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【3章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第四章 迷宮都市編

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0077 誕生 竜の戦士

 闇の中で何か大きな塊が薄青い光を放っている。


 それは卵だ。

 よくよく目を凝らせば表面には複雑な幾何学模様が浮かんでおり、その線の一本一本が脈動するように光を放っている。


 卵には無数の管が繋がっていて、それらの管の先がどこに通じているのは暗くてよく見えなかった。


「────」


 白衣を着た枯れ木のような老人が卵の前に立ち、何事かブツブツと呟く。

 声が小さすぎてよく聞き取れないが、何かの呪文のようにも聞こえる。


 すると老人の呪文に反応して、無数の管を通って黄金のドロリとした液体が卵へと流れ込み、卵がその輝きを強めた。


 高温の蒸気を噴いて、卵が上下にゆっくりと開いてゆく。

 白衣の老人が開いた卵へと歩み寄り、そこから何かを取り出す。


 それは小指の先程度の小さな深紅の石だった。


 景色が暗転し、闇の中に獣の唸り声だけが響き渡る。

 それは深紅の石に宿る何者かの思念だ。

 唸り声は次第に意味のある言葉へ変わり、美乃梨の心に直接語り掛けてくる。



 ──喰ラエ! 殺セ! 破壊シロ!


 ──敵ヲ 討チ滅ボセ!!!!


 ──スベテヲ喰ライ 更ナル チカラヲ!!!!



 声は次第に遠ざかり、暗闇に一筋の光が差し込む。

 目覚めの時が近いのだ。




 ◇




 ──迷宮都市ダンジョン ゼロスの隠れ家(side美乃梨)──


「────待って!」


 伸ばした手が空を切る。

 身体を起こすと汗を吸った肌着がジットリとまとわりついて、その不快感に美乃梨は眉をひそめた。


 直前まで見ていたあの夢。

 夢にしては妙にリアルで、真に迫るものがあった。

 本当にただの夢だったのだろうか。


 ひとまず奇妙な夢のことは棚に上げ、美乃梨が首を巡らせる。


 そこはどこかの研究室のようだった。

 部屋は用途不明の機械で埋め尽くされており少しかび臭い。

 ベッド周りだけ慌てて片付けたような形跡があり、それがかえってリアルな生活感を醸し出している。


「ここは……?」


 気絶する直前のことを思い出し、自分の手足を見ると、人間の身体に戻っていた。

 もしや顔だけ怪物のままなのではという不安に駆られるが、触ってみるといつも通りの柔らかな感触が手に返ってくる。


 服は薄緑色の手術着のままだったが、変に着崩れているということもなく、寝ている間に何かをされた様子もない。


「気分ハ、イカガデスカ、オ嬢サン」


 わけが分からず美乃梨が混乱していると、一体のロボットが声をかけてくる。

 上半身は人型だが、下半身は蜘蛛のような八つ脚だった。


「えっと、はい。特に痛みとかは……」


「左様デスカ。オット、自己紹介ガ、マダ、デシタネ。私ハ『サボット』。以後オ見知リ置キヲ」


「は、はぁ……。あの、ここは? 私、どうなって……」


「ここはワシの秘密研究室じゃ」


 と、ガラクタの山の向こうからひょっこり顔を出したのは奇抜な髪型の老爺だった。

 豊かな白髪を整髪剤で棘のように固めており、まるで白いウニだ。

 左目が機械に置き換えられており、真っ赤なレンズがマッドな雰囲気を演出している。


「お主が倒れておるのを見つけたのがダンジョン時間で十八時間前。外ではもう三週間ほど経過しておるじゃろう。ここなら追手に見つかる心配もない」


 ダンジョン。

 普段あまりその手のゲームをやらない美乃梨でも、その名を耳にしたことくらいはある。

 何が何やらわけが分からなかったが、ひとまずあの地獄のような施設から逃げ出せたことだけは理解できた。


「えっと、ありがとうございます……で、いいんですよね?」


「うむ。存分に感謝するがよい! なにせこの大錬金術師、ゼロス・バルトホークがタダで他人に施しをするなど滅多にないんじゃからな! ガハハハ!」


「自分デ言ッタラ台無しデスヨ。彼女ガ、コウナッタノモ、アル意味、博士ノ、セイジャナイデスカ」


「またお前は余計なことを! スクラップにされたいかこのポンコツが!」


「ワタシガ居ナイト、何モデキナイ、要介護老人ノクセニ!」


「なんじゃとぉ!? おのれ二度と生意気な口を聞けんようにしてやる!」


「ヤレルモノナラ、ヤッテミロ! コノ社会不適合者!」


 頭から湯気を出しながらスパナを振り上げ走り回るゼロスと、おちょくるような動きで避けまくるサボット。

 二人のコミカルな動きに、自然と美乃梨の口から笑い声が漏れていた。


「なんじゃ突然。気でも触れたか」


「ふふ……っ、ごめんなさい。二人とも仲良しなんだなって」


「ヨウヤク、笑ッテ、クレマシタネ。計算ドオリデス」


「平然と嘘を吐くでないわ、このポンコツめ」


 えっへん! と胸を張ったサボットの脳天にスパナが振り下ろされ、金属同士のぶつかる甲高い音が「カァン!」と響いた。


「ま、なんであれ、笑えるようなら大丈夫じゃろう。それよりお主に伝えておかねばならんことがある」


 急に真面目な顔になったゼロスに、美乃梨も思わず背筋を伸ばす。

 白衣のポケットから取り出したスイッチをゼロスが押すと、空中に美乃梨の姿を模したホログラム映像が映し出された。


「お前さんの身体についてじゃ。今のお前さんは正確に言えば人ではない」


「えっ!?」


「お前さんは邪悪な輩の手により改造手術を施され、人でも魔物でもない新たな種族『魔人』となったのだ」


 ゼロスが手元のスイッチをもう一度押すと立体映像の胸部が透明になり、体内の様子が表示される。

 見れば自分の心臓に何かの結晶が癒着しており、完全に一体化してしまっているのが分かった。


「見ての通り、改造手術で埋め込まれた魔石はお前さんの心臓に癒着してしまっておる」


「これって大丈夫なんですか?」


「まったく大丈夫ではないな。感情の起伏で魔石が活性化すれば、最悪心臓が破裂する恐れさえあった」


 美乃梨が胸を抑えて顔を青くすると、ゼロスは「話は最後まで聞け」とやや呆れ気味に説明を続ける。


「そこでワシはある方法を使い、心臓に癒着した魔石を別の場所へ移動させることにした」


「ある方法?」


「うむ、お主の腰に超カッチョいいベルトがあるじゃろう」


 言われてようやく気づいたが、見れば腰のあたりに変身ベルトのようなものが付けられていた。


「それこそがワシの大発明、魔力形質変換機(マギジェネレータ)を急ピッチで改造した、その名もジェネレートギアじゃ!」


「は、はぁ……」


「なんじゃい、反応うっすいのぅ」


 大翔(ひろと)であれば素直に「カッコいい!」と目を輝かせただろうが、生憎と美乃梨はこの手のものにあまり興味がなかった。

 むしろ妙にゴツくて玩具っぽさが拭えない。

 邪魔くさいからとすぐに外しにかかる美乃梨だったが、どうやっても外せなかった。


「あれ、これ、外れない!? ていうかお腹にくっついてる!?」


「そりゃそうじゃ。それ外したらお前さん死ぬからの」


「えぇ!? 聞いてないですよそんなの!」


「そりゃ今言ったからの。それのおかげでお前さんは人の姿に戻れておるのだぞ。もっと感謝せんか!」


「えぇ……」


 そう言われてもお風呂のときにすごく邪魔そうだな、くらいの感想しか思い浮かばない。

 というかこのゴテゴテした機械は水に浸けても大丈夫なのだろうか。

 お風呂に入っただけで感電死なんてことになったらそれこそ笑えない。


「お前さん、それの凄さを分かっとらんな!? よいか! そのジェネレートギアは永久物質化した魔力そのものなんじゃぞ!」


「それの何が凄いんです?」


「かーっ! これだから素人は! 通常、魔法やスキルなどで物質化させた魔力は時間を置けば魔素へ分解されて消えてしまう。魔物などの魔法生物はその生涯をかけ体内で魔力を結晶化していくが、そのメカニズムについては長らく謎のままだった。だがワシはついにその謎を解き明かしたのだ! この技術を使えば魔力さえあればどんな複雑な機構も思うままに作成できるばかりか、生成した物質そのものに魔法的な性質を付与することも可能になる! 永久に経年劣化しない製品を作ることさえ可能だろう! どうだ凄かろう!?」


「はぁ」


 水を得た魚のように早口でまくし立てるゼロスだったが、返ってきた反応は実に素っ気ないものだった。


「……ぜぇ。……ぜぇ。反応うっすいのう!」


「彼女、コノ話ニ、マッタク興味ガ、ナサソウデス」


「水に浸けたら壊れたりしません? お風呂入っても大丈夫ですよね?」


「それくらいで壊れるわけなかろう!」


「よかったぁ」


 美乃梨がホッと胸をなでおろすと、ゼロスはがっくりと肩を落とした。

 これが行きつけの店の女の子なら、とびきりの営業スマイルで「すごーい!」と言ってくれただろうが、相手はごく普通の女子中学生だ。

 期待する方がバカというものである。


「……まぁ一応ベルト以外の形にもできる。例えば兜や篭手だな。身体を洗うときはそれで我慢せい」


「……どうしても外せません?」


「そうしてやりたいのは山々じゃがな。魔力と生命力は密接に関わっておる。無理に外そうとすれば何が起きるか……」


 自分で作ったくせに分からないのかと美乃梨が呆れた眼差しを向けると、ゼロスは「許せ!」と笑って誤魔化した。


 すでに完成していた魔力形質変換器(マギジェネレータ)を急ごしらえで改造したのがジェネレートギアである。

 美乃梨の命を救うにも、発明品の完成度を上げるにも、どちらにせよ時間が足りなかったのだ。


「とにかく! そういう訳だからお前さんの身体から魔石を物理的に取り除くには手術が必要になる」


 手術と聞いて美乃梨が僅かに表情を強張らせると、ゼロスは「ま、今は無理じゃがの」と面倒そうに顔をムスッとさせた。


「ワシも色々と訳ありでな。しばらく不便とは思うがそれで我慢してくれ」


「しばらくってことは、治してくださるんですか?」


「当然じゃ。助けると決めたからには最後まで責任持つわい」


「でもどうしてそこまで……」


 ゼロスの施しは美乃梨からすれば天の助けにも等しいが、行き倒れの、しかも見ず知らずの自分にそこまで親切にしてくれる理由が見えてこない。

 もしや身体が目当てなのではと一瞬警戒を強めた美乃梨に、ゼロスはニヤリと口元を歪め────鼻で笑った。


「ハンッ! 小娘の貧相な身体なんぞ興味ないわい。ワシの興味を引きたかったらもっとムチムチのボインボインになって出直してこい!」


「……っ! 最低!」


「ガーッハッハッハ! やーい、自意識過剰!」


 ゼロスはまるで悪ガキのように「あっかんベー」と舌を出すと、ゲラゲラ笑ってそのまま研究室の奥へと引っ込んでしまった。

 盛大に揶揄(からか)われた美乃梨がむくれていると、サボットが横からすかさずフォローを入れる。


「素人童貞ノ、戯言(タワゴト)ナノデ、気ニシナイデクダサイ」


「やかましい! 聞こえとるぞ!」


「アレデ、貴女ヲ、元気付ケヨウト、必死ナンデスヨ」


 顔を寄せてきたサボットから耳にヒソヒソと吹き込まれ、美乃梨は「大丈夫」と頷き返す。


 ゼロスに悪意が無いことは美乃梨もとっくに気づいていた。

 何故かは分からないが、ゼロスを見ていると故郷の父を思い出す。

 顔も性格もまるで違うが、きっとあの優しい目つきがそう思わせるのだろう。


「あ、私、藤谷(ふじたに)美乃梨(みのり)です。お手伝いできることがあったら何でも言ってください。お世話になりっぱなしなのも悪いですし」


 美乃梨は内心の不安を表に出すまいと無理に笑顔を作る。


 ダンジョン。魔力。錬金術師。そして魔人────。

 ゼロスの口から語られたのは、どれもこれもイマイチ現実味のない、アニメやゲームのような話ばかりだった。


 だがこれまでに受けた痛みと恐怖は確かに本物で、今この目に映っている光景が嘘や幻とも思えない。

 信じられない話だが、どうやら自分は本当に異世界へ召喚され、身体を改造されてしまったようだ。


 無論、そのことに対して不安や恐怖はある。

 かといって、じっとしていても嫌なことばかり思い浮かんでしまいそうで、今はとにかく動いていたかった。


「デハ後デ、食糧ノ買イ出シヲ、オ願イシマス。博士ハ追ワレル身デスシ、私デハ、目立ッテ、シマイマスノデ」


「……ゼロスさんも追われてるんですか?」


「チョットダケ厄介ナ相手ニ。具体的ニ言エバ、世界最大ノ、宗教団体デスネ」


 何をどうすればそんな人たちに追われる羽目になるのだろう。

 これまで平和な世界で生きてきた美乃梨には想像もつかなかったが、ともあれゼロスも追われる立場だということだけは理解できた。


「わかりました。そういうことなら任せてください!」


「イイ返事デス。……デスガ、マズハ、シャワーヲ、浴ビマショウ。ソノ間ニ、服モ、コチラデ、用意シテオキマス」


「……やっぱり臭います?」


 美乃梨が小声で聞くと、サボットは曖昧に頷いた。

 あの地下牢にどれだけの期間閉じ込められていたのかは分からない。

 だが改造手術を受けて以降、前よりもずっと鋭敏になった鼻がこのままではまずいと告げていた。

 



 ◇




 ──迷宮都市 第六区(side美乃梨)──


 研究所のシャワーを借りて身なりを整えた美乃梨は、転移門を使って街へと繰り出した。

 ゼロスから借りた認識阻害の効果が付与されたフード付きマントを羽織っているため、ぱっと見、黒い“てるてる坊主”のようである。


 ちなみにマントの下はベルパドーラ魔法学校の女子制服だ。

 濃紺のプリーツスカートに襟付きの白いブラウスと、現代日本でも十分通用するデザインで、胸元の青いリボンが良いアクセントになっている。


 なぜそんなものをゼロスが持っているのかサボットに尋ねてみたが、露骨に言葉を濁されてしまったため、何か複雑な事情があるのだろうと美乃梨はそれ以上聞こうとはしなかった。

 なお実際のところは“いかがわしいお人形”の売値を吊り上げるために取り寄せただけなのだが、それはさておき。


「……ここどこ?」


『マサカ、ココマデ、方向音痴トハ……』


「言う通り進んだよ?」


『全然違イマスヨ!』


「あぅ……」


 美乃梨は方向音痴だった。

 真の方向音痴とは地図があろうと道に迷うし、ナビに指示されても目的地にたどり着けない。

 イアリング型の端末を通じて送られてくるサボットからの指示があろうと、真の方向音痴である美乃梨がこの迷宮都市で迷子にならないはずがなかった。


『仕方ナイデスネ。近クニ転移門ガアリマス。ソレデ、移動シマショウ』


「転移門って一つだけじゃないの?」


『博士ガ借金取リカラ逃ゲルタメ、街中ノ至ル場所ニ、設置シテアリマス』


「借金あるんだ、あの人……」


『現在、貸主ノ寿命ヲ待ッテ踏ミ倒ソウトシテイル負債ガ、五〇〇億ホド』


 聞けば聞くほど明らかになるゼロスの破天荒っぷりに、美乃梨も開いた口が塞がらなかった。


「でもそれならあんまり使わない方がいいんじゃ……」


『ミノリサンガ、想定以上ニ、ポンコツ! ダッタノデ、()ムヲ得マセン!』


 そこまで強調しなくてもいいのにとは思ったが、自分のせいでこうなったことも理解しているため口には出さない美乃梨だった。


 なにはともあれ、美乃梨の方向音痴を学習したサボットによる執拗なまでに細かい指示に従い、迷路のような路地を進むことしばし。

 美乃梨は袋小路の突き当り、とある空き家の前へとたどり着く。

 サボットによれば、この空き家の扉が転移門になっているらしい。


「……中に誰かいるみたいだよ?」


『ドウヤラ、誰カガ勝手ニ居着イタヨウデスネ。ヨホド金ニ困ッタ貧乏人デショウ』


 サボットの辛辣な物言いに苦笑しつつも、改造人間として強化された美乃梨の聴覚が建物の中にいる人物の声を拾う。


「────お願いだから正気に戻って!」


「止めないでくれ! もうこれしかないんだ!」


「で、でも! こんなの危険すぎるわ! それでマーナの身にもしものことがあったら!」


「じゃあ他に方法があるのか!? 俺たちはあの子の親なんだぞ! あんな卑怯な方法で娘を取られて黙っていられるか!」


「あなたっ!?」


 空き家の中から誰かが飛び出してくる気配を感じ、美乃梨がとっさにドアの前から身を反らす。

 直後、ドアが勢いよく開け放たれ、みすぼらしい格好の男が飛び出していった。


「待ってよ! 待って! ねぇ!」


 男の妻らしき女が慌てた様子で飛び出してくるが、身重の身体で追いつけるはずもなく。

 すぐに息を切らした妊婦はその場によろよろと力なく崩れ落ちてしまう。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ああ……。どこのどなたか存じませんがお願いします! あの人を止めて! バカなことして取り返しがつかなくなる前に!」


「分かりました!」


 頼まれるや否や、美乃梨は詳しい事情も聞かず即答した。

 そしてそのまま改造人間の脚力を使って全力で男を追い始める。


『チョット!? ミノリサン!?』


「あの男の人、多分改造されてる!」


『分カルノデスカ?』


 耳元で響くサボットの声に美乃梨が頷く。


 先程すれ違った男からは自分と似た「何か」を感じた。

 魔石同士が共鳴したのか、それとも残酷な人体実験を生き延びた被害者としてのシンパシーか。

 詳しい理屈は不明でも、先程の男が魔人だという確信が美乃梨にはあった。


「それにあの人はギアが無いから、一度変身したらもう戻れない! そうなったら生まれてくる赤ちゃんまで不幸になる! そんなの絶対ダメ!」


 自分が寝ている間もあの邪悪な研究はさらに進んでいたのだと知り、美乃梨の胸裏に激しい怒りが沸き上がる。

 おそらくあの男も貧しさに付け込まれ、より完全な改造人間を作るための実験台にされたのだろう。


 超人じみた脚力ですぐさま男に追いついた美乃梨は、両手を大きく広げて男の行く手を塞いだ。


「なんだ君は! そこをどけ!」


「どきません! 事情は知らないけど、奥さんにあなたを止めてって頼まれたから! まずは訳を話してくれませんか!? 私にできることがあるなら力になります!」


 男を見つめるその瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。

 それは間違いなく人が持ち得る美徳の一つ。純粋な善意の光であった。


「……っ。娘がいるんだ」


 男はこれまでの日々を思い返し、訥々(とつとつ)とわけを話し始める。

 娘が珍しい病気にかかったこと。

 その治療費があまりにも莫大で、藁にも縋る思いでギャンブルに手を出し、負けたこと。

 無一文になった自分に声をかけてきた紳士のこと。

 治験バイトの前に書かされた契約書が罠だったこと。

 妻に乱暴しようとしていた借金取りを弾みで殺してしまったこと。


「……っ。分かってるんだ。こんなことになったのも、全部俺が迂闊で馬鹿だったせいだ」


 我が身の不甲斐なさを呪い、男が拳を強く握りこむ。

 あの時、場の雰囲気に飲まれず契約書をもっとよく読み込んでいれば。

 ギャンブルなどに手を出さなければ。

 今更後悔したところで遅すぎるが、それでも思わずにはいられない。


「……今から、どうするつもりだったんですか」


「娘を迎えに行く」


 聞けば知り合いのおかげで娘の居場所はすでに掴んでいるのだという。


「あれからもう一ヶ月だ。治療が順調なら今日には退院のはず。マーナを取り返すなら今日しかないんだ!」


 だからどいてくれ。

 悲壮な覚悟を宿した瞳が美乃梨を貫く。

 だが美乃梨は泣きそうな顔で首を横に振り、今一度両手を広げて男の前に立ちはだかった。


「娘さんを取り戻して、その後はどうするの!? お腹の大きな奥さんだっているのに!」


「……君には関係のないことだ」


「関係なくない! 娘さんは私が取り返す! あなたは奥さんのところに戻って! 妊婦さんを一人にしちゃダメだよ!」


「信用できるか!!!!」


 男が声を荒げる。

 その瞳に宿るのは疑心と怒り。

 もう騙されてなるものか。強い拒絶の意思を向けられ、美乃梨の息が詰まる。


「……頼む、どいてくれっ。声が……聞こえるんだ……! 敵を殺せ、すべて破壊しろと! 君を殺したく……ナイ!」


 男が頭を抱えてよろめく。

 見れば、男の腕は指先から魔人化が始まっていた。


「君は……敵か……?」


「違う! 声に飲まれちゃダメ! 戻れなくなる!」


「うるさい! 黙れッ! ……ち、違っ! 君に言ったんじゃ……! 俺は、俺は……誰ダ? 分からナイ……!」


 男の顔が苦悶に歪み、頭を抱えたままよろよろと後ずさる。


「あァ……! あああッ! ガアアアアアアアアアアアアアア────ッ!!!!」


 男の全身が黒光りする昆虫の甲殻で覆われ、顔もグロテスクな魔物のそれへと置き換わっていく。


「そ、そんな……!」


『アッ、博士何ヲ!? ヤメ────……』


 どんがらがっしゃーん!!!!

 サボットの声が突然途切れ、耳元にノイズが走ったかと思えば、イアリング越しに鍋をひっくり返したような騒音が響く。


『諦めるな! 彼奴(きゃつ)の体内にある魔石をジェネレートギアで直接吸収してしまえば、あるいは!』


「ゼロスさん!?」


 直後、再び音声が回復し、ゼロスのしゃがれ声が耳に届く。

 ゼロスから貸し出されたこのイヤリングには周囲の様子を録画し研究室のモニターへ送信する機能が付いていた。

 今まで興味の無いフリをしつつチラチラとモニターを盗み見るに留めていたゼロスだったが、美乃梨のピンチとあっては口を出さずにいられなかったらしい。


『お前も変身せい! このままではやられるぞ!』


「で、でも!」


『大丈夫だ! ジェネレートギアを信じろ! そいつはお前の願いに応えてくれる!』


「ギギギギギギィィィッ!!!!」


 変身を終えたコオロギ怪人が弾丸のように突っ込んでくる。

 迷っている時間はなかった。

 内なる力の導くまま腰のベルトに手を当てた美乃梨は、力の限り叫んだ。



「変身ッ!!!!」



 ジェネレートギアから溢れ出た光が強固な鎧となって美乃梨の全身を覆っていく。

 変身の余波を受け、コオロギ怪人が後ろへ大きく飛び退(すさ)る。

 変身に要した時間はコンマ〇.一秒。


 光が収まり、姿を現したのは────竜の仮面で素顔を隠した漆黒の怪人。


 改造手術を受けた直後の美乃梨は、より魔物に近い姿をしていた。

 割合で表すなら人が二で魔物が八。まさしく二足歩行の黒竜といった風情だった。


 だが今は以前よりも人に近づき、その割合はちょうど五分五分。

 半人半魔と言うに相応しい見た目へと落ち着いている。


「すごい……。力が溢れてくる。それに全然苦しくない!」


 (みなぎ)るパワーに興奮し、美乃梨が拳を握りしめる。

 ジェネレートギアを介して変身したことで、今この時、美乃梨のパワーは通常の変身より数十倍にも跳ね上がっていた。


『魔石の力が最適化されたのだ。基礎能力も通常の変身とは比較にならんほど上がっておるはずじゃ』


「だったらもうちょっと可愛いデザインがよかったな……」


 どうせ変身するならライダーよりもプリティーでキュアな変身ヒロインの方がよかったと、美乃梨は残念そうに肩を落とした。


『言っとる場合か! 次が来るぞ!』


「っ!」


 などと言っている間にも、体勢を立て直したコオロギ怪人が素早い動きで撹乱(かくらん)しながら襲い掛かってくる。


 常人であれば目で追うことさえできないような高速連打。

 だが美乃梨の目にコオロギ怪人の動きはスローモーションのように映り、そのすべてを軽々と弾き返してしまう。


『言ったじゃろう。最適化したと。ほれそこじゃ! 潜り込んでブチかませ!』


 耳元で響くゼロスの声もスローに感じつつ、流水のように滑らかな動作でコオロギ怪人の懐に潜り込む。

 呼気集中。

 丹田に蓄えられた力は腰の回転を経て拳へと伝わり……。


「チェストッ!!!!」


 鋭い正拳突きをモロに食らい、コオロギ怪人が壁を何枚もブチ破ってブッ飛んでいく。


「わっ!? 凄い威力!?」


『腰の入った良い突きじゃ! どこぞの狼女を思い出すわい!』


『敵反応消失。ドウヤラ、開イタママ放置サレテイタ転移門ニ、偶然入ッテシマッタヨウデス』


『誰じゃ! 使ったまま開きっぱなしにしておいたアホは!』


『アナタデスヨッ!!!! ダカラ飲ミ屋ノ帰リニ転移門ヲ使ウナト、アレホド言ッタノニ!!!!』


『知らん、記憶にない』


 喧嘩漫才を始めた二人を意識の外へと追いやり、壁に空いた穴の奥へと消えたコオロギ怪人を追って、美乃梨は転移門に飛び込んだ────。

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