クロ王都にて
クロがテントを出て、単独王都へ行った時の話です。
――時は少し遡る。
皆がまだ眠りについている早朝。王都に向けて身支度を整える。昨夜のうちで食べ物は適当に収納鞄に詰めてあるので、すぐに出発することにした。
俺は懐から小瓶を取り出し、中身を一口だけ飲み干した。栄養ドリンク――この妙な薬は、相変わらず得体が知れないが、効果はルドが身をもって証明している。体の奥から力が漲るのを感じながら、静かに獣化する。
「……」
獣化して服は脱げ落ちたが、何故だかローブと鞄はピタリと身体に張り付いていた。
「ぶっ……!!」
声の方を振り返ると、いつの間にか目を覚ましていたルドが、両手で口を押さえて必死に笑いを堪えていた。見られたくなくて、早朝のうちに黙って出て行くつもりだったのだが……失敗した。
「……王都へ行ってくる。何かあれば連絡してくれ」
「うっ……ひうっ……わ、わかった!」
ルドの事は気にせずテントを出る。ローブの隠匿効果を最大にして、音もなく早朝の薄暗い森を駆け抜けた。ルドの言ってた通り体が軽い。少し力を入れただけで、かなりの速度が出る。これなら王都まで大した距離ではない。人目を避け、無心で走り続けると、あっという間に見慣れた城壁が視界に入ってきた。
王都に入る城門に並ぶ人に紛れ、誰にも気付かれることなく中に入ることができた。まずは隠れ家の1つでもある家に行き、監視の目が無いことを確認して中に入る。獣化を解き手早く着替える。次は情報を確認するため、王城へと潜り込む。まずは騎士団の詰所の様子を窺ったが、特に変わった様子はない。仲間たちにも、目立った異常は見られなかった。
(ひとまずは、大丈夫そうだな……)安堵しつつも、油断はできない。
敵が誰なのか、まだ確実に分かったわけではない。接触は必要最低限にするべきだ。そうなると……次に向かうべきは、親父――国王のところだ。
だが、いきなり本人の前に姿を現すわけにはいかない。誰かに見られれば、それだけで話がややこしくなる。俺は懐から一枚の紙を取り出し、手早く文字を走らせた。無事であること、そして人払いをして一人になってほしいという旨。最後に、俺以外の誰にも真似できない、俺だけの印を書き添える。子供の頃から、親父と二人だけの合図として使ってきたものだ。
執務室の窓から中の様子を窺うと、執務を執り行う国王の姿があった。それと、護衛と従者が数人。開いている窓からそっと忍び込み、王の元へと忍び寄る。次に目を通すであろう書類の上にメモをそっと置いた。あとは親父がそれに気付き、意図を汲んでくれることを祈るだけだ。
しばらくして次の書類を手にした王は表情を変えないまま顔をゆっくりと上げた。辺りを見渡し「少し考えることがある。声掛けするまで下がってろ」皆が退室していく。それを見届けた王が小さく呟いた。
「そこにいるのか?」
人払いされた一室で、俺はようやく親父と二人きりで向き合った。
「無事だったか」
開口一番、親父はそれだけ言った。感情を表に出さない男だが、その一言には安堵が滲んでいた。
「あぁ、簡単に今までの経緯を話したい。」
俺とルドがいなくなった夜、自室にて何者かの手で呪いを掛けられ、子供になって能力を封じられたこと。その後すぐ仲間たちに襲われ、逃げながら潜伏先を転々としてたこと。森で一人の女に助けられたこと。彼女には不思議な力があり、転移者だということ。――もちろん、これは重要機密であり、絶対に他言無用とした。それから、あの呪いを解いてくれたこと、そして今後不審者扱いされないよう、秘密裏に住民登録してほしいということを伝える。
親父は黙って聞いていたが、話が終わると、静かに息を吐いた。
「……お前とルドが行方不明だという報告は受けていた。任務のこともあったから、表沙汰にはせず、信頼の置ける影の者に捜索させていたが……手がかり一つ、上がってこなかった」
「子供の姿にされていたんじゃ、見つけようがないだろうな」
「そういうことか。だが、呪いとは……」
親父は一つ息をつくと、そこで初めて、苦い顔を見せた。
「……お前たちが姿を消した数日後、宰相が突然倒れた」
「宰相が?」
思わず声が跳ねる。
「あぁ。しかも、ただ倒れたわけじゃない。まるで、何かに生気を吸い尽くされたかのように、干からびたミイラのような有様になっていた」
その話を聞いて、俺は思わず息を呑んだ。時期があまりにも一致しすぎている。
「……恐らくだが、それは俺たちに掛かっていた呪いをそのまま倍にして術者へ跳ね返したせいだろう」
「跳ね返した、だと?」
「詳しい理屈は俺にも分からない。だが、あいつが妙な力を使って呪い返しをした後、俺たちの呪いは綺麗さっぱり消えていた。その代償が、術者側に返ったんだとしたら――辻褄は合う」
親父はしばし黙り込んだ。
「宰相が、直接お前たちに呪いを?」
「いや、恐らく本人が直接手を下したわけじゃない。宰相と、魔女――その二人が裏で繋がっていたんだろう。呪いを鑑定してもらったら、『魔女と、魔女に対価を払った者による呪い』とあったらしい。呪い返しの影響は、術に関わった両方に及んだはずだ」
「では、魔女の方も……」
「恐らく、宰相と似たような状態になっているはずだ。あるいは、もっと酷いかもしれない。……あの手の呪いを扱う力を、二度と使えない体になっている可能性が高い」
親父は組んだ手に額を押し当て、深く息を吐いた。
「今は療養ということにしているが……あの宰相の様子では、まず現場復帰は望めないだろうな。
――お前たちの身に何が起きたのか、宰相と魔女が何をしていたのか。線は、繋がってきたな」
その言葉に、俺も静かに頷いた。まだ全貌が見えたわけではないが、確かに闇の一端が見えてきた気がした。




