0080 迷宮落下
──迷宮都市 閉じた路地(side大翔)──
光の糸を頼りに進んでいくと、やけに暗い路地に出た。
古びた街灯の下だけが明るく、それ以外の場所は殆ど真っ暗。
元はどこかの道と繋がっていたのだろうけど、例によって違法建築に出口を塞がれて物理的にたどり着けない場所になってしまったらしい。
路地を進み角を曲がると、白衣を着たファンキーなお爺さんがいた。
七〇代くらいだろうか。左目が機械式の義眼に置き換わっていて、豊かな白髪を整髪剤でトゲトゲに固めている。
そのとき、俺の中に刻まれたハルトの記憶が蘇り、目の前のお爺さんと重なった。
────ああ、しばらく見ない間に随分と皺だらけになった。
だけどあのいたずら小僧みたいな目はちっとも変わってない。
ゼロス・バルトホーク。
かつて人魔大戦で活躍した六英雄の一人であり、師匠たちとも冒険を共にした人物でもある。
「お前たち、どうやってここへ辿り着いた!? 返答次第では命は無いものと思え!」
彼は俺たちを見るや、白衣の裾から二本の機械触手をずるりと覗かせ、それぞれの先端に付いた銃口をこちらに向けた。
美乃梨を背に庇い、ゼロスさんが俺たちをギロリと睨んで声を荒げると、リゼラが漆黒の杖を掲げて前に進み出る。
「賢者マリエラに助けてもらったのよ」
「むっ!? よく見ればその鮮やかな赤髪とデカい乳! もしやマリエラの娘か!?」
「どういう認識よ!?」
「あー、うるさうるさ。性格までは似なかったようじゃの」
リゼラの正体に気づくや、ゼロスさんは俺たちへの警戒を解き、機械触手を白衣の内に仕舞った。
「うるさいのはどっちよ! 私はリゼラ。両親はお察しの通りよ。あなたがゼロスね?」
「いかにも! マリエラとルキウスは元気にしておるか? かれこれ二〇年ぶりくらいか。懐かしいのう」
「これがそうよ。あなたには二人を元の姿に戻す方法を聞きに来たの」
「……詳しく話せ」
リゼラが白銀の剣と漆黒の杖を掲げると、ゼロスさんの瞳に鋭い光が宿った。
「魔法都市が襲撃されたのは知ってるわね?」
「知らん」
「ああ、そう……。どうせ研究に没頭して引きこもってたんでしょうけど、まあいいわ。パパとママは街を守るため魔具職人に立ち向かったけど、惜しくも、ほんっっっとうに惜しくも! ……負けたわ」
「魔具職人じゃと!? なぜあの男が魔法都市に……」
「それでパパとママは剣と杖に変えられてしまって、魔法都市の住人たちも一人残らず道具に変えられてアイツに持ち去られてしまった。……私とヒロト以外はね」
なんだろう。
美乃梨がリゼラに向けていた視線から少しだけ鋭さが消えた気がする。
というか、さっきからずっと俺の方を見てくれない。
怒っているようにも見えるし、何か大きな決意を秘めて、あえてそうしているようにも感じられる。
……やっぱり、美乃梨は多頭蛇に狙われているのか?
それならどうして俺を頼ってくれないんだ。
俺なんかじゃ頼りにならないって言いたいのか。
「それで、私とヒロトは魔王の転送魔法でエスぺリサ王国の平原に飛ばされて、そこから二人を元に戻すヒントを探してここまで来たの」
「これが今朝の新聞ですわ」
アリアから新聞を受け取ったゼロスさんは、紙面にざっと目を通し、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……フンッ、随分ときな臭くなってきたようじゃな」
「あなたを頼るように言ったのもパパよ。今は眠ってるけど、世界樹の雫を垂らすと僅かな間だけ意識を取り戻すの」
「ふむ、世界樹の雫でもダメか。かーっ、間が悪いのう。手伝ってやりたいのは山々じゃが、今は無理じゃ」
「そんな!? どうしてよ!?」
詰め寄ろうとしたリゼラを機械触手で遮り、話は終わりとばかりにゼロスさんが白衣のポケットに手を入れた────その瞬間。
俺の直感が激しく警鐘を鳴らした。
何か……来る!?
どこから……下か! ダメだ、範囲が広すぎる! 避けられない!?
「下から何か来る! みんな崩落に備えろ!」
「「「っ!」」」
「ええい! つくづく間の悪い!」
俺がとっさに呼びかけると、地面が激しく揺れ始める。
すると石畳に大きな亀裂が走り、地の底から光が溢れ出し────。
「うわっ!?」
光は瞬く間に辺り一帯を白く染め上げ、右も左も分からなくなってしまう。
これじゃ何も見えない!?
直後、石畳が崩れ、周囲の建物もろとも大崩落に巻き込まれた俺たちは、白く輝く大穴の底へと落ちていった。
◇
──ダンジョン深層──
手元さえ不確かな闇の中、そこだけ四角く切り取ったように白いデジタルウィンドウがぼんやりと光を放っていた。
表示された文字の群れをエリアルはつらつらと目で追っていく。
彼女の眼前に表示されているのは、スキル【天罰】の効果対象となった者たちの名簿リストだ。
系統外スキル【天罰】は、効果範囲内にいるものを聖神教の教義を基準に善と悪にふり分け、聖なる光で照らし出す。
聖なる光は壁や地面を貫通し、善なる者には幸運と守りの加護を与え、悪しき者には確実な死を与える。
「……ちっ。逃したか」
リストの中に標的の名が無いことを確認し終え、エリアルは大きく舌打ちする。
警察署で手に入れたゼロスの魔力波形と合致する反応を感知したため地下から狙い撃ちしてみたが、どうやら転移系の魔法か何かで逃げられたようだ。
「次こそは必ず奴の息の根を止めて見せます。アマーリア様……っ」
首から下げていた聖神教のシンボルを握りしめ、エリアルが目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、自分のすべてを包み込んでくれるような、あの温かな笑顔。
法王アマーリア。エリアルが全幅の信頼を寄せる人物であり、この世で最も愛する人でもある。
エリアルにとってアマーリアは、暗い影の落ちた自分の人生に光を当ててくれた唯一の人だった。
────幼い頃、強盗に両親を殺されたエリアルは、十六歳になるまでの日々を違法娼館の闇奴隷として過ごした。
当時のことを思い出そうとすると、エリアルは激しい悪寒に襲われ、恐怖で動けなくなってしまう。
魔法による精神支配の後遺症だ。
だが、そんな地獄はある日突然終わりを迎える。
エリアルが捕らえられていた違法娼館に聖神騎士団の強制捜査が入り、経営者がその場で処刑されたのだ。
魔法による精神支配の影響で、自力で日常生活を送ることさえできない状態だったエリアルは、治療のため聖神教の教会に身を置くことになる。
そこで出会ったのが法王となる前のアマーリアだった。
アマーリアはいつもエリアルの心の傷に寄り添い、献身的に世話を焼いてくれた。
こちらのつらい気持ちを否定せず、いつも物静かに神の教えを説き、悪夢にうなされた夜は優しい温もりで包んでくれた。
彼女がいなければ、エリアルは今頃とっくに世を儚んで自ら命を絶っていただろう。
だからこそアマーリアをあのような形で辱めたゼロスが許せなかった。
生まれてきたことを後悔するほどの惨い苦しみを与えねば、到底この怒りは収まりそうにもない。
「私の声が聞こえますか」
胸の前で聖印を切り、エリアルが暗闇に向かって呼びかける。
すると闇の奥で何者かの気配が膨れ上がった。
聖法国から同道させた諜報部員【神の耳】の一人だ。
彼らは街中に散らばり、こうしている今もゼロスに関するあらゆる情報を探っている。
エリアルの呼びかけに応じたのは【神の耳】の中でも追跡捜査に長けた達人だった。
とはいえゼロスも案山子ではない。
もともと追跡防止策は講じていただろうが、今回の奇襲を逃れたのなら、それらを強化するのは目に見えている。
もはや警察から提供された魔力波長を使った探知はできないと考えた方がいいだろう。
ならばどうするか。
「敵は姑息な手段を使い神罰を逃れ、闇に身を潜めました。主よ、どうか私をかの者の居場所まで導きたまえ」
エリアルの声に応えるように、闇の向こうに小さな明かりが灯る。
明かりはエリアルを導くように闇の奥へと動き始めた。
魔法的に追跡不能であるならば、対象の思考をトレースして、その人物が行きそうな場所を虱潰しに探すしかない。
幸いゼロスはいい意味でも悪い意味でも有名だ。
案内役の【神の耳】が思考をトレースするための材料には事欠かない。
エリアルは腹の底に怒りの炎を燻らせ、灯火に導かれ歩き始めた。
◇
──ダンジョン中層(side大翔)──
「うぅん……。へっくし!?」
「くえ!」
羽毛が鼻をくすぐり、くしゃみで目を覚ます。
気が付くとピピが俺を抱え込んで丸くなっていた。いつの間にか全身びしょ濡れになってるし、何がどうなったんだ。
「温めてくれてたんだね。ありがとう」
「くえ」
ピピが言うには、崩落に巻き込まれた後、俺はダンジョン内部を流れる大河に落ちて随分と流されてしまったらしい。
身体を起こして辺りを見渡すと、そこは手狭な洞穴の中。
周囲は光るキノコに照らされほんのり明るく、入り口は流れ落ちる水に隠されている。
どうやらここは滝の裏側にある洞窟らしい。
流されて滝壺に落ちた俺をピピが引き上げてここまで連れてきてくれたようだ。
「みんなはぐれちゃったのか」
「くえ……」
青月でアリアがやったように、俺から彼女へ意識を飛ばしてみるが────繋がらない。
おかしいな。気配はなんとなく感じるのに、少し先の方にズレてる?
どうにも妙な感じだ。
「仕方ない。ひとまずここから出よ……痛っ!?」
立ち上がろうとした瞬間、右足に激痛が走る。
見ると右足が変な方向に曲がっていて、骨が肉を突き破っていた。
グロテスクな折れ方をした自分の足にゾッとしたが、痛がっていても誰も助けてはくれないし、体力もどんどんすり減っていく。
道具袋の中に何かないかと探ってみるが、残念なことに回復薬の類は入っていなかった。
この世界に来たばかりの頃、師匠とのダンス特訓で筋肉痛を治すために結構な数を使っちゃったからな……。
師匠自身、回復薬が必要ないくらい強い人だったし、元々あまり持ち合わせが無かったのだろう。
「……そういえば、このキノコと苔を混ぜれば痛み止めになるんだっけ」
ふとハルトの記憶を思い出した俺は、近くに赤いキノコと苔が生えていることに気付いた。
折れた足を庇いつつ、どうにか素材を採取し、それらを短剣で細かく刻んで混ぜ合わせる。
「うげ……苦ぁ……っ」
適当に作った薬をどうにか飲み下すと、徐々に痛みがぼやけて少しはマシになった。
舌が痺れる感じもするし、あんまり多用しない方がよさそうだ。
虚空瞬在でピピの鞍上に跨り、失せ人探しの魔法を使う。
すると俺の指先から細い光の糸が洞穴の外に向かって「つぅ」と伸びていった。
「……まずはリゼラを探そう。足を治してもらわないと」
「くえ?」
「大丈夫、薬のおかげで少しはマシになってきたよ」
背中の俺を気遣いつつ、ピピが光を辿ってゆっくりと歩き出す。
洞穴を出て滝の表側へ回り込むと、大きな地底湖が目の前に広がった。
蛍光キノコの明かりにうっすらと照らし出された天井付近を、七色に発光する細長い物体が何匹か泳いでいるのが見える。
なんだあれ。形は深海魚のリュウグウノツカイに似てるけど……。
頭上を泳ぐ不気味な魔物たちを無視し、光の糸を辿って岩壁にぽっかりと開いた横穴へ入る。
横穴はピピでも余裕で通れるほど広かったが、奥の方は真っ暗で何も見えなかった。
それでもピピはまるで周囲が見えているかのような足取りですいすい進んでいく。
「ピピ、見えてるの?」
「くえ」
気になって聞いてみると、音の反響やニオイでだいたい分かるのだという。
曲がりくねった闇の中をしばらく進むと、やがて先の方が明るくなり始めた。
失せ人探しの魔法も明るい方へと続いている。
慎重に進むと視界が開け、瞬間、強烈な光を浴びせかけられ目が眩んだ。
────何か来る!?
「ピピ! 屈め!」
「くえっ!」
俺の指示にピピが身を低く屈めると、俺たちの頭上スレスレを何かが凄まじい速度で通り過ぎていく。
光源のある広間の中央へ目を向けると、巨大なチョウチンアンコウのような魔物が伸ばし切った長い舌を飲み込んでいるところだった。
体長は四メートルほど。丸々と太った身体の横にはカエルのような手足も見える。
光の正体はアイツか!
逆光のせいで今まで大きな岩にしか見えなかった。
「ケェェッ!!!!」
ピピが羽毛を逆立て、解き放たれた矢のように魔物目掛けて突っ込んでいく。
すると魔物は提灯を一層強く光らせ、再び俺たちの目を潰しにかかってきた。
眩しっ!?
そこへ狙いすましたように再装填を終えた舌の追撃が迫る。
チョウチンアンコウの舌槍をピピは華麗な横ステップで躱し、勢いを落とさず敵の懐へと飛び込むや、魔物の横腹目掛けて前足の爪を振り下ろした。
────ダメだ、躱される!?
俺の予感通り、魔物はデカい図体に見合わぬ俊敏さで真横に大きく跳び、ピピの攻撃を躱した。
しかしピピの攻撃はそこで止まらない。
強靭な脚のバネを使い、まるでネコ科の猛獣みたく、しなやかな身のこなしで魔物へ追いすがった。
けど魔物だって案山子じゃない。
ゴムボールのように跳ね回って不規則な動きでピピをかく乱しながら反撃してくる。
すると突然、天井に張り付いて動きを止めた魔物が額の提灯からレーザービームを出して反撃してきた。そんなのあり!?
それでもピピは止まらない。
足の折れた俺に負担をかけまいと敵の攻撃をすべて最小限の動きで躱し、相手の動きを先読みして着実に間合いを詰めていく。
一瞬の隙を逃さず魔物の懐に潜り込んだピピは、でっぷり太った腹に渾身の前蹴りを叩き込んだ。
「ゲボォッ!?!?」
ピピの剛脚をモロに喰らった魔物は汚らしい断末魔を上げて────爆散。
降り注いだ血肉の雨をぶるりと振り払い、ピピは涼しい顔で広間を抜けてさらに先へと進んでいく。
「ピピがこんなに強かったなんて知らなかった……」
「くえ」
私のご主人が誰だと思ってるの。そう言われては納得するしかなかった。
ともあれこれで生還の確率がグンと上がったのは間違いない。
ピピがいてくれて本当にラッキーだった。
「絶対生きて帰るんだ……」
美乃梨に伝えたいことが沢山ある。
もし美乃梨が多頭蛇に追われているなら、なんとしても助けなきゃ。
こんなところで死んでたまるか。




