63 今後について考えよう2
今後のことを考えてみるものの、これといって良い案は浮かんでこない。だが、正直言うと、このまま野宿生活を続けるのは厳しい。
食事についてはどうにでもなる。お風呂だって『クリーン』の魔法があるから、最悪どうにかできる。
――問題は、トイレだ。さすがに外で用を足す生活は、日本で生まれ育った私には耐え難い。
テントを使えば解決するのだが、使う程アギト親子を信用している訳でもないし……
頭を抱えていると、クロが少し言いにくそうに口を開いた。
「これからのことなんだが……俺とルドは、極秘任務で人族の国――フライギルへ行くことになった」
「フライギル……」
「だが、この任務を遂行するには……お前の持っているローブがどうしても必要なんだ」
「私のローブが?」
「……ああ」
クロは真剣な表情で頷いて、少し申し訳なさそうに私を見ると――
「……すまないが、一緒に行ってくれないか?もちろん、あいつらも一緒でかまわない」
クロがそう付け加える。
あいつら、というのはアギト親子のことだろう。つまり、私だけではなく、今一緒にいる全員でフライギルへ向かってもいいということらしい。
「アギトはまだ傷が完全に癒えていないけれど、旅して大丈夫なの?明日の朝にでも今後どうしたいのか聞いてみよう」
「あぁ、それでいい。無理はさせられないからな」
クロの声は落ち着いていて、判断を急かす様子はなかった。
フライギルか……人族の国と聞いて少しだけ胸がざわつく。ロトのことを考えれば、獣人の国よりも、あるいは居心地がいいのかもしれない。逆にアギトは肩身の狭い思いをする可能性は高い。
考えても仕方のないことばかりが、頭の中をぐるぐると巡る。
「話の続きは、アギトにどうするか確認してからだな」
「だな」
クロがそう言って小さく笑うと、辺りにはまた焚火の爆ぜる音だけが響いた。
鳥のさえずりで目を覚ますと、洞窟の入り口から柔らかな朝日が差し込んでいた。身体を起こして辺りを見回すと、少し離れた場所で、すでにクロとルドがアギトと向かい合って話をしていた。
「……俺たちはこれから人族の国、フライギルへ向かう」
ルドの声が聞こえてくる。アギトは戸惑ったような顔で、膝の上で眠るロトを見下ろしていた。
慌てて身支度を整えて近づくと、クロがこちらに気付いて軽く頷いた。
「起きたか。ちょうど今、アギトに話していたところだ」
「おはよう。……もう話し始めているの?」
「あぁ。行き先と、一緒に来てもいいということだけは伝えた」
アギトは複雑な表情のまま、口を開いた。
「……村に戻ればこれまで通り生活すること出来なくはないと思います。ですが……村にいてはこの子の為にはならない。かといって、行く当てもない……フライギルへ向かう道中、落ち着いて暮らせそうな場所を探す旅として同行させてもらえないでしょうか。この子と二人、静かに暮らせる場所を探したい」
ロトを抱く腕に、そっと力がこもる。人目の少ない場所で、静かに二人だけの生活を立て直したい――アギトの言葉には、そんな願いが滲んでいた。
「アギトとロトが安心できる場所が見つかるまで、力になれることがあれば協力する。それでどう?」
私がそう声をかけると、アギトは目を伏せ少しの間、何かを噛み締めるようにしてから深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
話がひと段落したところで、ロトが小さくもぞもぞと動き、目を覚ました。眠そうに目を擦りながら、父親の顔を見上げる。
「おはよう」
私がそう声をかけると、、ロトは少し驚いたようにこちらを見て、それからそっとアギトの陰に隠れるように身を寄せた。まだ人見知りが強いのだろう。
私は少し離れた場所へ行き、インベントリからロールパンと果物を取り出して皆に渡す。簡単に食事を済ませ、一通り食事が済んだところでアギトが改まったように居住まいを正した。
「……昨日から、本当にお世話になりました。手当てをしていただいて、こうして温かい食事まで……何とお礼を言えばいいか」
「たすけてくれて、ありがとう」
「気にしないで。放っておけなかっただけだから」
私がそう答えると、アギトは目を伏せて、もう一度深く頭を下げた。
「一端、村に戻って荷造り必要か?」
ルドの言葉にアギトの表情が固くなる。ロトは不安げにアギトを見詰めた。アギトは少し考えるように視線を落とした。
「……荷物自体は、大したものはありません。本当にすまないと思う。私とロトは何も持っていないのですが……それでも旅に同行しても良いでしょうか?多少、狩りはできます。何でも手伝いますので、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。ルドは気まずそうに頬を掻きながら「まぁどうにかなるだろ」と呟き、クロも無言で頷いた。
「これも、何かしらの縁だし!そこまで気にしなくて大丈夫だよ!」
「……ありがとうございます」
「これから向かうフライギルまでは、かなり距離がある。アギト、馬には乗れるか?」
クロが尋ねると、アギトは小さく頷いた。
「はい。馬車も操縦できます」
「…馬車を調達するか?」
ルドが顎に手をやりながら呟く。それに頷いたのはクロだった。
「その方が良さそうだな。俺が王都で旅支度してくる。お前達はここで待っていてくれ」
それだけ言うと、クロは迷いのない足取りで洞窟の外へと歩き出した。その背中はあっという間に朝靄の中に溶けていく。残されたのは、ルドとアギト親子、そして私の四人。急に静かになった洞窟の中で、ロトが不安そうにアギトの服を掴む手に、少しだけ力を込めるのが見えた。
「まあ、あいつのことだ。すぐ戻ってくるだろうよ」
ルドがそう言って焚火の後始末を始める。準備が整うまでの間、私たちはこの洞窟で、クロの帰りを待つことになった。
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