第11話 影を超えて
谷のさらに奥。
空気は重く、霧は黒に近い色へと変わっていた。
足元の地面は脈打つように揺れ、
まるで生き物の中を歩いているような錯覚に陥る。
「ここが...鍵の眠る場所、か」
カイの声にも緊張がにじんでいた。
前方には、黒い祭壇のような岩。
その上に浮かぶ、小さな銀色の“鍵”。
ただしその周囲には、黒い影が渦を巻いていた。
「近づけない...!」
新が数歩踏み出した瞬間、影が膨れ上がり、
人の形を取る。...それは、「流那」だった。
だが、さっきと違っていた。今度の流那は、
目を伏せたまま、無言で新に背を向けていた。
「...る、流那?」
その背中が、ゆっくりと振り向く。
瞳は真っ黒に染まり、涙のように闇がこぼれていた。
「あなたは、わたしの願いを重荷にしてるだけ。
そうでしょう?」
その声は優しいが、心に鋭く突き刺さった。
「...それでも、僕は助けたい。重荷でも、迷っても、僕の意思なんだ!」
叫ぶと同時に、"黒い流那"が襲いかかってきた。
だがその刹那、新の胸ポケットから写真が滑り落ち、地面に触れた。
パチン。
まるで何かの呪縛がほどけたように、
影が吹き飛んだ。
霧が少しだけ晴れ、空にわずかな光が射す。
祭壇の上の“鍵”が、
音もなく新の目の前に降りてきた。
「...これが、最初の鍵」
新がそっと手を伸ばすと、鍵は柔らかい光を放ち、
彼の手の中に静かに収まった。
「...見事だったな」
その声は、霧の上から聞こえた。
再び現れた黒衣の魔法使い。
だが、今は攻撃の気配はなかった。
「お前の"想い"が、ひとつ形になっただけのことだ。...だが、まだ"全部"じゃない」
「全部...?」
魔法使いはにやりと笑った。
「鍵は、三つある。そのすべてを手にして初めて、
薬の場所に辿り着ける。そして、そのとき...君の本当の敵が見えてくる」
そう言い残すと、
彼は霧の中へ溶けるように姿を消した。
カイが静かに言った。
「これが"はじまり"だ。やっと、
戦う準備が整っただけにすぎねぇ」
新は鍵を見つめ、拳を握った。
「...絶対に、全部集めてみせる。
流那を助けるために」
黒い霧の谷が、ようやく静けさを取り戻した。
(#12に続く)




