思わず手を止め、まじまじと見ている私にルドが気付く。
「変な事はするなよ」
「どんな風に穴が空いてるのか調べたいんだけど……駄目?」
「駄目に決まってるだろ」
ルドの冷ややかな視線が痛い。
「私は別に構わないです」
「えっ、いいの? では失礼して…」
尻尾を掴もうと伸ばした私の手を、横からルドが素早く捕まえた。
「ダメだ。基本、獣人の尻尾は家族や大切な人しか触らせねぇ。覚えておくんだな」
言われて、はっとする。どうやら、かなり失礼なことをしてしまったらしい。知らなかったとはいえ、気を遣わせてしまったようで、申し訳なさが込み上げてきた。
「知らなかったとは、言えごめんなさい」
「いえ、私とロトのために服を作ってくださるのですから…これくらい何でもありません」
「こいつは無知なところがあるからな。嫌なことは、はっきり断った方がいいぜ」
「嫌だなんて、とんでもないです」
尻尾を通す穴は気になけど、クロが持ってきてくれるズボンを見せてもらおう。
「クロが帰ってきたら、既製品のズボンを見せてもらおう。それを参考にすれば、失礼な思いをさせずに済みそうだし」
「それがいいと思うぜ」
ルドが安堵したように頷く。アギトも、ほっとしたような表情を浮かべていた。
「上半身の分はある程度測れたし、上着から作ろうかな。……あ、そうだ! 鞄! ロトの鞄から先に作っちゃおうかな」
「好きに作ったらいいんじゃねぇか? ……あぁ、そういや」
ルドがふと思い出したように、傍らに置いていた大きなリュックへ目をやった。
「これ、中身移し替えないとな。アギトが使うんだったよな、これ」
「なら、ロトの鞄を先に作るよ。ロトはどんな鞄が良い? 肩掛けかリュックが使いやすいと思うけど」
「……父さんと同じが良い」
「じゃあ、サイズ違いで作るね」
大きなリュックから裁縫セットと鞄用のデニム生地を取り出す。ロトの背中よりも少し大きめに――それでいて、成長した後も使えるくらいの余裕を持たせて、生地を裁断していく。
ルドはその間に、アギト用のリュックの中身を自分の収納鞄へと移し替え始めた。
私は裁断した生地を手に取り、針に糸を通す。ここからは手縫いだ。生活魔法のおかげで、縫い目は驚くほど均一に、そして速く進んでいった。
肩紐は細めに、けれど丈夫に。ロトの小さな体に負担がかからないよう、生地を重ねて補強を入れる。持ち手の部分には、あとで名前でも刺繍してあげようか――そんなことを考えながら、針を動かす手を止めなかった。
ロトはじっとこちらを見つめている。自分のための鞄が、少しずつ形になっていく様子が、珍しくて仕方ないようだった。
しばらく針を動かし続けていると、少しずつ鞄の形が出来上がっていく。底の部分を重ね縫いして補強したら、あとは肩紐を取り付けるだけだ。
「よし、あと少し」
小さく呟きながら、最後の一針を通す。ぴんと張った糸を切ると、リュックサックが完成した。ロトの身長は百二十センチほど。今よりも少し大きめに仕立てたので、成長期の間はしばらく使えるはずだ。
「ロト、出来たよ。背負ってみる?」
声をかけると、ロトはぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。それでも、いざ渡されると急に照れくさくなったのか、アギトの陰にちらりと目をやってから、おずおずと両手を差し出す。
肩紐に袖を通してあげると、鞄はロトの背中よりも一回り大きく見えた。それでも、ロトは気にする様子もなく、背中の鞄の感触を確かめるように、小さな体を左右に揺らしている。
「……かるい」
ぽつりと零れた一言に、思わず頬が緩む。父親と同じ形、けれど自分だけのサイズ。それが、余計に嬉しかったのかもしれない。
「少し大きめに作ったから、これからも長く使えると思うよ」
「ありがとう、ございます」
ロトが、たどたどしくも、はっきりとそう口にした。
その様子を見ていたアギトが、目元を緩ませながら小さく頭を下げる。
「本当に……何とお礼を言えばいいか」
「気にしないで。趣味みたいなものだから」
そう言って、私は新しい生地に手を伸ばした。
次は二人の上着を作ろう。




