18 警戒心を解いてもらおう!
石ころだらけの川岸を、足取り軽く進んでいく子供を背負った子供。
その後ろでもたもたとつまずきそうになりながらついていく私。私が大人でお姉さんなのに……
しかも前を歩く子供が、時折ちらちらとこちらを振り返ってくる。
「……こいつ、本当に大丈夫か?」そんな心の声が聞こえてきそうな目だ。
いや分かる。今、わたし転ぶ寸前だったし…見られてちょっと恥ずかしい。
ただでさえ森で迷子になって精神的に削られているというのに、そこへ追撃のように突き刺さる子供の不審そうな視線。不審?不憫にみられているような…
地味に心にくる。
というか、めちゃくちゃくる。
……泣いてない。まだ泣いてないから。
どうにか辿り着いた岩壁の窪みは、外から見たよりずっと広かった。
洞窟というほど奥行きはないものの、大人が数人入っても余裕がありそうで、雨風をしのぐには十分だ。
天井代わりになっている岩がせり出しているおかげで、中の地面も比較的乾いている。
「おお……ちゃんと野営ポイントっぽい……」
思わず感心した声が漏れる。まともに休めそうな場所を見つけたので少し安心できた。
その間にも、子供は慣れた様子で背負っていた子を壁際へそっと下ろす。
……なんかもう、私より頼りがいがあるんじゃない?
落ち込みそうになる気持ちをどうにか押し隠しながら、私は子供たちの方へ近付いた。
「……早く目を覚ますといいね」
そう声を掛けつつ、横になっている子の顔をそっと覗き込む。
近くで見ても、顔色はそこまで悪くない。呼吸もちゃんとしているし、苦しそうな様子もない。
ただぐっすり眠っているだけ――そんなふうにも見えた。
私が様子を窺っていると、隣の子供は倒れている子を庇うようにさりげなく身体を寄せた。
……うん、警戒継続中ですね。
ちょっと悲しい。
いや、知らない大人なんだから当然なんだけど。なんだか頼りなさそうに感じている?
私はそれ以上不用意に近付かないよう、少し距離を取って腰を下ろした。
すると子供はちらりとこちらを見た後、ようやく少しだけ肩の力を抜く。
……いや本当に、警戒心が野生動物なんだよなぁ。獣人さんだけに!
下手に動くと逃げられそうな空気すらある。森を脱出するためにも仲良くなりたい。
「えっと……飲み物とか、いる?」
子供は少し迷ってから小さく頷いた。
私はポケットへ手を突っ込み、中からデトックスウォーターの入ったボトルとコップを取り出した。
ちなみにコップは一つしかない。そこはまあ、うん。しょうがないよね?
コップに注いで子供へ差し出す。驚いたようで子供は、私の手元とポケットを何度も見比べた後――目をまん丸にする。
「…………」
「…………」
ふふん。……どうだ。
さっきまで「こいつ大丈夫か?」みたいな目で見られていた私だが、今の私は違う。
完全にドヤ顔だった。多分いま私、めちゃくちゃ得意げな顔してる。
子供はまだ警戒半分といった様子だったが、それでも恐る恐るコップを受け取る。
……よし。
ほんの少しだけ、「頼れるお姉さん」の地位を取り戻した気がする。
受け取ってはくれたものの、子供はすぐには飲まなかった。
恐る恐るコップへ顔を近付け、くんくんと匂いを嗅ぐ。けれど次の瞬間には、じとっとした警戒の目がこちらへ向けられた。
透明だから水と思ったのかな?「変なもの入ってないからね!?」慌ててそう言うと、子供の視線がさらに鋭くなる。
あ、駄目だ。
こういう時に必死に否定すると余計怪しくなるやつだ。デトックスウォーターって言っても分からないだろうから…「えっと……ハーブとか果物を入れた水だよ。身体にいいから飲んでみて」
「……ハーブ?」子供が怪訝そうに眉を寄せる。
あ、そっか。ここ異世界だった。私は慌てて言い直す。「や、薬草! 薬草と果物のエキスが入ってる感じ!」言った瞬間、子供の表情がさらに警戒色を増した。
……あれ?
なんか今、すごく怪しい説明にならなかった?
“突然現れた迷子の女”が、“ポケットから出した謎の液体を“薬草のエキス入り”とか言い出してるんだけど。字面だけ見ると完全にアウトでは?
案の定、子供はコップを持ったまま固まっている。
“森で遭遇した自称迷子の女”
↓
“ポケットから突然ボトルを取り出す”
↓
“薬草エキス入りの液体を勧めてくる”
……うん、怪しい。私だったら逃げる。
やばい。
せっかく少し取り戻した「頼れるお姉さん」が、一瞬で「怪しい物を飲ませようとするお姉さん」に変わった気がする。
どうする私!焦った私はとりあえずボトルを掴む。ごくごくごく勢いよく飲んで見せた。
「ほら! 普通に飲めるから!」うん、美味しい。普通に美味しい。
……じゃなくて。
私は「どうだ!」と言わんばかりに子供へ向き直った。すると子供は、ぽかんとした顔でこちらを見ていた。なんだろう。
こう……。「何やってるんだこいつ」みたいな。
やめて。
その目やめて。
私だって必死なんだよ。どうにか怪しまれないよう頑張った結果なんだよ。
でも、私が実際に飲んだことで少しは安心したのか、子供は再びコップへ視線を落とした。
そして恐る恐る口を付け一口。ぴたり、と動きが止まった。
「……?」
不思議そうにコップの中を見つめ、もう一口飲む。どうやら気に入ったらしい。
私は内心でそっとガッツポーズをした。
勝った。
何に勝ったのかは分からないけど、たぶん勝った。
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