第12話 朝露の鍵
黒い谷を離れた二人は、
霧の切れ間にある小高い丘へとたどり着いていた。
朝焼けにも似た淡い光が、
ようやく森の空に滲んでいる。
「...やっと、抜けたな」
カイが腰を下ろし、背中の剣を地面に預けた。
新もとなりに座り、無言のまま"鍵"を見つめていた。
銀の鍵は、手のひらの上でかすかに輝いている。
だが、その光の奥には、
試練で垣間見た心の影がまだ残っていた。
「...怖かったです」
新がぽつりと言った。
「流那が、あんなふうに...言ったら、
本当にあきらめそうになった」
「でも、お前は踏みとどまった」
カイは空を見上げながら答える。
「それが答えだ。お前の"願い"は、
偽物じゃねぇってことだ」
しばし、風が草をなびかせる音だけが響いた。
「...カイさんは、どうなんですか?」
「ん?」
「誰かを、助けたいって思ったこと、ありますか?」
問いに、カイはしばらく答えなかった。
だが、やがて静かに口を開いた。
「昔...妹がいた」
「え...」
「俺がまだガキだった頃、何も守れなかった。
病気だった。薬も金も、力もなかった」
その声は、淡々としていた。
けれど、どこか遠くを見つめているような瞳だった。
「だから、誓ったんだ。
次は絶対、誰かを見捨てねぇって」
新は何も言えなかった。
ただその言葉の重さに、胸が締めつけられた。
「お前が"流那を救いたい"って言ったとき、
本気だと思った。...だから、手を貸す」
カイはそう言って立ち上がると、
森の向こうを指差した。
「次の鍵の在りか、わかった気がする。
霧の風の流れが違ってた。北東の"声の湖"だ」
「声の...?」
「夜になると、水面から人の声が聞こえるっていう、妙な場所だ。昔、旅人が何人も消えたって話もある」
「...また、“試練”ですかね」
「だろうな。だが、俺たちはひとつ超えた。
次もいける」
新はうなずき、ポケットに鍵をしまった。
ふたりの影が、朝の光に細長く伸びていた。
小さな一歩。けれど確かな一歩。
この霧の森のどこかにある、
次の"森"と、そして...薬の手がかり。
物語は、まだ始まったばかりだった。
(第2章・完)




