0078 迷宮都市
──迷宮都市駅(side大翔)──
列車強盗事件から半日。
その後は特に大きなトラブルもなく、俺たちは迷宮都市へ到着した。
迷宮都市駅は今まで見たどんな駅よりも巨大だった。
構内図によると、ここから都市の至る所へ地下鉄や高架鉄道が通じているらしい。
商業施設も多数併合されているようで、あまりの情報量の多さに眩暈がしそうだった。
新宿駅より複雑なんじゃないか、ここ。
駅員さんの案内で一番出口から外に出ると、駅前は警察により立ち入り規制がされ、重武装の特殊部隊が警戒に当たっていた。
ロータリーには罪人輸送用の魔導車が停まっており、その前に立っていた迷宮都市警察の人が俺たちを出迎える。
黒髪をオールバックにした三白眼のお兄さんだ。
車掌さんが事前に警察へおおまかな事情を連絡してくれていたらしく、強盗団の引き渡しはスムーズだった。
「ご協力感謝ちまちゅ! ちかし捕縛に留めたのは賢明でしちね。コイツら殺すと大爆発ちまちゅから」
「ああ、やっぱり」
死に際に爆発するなんて、ますます特撮怪人みたいだな。
撮影用の採石場ならともかく、街中や列車の中で爆発されたらたまったもんじゃない。
ビジョンを信じて殺さずにおいて正解だった。
……それより、なんでこの人おしゃぶり咥えてるんだろう。
「あの、失礼だったらごめんなさい。……そのおしゃぶりは?」
「ああ、これでちゅか? ボクのパパがダンジョンで見つけてきたアイテムでちゅ。だけど呪いがかかってたみたいで、赤ちゃんの時に咥えて以来ずっとこのままなんでちゅ」
「そうでちゅか」
しまった。喋り方が感染った。
「強制的に赤ちゃん言葉になることと、ミルクちか飲めなくなること以外は特に不自由ないでちゅし、代わりにぜんぶのステータチュが一〇倍でちゅから。おかげでこうちて夢だったお巡りさんにもなれたでちゅ!」
これは、よかったねと言っていいのだろうか。
全ステータス一〇倍はすごいけど、失うものが大きすぎる。
「子供の頃にボクをいじめたクソ共は全員ブタ箱にぶち込んでやったでちゅ! ざまぁでちゅ!」
職権乱用じゃないか。大丈夫なのか、この国。
こちらの呆れた視線に気づいてか、おしゃぶり警官は邪悪な笑みを嘘のように消して、真面目な話に戻った。
「実はここ数日、人族が街中で魔物みたいに変身ちて暴れ回る事件が多発ちてるでちゅ」
「そうなんですか?」
「つい昨日も致命傷を負った犯人が爆発ちて、周囲に被害が出たばかりでちゅ。だからお兄ちゃんたちの判断は正しかったでちゅ。後日ギルドを通じて報酬が支払われまちゅよ」
「分かりました」
俺が頷くと、ここでリゼラが思い出したように「そういえば」と声を上げた。
「私たちゼロス・バルトホークという人を訪ねるように言われてこの街へ来たんですけど、どこにいるかご存じありませんか?」
リゼラに尋ねられ、おしゃぶり警官は少し困ったような顔をして頬をかいた。
「あー……それはまたタイミングの悪い。バルトホークのおじいちゃんは第三地区に住んでるんでちゅけど、三週間くらい前に彼の研究所で爆発事故があったんでちゅ。おかげで現在は行方不明でちゅ」
「爆発事故!?」
「それ自体は別に珍ちくもなんともない、ある意味この街の風物詩でちゅ」
聞き間違いかと思い俺が聞き返すと、おしゃぶり警官は「まったく困った爺さんでちゅ」と苦笑いした。
爆発が風物詩になるって、どんな爺さんだよ。
するとおしゃぶり警官が俺の耳に顔を寄せてきて「ここだけの話なんでちゅけどね」と小声で続けた。
「どうやら彼、今回は聖神教に追われているようなんでちゅ。つい先日も四天使のエリアル様が直々に署までいらちて、おじいちゃんを指名手配にするよう署長に掛け合ってたでちゅ」
「……そんなこと俺たちに話しちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫でちゅ! これはボクの独り言でちゅから。いつも聖神騎士団の騎士長が手柄欲ちさに捜査に横槍入れてきてムカついたとかではないでちゅ!」
まったく悪びれる様子もなく、おしゃぶり警官はニヤリといい笑顔で親指を立てた。
ストレス溜まってそうだなぁ。
「それにこの間のオーランでのこともありまちゅからね。根っからの信者以外はみんな聖神教のこと疑ってるでちゅ」
「でも確かこの国の今の与党って聖者党でしょう? 大丈夫なの?」
おしゃぶり警官の言葉にリゼラが首を傾げる。
「聖者党って?」
「聖神教が母体の極右政党ですわ。ここウルファールは四〇〇年ほど前に革命が起きて共和制になって以来、ずっと聖神教を支持母体とする政党が与党の座についていますのよ。ですから当然国教も聖神教ですわ」
と、俺の疑問にアリアが答えてくれた。
なるほど。民主政治でも宗教団体が与党になるとそういうことになるのか。
しかも極右政党ともなれば強権的に他の宗教を排除しそうなものだが、お兄さんの話を聞く限りそういう印象は受けなかった。
リゼラの疑問の理由が分かり、改めておしゃぶり警官へ視線を向けると、「この街だけ例外というか、特別なんでちゅ」と苦笑を返される。
「なにせダンジョン目当てにいろんな国から冒険者がやってきまちゅからね。エルデンバーグほどではないけど、世界的に見てもかなり寛容な街だと思いまちゅよ。ここは」
「確かに、些細なことで逮捕してたら留置所がパンクしちゃうものね」
「アハハ。本音を言えばそういうことでちゅ。その代わり問題を起こしたら裁判無しで死刑でちゅ。警察と聖神騎士団にはその権限があるから、くれぐれも問題は起こさないようにお願いちまちゅね?」
リゼラの合いの手におしゃぶり警官は口でこそ笑っていたが、目がまったく笑っていなかった。ひぇっ……。
というかエルデンバーグ王国って相当緩い国だったんだな。
アリアの話じゃ劔も建国に携わったって話だったし、戦争で国を失った人たちのために作った国だからその辺りはあえて緩くしたのかもしれない。
と、思考が逸れた。
「ともあれ、オーランの勇者にお会いできて光栄でちた。それでは失礼ちまちゅ! ばぶぅ!」
おしゃぶり警官は俺たちに敬礼すると、強盗団を輸送車に押し込み駅を去っていった。
到着早々に濃ゆいキャラを浴びて、疲れちゃったな。
しかし目当てのゼロスさんが行方不明とは。どこをどう探せばいいやら。
「ひとまず宿を確保しませんこと? ゼロスさまについてはギルドで情報を集めましょう」
「確かにそれが一番早そうね」
「あーあ、長旅で身体が鈍っちまったぜ」
「ピピも後で洗ってあげるからね」
「くえっ!」
ひとまずの行動方針を決めた俺たちは駅前の案内板を頼りに宿を探し始めた。
迷宮都市は七つの地区に分けられているようで、大きなターミナル駅のあるここは第七区画にあたるらしい。
建物の壁は新商品の宣伝ポスターで埋め尽くされていて、遠目から見るとモザイクアートのようだ。
駅から離れるにつれて古びた建物や明らかに道路にはみ出ている違法建築らしきものが増えてゆき、道もどんどん複雑になっていく。
「ふんふふーん♪ あっちですわ!」
「なぁ、本当にこんなところに宿屋なんてあんのかよ」
「行けば分かりますわ!」
「当てずっぽうかよ!」
ご機嫌なアリアの後に続いて、迷路のように入り組んだ路地をあっちへふらふら、こっちへふらふら。
たまに屋台で買い食いしながらアテもなく進んでいく。
もう自分たちがどっちから来たのかさえ分からない。
ふと、壁に貼られたポスターの顔と目が合った。そういえば駅前にもたくさん貼ってあったっけ。
『どこよりも早く正確な医療をあなたに。病気かも? と思ったらヴァイパー総合病院へ』
妙に青白い蛇顔の男の胡散臭い笑顔に見送られ、急階段を下っていく。
ビルの下を抜けるトンネルを潜り、立体交差する歩道橋を渡ると、今度は四方をビルに囲まれた十字路に出る。
流石は迷宮都市、街そのものが迷路みたいだ。
観光する分には面白いけど、絶対に住みたいとは思わないな。
美乃梨なんてお使いに行ったら一生帰って来れなさそうだ。
『安心安全な食品をお手頃価格であなたへ。ヴァイパー商会』
……と、またあの蛇顔だ。今度は食料品店のポスターか。
「このポスターの人、さっきから見かけるけど有名なのかな」
「ええ、超が付くほど有名人よ。なにせ世界的な大商会の御曹司だもの」
「そうなの?」
俺が尋ね返すと、リゼラはもったいつけたように咳払いして、ポスターの人物について語り始めた。
「リカルド・ヴァイパー。彼自身も優秀な医学博士で、貧しい人たちにこそ医療を! って、紛争地域や災害に見舞われた国で人道支援も積極的にやってたはずよ」
いわゆる篤志家、というやつなのだろう。
聞けば彼の開発した新薬のおかげで、それまで根治不可能とされてきた難病がいつでも治療可能になったらしい。
「十年前の大嵐の後もヴァイパー商会が一番早く支援物資を届けてくれたし、量も多かったぜ。ま、笑顔は胡散臭ぇけどな!」
「邪悪な本性がにじみ出てますわね!」
と、歯に衣着せぬアーシュラのあんまりな物言いにアリアが頷き、ポスターに向かって「べぇ!」と舌を出す。
まあ確かに悪役っぽい顔ではあるけども。
「もうアリアったら。本の読み過ぎよ」
なんて苦笑いしつつも、俺たちは路地の奥へと足を進める。
十字路を右に進むと、狭くて薄暗い裏路地のような場所に入った。
壁は落書きだらけで、頭上をチカチカと照らすドギツイ蛍光色の看板たちが目に痛い。
こんな治安の悪そうなところ通って大丈夫なのか……?
「────っ!? みんな下がれ!」
突如、電撃のような直感が脳裏をよぎった。
みんなに警戒を促した直後、俺の鼻先スレスレを何かが猛スピードで横切っていく。
一拍遅れて向かって右側の壁が轟音と共に崩れ、粉塵が舞い上がる。
「グギギガガァァァッ!!!!」
粉塵が羽ばたきの風圧で吹き払われると、そこにいたのは黒光りする甲殻に全身を覆われた昆虫怪人だった。
顔や全身の構造がどことなくコオロギに似ている。
コオロギ怪人が顎をギチギチ鳴らして、自分がぶち抜いた穴の奥に向かって威嚇すると、暗闇の奥で赤い瞳がギラリと輝いた。
一歩。強者の気配を帯びた影が、闇の中から路地へと踏み出す。
壁の穴から姿を現したのは、漆黒の竜怪人。
禍々しくも力強い造形。腰には変身ベルトのようなものも見える。
こんな状況でなければ写真の一枚でも撮りたいくらいだ。
二体の怪人がお互いを見据え、拳を構えた────次の瞬間。
怪人たち姿が掻き消え、衝撃波が裏路地に吹き荒れた。
空中で幾度となく力と力がぶつかり合う。
だがやはりコオロギ怪人の方が圧倒的に素早く、手数で押された竜怪人は地上へ叩き落とされてしまう。
「ギギギギギィィィィ!!!!」
コオロギ怪人が羽を震わすと、空気が激しく振動して指向性の怪音波となって竜戦士に襲い掛かる。
分厚い鎧でも音の攻撃は防げないのか、耳のあたりを抑えて悶え苦しむ竜怪人。
加勢すべきか判断に迷っていると、竜怪人を中心に炎の竜巻が轟々と立ち昇った。
降り注ぐ火の粉を嫌い、コオロギ怪人が怪音波攻撃を止めて飛び退く。
すると炎はそのまま竜怪人の両脚へと収束し、爆発!
その勢いに乗って急加速した竜怪人が飛んだ。
一瞬にして両者の距離は縮まり、顔面を殴り飛ばされたコオロギ怪人が流星のような勢いで真っ逆さまに落ちてくる。
激突。その衝撃で地面が激しく揺れ、もうもうと土煙が舞い上がった。
くそっ、これじゃ何も見えない!?
────ビュオォォッ!!!!
突風に土煙が吹き散らされて、二体の怪人たちの姿が顕わになる。
目算二十歩の間合いで睨み合う怪人たち。
傷を抑えてコオロギ怪人がふらつくと、竜怪人が腰を深く落とし、必殺の構えを取った。
するとその指先が煌々と輝き始め────。
轟ォッ!!!!
両脚に集めた炎を爆発させ、竜怪人が再び突貫する。
決着は一瞬。
気付けば竜怪人の輝く右手がコオロギ怪人の鳩尾を貫いていた。
コオロギ怪人の体内から石のようなものを抉り取った竜戦士は、そのまま腕を引き抜いて怪人の背後へと抜ける。
「グ……ギ!? ギ、ギギ……ギ!」
石を抜き取られたコオロギ怪人は一歩、二歩と苦しげによろめき、力尽きたように仰向けに倒れた。
すると全身を覆っていた昆虫の甲殻が青白い燐光へと分解されていく。
中から出てきたのは、みすぼらしい身なりの痩せぎすの男だった。
胸が微かに動いているので息はあるらしい。
四散した燐光はまるで吸い寄せられるように竜怪人のベルトへと集まり、光をすべて取り込み終えると、竜怪人から感じる圧が僅かに増したのを感じた。
まさか力を取り込んだのか?
「────っ!?」
と、ここでようやくこちらに気付いた竜怪人が驚いたように動きを止める。
なんだ? 俺をじっと見て……。
「…………美乃梨?」
自分の口から出た名前に、俺自身が驚いていた。
まさか。あり得ない。美乃梨がこの世界にいるわけないのに。
なのにどうして、あの怪人に美乃梨の影が重なるんだ。
「────っ! 危ない!」
「っ!?」
またも嫌な予感に襲われ、咄嗟に竜怪人を地面に押し倒す。
それと同時、路地に銃声が鳴り響いた。
竜戦士を狙った狙撃弾は狙いを逸れて石畳を砕き、石の破片がパラパラと降り注ぐ。
まずは敵を無力化しないと。────あそこか!
「クソッ、どうなってんだ! こっちの位置がバレてたのか!?」
「お前かぁぁぁぁっ!!!!」
「っ!?」
近くの建物の屋上へ飛んだ俺は、その場から逃げようとしていた男を怒りに任せて蹴り飛ばし、背中に馬乗りになって取り押さえる。
服装も顔立ちも地味で、これといった特徴のない男だった。
肩には大型のライフル銃を担いでいる。どう見ても現行犯だ。
「言えッ! どうして彼女を狙った!?」
「なんだテメェ!?」
「黙れ! 質問にだけ答えろ!」
「ギルドで依頼を受けたんだよ! ダンジョンから出てきた人型魔物の討伐依頼!」
「人型魔物だって!? 冗談じゃない! 彼女は人間だぞ! 改造されてあんな姿になってるだけだ!」
「はぁっ!? なんだよそれ、どういうことだ!?」
俺の言葉に男は酷く混乱している様子だった。
まさか本当に魔物だと思ってたのか。
「縛れ蔓草。緑の罪人、絡まり吊せ」
近くを漂っていた蔓草の精霊に呼びかけ男の手足を拘束し、懐を探ると、銀の冒険者プレートが出てきた。
「銀等級だったのか」
「だから言っただろ!? 返してくれ!」
男の冒険者プレートを元の場所に戻し、俺は今分かっていることを手短に共有した。
すると男の顔色がみるみる青くなっていく。
これは本当に何も知らなかったっぽいな。
クエストボードに張り出される依頼書は、ギルドが依頼主の素性や犯罪歴の有無、年収なんかを調査して、報酬の支払い能力有りと判断したものだ。
だから冒険者はギルドの依頼を疑わない。
そこを疑ったら冒険者という仕事そのものが成り立たなくなるからだ。
「う、嘘つくな! ギルドの依頼だぞ!? 何を根拠に……」
俺が自分の冒険者プレートを見せると、男は口を開けたまま固まってしまった。
ついこの前なったばかりだけど、俺の方が等級は上。しかも七大国の内二ヶ国の紋章まで入っている。
発言の根拠にはならないが、信用という点だけならこれ以上のものもない。
「今示せる証拠はありません。けど、嘘は無いと海竜と世界樹の紋章に誓います」
「……いや、いい。十分だ」
二ヵ国の紋章に誓ったことが決め手になったのか、男は縛られた体勢のまま真っ青な顔で項垂れてしまう。
知らない間に暗殺の実行役になっていたという実感が今になってようやく湧いてきたのか、相当参っているようだった。
「どうしてこんな依頼を?」
「参加者全員に前金で一〇〇万ディア。討伐成功でさらに二〇〇万だ。受けない方がどうかしてる」
当然、そんな美味しい依頼が張り出されることは滅多にない。
おかげで今朝のギルドはお祭り騒ぎだったらしい。
じゃあ相当な数の冒険者が今も美乃梨を血眼で探してるのか。
おそらく依頼主の裏に何人も仲介役がいて、その一番裏に多頭蛇がいたのだろう。
ギルド内に弱みを握られた職員がいる可能性だってある。
「さっき彼女って言ってたよな。知り合いか?」
「……同郷の幼馴染です」
細く、長く息を吐いて、やり場のない苛立ちを腹の底から押し出す。
今回のことはハローワークで闇バイトを紹介されたようなものだ。これ以上彼を責めても何も解決しない。
男の拘束を解いてやると、「いいのか?」とこちらの腹を探るような視線を向けられた。
「あなたはこのことをギルドに包み隠さず報告してください」
「そ、そんなことして捕まったらどうする!?」
「今回は未遂だったし、そもそもギルドが騙されてたんです。下手に嘘を吐いたり隠したりすれば逆に怪しまれますよ」
「それは、そうだろうが……」
「それとも何かやましい事でもあるんですか?」
「あるわけないだろ!」
「じゃあできますよね。あなたも悪いと思ってるなら、彼女の敵を減らすのに協力してください」
「お前はどうするんだ」
「もちろん彼女を追って助けます。幼馴染ですから」
「……分かった。すまなかったな」
男は一言俺に謝罪すると、音もなくビルの屋上を伝ってどこかへと去っていった。
このまま上手く話が進めば美乃梨が冒険者に襲われることはなくなるはずだ。
ひとまず暗殺者を退け、仲間たちの待つ地上の路地裏に戻ると、ついさっきまでここにいたはずの竜怪人の姿が見当たらない。
暗殺者を恐れて逃げたのか。リゼラたちに足止めをお願いしておくべきだった。
「あ、戻ってきた! 急にいなくなって! ちゃんと説明して!」
俺が戻ると三人が駆け寄ってきて、リゼラに説明を求められた。
「……さっきの黒い怪人は、たぶん美乃梨だ。狙撃してきた男は冒険者で、ギルドの依頼だって言ってた」
「何!? クソッ、奴らギルドにまで根を張ってやがるのか……ッ」
真っ先に反応したのは、やはりアーシュラだった。
俺達の中では彼女が一番冒険者歴が長い。それだけにショックも大きいのだろう。
「ミノリって、確かヒロトの……。どうして異世界にいるはずの子がこんなところに?」
少し考え込むような仕草をした後、わけが分からないという顔でリゼラが口を開いた。
以前少し話したことを覚えていたようだ。
「分からない。けど確かに美乃梨だったんだ!」
「落ち着きなさい。あなた、失せ人探しの魔法使えたでしょう? 詳しい事情は本人から聞けばいいわ」
「それだ!」
美乃梨の姿を強く脳裏に思い浮かべ、俺は失せ人探しの魔法を発動させた。
すると光の糸は最初に竜怪人が現れた大穴の奥へと伸びていく。
やっぱり。魔法が発動したってことは美乃梨はこの世界にいるんだ。
でもどうして……。
脳裏を埋め尽くす嫌な想像を振り払い、俺は光の糸を辿り壁の大穴に入る。
どうやら今は使われていない借家のようだ。
床には壊れた家具や割れた皿が散乱していて、あちこちに埃が積もっている。
奥の扉を開けると、隣のビルの壁で塞がれていて外には出られなくなっていた。
どういうことだ? 壁は間違いなくそこにあるのに、光の筋は壁の向こうを指し示している。
「ちょっといい?」
リゼラが俺を押しのけ何かを確かめるように壁や扉にペタペタと触れる。
「なるほどね。この扉、転移門になってるわ」
「転移門?」
「遠く離れた場所同士を繋げる移動系の魔導よ。起動させるには鍵となる物を持っていないとダメみたいね」
「どうにかできないの!?」
「無茶言わないでよ! それこそママならどうにかできたかもしれないけど……」
試しにとリゼラが虚空から漆黒の杖を取り出して転移門にかざしてみるが、やはり反応はない。
言葉にできない焦りばかりが募っていく。
早く追わないと取り返しのつかないことになりそうな気がする。
くそっ! 遠回りしている時間はないのに!
「それなら、おばさまにどうにかしていただきましょう」
「は? アリアあなた何言って……」
「じゃじゃーん! 世界樹の雫~♪ エルフェリアを発つ直前に一人でこっそり採りに行っておいて正解でしたわね」
と、アリアがまるで手品みたく手の中に小瓶をパッと出現させ、世界樹の雫を漆黒の杖に一滴垂らす。
すると杖から光が溢れ、眠っていたマリエラさんの意識が覚醒した。
『あらあらあら。これはどういう状況かしら?』
「時間も無さそうですし詳細は省きますわね。この転移門をこちら側から起動させられまして?」
『あら懐かしい。これならこれをこうして、ちょちょいのちょいっと。ほら開いた』
アリアが手短に説明すると、リゼラの周囲に魔法陣がいくつも現れた。
空中に現れた魔方陣がジグソーパズルのように分解され、組み替えられていく。
すると壁の中心から渦を巻くように闇が広がり、どこかへ通じるゲートが開いた。
「嘘!? こんな簡単に……」
『だってこの技術、ゼロスが開発したものだもの。ホント、あの頃からぜんぜん変わってないみたいね。安易に門を増やしすぎるからセキュリティの更新が追いつかなくなるのよ。……なーんて、言ってる間にもう時間切れみたい』
「ま、待って! 私、話したいことがたくさん……!」
『大丈夫、信じてるわ。いつかゆっくり聞かせてね』
それっきり漆黒の杖は光を失い、マリエラさんの声は聞こえなくなった。また眠りについたのだろう。
少し寂しそうな顔で俯いたリゼラは、漆黒の杖をギュッと抱きしめる。
「……行きましょう。ヒロトの幼馴染がゼロスのゲートを使って逃げたってことは、あの子を追えばゼロスに会えるかも!」
こんなところで俺たちの本来の目的と繋がるとは思ってなかったが、ともあれ何が出てもいいように腰の剣に手をかけつつ、俺は開いたゲートに足を踏み入れた。




