0079 決意を胸に
──迷宮都市 路地裏(side美乃梨)──
男が元の姿を取り戻し、美乃梨はひとまずホッと胸を撫で下ろす。
体内から魔石を抉り取ったというのに目立った外傷は無く、呼吸も安定している。
詳しい理屈は分からないが、ジェネレートギアがこちらの意思を汲み取り、上手いこと調整してくれたようだ。
「……美乃梨?」
しかしほっとしたのも束の間。
予想もしなかった人物に声をかけられ、美乃梨はその場に足を縫い留められてしまう。
鈴木大翔。
行方不明になっていた幼馴染が、そこにいた。
今、美乃梨の全身は分厚い甲殻で覆われている。
そのため素顔はおろか、外見からでは性別すら判別できないはずだ。
だというのに大翔は変わり果てた今の姿を見ても、一目で自分の正体を見抜き、声をかけてくれた。
そのことに喜びを感じる一方で────胸の奥からドロリと黒い感情が沸き上がる。
(その子たち、誰?)
見れば揃いも揃って美女や美少女ばかり。
互いに死角を補い、油断なくこちらを警戒する様子からは、一朝一夕では成し得ないチームとしての一体感を感じ取れた。
『今頃アイツら異世界でチート手に入れてハーレムライフだぜ? 羨ましい』
不意に。クラスメイトの不謹慎な冗談が脳裏をよぎる。
まさか大翔に限ってそんなこと。そう何度も頭で否定しても、目の前の光景はそうとしか見えなくて。
再会の嬉しさを塗りつぶすほどに、黒い気持ちだけが胸の内から溢れ出す。
「────っ! 危ない!」
「っ!?」
などと思っていたのも束の間。
突然大翔が飛びかかってきて、美乃梨は地面に押し倒されてしまう。
轟く銃声。
大翔の背中を掠めた銃弾が石畳を砕き、足元に小さな穴を穿つ。
明らかに自分を狙った狙撃。しかし誰が何のために。
(……っ! まさか逃げた私を!)
そのことに思い当たると、胸裏で渦巻いていた様々な感情は、すぐさま底の見えない恐怖に塗りつぶされてしまう。
(逃げないと!)
地下施設での恐怖を思い出した美乃梨は、その場から一目散に逃げ出した。
嬉しかったはずなのに、イライラして、悲しくて、命まで狙われて、もうわけが分からなかった。
『ミノリサン! ソッチハ行キ止マリ……アッ!? ナンデ転移門ガ開イテ!?』
『ワシが許可した』
『博士! 不用心デスヨ!』
『緊急事態じゃ! 今使わずしてどうするか!』
耳元に響くサボットたちの声を意識の外に追いやり、美乃梨は走り続ける。
やがてたどり着いたのは、どことも知れぬ袋小路。
いつの間にか変身も解け、無敵の竜怪人はもうどこにもいない。
美乃梨は喉が枯れるまで叫び、何度も生身の拳を壁に叩きつけ、やがてズルズルと力なく膝から崩れ落ちた。
「……先程の少年は知り合いか?」
美乃梨が泣き腫らした顔を上げると、心配そうにこちらを見下ろすゼロスがいた。
「……行方不明だった幼馴染です」
口から出た言葉とは裏腹に、胸裏で渦巻くドロドロした感情に嫌気がさして、美乃梨は膝を抱えて塞ぎ込んでしまう。
何よりも待ち望んだ再会のはずなのに、どうしてこんな気持ちにしかなれないのか、自分でもわけが分からなかった。
「ずっと会いたかったのに……。一緒にいた人、綺麗な子ばっかりだなって……。そんなふうに思いたくないのに」
「……ふんっ。少なくとも、ワシの目にはあの小僧はお前さんを大事に思っておるように見えたがの」
不機嫌顔で白衣のポケットから煙草の箱を取り出したゼロスは、慣れた手つきで煙草を咥え、火を点ける。
「顔も体型も分からぬお前さんを一目で見抜いて狙撃から庇ったのだぞ。それはあの小僧が普段からお前さんのことを誰よりも見ておったということではないのか」
途端に照れくさくなった美乃梨は、耳まで赤くなった顔を膝に埋めてさらに小さくなる。
「あの小僧とは恋仲だったのか」
ゼロスの問いに美乃梨は膝に顔を埋めたまま首を横に振った。
「……好きだけど、ずっと言えなくて」
「それで想いを伝える前に小僧が行方不明になった、と」
ようやく美乃梨の事情を理解したゼロスは、腕を組みどうしたものかと嘆息する。
「幸いここは閉じた空間じゃ。追手も入ってはこれん。この機に自分の気持ちを改めて見つめ直してみるのも手じゃろうて」
ゼロスに言われ、美乃梨は自分にとって大翔がどういう存在なのか、複雑に絡まった感情を胸の内で一つ一つ紐解いていく。
(ヒロ君とは物心ついたときからずっと一緒だった)
家も隣同士で、母親同士も幼馴染の親友ということもあり、赤ん坊の頃から殆ど兄妹同然に育った。
とはいえ幼い頃の大翔は病弱だったため、一緒にどこかへ出掛けた記憶というのは実を言うと殆どない。
あの頃の大翔との記憶は、その殆どが家の中で完結している。
それとは対照的に渚とはどこへ行くにもいつも一緒だった。
周りの大人たちからも、まるで姉妹のようだとよく言われたものである。
(けど、なーちゃんは死んでしまった)
小学四年生の冬。
車に轢かれそうになった仔猫を助けようと道に飛び出し、渚はそのまま帰らぬ人となった。
そして彼女の心臓は偶然にも同じ日に発作を起こして死にかけた大翔へと移植される。
(あの頃からだ。ヒロ君が変わったの)
渚の心臓を移植して身体が回復するほどに、大翔は変わっていった。
今にも消えてしまいそうな儚さが消え、頑丈な芯が通った。とでも言えばいいだろうか。
(元気になってくれたのはいいんだけど、その分……危うくなった)
心臓移植を受けてからというもの、大翔は時折見ていて心配になるほどの無茶をするようになった。
例えば木から下りられなくなった猫を助けようと木をよじ登ったり、またあるときは仔犬を助けようとカラスの群れに立ち向かっていったこともある。
あの頃の大翔は、まるで死んだ渚が乗り移ったようだった。
大翔自身も、渚の行動パターンを模倣していた節があったように思う。
おそらくだが、渚の分も生きねばという想いが先行しすぎていたのかもしれない。
勇敢になったと言えば聞こえはいいが、いつかそれで渚と同じ道を辿るのではないかと不安で、片時も目が離せなかった。
大翔を守れるのは自分しかいない。
そんな想いが自分の中に宿ったのもあの頃だ。
そして心臓移植を受けてから二年後。その想いは現実のものとなる。
父親の失踪と同時期に、大翔はクラスでいじめられるようになった。
クラスの男子が大翔をからかったのが始まりだったように思うが、どうしてああなってしまったのか、理由は今でもよく分からない。
本当にいつの間にか、クラスの中にそういう空気が蔓延していた。
当の本人は母親に心配をかけまいと気丈に振る舞っていたが、そのことで精神的に追い詰められていたのは横で見ていてすぐに分かった。
それこそ誰かがあの教室から連れ出してやらねば、ふとした拍子に手の届かない場所へ消えてしまいかねないほどに。
(二人で学校サボったこともあったなぁ)
結局、大翔へのいじめは、クラスの中心的存在だった男子の急な転校が転機となり、そのまま自然消滅した。
二ヵ月にも満たない短い間のことではあったが、そのことは卒業までの間、クラスに嫌なしこりを残すこととなる。
(……あの頃からだ。ヒロ君が大人っぽくなり始めたの)
中学に上がると、大翔はそれまでのような無茶をすることはなくなっていった。
つらい時期を乗り越えたことで精神的に成長したのか。
あるいはいなくなった父親の代わりに自分がしっかりしなければと自覚が芽生えたのか。
ともあれ、自分の中で感情の変化が起きたのも中学に上がってからだ。
幼馴染の友達は、気付けば意中の相手になっていた。
(……そっか。あの人たちが誰だろうと、関係ないんだ)
あの三人が大翔とどういう関係だろうと、自分が大翔を好きだという気持ちに変わりはない。
そこに気づくと、それまでぐちゃぐちゃに絡まっていた感情の糸がすんなりと解けたような気がした。
(これ以上、ヒロ君を危ない目に遭わせたくない)
もちろん大翔には振り向いて欲しい。
共に添い遂げたいという気持ちが消えたわけでもない。
しかしこの想いが大翔を危険に晒すというのなら、話は別だ。
感情の糸を紐解いた先、美乃梨の胸裏に浮かび上がったのは一つの決意だった。
「……守らなきゃ」
自分を改造した者たちの正体を、美乃梨は知らない。
それでも相手が相当に巨大な組織であろうことは容易に想像できた。
今回はどうにか逃げ切れたが、追手があれだけとは到底思えない。
自分が近くにいれば、必然的に大翔にも危険が及ぶ。
昼も夜もなく追われ続け、道行く通行人すべてを疑い、狙撃に怯える生活を大翔にさせたくはなかった。
しかも敵は未だにあの邪悪な研究を続けており、人々の弱みに付け込んで改造手術の実験台にしている。
そんな相手を到底許してはおけない。
ならば自分はどうするべきか……。
────滅ボセ。
────我ラガ 敵ヲ 一人残ラズ。
決意を胸に美乃梨が立ち上がると、ゼロスがやれやれと後ろ頭を掻いてため息をついた。
「はぁ……。血は繋がっとらんはずなのだがな」
「???」
「独り言じゃ。それで、どうするつもりじゃ」
「敵の拠点を暴いて破壊します。追手がいなくなるまで、徹底的に」
「くははっ! シンプルじゃな。それで、敵の正体は分かっておるのか?」
「蛇の入れ墨。……今のところ手掛かりはそれだけです」
「……それは頭が複数ある蛇か?」
「暗くてよく見えなかったけど、多分そうだったと思います。何かご存知なんですか?」
美乃梨の言葉に、ゼロスは僅かに目を細める。
かつてどれだけ血眼になって探してもデリングのその後の足取りは掴めなかった。
────仮に。
かつて仕留め損ねた兄弟子が邪悪な研究を続けるために立ち上げたのが多頭蛇だったとしたら。
痕跡を消すにしても個人ではどうしても限界がある。
人が人である以上、どこかで必ずボロが出るからだ。
だが協力者がいたとするなら話は変わってくる。
ゼロスの中にあった様々な疑問が美乃梨の一言をきっかけに氷解していく。
今はまだ憶測に過ぎない。しかしどこか確信めいたものをゼロスは感じていた。
「……やめておけ。相手が悪すぎる」
「じゃあこのまま一生隠れていろって言うんですか!?」
「そうは言っておらん。今回の件はおそらくワシの因縁にも通じておる。お前をこれ以上巻き込むわけにはいかん」
「もう十分巻き込まれてますよ」
「とにかく子どもの出る幕ではない! お前は研究室で大人しく待っておれ。後はワシがやる」
「嫌です」
美乃梨は頑として意思を曲げようとしなかった。
こんなところまで似ているとは。
かつて止めきれなかった妻の顔を思い浮かべ、ゼロスは苦い顔で後ろ頭を掻いた。
とはいえ無関係の子どもを危険に巻き込むわけにはいかない。
心を鬼にし、ゼロスは目を鋭く細めると、脅しかけるような声音で再び口を開いた。
「敵は女子供だろうと容赦はしてくれんぞ。殺らねば殺られる。お前に人を殺す覚悟があるのか?」
剣呑な光を宿した瞳が美乃梨を射抜く。
子ども相手にこんなこと言いたくはなかったが、このままでは埒が明かない。
「ないですよ。人を殺す覚悟なんて」
ところがどっこい。
あまりにもあっさりと否定され、ゼロスは思わずずっこけてしまう。
「誰も殺しませんよ。……理由がどうであれ、一人でも殺したら、それはもう今の私じゃないと思うから」
内なる竜の声は、こうしている今もまるで耳鳴りのように徐々に大きくなってきている。
例え相手がどうしようもないクズの悪人だろうと、相手の命を奪うことを前提に力を振るえば、暴力への歯止めが効かなくなってしまう。
そうなれば最後だ。
今の自分は竜の意思に飲み込まれ、本当の魔人になってしまうだろう。
誰に教わったわけでもないが、美乃梨にはそうすればそうなるだろうという確信があった。
「ならばどうするつもりじゃ。生きている限り奴らは何度でも殺しにくるぞ。生かして逃がせば他所で悪事を働くかもしれん」
「そこまで責任持てませんよ。ゼロスさん、大錬金術師なんでしょう? なんとかしてください」
「結局人任せなんかいっ! ……まあよい。責任を取るのは大人の仕事じゃ。現実的なプランを考えておこう」
ようやく見せた子どもらしい無責任さに少しホッとしつつ、ゼロスは「任せておけ」と短くなった煙草の吸殻を踏み消した。
これが何の力も持たない少女であったなら、事が片付くまで研究室に無理やり閉じ込めておくという選択肢も取れただろう。
だが美乃梨には戦う覚悟と力があり、その力は絶大だ。
今は安定しているように見えても、いつ精神のバランスが崩れて暴走しないとも限らない。
この力が無秩序に解き放たれれば、待っているのは最悪の結末だけだろう。
それだけは絶対に阻止しなければ。
決意を胸に、ゼロスは静かに拳を握りこむ。
「ただし逃げたくなったらいつでも言うんじゃぞ」
「逃げませんよ。絶対に」
きっぱりと断言されてしまい、ゼロスは「このクソ頑固め」と呆れ気味に悪態を吐く。
美乃梨は愛する者のために戦うことを選べる、強い心を持っている。
長い人生の中でゼロスはそういう女性たちを何人も見てきた。
しかしどれだけ決意したといっても、恐怖を感じぬわけでも、ましてや心が傷つかない訳でもない。
特に心の傷というのは目に見えない分、余計に厄介だ。
「────まったく、後悔しても知らんぞ」
溜息一つ、ゼロスは美乃梨の髪をクシャクシャと掻きまわす。
だが乱暴な手つきに反して、その眼差しは温かく、まるで実の娘を見守る父親のようで────
(またこの感じ……)
この人を見ていると、こんなにも懐かしい気持ちになるのは何故だろう。
節くれだった手の温もりに身を委ね、美乃梨は僅かに目を細める。
「っ!」
そのとき、美乃梨の耳が違和感を拾った。
足音。それも複数ある。
ゼロスはこの場所を閉じた空間と言っていた。
ならば自分たち以外の足音が聞こえるわけがない。
しかし足音はまるでこちらの居場所が分かっているかのように、迷うことなく近づいてくる。
少し遅れてゼロスも何者かの気配に気づき、美乃梨を背後に庇い警戒を強める。
そこへ丁字路の角から一人の少年が姿を現した。
「美乃梨!」
今一番聞きたくない声に呼ばれ、美乃梨が僅かに身体をこわばらせる。
恐る恐る、ゼロスの肩越しに路地の奥を覗き込めば、心配そうにこちらを見つめる大翔と目が合った。
◇
──迷宮都市 多頭蛇地下研究所──
地下深くへ向かうエレベーターの中。
一人の幼子の手を握り、蛇顔の青年医師が口を開く。
「緊張しているかね」
リカルドが優しい声音で話しかけると、おずおずと頷きが返された。
五歳くらいだろうか。ライトブラウンの髪をおさげにした、くりくりと大きな瞳が愛らしい少女である。
だが、その背中には身の丈の三倍はあろうかという巨大な翼があり、両足もまるで猛禽のようだった。
「大丈夫。みんな良い子たちだよ」
「おともだち、できる?」
猛禽の足に視線を落とし、少女がしゅんと肩を落とす。
高熱に倒れて病院に運び込まれ、次に目を覚ましたときにはこうなっていた。
聞けば両親は魔物のようになってしまった自分を捨てたのだという。
「もちろんだとも。マーナが仲良くなりたいと言えばみんな喜ぶだろう」
エレベーターが停止し、扉が開く。
二人が扉の向こうへ踏み出すと、そこはバスケットコート程度の広さの空間だった。
見渡す限りの壁には青空のペイントが施され、幼い感性で描かれた愉快なキャラクターたちがのびのびと空を駆けている。
床にはカラフルなプレイマットが敷き詰められ、奥の方には滑り台やジャングルジムなどの遊具も見えた。
楽園。
職員の間でそう呼ばれるそこは、組織が集めた特別な才能を持つ子どもたちを収容する区画だった。
ここで言う特別な才能とは、魔物細胞との適合率の高さを指す。
組織が迷宮都市全域にばら撒いた特殊な花粉は、適性を持つ子どもが吸い込むと強烈なアレルギー反応を示す。
そうして高熱に侵された子どもを親から引き離して人体改造を施した後、組織に従順な戦闘兵器として育てるのだ。
「あ! リカルドせんせー!」
特徴的な蛇顔に気付き、子どもたちが嬉しそうに駆け寄ってくる。
下は七歳から上は十五歳まで、総勢三〇人。
身体の一部が魔物化している以外は、どこにでもいそうなごく普通の子どもたちである。
「やあ子どもたち。みんな良い子にしていたかな?」
リカルドが笑みを向けると、子どもたちが思い思いの返事を返す。
彼ら彼女らの表情は、とても邪悪の限りを尽くす研究所にいるとは思えないほど明るく、リカルドへの深い信頼が感じられた。
「新しい家族を紹介しよう。さあマーナ、ご挨拶できるね?」
リカルドに背中をそっと押され、マーナが子どもたちの前に進み出る。
しかし緊張しているのか中々声が出せない。
頑張って。大丈夫だよ。こちらを一心に見つめる子どもたちの声援を受け、やがてマーナは控えめに口を開いた。
「……マ、マーナです。なかよくしてくだしゃい!」
最後に少し噛んでしまったが、子どもたちの反応は温かかった。
もちろん! よろしくね! 会えて嬉しい!
そんな言葉と共に輪の中に迎え入れられ、マーナはもじもじしながらもどこか嬉しそうだ。
「さあ、歓迎会を始めよう。準備はできているね?」
笑顔のリカルドが尋ねると、子どもたちが口を揃えて「もちろん!」と元気よく答える。
気のいい兄や姉たちに誘われマーナが奥の扉を潜ると、そこは食堂。
大きなテーブルの上にはご馳走が並び、部屋中がまるで生誕祭の夜のように飾り付けられている。
「わぁ……!」
「マーナのために僕たちで用意したんだ!」
蛇の尻尾を持つ猫目の少年が得意げに胸を張る。
年齢は七歳程度。この中では一番マーナと年齢が近い。
聞けばテーブル上でも一際目を惹く大きなロースト肉は少年が倒した魔物の肉だそうだ。
「もうコカトリスを倒せるようになったのか。偉いぞライオット」
「へへん! 今日からお兄ちゃんだもん。頑張ったよ!」
リカルドに頭を撫でられ、猫目の少年──ライオットは嬉しそうに目を細めた。
すぐに子どもたちが続々と席に着き、マーナとリカルドは全体を見渡せる一番奥の主役席に腰掛ける。
全員が席に着くと、ここでマーナはあることに気付く。
「ひとり、たりない?」
一ヶ所だけ空席があるのだ。
皿とカトラリーが用意されているので、元々使われていなかったということはないだろう。
すると子どもたちの顔に悲しみの影が差す。
「リオンがね、死んじゃったの」
マーナの疑問に答えたのは顔の左半分が鱗に覆われた少女だ。
おそらく十二歳くらいだろう。
ライムグリーンの髪を耳の上で二つ結びにしており、鱗さえなければ将来は中々の美人になったはずだ。
「どうして……?」
「ダンジョンでね。冒険者に襲われたの」
少女はそれ以上のことは語らなかった。
だが子どもたちの険しい表情を見れば、その冒険者がどうなったかは容易に想像できた。
「あ、もちろんマーナのせいじゃないよ! 仇はもう取ったし!」
と、今にも泣きそうなマーナを気遣い、鱗顔の少女が慌てたように付け加える。
聞けばこういうことは稀にあり、だからこそ皆を守れるように強くなりたいのだと少女は言う。
その言葉に他の子どもたちからも続々と同意の声が上がった。
「……でも、さ。やっぱりお別れは悲しいじゃん? だからこれはマーナの歓迎会だけど、リオンのお別れ会でもあるの。黙っててごめんね」
「ううん。かなしいおわかれは、いやだよね」
無理っぽく笑ってみせた鱗顔の少女に、マーナは気にしてないと首を横に振った。
するとそんなマーナの頭を大きな手がそっと撫でる。リカルドだ。
「リオンの魂が楽園に導かれるよう、神様にお祈りしよう」
リカルドが胸の前で両手を組み、黙祷を捧げる。聖神教の祈りの作法だ。
子どもたちもそれに倣い黙祷を捧げた。
やがてリカルドが目の端に浮かんだものを指で拭い、顔を上げる。
「さあ、悲しいのはここまで! リオンもその方が喜ぶだろう」
そうだね。確かに。あいついつも騒がしかったもんな。
リカルドの言葉でリオン少年の元気な姿を思い出し、子どもたちの口角が僅かに上がる。
そんな子どもたちの様子を見渡し満足げに笑みを深めたリカルドが指を鳴らすと、各々の前にあった空のグラスがジュースで満たされた。
「リオンの安息と、新たな末の妹に!」
乾杯!
リカルドの音頭でグラスが掲げられ、賑やかな食事が始まった。




