66 旅の準備2
パンツ論争にひと段落つけたところで、私は改めて作業に戻ることにした。
「じゃあ、とりあえずシャツとズボンの生地、必要な分だけ切っておくね」
「あぁ、俺には全く分からないからな」
アギトとロト、二人分のサイズを思い出しながら、麻の生地と深緑色の生地を裁っていく。子供服は成長を見越して、少し余裕を持たせたサイズに。アギトの分は、今の体格に合わせつつも、多少の伸びしろを残しておいた。鞄用のデニムは、先ほどのうちに二人分の荷物が入る大きさで既にカット済みだ。あとは持ち帰って形にするだけでいい。
「これくらいあれば、当面は足りるかな」
切り分けた生地を種類ごとに畳み、糸やボタン、裁縫道具一式と一緒にまとめて並べる。ミシンはさすがに持ち運べないので、あとは洞窟で手縫いをすることになりそうだ。
「随分と手際いいな……」
ルドが感心したような、それでいて少し呆れたような目でこちらを見ていた。
「趣味だからね」
軽くそう答えて、まとめた道具一式をインベントリへとしまい込んだ。
「おい、待て」
ルドの声に手が止まった。
「まさか、それ全部インベントリにしまうつもりか?」
「 ? 普通に入れちゃったけど、駄目だった?」
「駄目に決まってんだろ!アギトたちの前で、それ堂々と出す気か!?俺たち以外の前では気をつけろと言っただろ。少しは警戒しろ」
「あ……」
言われて、はっとする。アギトたちにインベントリの存在がバレてしまう。
「危ない危ない……教えてくれてありがとう」
「気をつけろよ。これから一緒に旅するんだぞ」
私は苦笑しながら、クローゼットからミシンを取り出し、急いで作業テーブルへと運んだ。
「え、今から作んのか?」
「うん、時間はかけない。ちょっと待ってて」
先ほどアギトのリュックサックを作る分として、切り出した頑丈なデニム生地を広げる。大きめのリュックサックの形に手早く裁断する。生活魔法が働いているのか、どの大きさに切ればいいか、どう縫えばいいか――そんな手順が、次々と頭の中に浮かんできた。裁断した生地をミシンで縫い合わせ、持ち手を仕立て、底面を二重に縫い重ね、最後に肩紐を取り付け、外側にポケットを幾つか縫い付ければ完成だ。普段の何倍もの速さで、あっという間にリュックが出来上がった。私が使うには大きすぎるが、体格の良いアギトが持つには、ちょうど良さそうだ。
「……ほんとに、あっという間だな」
ルドが呆れたように呟く。出来上がったリュックの中に、まとめておいた生地や道具一式を詰め込んでいく。それでもまだ、余裕がありそうだった。
「私には大きすぎるから、試しにルドがちょっと背負ってみて」
ルドは素直にリュックを受け取り、肩から背負ってみせる。中身の詰まった鞄をしっかりと背負い、両手を軽く動かして具合を確かめていた。
「……お前スゴイな。肩紐の幅もちょうどいいし、重心も偏ってねぇ。背負い心地は、王都の職人が作った物と比べても遜色ねぇぞ」
ルドは意外そうに眉を上げながら、素直にそう評価した。
「アギトの体格なら、この大きさでちょうど良さそうだ」
呆れ半分、感心半分といった様子で、ルドはリュックを下ろして手渡してきた。ずっしりとした重みが、確かな出来栄えを物語っていた。
「とりあえず材料も揃ったし、後は……食料を少し持って行こうよ。テントにはない食べ物もあるから」
ルドがぱっと顔を輝かせたのも束の間、すぐに真顔になって腕を組んだ。
「だが……野営に出しても違和感のない食べ物でなけりゃ駄目だぞ。見た事もない料理とか、高級な食材とか、そういうのは目立ちすぎる」
言葉とは裏腹に、ルドの耳と尻尾は忙しなく揺れ動いている。食べ物のこととなると、とにかく分かりやすい男だ。
「分かってるって。ちゃんと選ぶから」
「……ならいいが……でも、食べたい!」
そう言いつつも、期待を隠しきれない様子のルドに、私はつい笑ってしまう。
「食べられる機会はまだあるから。まずは、キッチンへ行ってみよう」
テントよりも広いキッチンとパントリーには、様々な食材が並んでいる。冷蔵庫の中にも当然食材は入っているが、今回は野営に持ち出しても不自然にならないもの――そんな条件を頭に置きながら、食材を選んでいくことにした。
パントリーに着くと、まずはハード系のパンを沢山、麻袋に詰め込んでいく。日持ちがして、携帯するにも困らない優れものだ。それから、平民でも手軽に買えるような、見慣れた果物を選んで幾つか。あまり珍しいものだと、それこそルドの言う「目立ちすぎる」食材になってしまう。
「野菜は……このくらいでいいかな」
ジャガイモに人参、玉ねぎ。どれも長期保存の利く、どこにでもある野菜ばかりを、適当に見繕っては麻袋へ放り込んでいく。それから、せっかくなら野営先で調理もしたい。そう思い立って、米と小麦も別の麻袋に詰めた。かさばる分、量は控えめに。
「これだけあれば、しばらくは持つかな」
準備した食材を全て、自分の収納(中)のベルトポーチへ入れていく。
「後で、ルドの収納鞄に入れ替えた方がいい?」
そう言いつつ、おやつ系のパンだけは、エプロンポケットの収納へと次々に移していく。小腹が空いた時のために少し取り分けておきたかった。
「その方がいい。お前みたいな小娘が収納鞄持ってる時点で何者かと思われるからな」
そう言いながらも、ルドは近くにあったパンを幾つか手に取り、「味見だ」と称してもぐもぐと頬張っている。
「……これも持って行きたいが」
名残惜しそうな顔で、別のパンを覗き込んでいるルドを見て、私は思わず笑ってしまった。食べ物への執着だけは、相変わらずのようだ。
ある程度準備が整ったところで、私たちは再びテントへ戻ることにした。
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