0087 奴隷解放大作戦ですわー!
──迷宮都市・地下第七層 裏カジノ(sideアリア)──
「……どうなってんだこりゃ」
狼人族の男が呆然と立ち尽くし、声を漏らす。
辺りを見渡せば、まさに死屍累々。
実際に死んでいるわけではないものの、自分たちに銃口を向けていた多頭蛇の構成員たちは、一人残らず苦悶の──あるいは安らかな──表情を浮かべ気絶していた。
そんな異様な光景にすっかり酔いも醒めてしまい、男が恐れを含んだ視線を謎の少女──アリアに向ける。
すると、視線に気付いたアリアはどこか寂しげに小さく笑みを返した。
「各々が持つ“最も惨めで残酷な死”のイメージ。それを疑似的に体験させましたの。死を恐ろしいものと思っている人ほど、強烈な恐怖体験になったことでしょうね」
「お嬢ちゃん。アンタいったい何者だ?」
「冥の大精霊。今はただのアリアですわ。あなたは……ギオドラ・ベオウルフで間違いありませんわね?」
真の名を言い当てられ、男──ギオドラが僅かに身構える。
「わたくしはアーシュラのパーティーメンバーですわ」
アリアが冒険者プレートをかざして見せる。
なぜ大精霊が冒険者などやっているのか。どうして自分の名前を知っているのか。
色々と疑問は尽きないが、エスぺリサ王国とフリードレア連邦の国章が刻印されているのを確認し、ギオドラはひとまず身元は確かなようだと警戒を僅かに緩めた。
「……じゃあ、あの子も今この街にいるのか」
「わたくしがちょっと目を離した隙に迷子になってしまいましたけど。まったく困ったちゃんですわ!」
ギオドラの問いに首肯で返し、アリアは怒り顔で腰に手を当てる。
自分が迷子になったとは言わないあたりが実に彼女らしいが、それはさておき。
「ギオドラさまがここにいるということは、海賊団のみなさまも全員?」
「……ああ。何人かはこの十五年の間にヘマやって死んじまったが、殆どのやつは生きてる」
「やはり奴隷牧場を破壊するために?」
「そこまで知ってんのか。ったく、どこから漏れたんだ」
「ただの推理ですわ。クラーケンの胃袋で見つけたギオドラさまのロケットがヒントになりましたの」
「……溶けずに残ってたのか?」
「胃袋に海賊船のマストが偶然突き刺さっていて、そこに引っかかっていましたのよ」
「そういや今年は【くま】の年だったな」
ロケットの中に隠していた暗号メモを思い出し、引きつった笑みを浮かべるギオドラ。
まさか自分の貧乏性が巡り巡って娘を自分の下へ引き寄せるなど、誰が想像できようか。
「あの手紙の入っていた筒。あれは指定された条件を満たした者しか開けられない魔宝具ですわね?」
「ああ。捨てるのも勿体ないと思って海賊港のマスターに預けたんだが、まさかあのロケットがなぁ……」
「筒はアーシュラが触れた瞬間に開きました。鍵はやはり六英雄の血筋でして?」
「そこまで察しがついてんのか。アーシュラには話したか?」
「いいえ、まだ何も」
アリアが首を横に振ると、ギオドラは僅かに寂しさを滲ませ「そうか」と目を伏せた。
────あれから十五年。
あの時はまさかこんな未来があるとは思ってもおらず、脱出用の樽に娘を入れて海に逃がした判断は間違っていなかったと断言できる。
それでも。それでもだ。
父親として、後悔が無いと言えば嘘になる。
「……あの子は元気か?」
「ええ。会ってはいかれませんの?」
「元気でやってるならそれでいい。それに、いずれ時が満ちれば必ず会える。俺たちに流れる血の宿命がそうさせる」
アリアの問いにギオドラがニッと笑い返す。
意味深な口ぶりに、彼が何か大きな事を成そうとしているのだと理解したアリアは、それ以上何も聞き返さなかった。
ふと周囲にいくつかの気配を感じ取り、二人がそちらに視線を向ける。
いつからそこにいたのか、柱の影から姿を現した獣人たちが期待の籠った眼差しをギオドラに向けていた。
彼らの手には高価な宝飾品や金銀財宝が握られている。
「ったく、お前らも考えることは同じかよ」
「海賊だからな」
呆れ顔のギオドラに禿頭の大男がニヤリと笑い返す。
悪戯小僧のような笑みを浮かべる仲間たちにやれやれと苦笑しつつ、ギオドラは窮屈なジャケットを脱ぎ捨て、シャツの襟元を緩めた。
「────行こう。作戦開始だ」
娘の身を案じる父親も、財宝に浮かれる海賊も、すでにどこにもいなかった。
翡翠の瞳にギラリと冷たい光を宿し、戦士の顔つきになったギオドラが静かに命令を下す。
「待ってくださいまし!」
と、格好つけたところで急に背後から大声を出され、ギオドラたちは盛大にずっこけた。
「な、なんだよ嬢ちゃん! 急に大声出しやがって」
「その作戦、わたくしも参加させてくださいまし!」
急な申し出に、ギオドラたちは揃いも揃ってきょとんとしてしまう。
頭上に疑問符を浮かべた仲間たちから「誰ですこの子」と尋ねられ、ギオドラは困ったように頭の後ろをガシガシ掻くと、溜息一つ口を開いた。
「ガキの遊びじゃねぇんだ。お嬢ちゃんは家に帰んな」
「関係大アリですわ! あなた方に失敗されたらわたくしが困りますのよ!」
言いつつ思い浮かべるのは、やはりハルトのことだ。
三万年にも及んだ彼の人生には数えきれないほどの悲しみと、一握りの宝物のような喜びがあった。
それでも永遠にも似た刹那の内に心を通わせ、彼を心の底から愛したからこそ、アリアはハルトを形作っていた記憶のすべてを胸の内に仕舞うことができた。
しかし死にゆく人はなにも彼だけではない。
こうしている今も、世界のどこかでは毎秒のように誰かがその生を終えている。
その度にアリアは冥の大精霊として意識の一部を幽玄冥道へ飛ばし、彼ら一人一人を冥界へと誘っていた。
「不幸な境遇にいたという自覚さえ無い人の【最も幸せな記憶】を受け取るのがどれだけ辛いか、あなた想像できまして!? そっりゃあもう気が滅入りますわよ!」
喜びと悲しみの取捨選択ができる者はまだいい。
自らの意思で悲しい記憶を選んで捨てることができるからだ。
それでも、最後に残った最も幸せな記憶を捨てることは大変な恐怖が伴う。
それを捨ててしまえば己を形作るものはすべて失われ、今そこに在る自分は完全に消えてしまうからだ。
だからこそアリアは死者たちが記憶を抱えたまま地獄に落ちぬよう、最後に残った最も幸せな記憶だけを受け取る。
それですべての死者を救えるわけではないが、多くの者は彼女の中に自分の存在が刻まれたことに安心して次へと旅立っていく。
「それでもやらねば彼らは地獄に囚われてしまいますもの! だったら少しでも現世の悲しみを減らしたいと思うのは道理ではなくって!?」
だがこれから助けに向かおうとしているのは、生まれる前から奴隷として生きることを定められ、そのように作られた人々だ。
彼ら彼女らにとって、道具のように扱われることは当たり前のことで、それが不幸なことだとも思っていない。
主人の醜い欲望の受け皿となり、飽きられればゴミのように捨てられる。
それでも道具としての役目を全うできたことを誇りに思い、そのことに小さな幸せを感じて死んでいくのだ。
そんなものを最も幸せな記憶だと差し出されてしまえば、受け取る側は胸が張り裂けそうな思いでいっぱいになってしまう。
「あなたも、あなたも、あなたも! みーんな死ねばわたくしがお世話しますのよ!? つべこべ言わずに参加させなさい! というか断られても勝手についていきますわ! いいですわね!?」
「「「「は、はいっ!」」」」
あまりの剣幕に厳つい野郎どもがつい反射的に頷く中、禿頭の大男はふと故郷オーランの冒険者ギルドで働く母の顔を思い出したのだった。
◇
──多頭蛇地下施設 連絡通路(sideアリア)──
ギオドラたちの作戦の大まかな概要はこうだ。
まず、奴隷たちの体内に埋め込まれた毒のカプセルを無効化する。
次に奴隷たちを解放し、あらかじめ用意していた逃走手段で離脱する。
「なんというか、随分と大雑把な計画ですわね?」
移動しながら計画の概要を聞いたアリアが微妙な顔をすると、ギオドラは苦笑いした。
「言葉にすればそれだけだが、多頭蛇の奴隷牧場は世界中にいくつもある。この腐った仕組みを破壊するには、すべての支部を同時に叩き潰さなきゃならねぇ」
「アンフィスバエナの倒し方と同じですわね!」
「そのために十五年かけて仲間を増やしてきた」
ギオドラが肩越しに仲間たちへ視線を投げれば、数名が誇らしげな顔で胸の傷をアリアに見せる。
海の男たちのセクシーな胸板にアリアは頬を染めるが、それが体内に埋め込まれていたカプセルを取り出した痕だと気付くと「なるほど」と頷いた。
彼らにとってあの傷は辛く苦しい奴隷生活からの解放を示す、自由のシンボルなのだろう。
「それで、どうやってカプセルを無効化させますの?」
「カプセルを制御してる魔導具を破壊する。そうすりゃ施設の外に出てもカプセルが割れる心配はないからな。後は安全な場所で取り出せばいい」
「でも毒の脅威が無くなったとして、捕まっている人々が素直に信じるでしょうか……」
「そのために前もって通信妖精を潜入させてある。俺たちの動向を向こうに伝えられるようにな」
「“巨竜討つならまず食われろ”ですわね!」
故事になぞらえてアリアが頷くと、ギオドラも「そういうこった」とニヤリと笑い返した。
迷路のように入り組んだ廊下を進んだ一行は、やがて両開きのスライドドアの前にたどり着く。
ドアの横には魔法陣の描かれた認証装置があり、扉は金属製でかなり頑丈そうである。
ここに来るまでの間、警備とは一度も出くわさなかった。
聞けば別動隊が動いており、計画の実行に先立って施設内の警報装置を解除し、平行して警備員の詰め所に奇襲をかけたらしい。
「今頃、詰め所のヤツらは夢見花の花粉をたらふく吸ってぐっすりだろうさ」
ギオドラがズボンのポケットから金属製のカードを取り出し、認証装置にかざす。
すると扉が横にスライドして開いた。
ギオドラの後に続いてアリアも中に入ると、部屋の中央に見慣れぬ物体がそびえ立っている。
表面に幾何学的な紋様が描かれた黒い三角錐で、床には直接魔法陣が刻み込まれていた。
「俺だ。所定の位置に着いた。そちらの状況を送れ」
不気味な三角錐の前にギオドラが立ち、シャツの胸ポケットに忍ばせていた通信妖精に向かって話しかける。
すると世界各地に散った海賊団の仲間たちから応答があった。
『こちらモコモコ班。準備完了ガオ!』
『こちらフワフワ班。こっちはいつでも大丈夫クマ』
『こちらプニプニ班。たった今到着したメェ~』
『こちらプヨプヨ班。いつでも始められるニャン』
「チーム名と語尾可愛いですわね!!!!」
「厳つい野郎どもが大勢で押しかけてきたら女子供が怖がるから、せめて名前と語尾だけでも可愛くしろって副船長がうるさくてな……」
怒ると怖い妻の顔を思い出し、ギオドラが「締まらねぇよな」と肩を落として苦笑する。
強面のマッチョたちがニャンニャン言いながら迫ってくるのも、それはそれで怖い気がするが、今更言ったところでどうにもならない。
『カミさんに頭が上がらないんだメェ~』
『ボスも語尾に“ワン”って付けるクマ』
『慣れてくると案外馴染むもんだニャン』
「誰が付けるか! スリーカウントで同時に破壊するぞ」
気を取り直し、ギオドラの合図に合わせて全員が攻撃準備に入る。
「三、二、一。……今!!!!」
各々が構えた武器が同時に振り下ろされ、異能スキルの閃光が弾けた。
世界各地に点在する三角錐は、一つを破壊しても他の三角錐が残っている限り、すぐに修復されて元通りになってしまう。
多頭蛇は末端の構成員に至るまで、身体のどこかに蛇の入れ墨を入れている。
これには神代の技術が取り入れられており、構成員のステータスを常時底上げする他、組織に対する裏切り行為をできなくさせる思考誘導の効果もあった。
洗脳や催眠などで無理やり情報を吐かされそうになった場合、入れ墨のインクに含まれる特殊な溶解毒が全身に回り、身体が泡となって消えてしまう。
そのため魔道具の正確な位置情報を仕入れるのには随分と苦労させられた。
本物そっくりに偽装した蛇の入れ墨を入れた仲間を組織内に潜入させ、地道に信用を勝ち取り、三角錐の設置された支部を突き止めるのに十年。
施設内部の詳細な見取り図を入手するのにさらに三年。
この部屋の鍵を入手するのに二年もの月日を要した。
入念に練られた計画に穴は無く、別動隊のおかげでここまで警報一つ鳴っていない。
すべては計画通り。────そのはずだった。
「なっ!?」
まるで逆再生のように。
たった今壊したばかりの三角錐が目の前で元通りに修復されていく様を目撃し、ギオドラは己の目を疑った。
『こちらモコモコ班! どういうことだボス!? 三角錐が元に戻ってくガオ!?』
『こっちもクマ!』
『タイミングがズレたんじゃメェか~?』
『いいや、タイミングは完璧だったニャン! きっと六つ目の三角錐が他にあったんだニャン!』
各地の仲間たちからも同様の報告が寄せられ、ギオドラは頭を抱えた。
三角錐の破壊条件を勘違いしていた? いいや、あり得ない。
組織に潜入した仲間が十年もかけてようやく入手した設計図から得た情報だ。
それが嘘だったとは到底思えない。
となれば、考えられる可能性は一つだけ。
どこかのタイミングで組織がこちらの動きに感づき、秘密裏に六つ目の三角錐が建造されていたのだ。
すべての三角錐を同時に破壊できなければ、そもそもこの計画は成り立たない。
単純だが極めて有効な対抗策だった。
失敗。
あまりに残酷な二文字が脳裏に浮かび、ギオドラの顔から血の気が引いていく。
するとおもむろにアリアが三角錐の前に立ち、右腕を前にぐんと突き出す。
少女の細腕が無数の小さなキューブに覆われ、禍々しい機械の巨腕へと姿を変えていく。
「お、おい嬢ちゃん!? 何するつもりだ!?」
「危ないから外に出ていてくださいまし!」
アリアが何かするつもりらしいと察し、ギオドラは念のため別チームの仲間たちにも部屋の外へ出るよう通信妖精を使って呼びかけた。
全員が安全圏へ退避したことを確認すると、アリアは巨大化した右手で三角錐をむんずと掴み、ギチギチと力を込めていく。
「んぎぎぎぎ! 意外と硬ってぇですわねっ!!!! けど尻尾は掴みましたわよ!!!!」
顔を真っ赤にしたアリアが歯を食いしばってさらに力を籠める。
ふんばり過ぎて愛らしい顔が爆発寸前の爆弾蝦蟇みたくなってしまっているが、それはさておき。
凄まじい力で握りしめられた三角錐に亀裂が走る。
すると亀裂の隙間から眩い光が溢れ出し────。
「ふ ん ぬ ら っ!!!!」
三角錐が握りつぶされると同時、光が弾け、大爆発が起きた。
破壊は世界各地へと伝播してゆき、迷宮都市の三角錐の爆発から数秒遅れて通信妖精越しに爆発音が響く。
『ゲホッゲホッ! こちらモコモコ。三角錐がいきなり爆発しやがったガオ!?』
『こちらフワフワ。こっちもクマ!』
『こちらプニプニ。三角錐は……壊れたままだメェ~』
『プヨプヨも同じく。これは……成功ってことでいいのかニャン?』
各地からの報告を受け、ギオドラが半信半疑のまま爆発で煤けた部屋の中を覗き込む。
三角錐は壊れたままで、再生する様子は見られない。
「……実は嬢ちゃんが幸運の女神だったなんてことはないよな?」
「地獄の底を彷徨っていたお仲間に頼まれてしまいましたもの。お礼を言うのであれば、どうぞ彼らの冥福を祈ってあげてくださいまし」
顔を引きつらせたまま軽口を叩くギオドラに、アリアが煤けた顔で聖女のような微笑み返す。
頭がチリチリのアフロになっていて微妙に格好がつかないのはご愛敬だ。
世界各地に点在する三角錐は全てをまったく同時に破壊しなければ破壊できない。
ということはつまり、それぞれの三角錐にはなんらかの魔法的な繋がりがあり、常に互いの状態を監視し合っているという推論が成り立つ。
アリアはその繋がりを探り当て、魔神の右腕の破壊エネルギーを世界中へ伝播させ同時に起爆したのだ。
「……ありがとう」
ギオドラは僅かに目を伏せ、無念の内に散った仲間たちの冥福を祈った。
無事にここを脱出できたなら、彼らの墓に琥珀の涙でも供えてやろう。そう心に誓い、瞼を開く。
翡翠の瞳に映る仲間たちの顔は、どの顔も気力に満ち満ちていた。
「やるぞテメェら! こっからが大仕事だ!」
「「「「「応ッ!!!!」」」」」




